ある夜の、ある町の、ある廃工場に、ある集団がいた。
あたりは薄暗かったが、それでも何とか10人余りのその集団が、比較的若い人間の集まりであることは分かった。さらに付け加えるなら、若者たちの格好、様子を言い表すなら、彼らはチンピラ、あるいは不良と呼ばれる若者の集まりだった。
そんな不良集団がたむろするこの場所に、一人の来訪者が来た。
その人物は男だった。がしかし、そのほかの年齢や、どのような顔かなどの説明をすることはできない。その男は男性にしては長すぎるほどに伸びた青白い髪をしていた上に、加えて何より特徴的な部分があった。男は顔全体を覆うほどの大きい手を顔に着けていたのだ。この手というのはそのまま人間の手、つまり手首から切り落とされた人間の腕を、顔だけではなく、体のいたるところに身に着けていた。一見するだけで奇怪で不気味な男だった。
そんな男は不良少年たちに対してこんな内容を持ち掛けた。
自分の仲間にならないか、と。
突然の出来事で、加えて不審者という言葉でも足らないような不審すぎる男の提案に対して、集団の中には不安と緊張が走った。だがしかし、そんな中でも不良のリーダー格である少年が、男に対して反抗という態度をとれたのは、それこそ彼らを不良たらしめる理由なのだろう。アイデンティティとすら言えるかもしれない。
男に罵声を飛ばしながら近づいていく少年。その手のひらからは刃物のようなものがちらついていた。といってもこれは少年がナイフを持っていたというわけではない。
個性「刀」
それが少年、もとい
が、個性も少年の名前もここでは記憶する必要はあまりない。
なぜならば次の瞬間。正確には、来訪者である方の男が、猫のような瞬発力で、少年の頭に手で触れたとき、少年は絶命した。
それは、表現するなら崩れた、あるいは崩壊といった方がいいか。触れた部分からひび割れが広がっていき、ばらばらと崩れ、最後には粉になるように消えてしまった。
「こうなりたくないなら、おとなしく仲間になれ」
無感情にそう言い放ったーー名を
「仲間になったら何か楽しいことがあるのかな?」
「あ?」
死柄木は、言葉を放った人物を見た。その高めの声の通り、その人物は女だった。薄ら笑いを浮かべ、目に光がなく、真っ黒の髪の毛をしたその女は、死柄木とは、傾向こそ違えど同じように不気味だった。
「カガミです。よろしくね、不審者のお兄さん」
カガミと名乗ったその女は、底が見えないような黒い瞳で死柄木を見つめながら、やはり薄ら笑いを浮かべていた。
ーーー
「救助訓練だってさ、バクゴークン」
「うっせェ話しかけんなカスがっ!!」
話しかけただけで怒んなよ…。
僕たちは今、学校の授業のために移動用のバスに向かっている。各々のコスチュームをまとって。
爆豪のコスチュームは何というか彼らしい、一歩間違えれば敵のようなコスチュームだと思った。喧嘩になるだろうからもちろん口には出さないが。
「バクゴークンは自信あるの?救助とか。あ、いやあるわけないか「んだとコラクソほどあるわ!!!!」あ、そう」
手のひらからボムボムと爆発を起こしている爆豪と談笑しているうちにバスについたので、僕らはバスに乗り込んだ。爆豪とは席が少し離れてしまった。
バスはソファのように長い座席が前方に二つと、後方はよくある二人掛けの席になっていて、僕は前方の席の一番端に座った。隣には緑谷が、その一つ隣は蛙吹さんという、蛙を擬人化したような女の子が座った。
「緑谷ちゃん、私思ったことを何でも言っちゃうの」
蛙吹さんがそう言った。何でも、とは一歩間違えれば究極のノンデリだなと思った。
「あなたの個性、オールマイトに似てる」
それに対して緑谷は明らかに動揺したようだった。まあ確かに彼の個性はオールマイトに似てると言えなくもない。あまりちゃんと覚えていないが、先日の戦闘訓練の際に腕が使い物にならなくなるほどの馬鹿力を発揮していたし、その前の体力テストでも同じようなことをしていたなと思う。
だがそれでも決定的に違うのは、怪我の有無か。
その話を皮切りにして、それぞれの個性がヒーロー業でどのくらい目立つかという話になったり、その際爆豪の性格。クラスメートの上鳴曰く、「クソを下水で煮込んだような性格」がみんなからいじられているうちに、僕らは訓練を行う施設までたどり着いた。
ーーー
敷地はかなり広かった、説明を行ったヒーローであり教師でもある13号によると、東京ドームが何十個も入ってしまうほどらしかった。そして施設名がUSJ。ウソの災害や事故ルームの略語らしい。
何かの冗談だろうかと、少し遠い目をしていた時だった。視界の端に、より正確に言うなら施設内の広場中央、噴水のあるあたりに、黒い靄をとらえた。それを見た瞬間、全身の毛が逆立つように、不安が胸の中に広がっていくのを感じていた。ずっと昔、それこそ子供のころのトラウマを思い出すような。
黒い靄からはまず人の手が出てきた。その手が靄のふちをつかんで、続けてその手の持ち主である男が、靄から身を乗り出して姿を現した。男は顔に、そして全身に、人間の手を身に着けていた
そして僕は男の、不吉の象徴であるその男の目を見てしまった。目が合ってしまった。その目はかつて、僕からすべてを奪ったあの男と同じ。いや同じとは言わずとも、だが確かに、根っこの部分に同じものを宿した目だった。
「あれは、誰だ?」
頭に浮かんだイメージに理解が追い付かなかった。確かに僕はあの目を知っている。あの不吉な目を知っている。
鋭い痛みを覚えて僕はこめかみのあたりを抑えた。
「ひとかたまりになって動くな!!」
侵入者の存在に気付いたのだろう、担任の相澤が大きな声で叫んだ。
「あれは…
ズキズキと痛む頭を抑えながら、僕はその時、物語の歯車がずれ始めたような気がした。