幕間の物語にてリンネ、ミュウに起きた出来事を軽く触れようかなと思います。
文字数にしたら何時もの半分くらいになるとは思いますが…
ティオの事をカルトゥスに任せて、ハジメはノイントを連れて早足で宿屋に向かっている。
用心棒である筈のリンネが宿屋を離れてしまった止むを得ない事情、直後示し合わせたかのようにティオと共に現れた魔王アダム、優花とミュウの身に危険が迫っているかもしれないと知って、彼は焦る。
(…無事で居てくれ…!)
門の前の騒ぎも収まったのか、建物に引っ込んでいた住人達が顔を出し始めていた。
物々しい武器を担ぎ、鬼気迫る顔で通り道を全力疾走するハジメと、粗末な布切れで身体を覆い、魔力操作によって生み出した翼で低空を飛んで彼の後に続くノイントはかなり目立っている。
宿屋が見えたタイミングでノイントは息を荒くして走るハジメに向かって話しかけた。
「私は出て行った窓から先行します!ハジメは優花の方へ!」
「分かった!絶対に無理はするなよ!?」
「…はいっ!」
上昇して宿屋の二階窓側へと移動して、ミュウ達が居る部屋へ飛び込んでいくノイント。
続いてハジメも宿屋の正面玄関を蹴破る勢いで入り、仰天して固まる店員を無視して通り過ぎて階段を駆け上がると、部屋の扉の前で棒立ちしている優花がいた。
虚ろな目をして宙を見つめたまま、その場で微動だにしない彼女を見て彼は叫んだ。
「…園部ッ!?園部ッ!」
「――――――ぅ、ぁっ?」
「大丈夫か!?しっかりしろ!おいっ!」
声に反応した優花の肩を掴んでハジメは強く体を揺さぶった。
それから数秒後、徐々に瞳に光が灯り、彼女の意識は夢現から醒める。
「……な、ぐも……?」
「~~~っ!!良かったぁ……」
「私、今まで…何を――――――」
優花の意識は完全に回復して、ハジメは安心と共に溜めていた息を吐きだした。
彼女は自身の両肩に手を置いて、顔が近い彼を前にして思わず赤面する。
だが今までの記憶を思い出そうとしてハッとした表情で振り返った。
ハジメも扉の方へ向き直り、二人は声を合わせてその名を呼んだ。
「ミュウ!」「ミュウちゃん!」
バンッ!と扉を開け放って部屋の中に飛び込んだ二人が見たのは――――――
「あっ!ハジメお兄ちゃん、優花お姉ちゃん!お帰りなの!」
ベッドに腰掛けた、ミュウと喋り方が同じ
名前を呼ばれた事で顔を上げた彼女はパァッと明るい笑顔で二人を出迎えた。
窓際から飛び込んで魔法を展開しようとしていたノイントが半口を開けたまま固まっている。
五秒か十秒くらいか…それくらいの間を置いて二人は声を揃えた。
「「――――――はい?」」
「―――みゅ?」
おかしい…二人が名前を呼んだ相手はまだ五歳か六歳くらいの小さな女の子。
それが今、ミュウが座っていたベッドにいるのは二人と同い年の姿をした少女である。
二人が疑問の声を上げるのに対して、彼女はミュウと同じ語尾を使って首を傾げた。
「…あれぇ~?おかしいなぁ、俺…戦った後で疲れてんのかな…。今朝は膝の上に乗せられるくらい小さかったミュウが、なんか園部と同じサイズに見えるんだけど…どっかで頭打ったっけか?」
「…わ、私…入る部屋間違えたかしら…それとも魔法の影響?幻覚、そう幻覚よね?」
「…?お兄ちゃんお姉ちゃん、どうしたの?」
「「………………」」
また二、三秒の沈黙の後、二人はゆっくりと後ろを振り返る。
見覚えのある出入口の扉、廊下に出て見える階段との距離から部屋は間違えていない。
振り返って部屋の中を見るとニコニコ笑顔で首を傾げるちょっと…いやかなり成長したミュウ。
「「…はああああああぁぁぁぁ!?」」
「えっ!二人とも、どうしたの!?み、ミュウ、何か悪い事したの!?」
「………これは………話を聞く必要があると、提言します」
その日一番の驚きで大声を上げるハジメと優花に対してミュウはビクッとなる。
ようやく長いフリーズタイムから思考が戻ってきたノイントがぽつりと呟いた。
*
「――――――それでね、アダムのお兄ちゃんが魔法で、ミュウのこと大きくしてくれたの!」
「へ、へぇ~……そ、そうなんだぁ……」
ハジメとノイントが宿屋に戻り、優花が正気を取り戻してから約三十分が経過した。
夕焼け空はすっかり藍色の夜空へと移り変わり、町中に松明の灯りがぽつぽつと点き始める。
ミュウが熱心に話す宿屋での一幕を聞いている優花の表情は引き攣っていた。
少し離れたところで椅子に腰掛けたハジメは顔に手を当てて俯いている。
