南雲ハジメは錬成師だった。
当然戦いに役立つか分からない。誰もそんな事は考えなかった。
世界を救う勇者として召喚されたのに、彼だけは無能扱い。
まるで醜いアヒルの子。
けれど醜いアヒルの子は、本当は綺麗な白鳥でした。
輝くものを秘めていたのです。
彼も醜いアヒルの子と同じように輝けるのかもしれません。
これはそんな未来へと向かう為の―――最初の一歩のお話。
「おやっさん、アゥータだ。居るか!?おやっさん!」
家を出て暫くの間、驚きの連続に頭が混乱しているハジメ。
そんなハジメを鍛冶屋の前に立たせて中に入っていくアゥータが叫ぶ。
鍛冶屋は先ほどハジメ達が出てきた家より一回り大きい。
石造りの壁と、屋根に煙を吐き出し続けている煙突が特徴的だ。
入り口に立ち尽くしたハジメからでも見える。家の中で轟々と赤い炎が燃えていた。
「おーい、おやっさん!!!」
「デッケぇ声出すんじゃねええっ!!!聞こえてるわ、この馬鹿もん!!!」
(どっちもどっちだ……いや、おやっさんて人の方が声大きいか。ここまで響いてるし)
ガン!ガン!ガン!と金属を叩く独特な音に続いて、水が蒸発するブシューという音と共に白い煙が煙突からだけでは吐き出し切れず、店の入り口からも漏れて来る。
その煙をまともに吸い込んだハジメはゲホゲホと咽ながら入り口に再び目をやる。
入り口から現れたのはアゥータではなく、小太りで髭を生やした目つきの悪い禿げ頭の男。
現代風にいうやくざ者と勘違いしてしまいそうな男の身なりに思わず背筋を伸ばしたハジメ。
男はハジメのつま先から頭のてっぺんまで何かを見定めるように見て―――フンと鼻を鳴らす。
「お
「は、はいっ!南雲ハジメです。助けて頂き、本当にありがとうございました!!」
「――――あの無愛想が人助けなんざ天変地異の前触れかっちゅーに。……入れ」
そう言って男は家の中に入っていく。ハジメは遅れないように慌ててついていく。
部屋の戸を潜った瞬間、むわっと肌を蒸すような息苦しい熱気と鉄錆の匂いが鼻をさす。
やはり靴のまま家の床を歩くという事に慣れないハジメだが、男を待たせては悪いとそそくさ後に続いた。男は振り返りもせずに自己紹介をする。
「ワシはこの村で長いこと鍛冶屋やっちょる”ヘファイ”じゃ。アー坊や村の若ぇもんはワシのことをみんな”おやっさん”って呼んでる。お前さんも好きに呼べぃ」
「は、はい……ヘファイさん」
「………やっぱし”おやっさん”にしろ。さん付けとかむず痒くてたまらんわ……」
「は、はぁ……?」
*
「お、来たな坊主。……その様子じゃ、おやっさんとの挨拶は済ませたみてえだな」
「はい」
鍛冶屋の作業場と思われる部屋の奥までいくと、アゥータの姿がそこにはあった。
壁一面には鉄や鉱石を加工する道具がぶら下がっており、机のうえには何かの設計図らしきものが所せましと並べられており、一部収まりきらない紙が床に落ちて汚れている。
轟々と燃える炎が収まる炉の周りにだけ、燃え移りそうなものは一切置いていないことから、このおやっさんの鍛冶職人としての人柄が見て取れる。
アゥータは戸棚にでもあったコップを降ろしてきたのだろう。琥珀色の茶を飲んで一人緩み切った笑みを浮かべている。それを見たおやっさんは眉に皺を寄せた。
「テメエ何ひとんちの椅子に座って、当たり前のように茶ぁ飲んでやがる。ぶっ飛ばされてえか」
「まーそう怒んなよおやっさん。今日はおやっさんが喜ぶ話、持ってきてやったんだからさ」
「けッ……鼻垂れの餓鬼がいっちょ前に話たぁ……。……まぁいい、聞いてやらぁ」
ハジメに向かって適当な椅子を指さして「座ってろ」というヘファイ。
彼が向かったのは炉とは別の……炊事用だろうか。
やかんのような入れ物が吊り下げられていた暖炉。その中からやかんだけ手に取って蓋を取り、近くの棚に置かれた壺の中からお茶の葉らしきものを手づかみで無造作にやかんへと放り込むと、適当なコップ二つに中で葉の成分が染み出した液体が注がれる。
その早さときたら日本のティーパックより圧倒的に早い。
ハジメは「ありがとう御座います」受け取った。コップの中身を覗き込んで「色は濃いけど味が薄かったらどうしよう…」と不安な思いを抱きつつ、一口飲んで驚かされた。
素朴だが口当たりがよく、よく効く苦味は懐かしい日本のお茶の味と瓜二つ。
王宮で淹れて貰っていたカラフルな液体のものより、ハジメはこっちが好ましいと思った。
一人故郷の味に惚けるハジメを置いて、真剣な顔をしたアゥータが口を開く。
「おやっさん、この坊主は”錬成師”だ……この意味が分かるな?」
「………あんだって?」
熱い茶を飲もうとして舌を出してふぅふぅと息を吹いていたヘファイの表情が驚愕に染まる。
アゥータはそれを見て笑みを深め「なっ?喜ぶ話だろ?」とハジメに目を向けた。
当の本人はお茶の味に集中していたが、ヘファイの尋常ならざる様子に顔を上げた。
