「……あの、コレ、なんすか?」
バレンタインの朝。
休日ということもあり、少しくらい休もうと勉強漬けの頭をリフレッシュするべく、溜め込んだ任侠ドラマを見ていたところ。
急に来訪した人物が差し出したソレを見て、俺は恐る恐る問いかける。
俺の目の前には、イギリスNo. 1ヒーローである『flower』が、バレンタインチョコを持って立っていた。
「もしかして、違ったかな?日本では好きな人にチョコレートを渡すと聞いたから、キリシマくんにと思って持ってきたんだけど」
「合ってるっすけど、半分間違いっす。世話んなった人とか、ダチとかにもあげます」
「あ、そうなの?…参ったなぁ。つづちゃんたちの分、作ってないんだよね…」
「……手作りっすか、コレ?」
「うん。好きな人に渡すものは手作りがいいと聞いたからね」
「……俺、今日死ぬのかな…?」
多分きっと、近いうちに殺されるんだ。
そんな悲壮感を込めて呟くと、flowerは俺の両頬に手を添え、顔を近づける。
「大丈夫?心中でもするかい?」
「しないっす。冗談っす。
あと、やめた方がいいっすよ。絶対に誤解される」
「誤解だなんて。好きな人に愛情表現をするのは当然のことだよね?」
「助けてくれ爆豪…。俺、デビュー早々炎上とかしたくねぇよ…」
デビュー直後に炎上が確定している爆豪に助けを求めるが、多分「うるせぇ知るか殺すぞ」としか返ってこないんだろうな。
そんなことを思いながら、俺はflowerを家にあげた。
その後、やってきた京町さんと居酒屋巡りに付き合わされることになるとは知らず。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「ショート!はいっ、梅キャンディ!」
「飽きないように、少し味を変えたり、見た目もカラフルになるよう工夫したんだ。
ど、どうかな…?」
「ありがとう。すっげー嬉しい」
俺は瓶詰めされたキャンディを受け取り、カラフルに中身を彩るソレを覗き込む。
二人からのプレゼント、ということで結構な量があるが、片手で持てない程ではない。
梅というチョイスは二人らしい、と思いつつ、俺は桃色と薄い紫色のマーブル模様が目立つ一つを取り出す。
市販のキャンディと比べれば、不恰好なソレ。
かろっ、と口の中に放り込むと、梅の風味、酸味が広がり、飴特有の甘みが包み込む。
「…美味い」
「ホント!?やったぁ!」
「よかったぁ…。あんまり梅が好きじゃなかったどうしようかなって…」
「長い付き合いだろ。梅…、お前たちが嫌いなんて、かけらも思ったことねーよ」
俺が言うと、二人は顔を真っ赤にし、しどろもどろになりながら、「あわ、あわわ」と慌て出した。
…何かおかしいことを言っただろうか。
「し、ショート…?私たち以外にそんなこと言っちゃダメだから、ね?」
「そーだそーだっ!ちゃんとセキニン取ってよね!」
「あ、ああ……?」
ヒメとミコトの態度に、俺は首を傾げつつ、もう一つキャンディを頬張った。
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「はいっ。お茶子の姉ちゃん」
「ん。これはウチから」
自宅にて。
ついなちゃんから可愛くラッピングされたチョコを受け取り、私は下手くそなラッピングが施された箱を差し出す。
中には、不恰好なトリュフ型のチョコが並んでいて、力作とは言えど、あまり出来が良いとは言えない代物であった。
その工程を目の当たりにしているにも関わらず、ついなちゃんは嬉しそうに箱を抱える。
「あんがとなぁ」
「…結構へたっぴやで?ほんまにええの?」
「ウチのヒーローがくれたんが、すっごく嬉しいんやんか」
「そ、そっか。……へへ、えへへ」
きっと今、だらしないにやけ面を晒しているのだろうな。
私は照れながら、「これ、開けるな?」と確認を取り、箱を開ける。
ついなちゃんは男連中に渡す義理チョコ以外は家で作っていたので、こうして見るのは初めてだ。
ラッピングを丁寧に剥がしていき、中にある簡素な紙箱の蓋を取る。
そこに鎮座していたのは、私とついなちゃんを象った砂糖菓子が、ちょこん、と乗っかったケーキだった。
「わぁ…。よぉ出来とんなぁ…」
「六花の姉ちゃんに教えてもらってん。
お店のより下手っぴかもしれんけど…」
「いやいや、ウチのなんてもうコレに比べたらヘタクソもいいとこやから!
…すっごい嬉しいわぁ」
お店のよりヘタクソとは言うものの、私からすれば、作れると言う事実だけで尊敬に値する。
ついなちゃんも貰った箱を開け、嬉しそうに微笑んだ。
「…これからもチョコ交換したいからさ。あんま無茶したらあかんよ?」
「あ、あはは…」
その一言には弱いなぁ。
そんなことを思いつつ、私は牛乳を取りに、冷蔵庫へと向かった。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「もう少し、考えさせてほしい…かな。
今の私だと、天哉くんも私も、納得できない答えしか出せないと思う」
そら姉さんの答えに、ボクは「理由を聞いても?」と返す。
ボクは卑怯者だ。大方の予想はついているのに、彼女の口から吐き出したくもないであろう気持ちを吐かせようとしている。
そら姉さんは暫し悩んだのち、口を開いた。
「告白が嫌ってわけじゃないの…。本当に、私なんかがソレに応えていいのかなって…。自分が最低な人間なんだって思ってしまってるから、きちんとした答えが出せないの」
「…わかった」
その言葉に、ボクは拳を握る。
あの悪魔がそら姉さんに遺してしまった傷痕は、ボクが思うよりも根深い。
彼女がそんな感情の海から抜け出すために、ボクにできることはないだろうか。
先日会った、水奈瀬先生の言葉が頭をよぎる。
────適度に自分を許さなきゃ、人は生きられません。…だから、飯田くん。君があの子の「自分を許せる理由」になってくれませんか?
