結局昨夜のブルックの町全体を巻き込んでの宴は明け方まで続いた。
私は私で女三人と集まって錬成師の小僧について散々惚気話を聞かされる羽目になった。
色恋とはずいぶんとご無沙汰だったからな、楽しいか楽しくなかったと聞かれれば楽しかったが、それでも私はあの小僧は好みのタイプではないから好意など無いに等しいのだが……
神の使徒、園部優花と名乗った投術師の小娘はどうやら自覚がないだけで小僧を好いている。
聞けば魔人族の……あの魔王アダムに毒で殺されかけて、その毒を消すためにゲブルト村を訪れ、そこで小僧と偶然にも再会してしまったらしい。
リンネ曰く「彼は優花ちゃんを助けるか見捨てるか迷ってた」とのこと。
当然だろうな。自分をコケにしてきた連中を助ける理由など普通はない。
しかし小僧の世界で云うところの道徳心がそれを許さなかったのだろうな。
或いは死にかけた小娘と、かつての自分を重ね合わせたとでもいうのか……?
まぁ、それはあの男にしか分からぬ。聞きたければ褥を共にした際に聞き出せばよい。
む?どうした小娘、何を顔を赤く……あぁ成程、貴様は
なに「生娘じゃありません!」だと?ククッ、抜かせ……!セ●●●程度で顔を赤くして取り乱すその様が生娘でなければなんだというのだ。
エタノ・ママモ……お前の目的や動機は何となくだが理解した。
良いだろう。お前が帝国の市民と財を脅かすほどの敵でないと約束出来るのであれば、帝国の皇女の名の下に、帝国領内での商いを認めてやる。
―――なんだ意外か?……成程、お前は私がもっとお前を疑うものだと思っていたか。
見縊るなよ?世界を変える為に屍の山を築き上げた戦狂いの皇女だぞ私は。
お前らが森で培ってきた程度の常識で物を図るな。商人であるならもっと相手を観察する事だ。
……クククッ!いいぞ狐人の小娘……そうだ、その目だ……!
平静を装って獲物をいつ噛み殺してやろうかと考える……私と同類の目をしている。
その歳でそこまで振舞いが出来るとは……お前の評価をいくらか改める必要があるな。
うん?あぁ、兎人族の小娘か。今頃は訓練所で悲鳴を上げているだろうさ。
しかしまぁ見込みはある。遠くない未来、あの小僧と肩を並べる日が来ると断言してやる。
何だリンネ、腕の程?私に聞かれても答えられる筈がないだろう。貴様自身の目で確かめろ。
商いも番いの男も勝ち取らなければならんとは……頑張れよ狐人の小娘、私は応援しているぞ。
ところでリンネ、お前は何をそんなに嬉しそうに笑っているのだ?
……私が変わった……だと?当然だろう!人の上に立つ者は常に変わり続ける必要がある。
王が家臣に、民衆に、敵に、付け入る隙のない王としての姿を見せてやらねば示しがつかん!
……確かにお堅いだけの皇女になる前よりは、笑えるようにはなったか。
お前達ハンターのお陰でもあるが……何よりもイルシオンが居てくれたからだろう。
あれが卵の殻を破って生を受ける瞬間に立ち会った時、私は命の美しさを知った。
それから皇女を志すと同時に、命を守るための責務を負う事を考えるようになった。
守るために敵の命を奪い、敵から奪うからこそ敵に奪われる覚悟をしなければならない。
――――――何ッ!?まだお堅いだと!えぇい、そういう貴様は変わり過ぎだ!!
その軽いノリはなんだ!私の胸倉を掴み上げて睨んでいた鬼のような貴様は何処へいった!