「……えっと……いちおう、錬成師……です。……錬成しか使えませんが…」
「……若ぇの、こっちから出しといて悪いが茶を飲むのは後にしてくれっか。―――ついてこい」
「えっ?……あっ、はい!」
椅子から立ち上がったヘファイに手招きをされて鍛冶屋の奥に進むハジメ。
それを見つめていたアゥータは「今のうちに他のみんなを呼びにいくか」とハジメに対する書置きだけ残して、そっと鍛冶屋を出ていった。
*
「若ぇの――――――これが何か分かるか?」
「……えっと……斧の刃……ですか?」
鍛冶屋の職場に招かれたハジメは再び椅子に、今度は職人などが作業で使うような背もたれのない丸い座面の椅子に座らされてヘファイが持ってきた物を答えていた。
ヘファイが持ってきたのは壁にかけてあったもの。刃渡り二十センチから三十センチくらいの半月のような鉄の刃だった。
誰がどう見ても分かる。木こり等が木を伐採するのに用いる斧の刃の部分だった。
現代における林業では専らガスや電動のチェーンソーが主流なのかもしれないが、ハジメは目の前に出されたものが何なのか即座に答えた。
「んだ、こりゃあ村の者から修理を依頼されてる斧の刃……その一つだ」
「一つってことは……」
ヘファイの言葉に疑問符を浮かべたハジメ。
ヘファイは何も言わずに横へと指さした。ハジメがその方向へ目をむけると、同じような斧の刃が五、六枚に重なって木の樽の上に置かれている。
しかし目の前に出された斧の刃もだが、五、六枚の斧の刃も何処か刃の一部が欠けていたり、錆や汚れといったものが目立っている。
「ワシはこの村でただ一人の鍛冶屋だ。この村で鉄や石を使うものに関しちゃあワシが手を触れなかったものがない。……けどな、坊主……それは馬鹿みてえに時間がかかるんだ。分かるか?」
「……はい……」
本当は即座に「はい」と頷けばよかったのだろうが、ヘファイの言葉に発せられる重みを感じてハジメは答えに詰まりながら答えた。
たとえ人口が五十に満たない村でも、鉄を使った道具での農作業や家事が必須になってくるのはトータスにおける常識なのだろう。
ではそういった村の鉄を使った道具を治すのは?当然、鍛冶屋だ。
しかし鍛冶屋が一人で鉄を打ち、村人全員の道具などを打ち治すあるいは作るのには、どれだけの労力を有するのか、更にその鍛冶屋が既に老体であるなら……想像に難くない。
「若ぇの……お前さんが”錬成師”だって言うんなら……こいつを治してみちゃくれねえか?」
「……僕に……ですか?」
「全部やってくれとまでは言わねぇよ……けどな、ワシ一人でやるにゃ時間がかかり過ぎるんだ。ワシの手足は二本ずつ、頭は一つしかねえ……そのうえ、全部手作業だ……。情けねえ話よ……お国はお抱えの錬成師を何十人も雇って豊かになってるのに……この村にゃ、ワシみたいな老いぼれ鍛冶一人だけ。………若ぇの……お前さんの天職、ワシの力になってくれんか……?」
ハジメに対して頭を下げるヘファイ。
ハジメはそれを受けて胸を刺すような痛みに襲われた。王宮に、あの神の使徒たちと一緒にいたら、見えてこないこの世界の理不尽を知った。
あれだけ無能と罵られた錬成師ですら、この小さな村の鍛冶屋の老人にとって憧れなのだ。
ステータスがどうとか関係ない。ただ、錬成という技能があるだけで、彼らの行う仕事には余裕が出来て、彼らの生活に豊かな恩恵が齎される。
「……僕は錬成師として未熟……いえ、多分素人同然です……」
「………」
その言葉を聞いたヘファイはハジメが断るのかと顔を顰めた。
しかし―――ハジメは目の前に置かれた斧の刃を見つめて、毅然とした態度で答える。
「……そんな僕でも……お役に立てるのなら……やってみます……」
「………すまねえな」
ヘファイが少し離れたのを確認して、ハジメは改めて自分の両手を見つめる。
今まで天職の才能を引き出そうなんて考えもしなかった。ただ錬成師という戦いにおける使えない天職をどうにかして戦いに生かせればとしか考えてなかった。
それが今―――――ただ人助けのために使われる。
心を奮い立たせる。全身に巡る人並みの魔力を感じ取る。
本来であれば正しく用意された錬成陣が必要なのだろう。ハジメはそれを持っていない。
正確な錬成を行うのであれば、それに伴う詠唱がある。ハジメはそれを覚えていなかった。
それでも――――――やると決めた以上は、ヘファイの期待を裏切れない。
斧の刃に触れるかという距離まで両手を置いたハジメは、一言だけ発する。
「――――――――”錬成”」
指先から魔力が放出されていくのを感じる。
体の内から発する体温とは違う熱さが、額に汗を垂らす。
感嘆の息を漏らすヘファイの視線の先で、斧の刃が形を変えていく。
本来であれば鉄は真っ赤になるくらい熱してから加工を加えるものだろう。
