ハイリヒ王国の南側、トータス最大規模の山脈を超えた先には魔人族の支配領域がある。
山と山の間、針葉樹林が広がる異種族の国境線には監視所が幾つも設置されており、王国と帝国、公国から選ばれた精鋭の兵士達が二十四時間体制で魔人族の動向を監視していた。
そんな危険と隣り合わせな雪山の麓だが、雪解け水が流れて川となり下へ下へと流れて何百年も前に生まれたのが巨大な湖”ウルディア湖”である。
そのウルディア湖の近くにあるのがトータス最大規模の稲作地帯を誇る湖の街”ウル”
ウルディア湖にも時折、水棲のモンスターが住み着く。魔人族の嫌がらせか、自然の摂理か、山脈や針葉樹林から現れるモンスターの報告と、住民への被害報告は後を絶えない。
しかしウルの街の住民たちは穏やかに、日々を健康的に過ごしている。何故か?
これはウルの街で後にハジメ達が出会う、一人の元ハンターの日常。
*
「はぁ~……今日も天気は曇り時々晴れか……」
特大のため息を吐いて面倒臭そうに庭を掃いて、女は空を見上げる。
ウルの街における最高級の宿泊施設”水妖精の宿”の女主人……といっても、本人にその気はなく、宿を継いでオーナーを名乗っているのは今この場に姿を見せない”フォス・セルオ”だが。
「アタシの人生は生まれた時から曇り……時々晴れて期待すれば、また曇り……はぁ」
「なぁに辛気臭い顔しちゃって用心棒さんったら」
独り言を呟いていた女に声をかけたのは、庭に面した道を杖ついて歩く老婆だった。
女はあっと声ををあげて箒をその場に投げ捨てて老婆へと駆け寄る。
老婆は危うい足取りで、自分の体より大きな荷車を曳いていたのだ。
「お婆ちゃん!また無理して!!そういう力仕事はアタシに声かけてって!」
「無理なんかしてないよ、若い娘が年寄りを馬鹿にするもんじゃ―――ぁぃ、たたっ…!」
老婆を荷車から引きはがそうとした女の腰まで伸びた空色の髪が揺れる。老婆は平気そうに体をピンと立たせようとして腰に痛みがきたのか、その場で屈んでしまう。
女は言わんこっちゃないと困ったように笑みを浮かべながら、老婆を先ほどまで自分が立っていた庭の奥に置いてある木の長椅子に座らせる。
「お婆ちゃんは此処で腰が痛くなくなるまで動かないで、荷物はアタシが運んでおいてあげるからさ。荷車の中身を見て分かるよ、この先の民宿の調理場宛てでしょ?」
「……悪いねぇ……頼めるかい…?」
「バッチこい!」
グッと親指でサムズアップをする女は、
女は髪の色に合わせた青みがかった白い毛皮のロングコートとブーツを身に纏っている。
しかしロングコートの右腕の袖には
左腕だけで自分の体より大きな荷車を平気で運ぶ女を、老婆は優しい目で見送った。
「
「アハハッ、いま腰を痛めたお婆ちゃんがそれ言う?―――でも……ありがと♪」
女の名前は”リンネ・ユキト”。かつて例外と呼ばれたハンターの一人である。
*
「親父ーっ、お婆ちゃんに頼んでおいた食料持ってきたよーっ」
「おぉリンネか!どうした、お前がそれを持ってくるなんて」
「どうしたじゃないよー!お婆ちゃん腰痛めてるのに、こんな量の荷物載せて荷車なんか曳いたら腰の具合が悪くなるのは分かってたじゃん、止めてよねホントにもー」
ウルの街の小さな宿屋。冒険者や大きくはない行商人が止まっていく事で稼ぎを得ている宿屋の裏手、調理場に繋がる扉を開け放ったリンネを迎える宿屋の店主。
彼女は文句を言いながら、左腕と口を使って器用に荷物を降ろし始める。
それを見た店主が慌ててリンネの手から荷物を奪った。
「おぉ無理すんなって!母さんの代わりに持ってきてくれただけで十分だ」
「無理なんかしてないよ~。――――それより親父さん、お婆ちゃん今アタシの店の庭で休んでるからさ、アタシの代わりに連れてきてくれないかな?此処の料理はアタシが受け持つからさ。―――アタシの腕じゃその……ね?お婆ちゃん、しっかり抱えられないから……さ」
苦笑いするリンネに対して、店主の表情にはすぅっと暗い影が差す。
リンネが腕を失った理由を、ウルの街の住民で知らない者はいない。
住民達は毎日、欠かさずリンネへの感謝の言葉を忘れなかった。彼女自身は過ぎた事と割り切っているつもりなのだが、住民達はそうはいかなかった。
「……分かった。料理の方、ちょっくら頼むわ」
「あいあーい」
リンネは暗い顔でエプロンを外して上着を羽織った店主が出ていくのを黙って見送った。
何食わぬ顔で調理場へと足を踏み入れた彼女は、作りかけの料理と今日の宿屋のメニューに軽く目を通してから「よしっ」と気合を入れて調理を始める。
まな板の上に食材を乗せて、壁に立てかけてあった包丁を握ったリンネ。
本来ならば野菜を切るときは片方の手で押さえて切るのがセオリーなのだが、彼女は器用な包丁捌きで野菜をブロック状に刻んでいく。
棚の上から鍋を取り出して水入れ、火のついた釜の上に置いて沸騰するまで待つ。
先に机の端へと盛り付けの皿や香辛料等を並べて量を測っていると、鍋の中の水が沸騰した。
リンネは先ほど切り分けた野菜を一度ボウルの中に移して、沸騰した鍋の中へと投入する。
野菜が湯の中で柔らかくなるまでの間、今度はまな板の上に魚を一尾取り出した。
