そうだ、先生になろう。   作:鳩胸な鴨

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半年くらい待たせたな!気が向いたから更新するぜ!

…いや、まじで嘘ついてすんませんでした。

初日で夏映画見てきたぜ。ダイモンでなんか小説読みたいくらいにはダイモン好き。キメラキメラキメラ!誰か書いて!
…この小説、一回止まったら、次のライダー映画見てから更新されるパターンになっちゃってるのでは…?(ボブ訝)


止まる場所

「ヒーロー…?はっ、何をふざけてるの?

ごっこ遊びなら他所でやりなさいよ」

「ごっこ遊びならやってるさ。お前と違って、僕のつま先から髪の毛一本に至るまでの命、魂に至るまでの全て…、文字通りの全身全霊をかけて」

 

彫下鳴子の煽りに、淡々と返す。

彼女は、他人の命どころか魂に至るまでを自身の芸術に作り替えている、芸術家気取りの悪人。醜悪なごっこ遊びで悦に浸り、生命を侮辱した、心底救いようのない悪。

そんな存在が、あろうことか雄英に潜み、好き勝手していた。

ヒーローを演じる者として、それ以前に人間として、許せるわけがない。

 

「私の芸術が、ごっこ遊びですって…?」

「ごっこ遊びだろ。お前の自称芸術家なんて肩書きは、ただの悪趣味を美化しただけの、醜い言い訳だよ」

 

そもそも、コイツは彫刻を一から産み出していない。元々生きていた人間を石にして、砕き、適当にくっ付けただけのシロモノを『芸術』と呼んでほくそ笑む。

これがタチの悪いごっこ遊びじゃないなら、何だと言うんだ。

僕の言葉に、顔中に青筋を浮かべた彼女は、血走った目で僕を見下ろした。

 

「………決めた。あなたを最高傑作にするわ」

「生憎だね。お前の悪趣味に無抵抗で付き合うほど、僕は従順じゃない」

 

怪物の周囲の被害を顧みぬ猛攻を相殺し、走った痛みに拳を見やる。

一撃が重い。何度か骨が砕けた。

スーツの強度というよりは、僕の体が貧弱すぎるのが悪いらしい。肉体改造もまだ途中だし、来年には改善してるといいが。

相手は人工個性を取り込んだ彫刻。知性などカケラもない生命体なのが救いだが、この物量と威力でごり押されると面倒だ。

何より、僕の背後には守るべき人たちがいる。

業を煮やしたのか、石と石が刷りあう音に似た咆哮と共に、一撃が振り下ろされる。

もし地面に落とされたのであれば、岩盤を叩き割るだろう、僕の背丈よりも少しばかり大きい拳。

僕は軽く飛び上がると、回転することで勢いをつけ、それに蹴りを叩き込んだ。

 

「……は?」

「なっ、なぁっ…!?」

 

砕け散る拳。

僕は降り注ぐ破片の中で着地し、その感触と湧き出る罪悪感に顔を顰めた。

 

「…ふ、ふひ、ひひっ、ひゃはは…っ!

わかっているの…!?アンタ、『ヒーロー』って名乗ってるのに、『なんの罪もない人たち』に攻撃してるのよ!?

しかも、私がわざわざ残らずに再利用してあげた部品たちをここまでバラバラにするなんて!!もしこの状態で戻したら、バラバラ死体のかぁんせぇえい!!晴れて『人殺し』の汚名を被るのよ、アンタはぁああっ!!!

あは、あはははっ、ふひひ、ひひひゃはははっ!!今のアナタ、すっ…ごぉく…滑稽ねぇえええっ!!!」

「そうか」

 

女の戯言を流し、横薙ぎに放たれた一撃を受け止め、背から伸びているであろう触手を握りつぶす。

動揺するどころか、たじろぐこともしないとは、夢にも思わなかったのだろう。

僕は目を白黒させる女を睨め付けるように、目先を向ける。

 

「生憎だね。背負う覚悟なんて、とうの昔に出来てるんだよ」

 

人工個性を取り込んだ時点で、この怪物を構成する全ての肉体は崩壊しかけている。

証拠として、砕いた破片が液状化して、地面に吸われているのが見えた。

侵食が以前より明らかに早い。相手がひどく歪な生命だからか、それとも人工個性の凶暴性が増しているのかはわからないが、それだけは解る。

僕は襲いかかる攻撃を迎え撃ち、一歩ずつ、命を侮辱する女へと向かう。

 

「緑谷くん…。君は…。君はどうして止まらないんだ…!!」

 

飯田くんの悲痛な言葉が、背中に当たる。

僕はそれに振り向くことなく、ただ前に進む。

 

「その人は…、その人たちは、まだ生きてるんだ…。きっと、助かるはずなんだ…!