話を纏めると、魔王と名乗る魔人族の男アダムはミュウに魔法をかけたらしい。
その魔法というのがどんなものなのか、彼女は正確には覚えていなかったと話した。
頭の上に掌を翳したアダムが何やら唱えている時、急な眠気で意識を失ったミュウが目を覚ました時には、既に自分の体が大きくなっていたという。
それから夕方になる少し前まで、ミュウはアダムと一緒に他愛もない話をしていた。
この町で流行りのお菓子とか、異国の地にある美味しい果物とか、彼女はアダムが危険な魔人族だと疑うこともなく、また彼もミュウを成長させる以外に怪しい動きをする事もなく、最後に夕焼け空を眺めながら一言「別れの時間だ」と言って窓から飛び降りていなくなった。
「私に専門的知識はありませんが、ミュウの体に急な成長を除いて怪しい所はありません」
「……そうか。まぁ、自分の魔法で成長させた相手に何か仕掛ける理由は無いだろうしな…」
「…ねえミュウちゃん、本当に、魔人族の人に魔法以外は何もされなかった?」
「うん!アダムお兄ちゃん良い人だったの!」
ミュウの言葉を聞いて三人は、まずミュウが無事だった事を喜ぶべきか、それとも幼年期の精神のまま体だけ思春期のそれになってしまった事を悲しむべきか、そんな事をした魔人族に怒りを向けるべきか悩んでいた。
(清水の野郎…今度会ったら文句言ってやる…)
ひと様の娘さんになんてことをしてくれたのかと、ハジメは心に固く誓ったのだった。
十代後半の体つきとなったミュウはエタノほどではないが、それなりに良い成長ぶりである。
優花は成長に合わせて大きくなった彼女の服を見て、大きさを主張する二つの膨らみを自分のものと見比べてから、彼女の傍らに腰掛けるノイントの立派な双丘を見て、自身の敗北を悟った。
「――――――あ、後はリンネさんの帰りを待つだけね~」
「そうなの!リンネお姉ちゃん、遅いの!もうお外真っ暗なの!」
言われてハジメは席を立って窓の外から門の方の様子を窺う。
近所同士で噂話に花を咲かせる人の姿も減ってきており、街路は閑散としている。
彼の耳には、まだ門の方から少し人の声がするくらいしか感じ取れなかった。
ミュウの事を二人に任せて、様子を見に行くべきかと考えたその時――――――
「きゃあああああぁぁぁぁぁっ!!」
宿屋の従業員と思われる悲鳴が一階の裏にある井戸の方から聞こえてきた。
ビクッとなる優花と不思議そうに辺りを見回すミュウ、ノイントは廊下側を警戒する。
ハジメは窓を閉めてから扉の方へ走って井戸の方へ向かう。
「ハジメッ…今のは―――」
「分かってる!二人の事を頼む!!」
廊下に飛び出して、足早に一階への階段を駆け下りて井戸への通じる外へ飛び出す。
井戸の手前にある中庭で悲鳴を上げたであろう宿屋の従業員が地面にへたり込んでいた。
ハジメはすぐに駆け寄って声を掛ける。
「大丈夫ですか!?」
「あ、あ…アレ…」
辛うじて正気を保っていた従業員は声を震わせながら井戸の方を指差した。
そこには点々と続く赤い液体…血の跡が続いている。
ハジメは「俺が見てきます」とだけいって足音を殺して井戸の方へ近づく。
バシャっ!という水音がして、誰かが井戸を使っているのが音で分かる。
(……やり辛いな……)
ハジメは咄嗟に駆け付けたはいいが、相手がモンスター以外では手の出しようがない。
敵意ある者だった場合は何とかして自分に注意を惹きつけて、戦える人が来るのを待つ。
そこまで考えて井戸が見える所まで歩みを進めた彼は…目の前に広がる光景に言葉を失った。
「―――――――――っ」
井戸の前に立っていたのは全身血に塗れたリンネだった。
隻腕の彼女は脇に井戸の桶を引き上げる紐を挟んで器用に水を汲み、持ち上がった桶の取っ手に顔を近づけて口で挟んでから紐から手を離して桶を掴んだ。
それを頭から被って血の赤に染まっていた空色の髪が露わになる。
彼女の立っている横の地面にハジメの太刀、鉄刀Ⅱが突き刺さっていた。
殆ど使う事なくアイテムボックスの中にしまわれていた筈のそれは、鋼色の刀身がこびり付いた血とモンスターの硬い鱗や甲殻を切り裂いた疲から至る所が刃毀れしている。
ハジメが言葉を失ったのは、水を浴びる最中のリンネの横顔が理由だった。
彼女は人と話すときは大抵、人の良さそうな笑顔を浮かべている事が多かった。
髪色と整った顔立ちも相まって、男なら誰でも彼女を美人だと認識するだろう。
しかし今彼女の横顔に浮かぶそれは…
頬の口角が限界まで上がって細かな皺を刻み、白い歯と歯茎が離れていても見えるほど。
