そうだ、先生になろう。   作:鳩胸な鴨

101 / 116
サブタイトル通りです。思った以上にゲスになったな、今回の敵。


狂気の芸術

『…不気味な村だね』

『そりゃあ、集団失踪なんて事件が起きた場所だ。気味悪がって近づく人間もいないんだろ』

 

僕…緑谷出久と一等星の戦闘メンバーの皆が、高台から村を見下ろし、言葉を交わす。

先生たちは留守番。また、前のようなことに巻き込まれては、たまったものじゃ無い。

先生と東北さんも、留守を守ることに賛成してくれた。

 

────僕が言いたいことは、君たちが言ってくれるでしょう?

 

本当であれば、その燻る怒りを爆発させ、犯人に問い詰めたかっただろう。先生は気づいていないかもしれないが、いつもより遥かに声が低かった。それこそ、僕たちが思わずたじろぎ、殺されてしまうんじゃ無いだろうかと思考してしまうほどには。

どれほどの怒りだったのだろう。

自らの意思で生命の禁忌を背負い、苦悩を抱きながら生きることを選んだ先生たち。対して、その禁忌の重さも知らぬまま、他人にそれを押し付ける彫下鳴子。先生たちにとっては、なによりも許せなかったことだった。それこそ、年中気怠げな先生が、怒りと殺意、憎悪を込めた声を発するほどに。

先生はそんな身を焦がすような怒りを飲み込み、僕たちにその役目を託してくれた。

僕が決意を新たにしていると。

彼女の企てを阻止すべく、この集落を偵察していた偵察機…イズク六号『ガニメデ』から有力な情報があったと映像が幾つか送られる。

 

『映像来たよ』

『コレで収穫なしだったら殺すからな』

『ちょっとは待ってよ』

 

かっちゃんの言葉に辟易しながら、僕は映像を一気に確認する。時間が惜しい。数倍送りにして確認しなければ。

数秒のロスはあったものの、1分にも満たない時間でその場所は突き止められた。良かった、かっちゃんに殺されずに済む。

 

『あそこだね』

 

僕が指を刺した方向には、民家も何もない茂みだけが鎮座している。皆が首を傾げるも、僕が高台から飛び立ったのを見て、一斉に動き出す。

しかし、人気のない村ほど不気味なものはない。…まるで、ここだけが日常から断絶された異世界のようだ。

 

『この先だ』

 

茂みをかき分け、奥へと進む。

一瞬で目的地に着くことも出来るが、高速で駆ければ、確実に周囲に影響を及ぼす。そうなると、確実にプロヒーローがこぞって集まってくるだろう。

人工個性が絡んでる以上、今回はプロヒーローは頼りにならない。…いや、人工個性のことで頼りにならないのは毎度のことだけど。寧ろ脅威側に回ったこともあったけど。

急ぎつつも慎重に、僕らは山の奥へ、奥へと足を進める。

 

『……アレか』

 

僕たちが見つけたのは、一軒の民家。

山奥に隠れるように鎮座するソレは、独特の不気味さが漂う多少の劣化が見られる。

血飛沫のような跡に、人の手形のようなペンキの跡。

民家を囲う柵に門。そこには、今から立ち入る人間を睨めつけるような、なんとも言えない不気味さを持つ犬の彫刻が座る。

いや、犬というには、些か語弊がある。その犬は、身体の至る所が『人の彫刻を幾つも組み合わせた』ものだった。

同行していたずん子さん…薄いバリアは張ってある…が、顔を顰める。

 

「……酷い」

『門は飛び越えよう。変に音を立てるとかえって危険だ』

 

僕たちは軽く跳躍し、門の向こうへと侵入する。ずん子さんも、何故か奥さんのスパルタ訓練を受けているらしく、三メートル近い門を軽々と飛び越えていた。

民家を近くで見ると、門と同じように、所々朽ちた跡が見られる。

おどろおどろしい雰囲気を放ち、鎮座する鉄製の扉。錆びたソレを軽く握ると、鍵がかけられていることがわかる。

僕は針金を二本取り出すと、鍵穴にその二つを突っ込み、鍵を開けた。

 

『開けるよ』

 