ヴィジランテといえ、ヒーローと名乗る君が…、あれだけ頑張れる君が!!真っ先に『諦めて』しまってどうするんだ!!」

 

その言葉が、痛いほどに突き刺さった。

と。その時だった。

 

怪物の一部がデロデロに崩れ、液体となってその場に落ちた。

 

「……は?み、緑谷くんは、まだ…」

「え……?」

 

飯田くんが狼狽え、桜乃さんが呆然としながら、そのグロテスクな光景に目をひん剥く。

思っていたよりも限界は近いらしい。

怪物は苦悶の声を上げることもなく、溶けかけた拳をこちらに振り下ろした。

が。その拳は届かず、腐り落ちるように、ぼとり、と転がった。

女はそれを見て、軽く舌打ちする。

 

「ちっ。なにがフィクサーよ、こんな限界の近いガラクタ売りつけやがって…」

「げ、限界…?お前っ!この人たちに何をしたんだ!!」

「危ないです、飯田くん!下がって!!」

 

飯田くんが女に詰め寄ろうとして、ずん子さんに止められる。

女はそれを横目に、可笑しくて仕方がないと言わんばかりの醜悪な笑みを浮かべ、天に顔を向けて嘲笑った。

 

「くふっ、ふふふっ…。『人工個性』っていう、超絶ヤバぁいブツを投与したの…!彫刻に打ち込めばあら不思議!私の言うことなんでも聞いちゃうぱぁあぁあふぇぇええくとなァ、ドレイのかぁんせぇえええいっ!!

最終的には食われて溶けちゃうとか言ってたけどぉ…。まさかこーんな早いとは思わなかったわぁ」

「食われて、溶ける…?

まさか、最近の液状化事件は…っ!?」

 

飯田くんの目に、絶望が浮かぶ。

女は噴き出す笑いを堪えきれず、下品に涎を撒き散らしながら声を上げた。

 

「くひ、ふふふっ、ふひひっ、ひひっ、ひひゃ、ひゃははははっ!!

そう!アレが末路!一度接種すれば、絶対に逃れられない、究極の絶望なのよぉお!!

…ま、知性が死にすぎて、その顔が見られないのが惜しいけどぉ…。

でもさでもさ…。その顔って、最っっ…高に綺麗だと思うのよぉ…!」

 

狂ってる。

僕たちとは絶対に相容れない価値観を持つ彼女を前に、嫌悪を噛み潰していると。

桜乃さんが声を張り上げた。

 

「あなた…、あなたは…っ!そうやって、私のパパとママも殺したんですか!?」

「…ひはぁっ」

 

その追求に、歪んだ笑みを浮かべる女。

まずい。今すぐに、醜悪な言葉しか並ばないあの口を塞がなくては。

しかし、僕が動揺を露わにした隙に、ほとんど崩れかけた怪物が最後の足掻きとして放った拳が直撃し、吹っ飛ばされてしまった。

 

「そぉだよぉ…?解らないかなぁ…?

あなたのパパとママねぇ…、さっき溶けちゃったぁ!!多分、今頃地下で残った部分も溶けちゃってるかもよぉ?

あは、ひひ、くふひひひっ!!!」

「……っ、ゆる、さない。

絶対に許さない…!今ここで、パパとママと同じように殺してやる…!!」

「桜乃さん…っ」

 

僕が受け身を取った頃にはすでに遅く、桜乃さんは既に変容してしまっていた。

怒りに声を震わせ、おぼつかない足取りで女へと迫る。

ずん子さんが慌てて止めようとするも、少し力を緩ませれば、今度は飯田くんが彼女に迫ることだろう。

怪物が身を削って作り出す雨を浴びながら、走り出す桜乃さん。

僕は慌てて殺意に取り憑かれた桜乃さんの肩を掴み、その顔をこちらに向かせる。

 

「桜乃さん!殺すことは背負うことです!奪った命に責任を持つことです!!

