小春六花、散る!
「……なるほど。…確かに、法的資格がどうのこうの、と言ってる場合ではないな」
事件から3日。これまでのいきさつを飯田くんに話し終えた疲れから、軽く息を吐く。
浮遊大陸でもよかったのだが、いきなり連れていくと困惑するのは確実。そのため、わざわざ音街さんの家にある応接室を借りてのプレゼンとなった。
応接室に集まったのは、テスト作りに集中している先生を除く男性陣…僕、かっちゃん、轟くん、切島くん、飯田くんの五人。
女性陣はそらさんを取り囲んで、「用事がある」とか言って出かけてしまった。
轟くんがマシュマロの浮いたココアを啜りながら、半目で僕とかっちゃんを見やる。
「相手が地球をどうこうできるような戦力をポンポンと生み出せるヤツが黒幕で、ソレに対抗できるのが緑谷のデタラメ技術と爆豪のデタラメ火力だけな時点で…なぁ」
「世紀末過ぎないか、この世界…?」
飯田くんがなんとも言えない表情を浮かべ、オレンジジュースを啜る。
その一言には激しく同意する。
つくづく、難儀な世界に産まれたものだな、と思いつつ、机の上に転がるブツに目を向ける。
彫下鳴子という名の悪魔から取り上げた宝石…『バジリスクの瞳』と、名称はわからないが、パソコンみたいなことができる不思議絵筆。
コレは誰にでも使えるらしく、試しに僕が実験台となって使ってみたところ、彫下鳴子が見せた機能は一通り確認できた。
しかし、目下の問題は機能面ではない。
「…コレ、いつ作られたんだろ?」
「ああ。話を聞いていたところ、そこが一番気になった。
『人工個性』は『いつの時代』に、『何のために』作られたのか…。緑谷くんでもわからないのか?」
「うん。ただ…、ピラミッドに新しく部屋を作るって、物理的に不可能なんだよ。
扉の劣化からして数千年近く放置されたって話だから…、その当時にはイズクメタルに関する技術と、人工個性に関する技術を誰かが持っていたんだろうね。
…だいたい予想つくのが怖いけど」
僕の脳裏によぎったのは、口元に笑みを浮かべた、あの憎たらしい絶対悪。
とっくに人間の寿命を超越しているのだ。古来より生きていたと言われても、正直驚かない。
かっちゃんと轟くんも薄々察しているのか、改めて感じる敵の強大さに、武者震いを隠すように自らの腕を強く掴んでいた。
「つーことは、『アケト・クフが建設された年には、すでにその悪趣味な宝石は完成していた』んだろ?
ヒメとミコトが何万年も生きてんだ。別におかしな話でもねぇ」
「や、でも…。日本からエジプトって、結構な距離あるよ?
細胞を持ち帰っても、それを品物として加工する技術なんて、当時じゃ考えられないし…。そもそも、第4王朝のエジプトじゃ作れないんだよ」
「なんで?」
「単純に設備がない。土粘土乾かすとか、紙を作るとかが最新技術な文明で扱える代物じゃない…ってのはわかる?」
「まぁ、そりゃあ…なぁ」
結局のところ、分かったことといえば「何もわからない」くらいだ。
僕たちが悶々と頭を抱える傍ら、切島くんが「気分転換しようぜ」とテレビを付ける。
そこには、雄英高校の先生方が記者会見をしている姿が映し出されていた。
「……飯田くん、大丈夫?」
「いや、ボクはどうということはない。君に試されたことには、正直腹が立ったが…。
それでも、あの場面でボクがトドメを刺すことに意味があったことは、分かっているつもりだ」
「あ、あはは…。ごめんなさい」
バレていたか。
許してもらえないだろうが、僕は深く頭を下げ、彼に詫びる。
しかし、飯田くんは眉間に皺を寄せた顔から一転、柔らかな笑みを浮かべた。
「気にするな。あの時、君に全てを任せれば、ボクはきっと、口先だけの軽い男になっていた。
そら姉さんも、晴れなかった怨嗟に今なお苦しむことになっていただろうな。
だから、アレは…。そうだな。ボクがそら姉さんを救いたくて…、彼女の憎しみに決着をつけたくてやったことだ」
結局のところ、僕たちは彫刻にされた命を救うことは出来なかった。
できたことと言えば、永遠に続く苦しみから解放することくらい。