きい、と軋んだ音が鳴る。

蝶番が相当古かったのだろう。怪物の唸り声かの如き音に、皆が悲鳴を堪える。以前やった肝試しも相当だったが、あそこは管理もされてる公民館で開催されていたものだ。作り物と分かっているだけあって、何処か安心感があった。

が。ここは違う。本当の人の狂気が作り出した、地獄の顎門。

木漏れ日すら降り注がぬこの場所故か、少し先も見えぬ程の暗闇が扉の奥に広がる。

 

『スーツに暗視機能があるから、このまま進んでも不意打ちとかは対処できるよ』

『ずん子さんはウチと行こか』

「あ、大丈夫。私、視力12.0だから」

『マサイ族かよ…』

 

恐怖を紛らわせるように、そんな談笑を交わし、足を踏み入れる。

仮面越しに見る民家は、空気が入るだけで埃が舞う、汚れた空間だった。人の出入りしている痕跡はあるのだが、家が汚れることに無頓着なのか、埃が雪のように積もっている。

定期的にゴミを出してはいるのだろうが、それだけだろう。とても衛生的とは言えない空間だ。

 

『…生体反応で桜乃さんの安否とか部屋の場所とか、分かりません?』

『彫刻が生きてるから、生体反応での確認は無理だね。桜乃さんの血液とか髪とか細胞片でもあれば、調べられたんだけど』

『緑谷お前今相当危ないこと言ってる自覚ある?』

『仕方ないでしょ、ホントの事だし…』

 

ストーカーもびっくりな物言いなのは、自覚してる。

このまま感知していても、埒が開かない。生体反応の感知を止めようと操作を続けていると。ふと、ある違和感に気づく。

 

『……ん?』

 

埃っぽい家の中に、彫刻の類が一切置かれていない。なのに、生体反応だけが数えきれないほどに点在している。

いや、点在というほど散漫な反応じゃない。むしろ、規則正しく等間隔で並んでいる場所があるのだ。

そちらに向かうと、僕の瞳には、何の変哲もない壁が飛び込む。

 

『隠し扉の類か…な……』

 

壁を見渡すと、そこに飾られたものを見て、思わず顔を顰める。

そこには、画鋲と紐で吊るされた、生首の彫刻が鎮座していた。

その表情は苦悶と絶望が入り混じる悲痛なもので、見ていて気分のいいものではない。その彫刻に合掌し、立てかけてある紐を画鋲から離す。

と、彫刻があった場所に取っ手が鎮座していた。ソレに手を突っ込むと、カチ、と軽い音が響く。

 

『……ビンゴ』

『隠し扉の仕掛けまで趣味悪いのな…』

 

ずっ、ずっ、と石を引き摺るような音と共に、壁が横へとスライドする。

現れたのは、階段。両脇にて、等間隔に鎮座する絶望の彫刻。見るだけで価値観をぐちゃぐちゃにされそうな彫刻が、僕たちに救いを求めるように、絶望に固められた眼差しを向けていた。

 

『………法の裁きすら生ぬるいとこれほど強く思ったのは、32年生きてきて初めてですよ』

 

先生が通信越しに、絞り出すように呟く。

確かに、この光景を見てしまっては、そう思わざるを得ない。絶望に染められた表情の生首が並ぶ、こんな狂気の空間なんて。

石造りの階段をゆっくりと降り、奥へと進む。防音加工がされているのか、それとも被害者は全員石化させられたのか。不安になる程に静謐に包まれた場所。

軈て最奥にたどり着くと、やけに重そうな扉が僕たちを出迎える。

 

『……この向こう、か』

『先手取られたら終わりだ。戦闘準備はしとけよ』

 

かっちゃんの言葉に、皆それぞれ臨戦体制に入る。

僕が殿として扉を開く。

 

「……っ、ゆる、さない…!!赦さないぞ貴様ァァァァアァアアアッッッ!!!!!」

 

その時。先日出会ったばかりである、飯田くんの喉を引き裂く程の絶叫が轟いた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