この悪魔の命は、アナタが背負えるほど重いんですか!?」

「……その言葉、先生の生徒さんですね。

…大丈夫です。そいつを殺したら、私も死にます…っ!!」

 

違う。それをしたら、本当に戻れない。

僕は声を張り上げ、彼女の肩を強く掴む。

 

「そういうことを言ってるんじゃない!!

今のあなたは、命を背負うことの意味を吐き違えてる!!」

「じゃあ、どうすればいいんですか!?

私は…、私は、もう…。この悪魔を殺すまで止まれない…!!」

 

復讐鬼。その単語が似合う形相に、思わず僕はたじろぐ。

だめだ。僕の言葉では救えない。彼女を止める言葉を、僕は持たない。

僕が諦めかけた、まさにその時。乾いた音と共に、桜乃さんの体が吹き飛んだ。

僕がそちらを見ると、手のひらを真っ赤にしたずん子さんが、桜乃さんを睨め付けていた。

 

「…飯田くんの…、ヒーローを目指してる子の先輩なんでしょう、アナタ…!」

「………東北、さん?」

「私は…、私だって、故郷にいた親友たちを失った!もう失ってた…っ!!

強がってたけど…。隠してたけど…っ!本当は…、その犯人を…っ、殺したくて殺したくてたまらなかった!!」

 

吐露された真実を、僕は初めて聞いた。

ずん子さんは、故郷を捨てて逃げてきた。それはきっと、楽しい思い出も捨ててきたんだと思う。

だからこそ、残った思い出が踏み荒らされたと知ったあの時。

髪に隠れたあの顔には、桜乃さんと同じ顔があったのかもしれない。

桜乃さんが呆然とする中で、ずん子さんは続ける。

 

「でもっ…、お姉ちゃんの私がそれをしたら…。きりちゃんや、この子たちはきっと、今よりもっと簡単に踏み越えてしまう!!

この子たちは…、ヒーローを目指すのはそういう子たちだから、支えてあげる立場の私たちが踏み外しちゃいけないの!!

アナタが止まらなきゃ、この子もいつか止まれなくなる日が来る!!

だから、お願い…っ。許せないだろうけど…、殺したくてたまらないだろうけど…!

飯田くんが簡単に踏み越えてしまわないように、止まってあげて…っ!!」

「………っ」

 

桜乃さんの目が、飯田くんに向く。

と。その時だった。

 

「……くっだらなぁい。なぁに、その三文しばぁい?殺したいなら殺せばいいのに」

 

最悪の煽りが、悪魔の口から飛び出たのは。

逸れかけた矛先が、再び悪魔の胸元へと向けられる。

 

「なら、望み通り…!!」

「だから!私たちが踏み越えちゃダメだって言ってんですよ!このわからずやぁっ!!」

「わからずやでいい!!コイツを殺さなきゃ、殺さなきゃ…っ!!」

 

意識が殺意に支配されている。

飯田くんも流石に桜乃さんの様子がおかしいと気づいたのか、慌てて止めに入った。

 

「……あぁ。そう、その顔…。

くひっ、ひひひっ。この程度の絶望で、そぉんなにキレイなのねぇ…?

もっと、もっと見たいわぁ…!

その先にある、さいっっ…こぉおにぃ、キレイな顔ぉ…っ!!」

 

悪魔は言うと、桜乃さんの足元に、あるものを投げつける。

そこにあったのは、わかりやすくラベルが貼ってある、人工個性が宿った注射器だった。

 

「ねぇ、殺したくなぁい?

より惨たらしく、より苦痛を与えてぇ…、じわじわと、私を!!

それを打てば、命と引き換えにソレが叶うのよ…?