どうしようもないほどに崩れてしまった体を用意する…なんて出来るはずもなく。
僕たちが宝石を取り上げた瞬間に、彫下鳴子の生家は地獄と化した。
唯一生きていたのは、手足を切り落とされた、チームIDATENのメンバーのみ。
僕たちが治療を施したことで、日常生活は送れるようになったものの、手足を切り落とされ、石にされたトラウマからか、サイドキックを引退してしまった。
彫下鳴子はそらさんへの執着が果たされなくなってしまったために茫然自失となり、碌に事情聴取ができない状態にあるらしい。しかし、しでかした事が事なので、タルタロスに収監されるのだとか。
失ったものはあまりに大きい。自分の力不足がひどく恨めしくなる。
通夜のような雰囲気が包み込む中で、話題を変えようと思ったのか、飯田くんが口を開いた。
「……そ、そういえば!…えっと、その…。明日のバレンタインに、そら姉さんに『返事をする』と言われてしまったのだが…。
正装で行った方がいいのだろうか?」
「こんな空気で惚気んなや死ね」
かっちゃんの毒舌が炸裂した。
必死に話題を変えようとした結果、惚気てしまった飯田くんにも自覚はあったのだろう。
惚気の部分を否定することはなく、ただただかっちゃんの口の悪さに驚嘆していた。
「口が悪いな、君は!?こんな空気だから話題を変えようと思ってだな…」
「かっちゃんのコレ、鳴き声だから」
「ンだとデク!!テメェ、俺が普段から死ねとか殺すとか言ってるわチクショォオオオオオッ!!!」
「…アレは一種のノリツッコミ…なのか?」
「いつものことだぞ。気にしてっとハゲる」
「む、むぅ…。濃いメンツなのだな…」
否定はしない。
飯田くんもそのうち馴染むのだろうな、と思いつつ、僕は小さく呟いた。
「…お返しって、どうすりゃいいのかな?」
少なくとも、あと一ヶ月は悩みそうな問題が、そこにはあった。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「私って、ずるい女だと思うんです」
音街家の厨房にて。
チョコの湯煎をしながら、そらさんが自嘲気味に笑う。
私…東北きりたんは、特に本命となる相手もいないので、適当に型に流すだけの作業を繰り返す手を止めた。
「…大好きなパパとママが死んで。…抜け出せない感情の波に飲まれて…。
挙句、天哉くんにだけ責任を押し付けちゃったこと、すっごく後悔してます」
「いいじゃない、別に。
そんなずるい女でも、苦しんでいたことは事実なんでしょ?あのとき、飯田くん以外が決着をつけたら、抱えた気持ちに整理をつけられなかったでしょ?」
「…それでも、です。罪悪感がずっと、胸の中でしこりとして残ってるんです。
こんなずるい女、真っ直ぐな飯田くんに吊り合うわけがない」
告白は、「こちらが土俵に立っていない」と断るつもりらしい。
奥さんはそれに対し、「好きにしなさい」とだけ言うと、アート作品もびっくりなチョコレートのオブジェの作成に取り掛かった。
私もそこまで下世話ではない。
飯田先輩には悪いが、彼女の背を押すことはできない。
「責任を押し付けてもぉたのはウチらも同じやし、気にせんでええと思うよ。
責任を取るっちゅうのは、幸せになっちゃあかんってわけでもないんやし。
飯田の兄ちゃんと一緒にいて幸せなら、幸せな方がウチはええと思うけどなぁ。
兄ちゃんも、そらさんとおるのが幸せっちゅうとったんやろ?」
ついなちゃん、結構ませてるんだな。
いや、私が言えたことではないのだけれど。
彼女の無垢な笑みと意見に、思わずたじろぐそらさん。
しかし、まだ踏ん切りが付かないのか、小説家とは思えないほどにしどろもどろになって言葉を濁す。
「…そ、それは、そうですけど…、それはずるくて、卑怯な女がやることかと…。
わ、私…、そんな卑怯な女になってまで、天哉くんに迷惑をかけたくありません…」
「恋なんて卑怯なくらいがちょうどええと思うで。堅すぎると、出久の兄ちゃんとあかりの姉ちゃんみたくなるからなぁ」
「あー…。アレは確かにじれったいですね。
まぁ、アレも愛の形と言えば、聞こえはいいですけど」
