Devil May Cry -Russian Roulette- 作:パン粉
食堂に戻る途中の東棟連絡ブリッジで、長く薄く黄色がかった白髪の兵が、落ち着かない様子で、そわそわと動き回っていた。恐らく新兵だろう。ここは周りの景色がよいので、それを眺めていたのかもしれないが、なにをしているのか、アルトレアは興味をそそられた。兵に近付くと、こちらに気付いていない様子で、彼の体にぶつかってしまった。
柔らかい感触。筋肉もあまりなく、細くすらっとした線。兵は女だった。
「す、すみません」
「いんや、構わねェよ。それよりアンタ、なんでそんな忙しなく……」
「ちょっとありましてね」
「ふゥん。迷ったなら、案内するぞ?ココは無駄に広いから、初見じゃ自由にゃ歩けねェだろうし」
「どうもありがとう。では、ペトロフ准将の部屋を」
「ああ、この道を俺の後ろにまっすぐ行けば着くさ」
「ああ、ありがとう」
互いに名も名乗らず、目的地へと進む。アルトレアは、さっきの女が見ていた景色を見るが、漆黒の闇の中に雪が降っていただけで、特に変わったことはない。
食堂まで一直線。元のテーブルを見ると、ただでさえ寒いこの部屋に、虚しく空を乗せた皿がぽつんと置いてあった。アルトレアが肩を落とし、仕方なくコーヒーを頼むと、コックの気遣いで残してあった料理を振る舞われた。
気を落としたのが馬鹿みたいだ。ガツガツと落ち着きなく料理を胃袋へ放り込んでいく。
「かァッ、やっぱりここの料理はうめェ。残しといてくれたコックもなかなかいいヤツだ」
「ギブソン達が取っといてくれって言ってたんだぜ、感謝しとけよブラックモア」
「マジでか、あいつらも憎めねェな」
「あ、あなたがブラックモア軍曹ですね」
コックとカウンターを隔てて他愛ない会話を楽しんでいると、大きな入口に突っ立っていた先程の女兵士が、アルトレアの姿を見つけては近寄って来る。
「なんだブラックモア、コレか?」
コックがニヤニヤとしながら小指を立てる。表現が古ィんだよ、とアルトレアは突っ込みながら、女兵士を見た。
良く見たら、少女の姿である。自分より年下の様だ。しかも、背も160センチあたり。あまりにも華奢、だが、出るところは出、締まるところは締まっている。女性の理想のボディスタイルであろう。
アルトレアは、女に興味を抱く事がなかった。誤解されぬよう、彼は同性愛でもない。
「さっきの。俺になんか用か?」
「はい、先程はどうも。わたくしこの度この基地に配属されました、サーシャ・グスタフ二等兵です。先程ペトロフ准将からの命で、あなたの補佐を任されました」
「いらねえ、他を当たれよ」
「ええっ!?困りますよ、それでは私のいる意味が無いじゃないですか!?」
「補佐って、俺は左官じゃねェ、ましてや士官でもねェんだぞ?大体歳いくつだ?」
「16、ですけど」
「新兵にしては若すぎるな、まだ遊んでていい歳だ。自由にしろや」
「それでも私、やれと言われたからにはやらせていただきます!」
「ふゥん、じゃあ、好きにしろよ。飽きたらいつでも止めて構わねェからな」
「飽きませんよ、仕事ですから」
変な奴。アルトレア自身、自分は異端だと思っていたが、それよりこいつは異端だ。いや、真っ直ぐなだけであろうが。
中断していた食事を続ける。がっついているアルトレアの姿を見ていたサーシャが、キラキラと輝く、サファイアの眼で彼を見つめる。
そして、ぐぅぅ、と、少女の腹の虫が駄々をこね始めた。
「あ……」
「ハハハッ!ブラックモアァ、聞いたか今のぉ!」
「バッチリ聞いたぜ、空腹のサインだな!我慢すんなよお嬢ちゃん、分けてやる」
「あ、ありがとうございます」