さぁ、私はここよぉ…?早く殺しにきてよぉ…?」

「っ……!!」

 

激情に任せて、桜乃さんが注射器を握る。

まずい。今すぐ止めなくては。

慌てて僕が駆け寄ろうとすると。

 

飯田くんが流れるように注射器を取り上げ、草むらへと投げ捨てた。

 

「天哉くん」

 

驚くほどに冷ややかな声。

それに若干たじろぐ飯田くんだが、桜乃さんの手を強く握り、真っ直ぐに彼女を見据えた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

桜乃先輩の冷ややかな瞳が、ボクに向く。

いつも見ていた、ボクが好きだった朗らかな笑みはもう、面影さえ見えない。

ボクも両親を…、尊敬する兄さんを失えば、きっとこうなるのだろう。

ボクはゆっくりと深呼吸し、彼女の腕を掴む手に力を入れた。

 

「桜乃せんぱ…。いや、そら姉さん。もう、止まってくれ」

「いやっ、離して…っ!あの悪魔は、私が殺さないとダメなんです…!!たとえ、私が溶けて消えようとも…」

「そんなことを言うな!!」

 

ボクは語気を強め、響くそら姉さんの怒鳴り声をかき消した。

そら姉さんは怒りの形相を変えないままに、ボクを睨んでいる。

でも、それに屈してはいけない。命を投げ捨てる真似を放置するなんて、ボクの目指したヒーローでは決してないのだから。

…いや、それだけじゃない。

 

「ボクは…っ!ずっと、ずっと…。そら姉さんの力になりたくて…、そら姉さんを守りたくて…!そら姉さんに見守ってほしいと思って!ヒーローを目指している!!

そら姉さんが好きだから、ヒーローになって守りたいんだよ!!」

「……ふぇっ!?」

 

ヒーローとして、どこへ向かうかを考える機会をくれた人。本で世界を変えようと、足掻く姿を見せてくれた人。ボクをずっと、見守ってくれていた人。

きっと、異性としての『好き』ではないのかもしれないけれど。

それでも、憎悪を打ち消すほどに、ボクがこの感情をぶつけなければ、彼女は止まらない。

 

「異性としてのどうこうなんてさっぱりわからないけれど…。まだ、全然、どんな感情かも整理はつかないけれど…!

それでもっ!ボクがそら姉さんのことを想っているのは本当なんだ!!

だからっ…!頼む…っ!ボクが止まる場所を…、ボクが進む理由を…!こんなヤツのために、消してしまわないでほしい…!!」

 

これがボクのできる精一杯。

ボクができることだけを告げなければ、ボクの言葉は軽くなってしまう。

だから、混じりっ気ない本当の気持ちを、憎悪を剥き出しにした彼女にぶつけた。

そら姉さんの怒りはすっかり消え、真っ赤になりながら、「ふぇ、え、えとっ」と慌てふためいている。

そんな時だった。

 

「ああ、もぉ、じれったいなぁ!!」

 

あの悪魔が、注射器をそらさんへ突き刺そうと迫っていたのは。

ボクは慌てて彼女を突き飛ばし、庇うようにして前に出る。

ああ。きっと、ボクはあんな風に溶けて死んでしまうのだろうな。

ボクがそう覚悟した、その時だった。

 

「正義の一撃」

 

その声と共に、悪魔の頬に拳が刺さる。

その主は、鎧に身を包んだ緑谷くんだった。

一瞬の静寂。次の瞬間には衝撃波と共に、その体が地面に叩きつけられた。

確実に、決まったと思える一発。

だというのに、拳を放った緑谷くんは、警戒するように僕たちを抱えて、距離を取った。

 

「な、なにを…!?」

「まだ終わってない」

 

緑谷くんはそれだけ言うと、少しばかり離れた場所にボクたちを下ろす。

その言葉の通り、悪魔は起き上がり、下卑た笑みを浮かべ、こちらを見ていた。

 

「…面倒だな。人工個性の技術を用いた道具は」

「くひっ…、流石に気付いてるのねぇ…?

それでも、流石に痛かったけどさ…」

 

手に持っているのは、謎の絵筆。

しかし、気になるのはそこではない。

ボクは慌てて、緑谷くんに問いかける。

 

「緑谷くん…っ!まさか、戦う前から人工個性を知っていた…のか…?

