なんか筆が進んだぜ。
「……大丈夫かよ、パワーローダー。死にそうな顔してっけど」
「そりゃあ死にそうにもなるだろ。
担当していた生徒があんな事件を起こしたんだから」
雄英高校の職員室にて。
サポート科を担当するプロヒーロー「パワーローダー」…埋島干狩が、今にも死にそうな顔で仕事に打ち込む。
彼が担当していた生徒の一人…彫下鳴子。
彼女が引き起こした凄惨な事件は、SAVERによって暴かれ、解決に導かれた。
雄英高校の教職員が事件を知る頃には全てが終わっており、残されていたのは、頭部が腫れ上がった犯人だけ。
その自宅には、今しがた切り落としたとしか思えない人の生首が大量に転がっていたという。
彼らは実際には目にしていないが、その醜悪さに、現場検証をしていた警察、およびヒーローがカウンセリングを受ける羽目になったとか。
結果として。雄英高校はサポート科の生徒によって泥を塗られ、その尻拭いをSAVERに任せたという事実だけが周知されてしまった。
そこから始まるのは、連日連夜のマスコミからの問い合わせや、保護者からのクレーム。
特に、犯人を担当していたパワーローダーとなると、「お前はなんて悪魔を育てていたんだ」と責め立てられた。
が。その程度ならまだ耐えることができた。
では、何がパワーローダーを悩ませるのか。
その答えを悟った同僚…相澤消太は、彼に聞こえないように、話題を振った教師…プレゼント・マイクに耳打ちした。
「桜乃そらが気を遣って何も言ってこないのが、余計にキツいんだろ」
「あー…。成る程。あんな顔にもなるわな」
プレゼント・マイクも流石にこの空気には逆らえないのか、ラジオのパーソナリティのようなノリを発揮することなく、耳打ちを返す。
桜乃そら。あの悪魔の元から生還した、数少ない人間の一人であると同時に、悪魔に家族を奪われた一人でもあった。
雄英高校の敷地内で行方不明となり、数日間もの間、あの地獄に囚われていたのだ。
多少なり、警備、及び教育を任されていた教職員らに不満をぶつけても、誰も文句は言わない。
何より、教職員一同自らが、彼女より責め立てられることを望んでいた。
だがしかし。事件が解決して数日経っても、桜乃そらが不満をぶつけることはなかった。
普通に責め立てられるより、彼らの心境は穏やかではない。
それはパワーローダーだけでなく、雄英所属のプロヒーロー全員にも言えることで、職員室には通夜のような空気が漂っていた。
「…パワーローダー誘って、どっか飲みに行くか?」
「明日は日曜だしな…。ちょっとくらい自分を許す時間も必要だろ」
プレゼント・マイクの誘いに乗らない理由もない相澤は、即座に頷いた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
その日の夜。
切島くんとセイカさんを除いたメンバーが僕の家に集まって、すき焼きを囲む。
コンロとすき焼き用の鍋がいくつか並ぶ圧巻の光景に、その中でぐつぐつと煮えたぎる割下の香り。
なんとも食欲を注ぐ光景を前に、飯田くんが恐る恐る口を開く。
「その、本当にご馳走になってもいいんですか?こんな、高級ブランドの…」
「いいんですよ。どうせコイツら勝手に見つけて食うんですから」
「なっ!?見損なったぞ、君たち!!立派な窃盗ではないか!!」
「先生が『勝手に食べていい』って言ってるんで」
「言質も取ってるよ」
「そ、そうなのか…?いや、しかし…」
「あんま気にすんな。こんな大量の肉、大人数で消費する算段がなきゃ買わねーだろ」
「確かに…。随分と仲がいいのだな、君たちは」
…バレた。
飯田くんは揶揄い甲斐があるな、などと思いつつ、僕は具材に火が通るのを見極めるべく、じっと鍋の中を見つめる。
やはり、すき焼きが嫌い、などという人間はこの場にいないらしい。皆一様に鍋を見つめているのが見えた。
「……ん?」
と。鍋が煮える音に混ざるように、僕の携帯から着信音が響く。
携帯を取り出して内容を確認すると、僕は頭を抱えた。
「先生、どうした?」
「……切島くんが面倒ごとに巻き込まれてるみたいです」
「助けに行った方がいい?」
「あ。いえ。ただウチの酔っ払いに絡まれてるだけみたいなので、スルーして結構です」
「あー…」
その説明で全てを悟った古参メンバーは、切島くんに向けて合掌した。
僕の携帯には、年上の女性二人に挟まれて真っ赤になる切島くんの写真が送られてきていた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「こ、個室でよかった…。大炎上するとこだった…」
情報化社会が進み、下手こけばケツの毛までむしり取られるような現代。ネット上でキャンプファイヤーなんて死んでもごめんだ。
両手に花とは言うが、流石に右の一輪はご遠慮願いたい。吊り合わないにも程がある。
俺は両隣に座る二人の目を見ないように、唐揚げを摘み、コーラを呷る。
キャットファイトやら牽制やらと言った、ライトノベルでよく見るような、ギクシャクとした展開はなく。
二人は俺を挟んで、きゃいきゃいと盛り上がっていた。
「切島くんはねぇ、髪の毛をアップすると垢抜けた感じになると思うんですよぉ。
今だと、ちょっと野暮ったいというか…」
「髪も染めた方がいいね。プロデビューするには、些か特徴がなさすぎる」
「うぐっ」
痛いところを突かれた。
