それでは、どうぞ。
午後11:45。
駐車場に車を置き、僕たちは特異生命体の居る鎌倉山へと向かう。
…ああ、ごめん。僕っていうのは、緑谷出久の方だ。
先生と東北さんは、車の中でお留守番だ。
彼らは個性があるわけでも、僕みたいにシリウスのような武器があるわけでもない。
最悪死んでしまうかもしれない場所に、可愛い後輩と恩師を連れていくほど、僕は愚かじゃない。
シリウスが使えない時の代わり…高速機動特化型のイズク3号・カノープス、潜入捜査特化型のイズク5号・アルデバランが先生たちを守っている。
「京町さん、別について来なくても良かったんですよ?」
「いえ!流石にお仕事を任せっきりにはしませんよ!」
言うと、彼女はバッグから小型のデバイスを取り出し、ボタンを押す。
すると、そのデバイスから、映画の中でしか見たことのないような重火器が飛び出した。
「この『セイカキャノン』を装備してる間、私はほぼ無敵ですから!」
「…なんだろう。すごく心配だ」
「なんでェ!?」
言っちゃ悪いけど、彼女が戦力として機能するかと問われれば、僕は答えを濁す。
彼女の底が見えてないからこそ言うのだけれど。
相手は加減したとはいえ、シリウスの攻撃を耐えうるような存在だ。
しかもまだ、本気を出してない。
最悪、シリウスが破壊されるかも知れない。
たとえ粉々になっても時間をかけて自己修復するからいいけれど、それに変わる武装は、今はない。
僕自身は極々普通の人間だ。
ヒーロー界の中でもトップクラスのタフさを誇るクライシスオーガを、たった一撃で倒した存在相手に敵うわけがない。
なんにせよ、気を引き締めておかなくては。
『…イズク様。前方、生体反応が二つあります。警戒を』
「わかった」
あれ?二つ…?
僕がそれを疑問に思っていると、その存在が全貌を表す。
そこに居たのは、熊と狼だった。
それだけなら、まだ「野生の生物か」と納得できた。
だが、目の前にいた熊と狼は、どう考えても歪だった。
「特異細胞に侵食されてますね。ああいう生命体は、超強いですよ」
肉塊やら筋繊維が剥き出しになり、骨が歪に蠢く動物。
直視すれば吐き気を催すような存在が、僕たちの目の前に立っていた。
どのくらいの強さかは分からないが、とにかく殺さないようにしないと。
僕の力は、倒すためじゃない。救うためにあるのだから。
「妙なことは、考えない方が良いですよ。
狼と熊に超ヤバいネームドヴィランとか、No.10くらいのヒーローの個性と技術がくっついたと思ってください」
「…なるほど。ありがとう」
まずはジェネレーターを温める傍ら、この子たちを助けよう。
さっさと気絶させて、特異細胞とやらを引き剥がしてあげないと。
「京町さんは手を出さないで。
僕がなんとかするから」
「え?」
そういえば、ヘーパイストスの武器庫を試したことがなかった。
相手が獣だから、弓矢とかでいいかな。
「MESSIAH、弓矢はある?」
『はい。麻酔用兵器「アルテミス」を起動します』
僕が言うと、手のひらから粒子が放たれ、それが弓矢の形となった。
僕がそれを構えると共に、二匹の獣が僕へと迫ってきた。
「ちょっ、危ないですよ!!」
「大丈夫だよ。
僕はヒーローだ」
僕の中の、だけどね。
心の中でそう呟くと、僕は二匹の獣の顎を蹴り、脳を揺らす。
身体中に巡らせておいて良かった、治療用ナノマシン。
体が固いせいで、確実に股関節外れたけど、すぐに治った。
気を失いそうになりながらも向かってくる獣に、僕は手に持った弓からエネルギーを放つ。
「ごめんね」
「キャウン!?」
僕が放ったエネルギーが、狼に着弾する。
貫きはしない。
ただ、神経電流を一時的にイカレさせる信号を電気信号にして打ち込んだ。
僕が治療しない限り、1日は動けない。
「グァァアっ!!」
「君も、寝ててくれ」
その爪を僕に振り下ろそうとする熊に、零距離でエネルギーを放つ。
熊と狼が同時に地面に崩れ落ちる。
僕は手のひらから治療用ナノマシンを出すと、二匹の獣に侵入させた。
「何してんですか?」
「変異した原因の細胞とかを根こそぎ取り除いて、侵食された部分を元の細胞そっくりのものに置き換えてるんだ。
あと三十秒くらいで元に戻るよ」
このナノマシン、量産を簡単にするための設備を揃えるのに随分と苦労した。
ジャンク品からどんどん発展させた僕のラボは、自慢になってしまうが、世界一の研究施設なのではないだろうか。
「よし。治った。…っとと、焼却っと。
さぁ、行っといで!」
剥がれ落ちた肉片をレーザーで焼き、元に戻った熊と狼をそれぞれ別の方向に逃す。
「強く生きるんだよー!」
「……すごっ」
よし。気を引き締めて、特異生命体の居るであろう奥へと進もう。
狼と熊を見送った僕たちは、舗装された道を通り、山頂を目指す。
「し、SHIT…!もうあとは、ここだけ…!
