モンスターハンター・トータス   作:綴れば名無し

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 時系列的には三国会議から一日経ったウルでのお話になります。
ずっと空気だった先生と護衛隊ズ、ついでに神殿騎士のこれからが決まります。


幕間の回想から始まる物語 悪夢と予兆 前編

 薄暗い雲に覆われた空から降り続く雨の音は下界の音を覆いつくす。

町中の雑踏を、車の排気音を、線路を走る電車の音を、弾く雨粒の音が凌ぐ。

住宅街の外れ、一軒家と呼ぶにはあまりにも荒れ果てた様子の土地があった。

 

 庭は雑草が伸び放題になっていて、手入れがされず錆びついた自転車やバットが転がっている。

建物の屋根やベランダ、四方の壁に老朽化した壁に無数の罅が入っていた。

二階の窓はシャッターが閉じっぱなしになっていて、一階だけがスモーク硝子になっている。

 

 玄関の前で一人の子供が泣いている。

瘦せ細り、ボサボサの黒い髪。服は何日も洗濯されていないのか皺だらけで黄ばんでいた。

俯き声を上げて泣きたいのをぐっと堪えた子供が鼻を啜る。声を上げれば家の中で酒に酔っている父親の気分を害し、また()()を受けてしまうと思ったからだ。

 

 枯れ枝のような手足は無数の青痣が幾つもあって、手で覆った顔からは血が滲んでいる。

奥歯を強く噛み締めながら、子供は口を閉ざしたまま空を仰いで睨みつけた。

空は神様の住んでいる場所だと何かの本で読んだから、彼はそうした。

 

 いつか幼い頃に園の先生が言っていた。

辛い事や大変な事があっても、神様が助けてくれるから大丈夫だ……と……

 

「……うそつき」

 

 ()()()()()()だ。齢11の子供はそれを当たり前と思う様になった。

物心ついてから、辛い事や大変な事が数え切れないくらい毎日続いている。

それなのに、神様も仏さまも助けてなんてくれなかった。

 

 自分を産んだ母親の顔は覚えていない。愛情を受けたかも定かではない。

父親の顔は覚えているけど思い出したくない。思い出すだけで震えが止まらなくなる。

 

 それから数時間後、夜中に雨が止んで…父親が酔い潰れて寝静まった頃。

すっかり冷えた体で風邪をひきかけの子供は家の中に音を立てずに入っていった。

 

 世界が暗転し、時間が進み、子供が15の誕生日を迎えた日のこと。

祝ってくれるような友達なんて彼の周りにはいない。学校に汚れた服と臭い体で来る彼を、全員が汚物扱いして近寄ろうとしなかったからだ。

それどころか彼を虐めて楽しむような連中のほうが多かった。

 

(……あぁ……俺はいつになったら死ねるんだよ……なぁ、神様よぉ)

 

 幼い日の自分がそうしたように、彼は学校の屋上から青空を見て眉間に青筋を浮かべる。

あれからまた少し学んだ。来る日も来る日も辛い事ばかりが続く人というのは、前世で徳を積んでいなかったり、悪い行いをしたから、辛い事ばかり起こるのだという。

 

(知らねえよ……俺に前世があったかどうかすら、確かめようがねえのに……)

 

 前世が人だったかも疑わしい。そもそも善悪の定義が彼の前世とやらの犯した罪のそれと今の時代とまったく同じなのかすら不明なままだ。

そして彼は空虚な義務教育期間を終了し、中学を卒業と同時に働きに出た。

誰がどう見てもみすぼらしいと答える自分の今を変える為に。

 

 世界が暗転し、時間が進み、もう彼が子供と呼べる年齢ではなくなったある日。

中卒の子供を雇ってくれるような企業なんて、世間一般的にマトモとは呼べないことが多い。

不幸中の幸いか、理不尽やら辛い事やらとは産まれた時から人より多く接してきた彼にとって、そんな環境での労働は大した苦に感じなかった。

 

 報われない理不尽があったとするなら、彼の稼ぎの半分以上は父親に奪われてしまうこと。

酒や賭け事に浪費する父親から金を出せと言われ、一度は彼も声を上げて拒絶した。

しかし結果は子供の時と変わらない。育ててやった恩とやらを笠に殴る蹴る躾けの再来。

父親は誤って躾けの加減を、彼も大人になったから大丈夫だろうと強めに行った結果―――

 