*
「皇帝への戦勝報告と町の被害報告は任せたぞバイアス」
「はいよ。お前はこのままフューレンに向かうのか?トレイシー」
「あぁ、秘密裏に送っていた部下のところに
「けッ!ちったぁ肝の据わった女かと思いきや、まだアソコの臭いお嬢様だったか」
やれやれ……相変わらず
私が皇女になるより先に皇太子の座を武力で手に入れた時は、もっと酷かったが。
アゥータやミッドガルがいなければ、今頃私の手で首を刎ねていただろうな。
私の護衛となる最少人数の兵士を残して、バイアスと帝都からの応援部隊は引き上げる。
それを見送って、ハンターズギルドの集会所へと足を運ぶ。
陽が昇って町人達が忙しく復興のために動き回る中、集会所の中は静かだ。
入り口に差し掛かって中を見渡し、私は思わず苦笑する。
「ごぉぉぉ……ぐぅ~」
「んがっ…‥‥お、かわりぃ……ぃっ」
「ニャ~……これ、追加のお皿ニャ~」
「ん、んん~ダメですよ~……人生のパートナーの受注は契約外でぇ~……」
「あんたぁ~なんで~あんたぁ~っ……ぐぅ」
床に転がる木のジョッキと空になった酒樽と酒瓶。
椅子や机に寄り掛かったりする形でハンター、アイルー、受付嬢が寝ている。
寝ぼけたハンターの一人が空のジョッキで隣に眠る仲間のハンターの頭をボコッと殴るが、殴られた方はいびきを返すばかりで起きる気配もない。
アイルーを抱き枕代わりにした受付嬢が恍惚とした笑みで眠ったままアイルーの耳に息を吹きかける。アイルーは青ざめた表情で小さく悲鳴を上げるが、やはり起きる様子はない。
「くっ、ハハハハッ……ククッ!」
昨日まで激戦を潜り抜けてきたハンター達と、それをサポートする者達の姿かこれが?
死屍累々とした集会所の様子がおかしくて声を押し殺して笑った。
すると宿泊部屋に直結している通路から足音が聞こえてきた。
「そこにいるのは――――――トレイシーさん……ですか?」
「錬成師のハンターか、お前は明け方まで騒がなかったのか」
「昨日はバイアス皇太子に報酬の件で呼ばれてから、テレサさん達のご好意で新しい武器を一つ、工房で作らせて貰って……それの試運転をやった後に疲れちゃって部屋で眠ったんですよ」
そう言いながら欠伸を噛み殺したハジメは空いてる椅子に座って水差しから空いてるコップに水を注いだ。私は近くに倒れていた椅子を手に取ってハジメの向かい側へと腰かけた。
こうして眠そうな顔を見ると、彼がまだ子どもである事を再認識させられる。
「リンネから聞いたが今日中にはブルックを出るそうだな」
「はい。そのままフューレン、ホルアドを経由してウルに向かうつもりです」
「実はな、私もフューレンまで用があってな――――――」
「そりゃまた奇遇ですね、道中ご一緒しますか?」
「そのつもりだ」
帝国領から王国領へと街道を使った越境は危険が付き物である。
商人や一般人は移動の際、事前に雇っていなければ別の理由で同じ目的地に向かうハンターや冒険者を護衛として雇うことがある。
皇女である私には当然護衛の兵士は随伴するが、正直言って心許ない。
彼らは対人戦を主とした訓練を受けている軍人で、モンスターとの戦いは専門外だ。
周りに起きている者がいない事を確認して小声で例の件について話す。
「旅の途中で、また新しい知識を教えてくれるか?」
「……喜んで!」
そう答えて席を立ったハジメは「準備してきますんで、また後で」と去っていった。
……やれやれ自分よりも年下の少年に教えを乞うというのも奇妙な感覚だな。
自分の懐を漁ると使い切れないほどの金貨がチャラチャラと顔を覗かせている。
これは
彼の口から語られる異世界の知識。
それは帝国の数十年に及ぶ技術の発展を増長させて飛躍的に進歩させた。
かつて極限の栄華を誇ったとされる吸血鬼の一族すら、何れは越えられるだろう。
彼の前で私が語った平和への想いと究極の理想は嘘ではない。
私はバイアスのように下品で野蛮な男は好ましく思わない。
(生きるという事を難しくしてしまった人間は、争う事を止められない)
国家、民族、宗教、文化、歴史――――――あぁ、私達の遥か先をいく世界が教えてくれた。
私の理想も、ハンター達の狩りも、人間と魔人の戦争も、結局のところ根底にあるものは同じだ。
全てに於ける生きるか死ぬかの競争……文字通りの生存競争か。
(――――――錬成師の小僧。お前が思っているほど、