しかし、彼の目の前では魔力によって変化していくただの鉄があった。
(イメージするのは木こりの斧……半月の刃に、刃こぼれ一つなく、錆もない……)
手の甲で覆い隠された錬成の対象に念じる。
それから五分、十分と時間が経過したのだろうか……。
体の中の魔力を使ったハジメは両手を退けて、その結果に安堵の息を漏らす。
「おぉ……おおぉぉっ……!」
二人の目の前には、刃こぼれ一つない新品となった斧の刃が置かれていた。
ヘファイがそこへ歩み寄り、恐る恐る斧の刃へと手を伸ばす。また驚かされる。
ハジメの錬成によって治った斧の刃は完璧に仕上がっていた。
鍛冶屋を続けて数十年、さまざまな作品と向き合ってきたヘファイだからこそ分かる完成度。
修理する予定だった箇所は完全に治されて、錆や汚れ一つない新品同様の斧の刃。
「……若ぇの……」
「は、はいっ……!」
椅子に座ってハジメはヘファイの言葉を待っている。
もしかしたら失敗しているかもしれない―――そんな不安が脳裏を過って心臓が早鐘を打った。
ヘファイはハジメの肩に手を置いて、心の底から嬉しそうに笑いながら感謝を述べる。
「完璧だよ。……よく村に来てくれたぁ……何もねえとこだが、歓迎するぜ!」
「っっっ!――――――――ありがとう御座います!」
肩に乗せた手とは別の手で握手を求めるヘファイ。それにハジメも応じる。
自分が使い道を見いだせなかった錬成で、誰かの役に立って、喜んで貰えた、褒められた。
今のハジメはそれだけで嬉しかった……人前でなければまた泣いてしまったかもしれない。
それゆえに――――――ハジメは意を決して口を開いた。
「おやっさん!他の斧も持ってきて貰えますか?―――――治してみせます!」
「お、おう!?そんな急いでやって貰うこたぁ―――「いいんです!今なら、完璧に出来るって。……そんな気がするので!」そ、そうかい!分かった、ちっと待ってなぁ!」
改めて椅子に座りなおしたハジメは両手を強く握り締める。
さっきの感覚を忘れないように……斧の刃をイメージ、変形、修復。
ヘファイが木の樽ごと五、六枚の斧の刃を持ってきて――――――錬成師による修繕が始まった。
*
ハジメが修繕作業に入ってから、小一時間が経過した。
「おやっさーん。村のみんな連れてきたぞ、おやっさーん!」
鍛冶屋の家の前にアゥータが再び姿を現した。ゲブルト村の住人全員を連れて。
住人達の顔は興味津々といった様子で、天職持ちという少年の登場を心待ちにしていた。
しかし何時もなら怒鳴り声を返してくるヘファイの返事がなく、彼らは困惑する。
何かあったのかとアゥータが鍛冶屋の中に入っていく。
そして―――目の前に広がる光景を目にして、驚きと共に笑みを深めた。
アゥータの目の前で待ったと手を出すヘファイ。
ハジメは心地よさそうに両腕の枕へと顔を埋めて眠っていた。
傍らの木の樽には、彼が治した斧の刃の他に、明らかに新品となった鉄製の道具が置いてある。
「若ぇのがよ、ちょいと褒めたら調子乗っちまって……
「あれれ?おやっさんが人褒めるなんて珍しいっすね。こりゃ明日は雨が降るぞ」
「ぶん殴るぞテメエ!?」「あっはっは冗談、冗談」
やれやれと肩を竦めながら机に突っ伏すハジメの頭を撫でるアゥータ。
ゲブルト村が抱える悩みは多い。
思いのほか良い成果を上げてくれたハジメに、彼は心の中で感謝を送る。
本当なら今からでも叩き起こして、集まった村人の紹介をしたかったのだが―――
今はただ、頑張ってくれた少年に、静かな時間を与えよう。
前書きでそれっぽい風に書いてみたけど
要は「ハジメ君は無能じゃないよ」というお話です。
天職持ちとか国と貴族が独占してて村とかは苦労してそう。
改めて書く必要はなかったと思いますが、アゥータ兄貴もハンターです。
実はこの話書いてる間に「ハジメ君がハンターになるため過程の話」と
この世界におけるハンターの説明文みたいなの書いてました。
先の話まで登場しないハンターの名前も書いてあるので、投稿するか迷ってます。
感想とか、待ってまーす!
初期で構成していたプロットより大幅に話数が増えてしまったので、本作を第一部として続編(2nd的な)を作り本作を完結させようか迷ってます。(それで投稿ペースが遅れる等はありません)
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続編にして
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このまま話数増やしてもいいんじゃね?
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打ち切りはヤメロォ!
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もっと周りの話補完して♡