(……畜生、結局こうなるのかよ……クソったれが)

 

 六畳間の畳の上に倒れる彼は頭から血を流して今にも意識を失いかけていた。

目線の先には彼の頭をかち割った後、父親の手から離れて転がる血の付いた酒瓶。

閉じていく瞼に抗うこともせず、諦めの境地に達していた彼は罵詈雑言を吐き散らす。

 

(神様仏様のクソが、死ねよ、役立たず、何にも変わらなかったじゃねえか……お前らが日和って変えようとしないから俺が自分で変えようとしたのに……結局これで俺の人生終わりかよ……じゃあ最初から――――――)

 

「生まれてきた事に祝福とか……してんじゃねえよ……ばーか」

 

 ぷつり、とテレビの電源を落としたかのように彼の意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 湖の町ウルで一番の高級宿、水妖精の宿の一室で愛子はずっと窓の外を眺めている。

リンネと優花が帝国領の辺境の村へ向かって何日…いや、一週間は経過しているだろうか?

窓の外、眼下では彼女と同じように家で籠りっぱなしだった住民達が羽を伸ばしていた。

 

 町の厳戒態勢が解かれたのは二、三日前のこと。

チェイスが確認しにいった帝国軍の関所は破られていなかった。彼らも魔人族が見張りの目を掻い潜って侵入された事に驚き、デビットの言葉通り一個小隊を町の見張りへと派遣してくれた。

 

 ホルアドに向かっていたジョシュア、ジェイドも帰還し、神の使徒が一人行方不明になっていたことが彼らの口からデビットへ伝えられ、彼が直接愛子へと伝えた。

これで南雲ハジメに続いて二人目の生徒が消えたことになる。

 

(私が…先生としてしっかりと彼らに向き合ってあげられなかったから……)

 

 社会科教師、畑山愛子から見て南雲ハジメ、清水幸利は言葉にするほどの問題児でもなかった。

前者は授業中に眠そうにしている様子から普段の生活が健康的であるか心配だが、テストの成績などは平均値を維持するくらいには頭の良い…穏やかな印象の強い生徒だった。

後者は授業態度自体は普通だが、グループワーク等を避けている様子が見受けられた。成績は偏りがあるものの全体で見ると高く、常に暗い雰囲気を漂わせているのが気になる生徒だった。

 

 どちらも学校生活全体を通して見ると、組織的な協調性にはやや欠けるものの問題児と呼ぶほどではない。年相応に何らかの悩みを抱えている男の子と彼女は捉えていた。

愛子は彼らの担任ではない為、個人面談などをするまではいかずとも何かあったら自分を頼ってとは何度か彼らに伝えた事はある。しかし両者共に返答は似たり寄ったり。

 

「あぁ……えっと、はい……態々ありがとう御座います先生」

 

「……か、考えておきます……」

 

 困ったように笑みを浮かべながらハジメは感謝を口にするものの、内心相談する気はないという本音が伝わってきた。

面と向かって顔を合わせようとはせず、僅かな沈黙を置いて回答を保留にした幸利の態度からは明らかに彼女を拒絶していたのが分かる。

 

(……私が、大人として頼りなかったから……二人はあんな事を……)

 

 まだ教師としての経験が浅いだけでなく、愛子は大人としても完璧には程遠いと自覚していた。

教育者とはただ勉学を授けるだけに非ず、生徒達の心身の育成にも彼らの言葉や行動が影響する。

社会人として模範的な行動をし、正しい言葉遣いをすれば子供の多くはそれを将来無意識に真似る。組織人として心身ともに健康的で、労働に励む姿は勉学と運動も同じ事が言える。

 

 しかしこんな訳の分からない状況に放り込まれて、愛子は自身が平静を保つことと思考に時間をかけすぎた結果、生徒を守る立場に立つことが出来なくなっていた。

衣食住の保障をしているのは王国、ハイリヒ王家であり、それを指示したのは聖教教会。

その代価として世界を救うために戦争をしろと言われ、反発した愛子はご覧の通り。農地改革なんて聞こえはいいが、要は教会が小うるさい邪魔者を厄介払いしたに過ぎないのである。