そっと席を立って集会所を後にする。
陽の光に照らされたブルックの町中、私は日陰の方へと足を向けた。
すると突然つむじ風が吹いて……黒ずくめの三人組が現れる。
丁度私以外の者からは見えない死角に立った三人組のリーダーが口を開く。
「殿下」
「ご苦労。引き続き監視を頼む」
「「「ハッ」」」
それだけ言って黒ずくめ三人組は音もなく路地の奥へと消えていった。
私の懐には羊皮紙が一巻き、誰にも気づかれない形で収められている。
羊皮紙を手に取って、日陰の建物の壁際に寄り掛かってそれを流し読みする。
……公国へのハンターの派遣は順調……と。
これで三国会議の際に事を起こすだけの兵力を温存出来るな……
念のために向こうからも協力者を一人くらいは募るとするか。
万が一にも裏切った時のために、こちら側に人質を置く必要がある。
三国を跨いでの諜報を行っている集団がいる……あぁ
この国を変えるきっかけを与えてくれた事には感謝しているし、魔人族に味方せず、王国や公国にもその存在を秘密にし続けて何処かに身を潜めていることには言及していない。
時が来れば……こちらの陣営に引き込む事を視野に入れておくか。
敵対するのであれば……フェアベルゲンの二の舞となるだけだ。
教会のバカ共が数百年前にあんな事をしなければ、もっと早くに友好を結んでいた。
あの耄碌爺は使い物にならん……機を窺って始末することも視野に入れねばな。
爺の傀儡になっていた王家は……まぁ、あの娘への温情として生かすのも吝かではない。
神の使徒……錬成師の小僧の話が本当であるなら、あまり手元には置きたくないものだな。
魔人族の側に
小僧がその話を知った時の反応が楽しみではあるな……良い意味でも、悪い意味でも。
それに………
始末するかは……まぁあの小僧にそれとなく意見を聞いてみるとするか。
報告にあった作農師に関してはなんとかこちら側に引き入れたいところだが……
数百年に一人の逸材なのだ、王国側もそう易々と譲ったりはしないだろう。
王国内でのフリートホーフの動きが活発化している。
奴らの中心拠点はフューレンだったか。今までは帝国への実害もなかったが故にお目こぼしで生かしておいたが潰すか。……あの娘への貸しを作っておくのも、悪くはない。
ついでに攫った子どもに関しても、王国への有効な交渉材料になるだろうしな。
新設される対ハンター用の組織の人員確保も進めなければならないか……
ミッドガルとマリアンナは二つ返事で承諾するだろうが……問題は他の連中だな。
まったく、こういう時に金で解決出来ない相手というのは厄介なものだ。
あえてギルド直轄という形にでもしてみるか、ギルマスに相談しよう。
「まったく……忙しいというのに、
誰にも聞こえない声でそう呟いて、私は自分の頬に手を当てる。
足元の水溜りに映る私の口は……どうしようもない程の狂気に満ちた笑みを浮かべていた。
――――――地を固め、人は自らの足で立つ時がきたと思い知らせてやらねばな。
「帝国の王族から見た世界情勢(みたいなもの)」になります。
彼らも決して根っからの善人ではありません。というかそんな人間はこの世界いないんじゃないかなぁ……(強いて怪物ゴリラ兄貴姉貴の血筋がぐう聖なくらい?)
お茶会で歳のそんなに離れていない女の子達との浮ついた話をしている時の彼女、立場を使ってハジメを利用しながら助けている彼女、一国の皇女として私欲混じりに未来を考えている彼女……どれが本物のトレイシー・D・ヘルシャーなんですかね?
感想、質問、ご指摘等お待ちしております。
初期で構成していたプロットより大幅に話数が増えてしまったので、本作を第一部として続編(2nd的な)を作り本作を完結させようか迷ってます。(それで投稿ペースが遅れる等はありません)
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続編にして
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このまま話数増やしてもいいんじゃね?
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打ち切りはヤメロォ!
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もっと周りの話補完して♡