ここに居なければ、また明日、1から探し直しだ…!!」
僕もMESSIAHも、麓から離れていたから気づかなかった。
あるヒーローが、間の悪いことにこの山に訪れていたことに。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「先生、先生」
「んむ…。どうかしましたか、東北さん」
東北さんの声に、仮眠を取っていた僕はアイマスクをあげる。
何か緊急事態が起きたのか、それとも下らない話なのか。
寝起きのせいで霞む視界で見える彼女の顔は、よくわからなかった。
「ヤバいです。
ガイコツみたいな不審者…ってか、オールマイトが今さっき、この山に入りました」
「はぁっ!?」
投下された爆弾に、僕は一気に目が覚めるのを感じた。
寝耳に水というより、熱湯かけられたみたいだ。
「いや、あの人確か、大怪我してて力衰えてんでしょう?
計算上では、軽く大陸を砕くくらい強いアレ相手に勝てるんですか?」
「いや。全盛期のオールマイトどころか、ラスボス枠のオールフォーワンだろうと、負けると思います」
…厄介な状況になった。
いくらプロヒーローのトップとはいえ、拳の風圧で上昇気流を起こし、雨を降らせるだけのパワーしか持たない怪我人。
それだけでも十分だと思うが、流石に相手が悪すぎる。
止めようにも、僕たちは無個性。
さらに言えば、緑谷くんのシリウスのような、大した力を持っていない。
「どうします?カノープスとアルデバランを向かわせますか?」
「緑谷先輩の命令しか聞きませんよ。
私はフレームの開発に携わった程度で、大部分は緑谷先輩の管轄でしたから」
「…ですよね」
全く、僕も見通しが甘かった。
トップヒーローが、トップヒーローに近い若人を潰した相手を、虱潰しに探し回らない筈がなかったのだ。
…いや、待てよ。
「そもそも、なんでアイツはクライシスオーガと京町セイカを襲っただけで、この山に引き篭もったんでしょう?」
「え?」
緑谷くんとの戦いの時に見せた、一瞬でビルの奥へと消えた、あの機動力。
計算が苦手な僕でも、流石にわかる。
アレはその気になれば、日本中を駆け回り、大量殺戮を為し得ていたに違いない。
だというのに、アレがやったことと言えば、京町セイカを守った緑谷くんとの交戦と、クライシスオーガの撃破のみ。
それに…。
ーーーーーー見つけましたよ、時空監視員。
あれは最初、京町セイカを狙っていたはずだ。
だと言うのに、京町セイカを探し回るという行為すらしていない。
傷を癒す必要があるかもと考えた。
しかし、シリウスに殴られて、あれだけ動けるのだ。
緑谷くんに対して再戦を臨むわけでもないのなら、その必要もないだろう。
「…アレにも、何か別の目的が存在するのかもしれません。
東北さん、緑谷くんに連絡は出来ますか?」
「はい。私専用のイズクテレフォンでなんとか…」
「では、二つ。『相手にはその場所に目的がある』、『あなたたちの後ろにオールマイトが居る』と伝えて…」
その時だった。
鎌倉山の頂点付近の雲が、一気に吹き飛んだのは。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「……来ましたか。
ここで待っていて正解でした。侵入者も、思ったより少なかったですし」
山の頂上。
『私』はようやく出来た肌を馴染ませるように、ぐっ、と拳を握る。
「待ち焦がれていましたよ。
我ながら、恋する乙女のようです」
あの肉壁は便利だが、壊されるか抜け落ちるまで皮膚が戻らないのがネックだ。
ーーーーーー死ねよ、バケモノ。
ーーーーーーこいよ、バケモノ!
くくっ、と声を漏らし、私は溢れる感情を溢すかのように笑う。
「早く来てくださいね。ヒーロー」
ああ。楽しみだ。
漸く私は救われる。
カノープスとアルデバランは、シリウスのような超火力は積んでません。