だからっ、あんなに躊躇いなく…っ!?」

 

緑谷くんは、世界一と称されたほどに、凄まじいまでの努力家だ。

ボクもその片鱗は見た。だからこそ不思議だった。

動く彫刻と対峙した時、どうして躊躇いもなく壊しにかかったのか。

先程のセリフから察するに、彼は既に、人工個性という劇物を知っていたのではないだろうか。

ボクの推論は正しかったようで、緑谷くんは首肯してみせた。

 

「…これは、僕にしか止められない。いや、『僕たち』が止めなきゃいけないんだ」

 

自分に言い聞かせるように語り。

 

「誰しもが生まれてよかったと…。生きててよかったと…!心の底から思える未来を作る、そんなヒーローになるために…!!」

 

誓いの固さを示すように、拳を握りしめる。

彼はそのまま駆け出し、悪魔に拳を叩き込んだ。

 

「僕たちはどれだけ罪を背負おうと、その未来を手に入れる…!!それが、僕たちの戦う理由だ!!」

 

孤独なように見えて、背を預ける誰かがいる。勇敢なように見えて、自分を騙すように強がっている。

そこにいくつもの決意があったのだろう。

いくつもの苦悩もあったのだろう。

そして、壁にぶつかるたびにソレを乗り越えてきたのだろう。

 

「ちっ…!こんなバケモノに付き合ってられるかっての…!!」

 

まるで自分の姿をドラッグして移動させたようにして、拳の嵐から悪魔が逃げる。

点、点、と少しずつワープして離れていく悪魔を前に、ボクはあることに気づく。

瞬間移動にしてはラグがある。加えて、一定間隔にしか移動していない。

…彼なら、この悪魔を倒してくれる。それは確定なのだろう。

 

しかし、ソレでいいのだろうか。ソレで、ボクは納得するのだろうか。

 

いや、ダメだ。考えるな。模範となるヒーローになるんだろう、飯田天哉。

いや、行け。そら姉さんへの言葉を無意味なものにする気か。緑谷くんは、彼女の心を救えるのか?だったら、少なくとも自信を持って救えるといえるボクが、ここで動かなくてどうする。

二人のボクたちが喧嘩している間にも、ヤツは離れていく。

緑谷くんはそれを追うことはせず、真っ直ぐにこちらを見ている。

ボクはどうするべきか、と考えていると。

ふと、そら姉さんの泣きそうな顔が目に入った。

 

「……天哉くん。ずるいこと、言いますね」

 

────助けて。

 

瞬間。ボクはズボンの膝下を破り捨て、ふくらはぎから突き出たマフラー部分に力を込めた。

足に熱が伝わっていく。

兄さんの見よう見まねで、正直、てんで上手くいく気がしない。

それでも。進みすぎるボクの止まる場所になってくれる、あの人を救うために。

ボクは一歩を踏み出した。

 

「………は?」

 

悪魔の手から、絵筆を奪い取る。

トルクオーバー・レシプロバースト。ボクの家に伝わる、瞬間的に加速する必殺技。

持続時間も精度も、兄さんのソレと比べれば、月とスッポンだ。

しかし、ヤツの移動に一定の間隔とパターンがあることを突き止めた以上は、そこに合わせて真っ直ぐに走るだけ。

それなら、ボクにでも出来た。

絵筆を奪われたことを認識した悪魔は、咄嗟にあの赤い宝石を取り出し、ボクに向けようとする。

 

「はぁああああああっ!!!」

「かっ……」

 

先程の緑谷くんのように飛び上がり、加速したまま、数回転する。

この無理で、左足首が嫌な方向に曲がったような気がする。痛みが走るが、悲鳴を上げることはしなかった。

ボクは叫びながら、彼女の脳天へと、勢いのついた蹴りを叩き込んだ。

その場に崩れ落ちていく、悪魔の体。

ボクはやってしまった、という感覚と、やりきったんだ、という安堵で、その場に脱力した。

 

この日。ボクは初めて、ルールを犯した。




本編のちょっと後。

「で、緑谷先輩。なんで動かなかったんです?」
「アレだけの口説き文句吐いたんだ。ちょっとくらい、その覚悟がどれだけのものか見てみたいって思わない?」
「…アレの性格の悪さ、完全に感染ってますよ」
「うん。知ってる。あはは、あははは…、はぁ…」

「…終わったぞおい」
「消化不良もいいとこだ死ねっ」
「終わったんやしええやんか…」

次回に後日談とバレンタイン(ホント季節あってねぇな)挟んで、中2編(二編くらいやったら終わる)です。書きたいものが多すぎて放置してました。

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