従順な彼女は、アルトレアからパンを貰い、小さい一口でそれをかじった。目の前で大量の料理を平らげる上官とは対照的だ。だか、ペろりとパンを食べると、コックは少ないと感じたのか、適当な料理の余りをよそって、サーシャの目の前に持って行ってやった。
「軍人は食ってナンボだ、腹が減ったら言えよ」
「お、お気遣いありがとうございます」
「そうそう、成長期でもあるんだし、ちゃんと食わねェとなァ」
「お前も成長期だろうが。しかも食い過ぎだろう」
「育ち盛りはこれくらい食うのが普通なんだよ」
ミディアム・レアに焼いたビッグサイズのビフテキを、フォーク一突きで正確に重心を捕らえ、そのまま一口で丸ごと食らうアルトレア。胃袋が殆ど別次元と化している。彼の食欲を妨げる物など、この世にはないであろう。
アルトレアの食べっぷりに負けず、サーシャも良く食べる。出された料理を綺麗に残さず胃袋に収める。成長期コンビの食欲は恐るべし、コックは嬉しながら思った。
◆◇◆◇◆◇
「ふぅ、食った食った」
「お腹いっぱいです、もう今日は訓練は……」
もう22時だというのに、何を言っているのだろうか、この小娘は。アルトレアは時計を見せ、もう寝る時間だと教えてやった。サーシャははいと返事をするが、アルトレアについて来る。
「おいおい、お前はどこまでついて来るんだ?」
「勿論、軍曹の部屋までです。私は補佐ですからね、離れてはいけないとも言われましたし」
「そうかよ、なら上官命令だ」
「はい?」
「お前が寝るベッドは俺の部屋にねェ、床で大人しく寝てろ」
「あ、そういうことですか」
部屋まで一緒とは、ペトロフの過保護には恐れ入る。アルトレアは毎朝、身体検査を受けている。それは健康の為というよりは、研究の様な形ではあるが。それに、何をやらかしてもアルトレアを軍にいさせようとする。裏で何か企みがあるのは事実だろうが、助けてもらっているため、抗いはしない。
居住区に着き、自分の部屋のドアを開ける。中には黒いコート、金と銀の大口径の改造拳銃、ギターケース、軍から支給されたBIZONの改造銃が、きっちりと並んで置いてあった。備え付けの机にはアカデミックな問題集やら論文、そして日本語と思われる字で書き綴られた手紙があった。
「軍曹は日本語が出来るのですか?」
「ん?ああ、日本・英語・ドイツ・フランス・イタリアは出来るぞ。特に日本語と英語は生まれた時から使ってるからな。ホラ、俺のロシア語は英語訛りだろう?」
「はい。あと、このガロア理論というのは……」
「数学とか理科系が好きでな、その知識を蓄える為さ。興味があるなら、初等幾何から教えてやる」
「本当ですか?私、学問には興味があるんです」
二人とも、年齢的にはまだ学生の身分だ。そして二人は一般教養を学んでいるべきなのだ。アルトレアもサーシャも、興味があるのは同じ方向なのだ。
――ウマが合う、こいつとは上手くやっていけそうだ。
些か不可解ではあるが、傍に置いていて、暇はないだろう。
「気が変わった。お嬢ちゃん、ベッドで寝な」
「えっ、では軍曹は床で……?」
「寝袋ならある、それに入るさ」
「なんだぁ、最初からそれを言ってくださいよ。あと軍曹、私にはサーシャ・グスタフっていう名前があるんですから、お嬢ちゃんはやめてください」
「……お前が一人前になったら考えてやる」
むぅっと頬を膨らまして、アルトレアの答えに反する彼女だが、まるで幼子のようだ、と彼は軽くあしらい、眠りにつく。
「もうっ、こんな人が軍曹なんて信じられない!まあ、楽しい人だとは思うけど……。でも、あんまり真面目そうじゃないなぁ……」
この上官を信用していいものか。少しの迷いがある。が、ペトロフがかなりアルトレアを推していたのだ。
それでも、迷いは捨てきれず、彼女は考えるのを止めて、眼を閉じた。