瞳孔の開いた瞳に水が入っても、彼女は瞬き一つ動かさない。
まだ完全に落としきっていない血の色も相まって、今の彼女は地獄の悪鬼さながら。
空になった桶を再び井戸の中に放り込んで、そのまま俯いたリンネの顔は隠れた。
一瞬しか見えなかった横顔の恐ろしさに気を取られていたハジメはハッと我に返る。
しかし、まだ脳裏に過ぎる彼女の笑みが残っていて、恐る恐る声を掛けた。
「…リンネ…さん?」
「………」
「……あの「あぁ~っ、ハジメ君!おかえり~!」ッ」
数秒の間を置いて沈黙を貫いたリンネに再度声を掛けようとしたハジメの言葉が遮られた。
バッと勢いよく顔を上げて彼に振り向いた彼女は普段通りの明るい調子に戻っている。
表情は笑顔のままだが、さっきのような恐ろしさは欠片も感じられなかった。
何があったのかとハジメが事情を尋ねるより先に早口で捲し立てるリンネ。
「ハジメ君、本当にごめん!用心棒だとか大口叩いておきながら、此処の貴族共にモンスターが現れたからって助けを乞われっちゃってさぁ、お断りますって何度言っても宿屋の部屋にズカズカ押しかけて来るもんだからミュウちゃんに迷惑かけないように思いつつも、アタシってば年甲斐もなくついキレちゃってミュウちゃん達の下を離れちゃったのよ!あのクソジジイ共、明日フューレンを出る前にキッチリ絞ってやるんだから…。とりあえず門の方で騒いでたモンスターは雑魚ばっかりで問題なく一匹残らず仕留めておいたんだけど、そっちは大丈夫だった?いや、本当に申し訳ないねぇ君の太刀も無断で借りた挙句にこんなボロボロにしちゃって!夕食の前にアタシがキッチリ研いでおくから、次の町でご飯か何か奢るからそれでチャラにして貰えないかしら?――――――んで、とりあえずなんだけど、何か拭くもの持ってない?」
「………」
呆気に取られたハジメの前で「うん?どうしたの?」と笑顔を浮かべるリンネ。
あっという間の報告で終わったが、彼は彼女が今まで何をしていたのかを理解する。
それと同時にミュウの事をどう説明したらいいのか、内心頭を抱えていた。
場の空気がやや緩みかけてきた、その時…
「錬成師のハンター!戻ってきているか!?錬成師!話がある!」
二人にとって聞き覚えのある女性の声が宿屋の正面玄関の方から聞こえてきた。
返事をしたいのだが状況の整理がしたいと混乱するハジメ、まだ血を落としきっていないと困り顔で辺りに拭く物はないかと見渡しながら再び井戸の紐を引くリンネ。
どうやらさっき井戸の手前でへたり込んでいた従業員が何時の間にやら正面玄関の方まで逃げていたのか、ガチャガチャと明らかに武器を持っている人の足音が数人分聞こえてくる。
現れたのは皇女トレイシー、つい一時間ほど前まで話をしていたカルトゥスとティオ。
そしてトレイシーの護衛と思われる武装した普通の兵士達だった。
アワアワしているハジメ、血だらけのリンネという光景に兵士達が驚きの声を上げた。
「…と、トレイシーさん…これは、えっと、その…なんて言いますか」
「やっ、戦姫ちゃん。なんか拭くもの貸して貰えないかしr…はっクシュン!」
「―――うむ、落ち着いてから話を整理する必要がありそうだな…お互いに」
突然現れて開口一番、トレイシーの言葉が彼にこの日一番の救いを齎したのは確かだった。
貴重な幼女枠が失われてしまった…(おのれ魔王)
リンネさんのマジキチスマイルは文字通り悪鬼スマイルとだけ…
作者のPCがオンゲ特化のそれなので、装甲悪鬼村正を買ったはいいけど外付けドライブ買わないとプレイ出来なかったとかいう悲しみ。
感想、質問、ご指摘等お待ちしております。
初期で構成していたプロットより大幅に話数が増えてしまったので、本作を第一部として続編(2nd的な)を作り本作を完結させようか迷ってます。(それで投稿ペースが遅れる等はありません)
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続編にして
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このまま話数増やしてもいいんじゃね?
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打ち切りはヤメロォ!
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もっと周りの話補完して♡