僕も彼女も、自分の許し方を知らない人間だ。
だからこそ、長い時間をかけて、そら姉さんが自分を許せる理由にならなければ。
ボクは手にあるラッピングされた箱を見つめながら、そんな決意を込めて告げる。
「…そら姉さん。ボクは必ず、貴女の心に残った罪悪感すらも救えるほどのヒーローになってみせる。
今は、まだまだ実力不足だけど…、それでも、この言葉に嘘はない」
ボクの言葉にそら姉さんは目を丸くした後、ふっ、と笑ってみせた。
「……ふふっ。天哉くんって、意外と口説き上手なんですね」
「………あっ、いやっ!?ボクがこんなことを言うのは貴女だけで!!」
人をプレイボーイのように言うのはやめてほしい。
そんなことを思いながら、ボクはいつも以上にカクカクとした動きで抗議した。
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「バクゴーさん!コレどーぞ!」
「…お、おう」
「ぷっ、くくっ…」
ニマニマとにやけヅラを晒す東北を横目で睨みつつ、音街からチョコを受け取る。
こんな浮ついたイベントなど、前までは自分から遠ざけていたというのに。
人生で初めて、クソババア以外から受け取ったチョコ。
コレと同じように、てんで甘くなった自分に呆れたため息が出る。
この秘密結社に入って半年。超えるべき壁ばかりが目の前に立ちはだかる現状に焦りながらも、このイベントを楽しめるくらいには余裕が持てている。
自分の変化に複雑な感情を抱きつつ、俺はもらったチョコレートを仕舞おうとした。
「あ、あのっ、ここで開けてほしいな?」
「…わーったよ」
音街の懇願に、俺はカバンに入れかけたチョコを取り出し、ラッピングを剥がす。
軈て、剥き出しになった箱を開き、その中に並ぶチョコを一つ摘み上げた。
「ど、どう、かな?」
「……ガキにしちゃ良く出来てる。不細工だけどなァ」
「ほんと!?」
素直に賛美の言葉が出てこない。
そんな態度が気に食わなかったのか、東北は俺の脇腹を肘で突いた。
「ちょっと。素直にありがとうとか言えないんですか、アンタ」
「言えるような性格じゃねーの知ってるだろォが」
その指摘を一蹴し、俺は摘んだソレを口に放り込む。
市販のチョコを溶かして作った、何処でも食べられそうな味。
甘ったるいソレを飲み込むと、俺は音街に告げた。
「糖分補給にゃ丁度いい」
「そ、そう?よかったぁ…」
素直な褒め言葉など吐いた日には、卒倒するんだろうな。
そんなことを思いつつ、はにかむ音街に聞こえないように、「美味かった」と呟いた。
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「イズクくん!本命です!」
「ああ、うん…。ありがと…」
臆面もなく、堂々と「本命チョコ」であることを告げながら、僕にラッピングされたハート型の箱を差し出すあかりさん。
僕は気恥ずかしさから、蚊の鳴くような声で礼を言い、箱を受け取る。
傍でお母さんがニマニマと笑っているのが見える。
確かに、バレンタインなどというイベントで、お母さん以外でチョコを貰ったことなんて無かったからなぁ。
「開けてください!」と促す彼女に押され、僕は丁寧にラッピングを剥がしていく。
剥き出しになった箱を開けると、そこには「私のヒーローへ」とホワイトチョコで書かれたチョコレートが鎮座していた。
「…ねぇ、あかりさん」
「なんですか、イズクくん?」
いろんなものを背負ってきた。
あかりさんの底知れない悲しみ。運命に翻弄された人たちの亡骸。底知れぬ悪意に奪われた命。
取りこぼしてしまったものは多い。
僕は本当に、彼女に誇れるヒーローになれているのだろうか。
そんな思いを込めて、僕は彼女に問うた。
「僕、ちゃんとヒーロー、やれてるかな?」
僕の問いに彼女は、きょとん、と目を丸くする。
次の瞬間。あかりさんは優しく微笑みながら、僕を抱きしめた。
「大丈夫ですよ。イズクくんはこれまでも、これからも…、私のヒーローですから」
「……うん」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「ほら、バレンタイン」
休み明けのテストを作り終えた僕の眼前に、チョコレートで作られたオブジェが雄々しく聳え立つ。
彼女からバレンタインチョコを貰うのは、今年で初めてだが、ここまで張り切らなくても良いのではないか。
そんなことを考えながら、僕はオブジェを崩さないように、一部をちぎり取り、口に運ぶ。
「…美味しいです」
「そう。よかったわ」
確かに美味ではある。あるのだが、1日で食べ切れる気がしない。
しかし、食べ切らないと、せっかく作ってくれたつづみさんに失礼だ。
僕は冷蔵庫から無糖のボトルコーヒーを取り出し、ベルトを緩める。
正直、チョコレートは進んで食べるほど好きではないが、そんなことは口が裂けても言えない。
オブジェを崩し、チョコを口に運んでいく。
飽きないように入れたのであろう、柑橘系の果物のピュレが時折顔を出す。
来年からは、もう少し控えめにしてもらおう。32の胃袋にコレはキツい。
「……来年は、もう少し抑えておくわ」
「そうしてください」
結婚して10年だというのに、僕たちの間には、新婚のような雰囲気が漂っていた。
…10年も別居してたから、当たり前なのだが。
阿鼻叫喚要素は次回です。