 

(……私は……どうすれば……)

 

 農地改革にしても、付いてきた生徒の一人が生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされてしまった。

守るべき対象を守ることが出来ず、自身に危険が及びそうになったら守られて家に籠る。

出来ることと云えば、不安になった生徒の友人を言葉で安心させる事と、生徒の無事を祈るだけ。

25年生きてきて、これほどまでに自身の無力感に打ちのめされたことはないだろう。

彼女は暗い面持ちで窓ガラスに映る自身のやつれた顔と見つめ合おうとして――――――

 

「リンネちゃんだ~!リンネちゃんが帰ってきたぞぉぉぉ!!」

 

 町中を走りながら歓喜の声を上げる住人の声に目を見開き、弾かれたように椅子から立ち上がる。

駆け寄って窓を開け放つと、奥に荒野が広がる北の丘から一台の馬車と見慣れた青白い長髪のシルエット。

宿屋の中で他の部屋からドタドタと走る生徒達の足音が聞こえた。

愛子も早々に外へ出ようとして、ハッと我に返って窓ガラスに映る自分の顔を見る。

 

「――――――ッ!!」

 

 バチン!と渇いた音を立てて、彼女は自分の手で両頬を叩く。

ずっと昔、まだ教師の研修期間中に心が挫けそうになった時やっていた彼女の癖だ。

赤みを帯びた頬を隠すこともせず、愛子は部屋を飛び出していった。

 

 

「……ふぁ……んん……」

 

「リンネお姉ちゃんどうしたの?さっきから欠伸しっぱなしなの~」

 

 目を凝らさなくても見える範囲にウルの街並みが近づいてきた。

馬車の御者席で大口を開けようとして、涙目になったリンネが欠伸を噛み殺す。

荷台から身を乗り出してきたミュウが上目遣いで彼女に話しかける。

 

「ん~?……くぁあ~……ごめんねぇミュウちゃん、お姉さんだらしなくって。ちょっと昨夜は夜更かしが過ぎちゃったみたいでねえ……あんまり眠れてないのよ~」

 

「夜更かしは良くないってママが言ってたの~」

 

「そうねえ~ミュウちゃんは平原でも荒野でも毎日グッスリ眠れて偉い偉い……睡眠不足はねぇ…良い女の天敵だからぁ……良い子はしちゃあ駄目よぉ?」

 

「はーいなの!」

 

 元気よく返事をするミュウに対し、手綱を持ったままの手の甲で寝ぼけ眼を器用に擦るリンネ。

そんな二人の横で荷台から少し身を乗り出して無言のままウルの町を見つめる優花。

死にかけて辺境の村まで運ばれてから、また此処に戻ってくることが出来た。

 

 複雑にこみ上げる思いを飲み込んで、彼女はこれからの事を考える。

愛子と再会したら無事に戻ってこれた事をまずは喜び合おう。奈々達はずっと心配していただろうから、お土産のことも含めて色々と気を遣ってあげよう。

そうして落ち着いたら……ハジメの事を話そう。

最初はただ生きている事だけを伝えようと優花も思っていた。

だけど、きっとハジメと幸利のことで優花よりも責任を感じている愛子には、辛いと分かっていても二人の本音を伝えるべきだ。

 

 そんな彼女の様子を荷台の後ろで遠巻きに見つめていたノイント、ティオ。

宿場町ホルアドで離れてしまったハジメの事情を知る二人は声を小さくして話す。

 

「……優花は、気づいているのでしょうか?」

 

「…いや、まだ気づいてはおらぬ…だが猶予もそう多くは残っておるまいて。…もしも気づいてしまったのなら、その時こそ妾達が動きべきじゃ…」

 

「……はい」

 




 そろそろ勇者達のその後も書こうかなと思う今日この頃。
前後編で分けましたがタイトルに書いてある通り、次回も回想を挿みます。

感想、質問、ご指摘などお待ちしております。

初期で構成していたプロットより大幅に話数が増えてしまったので、本作を第一部として続編(2nd的な)を作り本作を完結させようか迷ってます。(それで投稿ペースが遅れる等はありません)

  • 続編にして
  • このまま話数増やしてもいいんじゃね?
  • 打ち切りはヤメロォ!
  • もっと周りの話補完して♡
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