ホント、早くくっ付かないかな、あの二人。
そんなことを考えながら、私は型にチョコを入れ終え、冷蔵庫に放り込む。
そらさんは顔を真っ赤にしながら、思考を巡らせ、頭から湯気を放つ。
活字の中では慣れっこだが、現実ではそうでもないらしい。
手持ち無沙汰になった私は、そらさんに声をかけた。
「ちょっとくらい先延ばしにしてもいいでしょ。お互い若いんですから。
引け目があるという前提条件を取っ払えた時に、改めて告白を受け入れるかどうかを答えたらどうですか?」
「……それはそれで悪い気がします…」
「大丈夫ですよ。ああいう人種は、何があってもずっと待ち続けるってわかってるんで」
「…?なんでわかるんですか?」
首を傾げるそらさんに、私は地獄絵図を作り出してるあかりさんを指差して告げた。
「似たようなのが何人かウチにいるんです。
あそこでカツ丼にチョコぶっかけてる先輩とか」
「待って絵面おかしい」
そんなこと言われても、私は知らん。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「カツ丼チョコです!」
現在、オレこと小春六花は、眼前にある冒涜的な食物を前に戦慄していた。
ウナお嬢様とその友人たちが「本命チョコと義理チョコ、あと友チョコを作りたい」と依頼してきたときは、若干小躍りするくらいには歓喜の中に居たはずなのだ。
だというのに、目の前に出された冒涜を具現化したような一品はなんだ?
ソレを生み出したるは、別名「暴食の権化」のあかり様。
試食として出された、チョコでコーティングされたカツ丼を前に、私は冷や汗を流す。
「イズクくんも、好きなものと合わせたら幸せなはずです!」と自信満々に笑う彼女。
ツンと刺す香りは、チョコとカツ丼をそのままミキサーでかけたんじゃないかと思うほどにミスマッチだ。
ごくり、と唾を飲み込み、言葉を探す。
相手は御客人。慎重に言葉を選ばねば、オレのメイド生が終わってしまう。
しかし、喉奥から漏れ出すのは、「あの」とか、「その」など、単体では意味をなさない接続詞ばかり。
自分の立場の弱さを呪いつつ、私は箸を手に取った。
「……い、いただきまーす…」
「はいっ!」
チョコに包まれたご飯とカツを掬い、口に放り込む。
口腔で炸裂したのは、あまりにも冒涜的すぎる、味の暴力。
あまりの味のコントラストに味覚が耐えかねているのか、正確な味が読み取れない。
ただ、コレを表す言葉が、私の脳裏を支配していた。
「どうですか?」
「……その…。あ、味が前衛的すぎて、現代人の出久様には合わないと思うなー…」
「むぅ…。難しいですね、チョコ…」
あり得んほどクソまずい、である。
それこそ、拷問の類と認識できるレベルでまずい。
まず醤油ベースの出汁の風味とチョコのカカオ風味が舌の上で全力ボクシングしてる。
それだけに飽き足らず、そこに米の甘みと、カツの油が参戦し、レスリングまで開催されている始末。
まずいと言う概念が今、オレの口内で爆誕し、産声を上げている。
「食えればいいや」という彼女の発想が恐ろしいだけで、料理自体は普通に出来るから、戦争とは恐ろしいものである。
しかも、そこに好きな相手への本命チョコという要素が絡んでるので、全力で迷走してらっしゃるのだ。
オレが止めなければ。止めなければ、出久様の味覚が死ぬ。
そんな使命感を胸に、オレは恐る恐る口を開いた。
「フツーのチョコを作った方が、出久様もお喜びになると思いますよ?
こういうのは、シンプルな方がウケがいいんです。下手に凝ると引かれますよ?」
「そうなんですか?」
「ええ。そうなんです」
よし。これで軌道修正は完了した。
あとは、この魑魅魍魎ですらたじろぐ物体を始末するだけだ。
私は覚悟を決めて、あかり様に笑みを浮かべた。
「じゃあ、これは勿体無いんで、私が食べちゃいますね。どんなチョコを作るか、レシピ本から選んでおいてください」
「はーい」
すみません、ウナお嬢様。小春六花、ここに散ります。
小春六花、撃沈。その後、山のようなヨーグルトを摂取することで復活を果たしたという。