遡ること、数分前。

桜乃先輩の携帯を使って接触してきた犯人の要求通り、ボクは岩影村と呼ばれる、失踪事件が起きて以来、ゴーストタウンとなった集落へと訪れていた。

放置された家屋、雑草だらけの畑、最低限のライフラインすら機能していない。

まさに誰もいない死した村。幽霊の村とも呼べるだろうか。

 

「……ここに、桜乃先輩が…」

 

要求は簡単なものだった。

『桜乃そらの命が惜しければ、単身で岩影村に来い』という、非常に危険ではあるが、シンプルな条件。無論、ボクが単身で乗り込んだところで、相手の思惑通りに人質にされるか、最悪殺されるかがオチだろう。

兄さんにも既に連絡はしてある。単身でこの場に乗り込むなど、そんな無謀な事はしない。近くをパトロールしていた兄さんのサイドキックが、ボクの周りを見えないように警戒してくれている。

 

「…ここ、か」

 

何が目的で、ボクに接触を図ったかは分からないが、桜乃先輩を救出するチャンスだ。

兄さんが念には念を入れて、手の空いているプロヒーローに声をかけ回っている。その間にボクは犯人相手に時間を稼がなくてはならない。

改めて気を引き締め、待ち合わせ場所である広場へと足を踏み入れる。

 

「………あれ?な、にか…」

 

と、同時に。

世界が崩れるような感覚と共に、意識が遠のいた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「……ゃ…」

 

あの人の声が聞こえる。

意識が薄らと覚醒していくのを感じながら、ボクは鉛のように重い瞼を開けようと力を入れる。

 

「………や……ん…」

 

声が聞こえる。

意識がより覚醒に近づくたびに、本能が「目を覚ますな」と警鐘を鳴らす。同時に、ボクの理性が「今すぐ起きろ」と叫んでいた。

 

「天哉くん!!」

 

震えるその声に、ボクは一気に目を覚ます。

先程の葛藤など無かったかのように、意識が覚醒を果たし、鮮明に目の前の光景を情報として脳に取り込んでいく。

本来ならば、目を覚ましたばかりで鈍いはずの脳が、今日は人生の中でも最速に迫る勢いで回転する。

辺りは電気の光が煌々と部屋中を照らす、芸術書で見たアトリエのような空間。

そこに立ち並ぶ人型の彫刻が絶望を顔に浮かべる、狂気の沙汰としか思えない場所に、ボクは縛られていた。

 

「天哉くん…!!なんで、なんで来てしまったんですか…!?」

 

隣には、同じように鎖に繋がれた桜乃先輩。窶れているあたり、かなりの時間、ここに閉じ込められていたのだろう。

その顔は恐怖と憔悴で染め上げられており、彼女がどれほど追い詰められていたのかがわかる。纏う服は雄英の制服ではなく、絢爛でありながらも肌の露出がやけに多いドレスだった。

ボクは錯乱する桜乃先輩を落ち着かせようと、声を出そうとする。

と。その時だった。

 

「あれぇ?もぉ起きたのぉ?」

 

幼い子供のような、しかしながら凄まじい悪意と邪気を孕んだ声が聞こえたのは。

声の発生源らしき場所へと視線を向けると、雄英の制服の上に、石片だらけのエプロンを纏う少女が立っていた。

浮かべる笑みは、一見屈託のない無邪気なもののように思えた。

 

「まだ寝てていいのにぃ。今、いい『素材』が手に入ったんだもの」

「ーーーーーーーーーッッッ!!!???」

 

素材。その言葉に疑問を持つ暇もなく、声にならない絶叫が、ボクの耳をつんざく。

その声に聞き覚えがあったボクは、少女の奥へと目をやる。

と。鉄臭いにおいと、あまり嗅ぎたくない類のにおいが混じり合った、不快な悪臭がボクの鼻腔を駆け巡る。

一体なんだ、と思い、目を凝らして見ると。

 

「………は?」

 

そこには、ボクもよく知る人物が台座に寝かされていた。

兄さん…プロヒーロー、インゲニウムが信頼を置く「チームIDATEN」のメンバー…その最古参とも呼べるヒーロー。

彼を縛り付ける鎖は、プロヒーローたる彼でも簡単には千切れず、身じろぐことしか許さない。

桜乃先輩はこの先何が起きるか分かっているのか、彼から目を逸らした。

 