そこで彼女はふと、その魚を目にして懐かしい気持ちになる。
”サシミウオ”は、ハンター達にとっては見慣れた食材の一種である。
モンスターが棲息する地域での探索やクエスト中には、一般的な食事などほぼありえない。
そんな中でハンター達がお世話になるのは自然の恵み。草食種のモンスターの生肉だったり、野生に生えているキノコだったり、水質調査もされていない河や湖に棲む魚だったりする。
(そういえば隊長達と、サシミウオは生で食べるか煮て食べるかでよく揉めたっけなぁ?アタシは断然、こんがり焼き派だったけど…アゥータ君は生食派、ルゥムちゃんは………食べられるのなら生だろうがバター付け合わせだろうが何でも良いって感じだったっけ)
かつての仲間達と駆け抜けた激動の日々にうっとりと目を細めるリンネ。
その間も調理の手は止めず、サシミウオの臓物と背ビレ、尻尾を的確に切り離していた。
腹開きにして、スパイスを数種類振りかけたサシミウオに鉄の串を通す。
彼女はそれを足元の、釜の中で轟々と燃える火に近づけて数分炙った。
油の弾ける音と共に良い匂いが調理場内へと満ちる。
昼下がりで昼食をまだ食べていなかったリンネは自然と頬を緩めた。
炙り終えたサシミウオを皿の上に載せて盛り付ける前に、鍋の中で柔らかくなったであろう野菜を確かめようと彼女が新しいを串を取り出した時だった。
「今戻ったぞ、リンネ!あとは俺に任せてくれい」
「あぁリンネちゃん、わざわざこの子を呼んでくれたんだって?悪いねぇ……」
老婆を背負って帰って来た宿屋の店主が感謝の笑みを浮かべて扉から入って来た。
老婆は扉近くの椅子に座って腰を擦りながらニコニコとしている。
リンネは中途半端に作業を止められず、湯だった野菜に串を通して中を確認するまでやり遂げる。
「あ、親父にお婆ちゃん。スープは野菜を柔らかくするところまでやっておいたから、サシミウオは香草を盛り付けて完成。焼き加減はいつもより長めにしたから、冷めるまで時間かかるよ」
「何から何まで悪いな……ほれ、報酬」
「え、いいよ報酬なんて?善意でやった事だし」
「お前さんがよくても俺が気にするんだよっ」
「孫のお駄賃代わりと言っちゃあ悪い気もするけど、リンネちゃんには日ごろから助けて貰ってるからねぇ……ほんの少しのお礼でも受け取ってはくれないかい?」
「困ったなー」と笑うリンネに対して、表情を一切崩さない店主と老婆。
流石に断り続けるのも悪くないかとリンネが折れて店主の手渡す僅かな銭の入った袋を受け取る。
彼らがこういう事をするようになったのはリンネが水妖精の宿を継いでからだ。
毎回貰っては悪いと、適当な理由をつけて断っていたリンネだったが、住民達の意思も少しは尊重するべきだろうと、最近思い始めた。
「それじゃアタシは掃除に戻るね。サボってるのバレたらオーナーにどやされるから!」
「あぁまたな。……たまにはウチで飯食ってけよ?」
「何度も言うけど体に気をつけてね。
「はいはーい、二人ともまたね~」
そう言い残して手を振るリンネは水妖精の宿まで走り去っていった。
走る際に揺れる右の袖を目にして店主と老婆の脳裏に苦い記憶が蘇る。
かつてウルの街を大寒波が襲った。
歴史上観測されたこともない猛吹雪に見舞われて、作物は悉く枯れた。
それは自然が起こした災いに非ず。古の名を冠するモンスターが原因だった。
家屋が倒れてしまうほどの強い風を巻き起こす鋼の龍。
巨大な湖を全て凍らせて雪に埋め尽くしてしまう冰の龍。
過去最悪の古龍二体同時出現に、誰もが滅亡の定めを受け入れた。
だが、それを追い払ったのが当時ハンターだったリンネである。
彼女は
そして―――――代償に右腕を失った結果、彼女のハンター生命は終わりを迎えた。
山脈地帯から吹き付ける冷たい風が彼女の髪を浮き上がらせる。
無数の白魚が水の中で泳いでいるように揺らめく髪を一纏めに掴むリンネ。
その目は先ほどまでと打って変わって細く鋭い。
「……来る……かな……?」
何かを悟った彼女は、水妖精の宿へと更に速足で駆け出した。
まだ細かい設定等は決まっていませんが、彼女も本編にはそこそこ関わってくるオリキャラの一人になります。
後編ではステータスプレートっぽく初めてとなるハンターの装備とかステータス紹介でもしようと思います。
感想とか待ってまーす!
初期で構成していたプロットより大幅に話数が増えてしまったので、本作を第一部として続編(2nd的な)を作り本作を完結させようか迷ってます。(それで投稿ペースが遅れる等はありません)
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続編にして
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このまま話数増やしてもいいんじゃね?
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打ち切りはヤメロォ!
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もっと周りの話補完して♡