またあの夢だった。年を重ねるごとに鮮明に、何度も繰り返し見た夢。守りたい人、守ってほしかった人。伸ばした手は届かず、最後は決まって全部失った。
「もう二度と失わない」
ヒーローになる。そう決めた日に建てた誓い。そのために強く、ただ強くなるために努力した。でも、それがいつしか目的になっているような気さえしていた。
「僕はヒーローになるよ」
緑谷のまっすぐな目に、気づかされた。いやあてられたといった方がいいかもしれない。そうして思い出した僕の目標、原点。
「姉さんみたいな、本物のヒーローになる」
これが僕の、兎山カオルのオリジン。
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まどろんだ意識の中、アルコールの鼻の奥につんとくるようなにおいと、真っ白な天井で、そこが病室であるだろうことが分かった。少しづつ頭を働かせながら自分の体に意識を向ける。
実技試験の最後、実際のところけっこうな無茶をしていた。デカブツの攻撃をリバーサルで吸収した時点で、受けきれなかった衝撃で体はズタズタ。おまけに許容限界を完全に無視したインパクト。目をそむけたくなるぐらいにはひどいけがをすると予想してたんだけど。
「なんともない」
包帯を巻かれてはいるが、その下にひどいけがをしているような感覚はない。気になることがあるとすれば、体全体を包むような倦怠感ぐらいか。
「そりゃアタシがなおしたからねえ」
女性の、それもしわがれた年老いた声がした。声のする方、かかっていた白いカーテンをめくると、医療者らしい格好の老婆がいた。
「どうも」
「ちゃんと挨拶出来てけっこうさね」
老婆、もといリカバリーガールから僕が眠っていた間のことを聞いた。リカバリーガールと聞いてほとんどの人が予想できるだろうけど、ケガが軽く済んだのはこの人の個性、治癒で治してもらったおかげのようだ。そうしてここが雄英の保健室であることもわかる。ちなみに倦怠感は治癒の反動らしい。体力が回復したら自分の足で帰れと、そう言われながらグミをもらった。おいしい。
「まったく今年は無茶する子ばっかりだよ。あんたといいその子といい」
どうやら僕のほかにも似たようなやつがいるらしい。まったく馬鹿な奴もいたもんだ。そう考えながらリカバリーガールが見やった方に視線を向けると、カーテンの隙間から見覚えのある顔が見えた。
緑谷出久、まぎれもなく彼だった。目立った傷はないが包帯を体中にまかれている。大方無茶をしたんだろう。
運命めいた。とまで言ってしまうと大げさだが、それにしたって流石だとは思う。僕はあの日、緑谷に言われた言葉に突き動かされた。緑谷のせいにしたいわけでは断じてないが、結果的に僕はあのデカブツに挑んだのだ。
「馬鹿な奴…」
そう馬鹿なのだ。彼は馬鹿が付くほどに正直に、真っすぐにヒーローになることを見据えている。だからこそ、僕の心も動かされた。
誰かを本気にできるのは、本気で生きている奴だけなのだ。
少しだけ、ほんの少しだけ、緑谷に姉さんを重ねた。僕の中のヒーローに。生きる希望を示してくれた人に。そこまで考えて、僕は自分が寝かされていたベッドの傍らに置かれている自分のバッグに手を取り、帰り支度を始めた。そんな僕を不審がってかリカバリーガールが声をかけてくる。
「いいのかい?お友達の目が覚めるまでいなくても。もうしばらくすれば起きると思うけどね」
「いいんです。彼とはこのあといくらでも話すことになる。そんな気がするんです」
そういい残して、保健室を後にした。廊下の窓から見える夕日がひどくまぶしくて、これから始まる刺激的な毎日を予想させるようだった。
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雄英高校のある一室。薄暗闇の中で、教師であるプロヒーローたちは、大きなモニターを眺めながら今年の受験生についての話に花を咲かせていた。
曰く、今年は豊作だと。
曰く、危なげのある生徒が目立つと。
曰く、戦闘力に秀でている者が多いと。
そんな中でも、話題の中心は主に二人の生徒に終着していた。
その一人が、圧倒的な戦闘力で終始ロボットを破壊し続け、実技成績1位という好成績をたたき出した爆轟。
実技試験は救助ポイント、敵撃破ポイントに分かれており、その総合点によって順位が決まる仕組みだ。
救助ポイントはおもに人命救助、ヒーロー然とした行動に対して加点されていくのに対し、敵撃破ポイントはロボットの撃破という純然たる戦闘力に対しての評価である。
そしてこの爆轟のポイントはすべてが敵撃破によるもの。それだけでこの受験者の異質さ、そしてその戦闘力が教師陣の中での共通認識となる。
そして話題の受験者のうちのもう一人が、兎山カオルであった。
敵撃破ポイントでは爆轟に大きく劣っている。爆轟が汗の分泌が増えるほど爆破の個性のギアを上げるのと対照的に、兎山は個性を使えば使うほどエネルギーが消費されていく。それを考えての消極的な戦闘であると考えられていた。
しかし、教師の一人、相澤は消極的な姿勢はその一点のためだけではないとみていた。個性届には大まかな戦闘可能時間なども記載されている。エネルギー消費を上げるほどに身体能力が上がるこの個性。試験時間を考えて力を調整しているのだとしたら、
(あまりに消極的すぎる)
不自然なほど余力を残しての戦闘。それに対しての疑問は、巨大ロボットの出現によって解消された。
巨大ロボを見るなりギアを上げた兎山、彼はこの状況を見越して余力を残したのだろう。そこまで考え、相澤は大きくため息をつく。
(この時点までなら、試験の構造に気づき対策を立てていた優秀な受験生…)
相澤が問題視しているのはこの後、捨て身での巨大ロボ撃破である。リカバリーガールのバックアップがあるとはいえ一歩間違えれば命を落としかねない危険な行動。しかも兎山がリカバリーガールの存在を認知していたかも怪しい。
そんな相澤をよそに、英雄たる行動に盛り上がる教師陣。それどころかほかにも捨て身で巨大ロボを撃破した者がいるなどということが耳に入る。救助ポイントを考えればその生徒らが合格する可能性は極めて高いであろう。
戦闘しか頭にない問題児に、己の力を顧みない自殺志願者。特に相澤が嫌っているのが後者であった。彼は生徒をヒーローにしたいのであって、無茶をして命を落とすために育てるわけではないのだ。
自分の命をなげうってでも正義を通すこと。それがヒーローと呼ばれ英雄視されだしたのはいつからだろうか。
今年は豊作だ。そんな誰が行ったかもわからない言葉をふと思い出し、相澤は顔をしかめる。表情の変化に乏しい彼だが、彼をよく知るものならばその変化に気づいただろう。
「今年は問題児だらけだ」
そういって再びモニターに目を移した。