「……っ、天哉くん、早く、逃げ…」

「えーい」

「っ、がァアアアアアアァァァァァアアアアアアーーーッッッ!?!?!?」

 

彼がボクに逃げろと告げようとするも、その声は肉が切れる音にかき消された。

少女の手には鮮血に染まる鉈が握られており、振り下ろされた先には、彼の右腕が転がっている。

激しく噴き出す血に、絶叫する彼。よく見ると両足も既に切断され、焼き潰されて簡易的に止血させられていた。

続けて、咽せるほどに何かが焦げるような香りが、部屋中に充満する。

その光景を作り出した張本人は、笑みを崩さず、絶望に顔を歪める彼を見つめていた。

 

「ぁ…、ああっ…、あああああああ…っ」

「ああ…、その顔、その顔よぉ…!人間はその顔が一番『綺麗』なの…!

そんなに怖がらなくてもいいわ…。安心して…。私に委ねるの…。永遠に、その顔で、生かしてあげるからぁ…!!」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ…………」

 

瞬間。ぱきん、という音と共に、彼の息が止まった。

切り落とされた四肢もろとも、身体全てが石となったのだ。

あまりに凄惨な光景に、言葉も出ない。罵倒しようにも、ちろちろと歯を舐めるように舌が動くだけ。

ボクは今、完膚なきまでに恐怖に屈していた。

 

「……っ、これで、五人目…。

あなたは何がしたいんですか!?なんで、こんな惨いことが出来るんですか!?」

 

桜乃先輩がありったけの怒りを込めて叫ぶ。

五人。聞き間違いでなければ、目の前の女は少なくとも五人は同じように殺している。

少女はその言葉を聞き、きょとん、と目を丸くした。

 

「えぇ?私の話聞いてても分かってないの?

小説家って言っても頭は悪いのね」

「そんなこと…聞いてません…!!

なんで、人を殺すんですか…?なんで、人を躊躇いもなく石にできるんですか…!?」

 

桜乃先輩の問いに、少女は屈託のない笑みを浮かべ、悍しい言葉を紡いだ。

 

「人って、絶望した顔が一番綺麗なの。

でもねでもね、絶望って過ぎると薄れてきちゃうの。だから、私は綺麗なまま保存してあげてるだけなのよ?

ああ、大丈夫。私が興味があるのは顔だけなの。割れちゃったり、取っちゃった他の部分はきちんと再利用してあげてるから」

 

それだけなのか?ただ、それだけの理由で、兄さんの仲間は殺されたのか?

ふつふつと湧き上がる怒りに恐怖はかき消され、ボクは絞り出すように怨嗟を吐く。

 

「そんな、理由でか…?それだけの理由で、兄さんの仲間を…!!」

「もぉ、怒らないでよ。一番綺麗な姿で、永遠に生きられるのよぉ?

なんで責められなくちゃいけないの?むしろ感謝してほしいなぁ」

「生きられる…?生きられるだって…?こんな姿のどこが生きてるって言うんだ!?」

 

ボクが怒鳴りつけるように問いかけると、少女は笑みを浮かべていた目を開き、その笑みを凄絶なものへと変貌させた。

 

「生きてるのよ!!ほぉら、コレに耳を当ててごらん…?」

 

彼女は言うと、台座に転がった石塊を担ぎ、ボクたちに近づく。

 

「や、やめろ…!近づくな…!!」

「遠慮しないでいいの、ほらぁ…!!」

 

ぴとり。先ほどまで体温を保っていたとは思えないほど、やけに冷たい感触が、ボクの頬に触れる。

一体なんのつもりなのだ、と訝しむも、その真意はすぐに分かることとなった。

どくん、どくん、と心音が聞こえるのだ。到底、生きているとは思えない体から。

あまりの不気味さに声を漏らしかけるも、なんとか堪え、少女を睨め付ける。

 

「……っ、ゆる、さない…!!赦さないぞ貴様ァァァァアァアアアッッッ!!!!!」

 

その時だった。重々しい扉が開き、歪なシルエットが大挙して押し寄せたのは。




書いてて自分でも引くほどヤバくなってしまったけど、これはこれで良いかなと思ってる。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。