仕方ないだろ。親父たちに「髪染めたりするんだったら、自腹でやれ」って言われてるんだから。
整髪料やら染毛剤やらで、ただでさえ雀の涙くらいしかない小遣いが逼迫されるんだぞ。
そんなことを思いつつ、俺は「注いでくださーい」と空になったグラスを手に迫る京町さんに、日本酒を注ぐ。
と。flowerが蠱惑的な笑みを浮かべ、俺の髪に指を這わせた。
「……もしかして、染毛剤とか整髪料とかを買い揃えるお金がないのかい?」
「ま、まぁ…。中1なんで。
それに…、その、なんの結果も出せてねーガキがイキんのもどーなんかなって…」
「…ふぅん。じゃあ、今のうちに結果残さなきゃね?」
「……っす。取り敢えず、雄英受かるとこから始めてみるっす」
実技の方は、正直心配してない。心配なのは筆記の方だ。
こないだの全国模試は、今までで一番の出来であったにも関わらず、順位は125位。雄英高校ヒーロー科の席は40しかないので、この時点で不合格は確実。
実技が飛び抜けて良かったら、まだ一考の余地があるとして扱われるのだろう。
だが、一般を受けることが確定しているメンバーの中には、あの爆豪もいる。
ハッキリ言おう。アレより好成績を出せる気がしない。
戦う前から諦めるな、などと無責任に言う自分もいるが、アイツとの実力差がわからないほどバカではない。
差し迫った現実に辟易しながら、俺はグラスに入ったコーラを飲み干す。
「…俺、ドリンク取ってくるっす」
取り敢えず、今は一度、クールタイムを設けさせてほしい。
俺は空のグラスを手に立ち上がり、個室を出ようとする。
と。flowerが俺を通り抜け、個室の扉を開いた。
「ボクもお水が欲しいや。一緒に行こうか」
「私のもお願いしまーす」
誰かに見られませんように。
俺はそんな願いを込めて、腕を組んでくるflowerを隣に、足を早める。
こんな光景を見られたら、どんなふうに騒がれるかわかったもんじゃない。
俺は戦々恐々しながら、ドリンクバーコーナーへと向かう。
が。悲しきかな。
俺の願いを神様とやらは全力で無視しやがったらしく、出てすぐ隣の個室が開き、出てきた人とぶつかってしまった。
「Oh、Sorry!オレとしたことが、よそ見しちまってたみた……」
びしり。そんな音が聞こえそうな挙動で、トサカのように聳え立つ髪型を誇るグラサン男の動きが止まる。
…いや、ちょっと待て。この人、すっげー見たことあるんだけど。
俺は「あ、えっと、さーせんしたっ」と、ダラダラと冷や汗を流し、そそくさとその場を去ろうとした。
が。そうは問屋が卸さず、男はflowerに迫った。
「…flower?マジモンの?」
「あんまり騒がないでほしいかな。弟子の様子を見に来ただけだから」
「……ど、どもっす」
そういうことにしておこう。
彼女が「バレンタインだから男にチョコを渡しに来た」なんて言った日には、とんでもないことになってしまう。
俺が照れ臭そうな演技をすると、男は両目をひん剥き、静かに叫ぶという芸当をやってみせた。
助けてくれ、先生。胃痛で死にそう。
そんな淡い期待は、華麗にスルーされたのだが。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「轟ィ!!テメェ俺ばっか具材の管理させやがってちったぁ手伝え殺すぞ!!」
「待ってくれ。今食い切るから」
「そう言って何分経ったと思ってんだテメェ食い終わってもねェのに次から次へと取りやがって死ねッ!!」
菜箸で具材を入れていく爆豪くんが、顔に青筋を浮かべ、向かい側に座る轟くんを怒鳴りつける。
彼らが突いている鍋は、爆豪くんと轟くんの二人に管理を任せていたのだが、轟くんはただ食べるだけで、一向に手伝わなかったらしい。
キレ散らかす爆豪くんを前に、轟くんは口に含んでいた物を飲み込み、申し訳なさそうに頭を下げる。
「すまん。すき焼きなんて初めてだから、ハメ外しちまった」
「……チッ」
「うっそー」
「轟テメェさっきの同情返せや!!」
「してたか?」
「してたわテメェ一体全体俺をなんだと思ってやがる!!」
「傲慢という概念で構成された謎生物」
「よし殺す今殺す今すぐ殺ォす!!!」
…あのほとんど働かない表情筋で「うっそー」とか言うんだ、轟くん。
喧嘩、というには微笑ましいのか殺伐としているのかよくわからない応酬を横目に、僕は緑谷くんへと目を向ける。
「あ、あかりさん…。ちょ、ちょっ…と、ちょっと…」
「ちょっと?…じゃあ、ちょっと千切って…。
はい、あーん」
「ち、ちがっ…、むぐっ」
…見なかったことにしよう。
すき焼きって処刑道具になるんだな、などと思いつつ、今度は麗日さんたちの方へと目を向ける。
「あはははははっ!!あはははははっ!!
なーんやいい気分やわー!!」
「酒やー!もっと酒持ってこーい!!」
「うへへへ、麗日先輩あんた、いい太ももしてますねぇ…」
「れれー?バクゴーさんがいっぱいいるー」
「みんなちょっと寝た方がいいよ」
「顔真っ赤だねー」
「鎖骨…。Tシャツからチラ見する鎖骨が好きなんですぅ…。
天哉くんくらいのがちょうどいい色っぽさなんですぅ…。しゃぶりつきたい…」
「いい趣味してるわね、そらさん。私は旦那のうなじが好物よ。細いけど、結構がっしりしてるの」
「ずんだもん!なんでみんなのグラスにお酒混ぜたんですか!?」
「ぼ、ボクじゃないのだ!めたんなのだ!」
「私じゃないわよ!アンタがノリノリで入れたんでしょうが!!」
こっちも地獄絵図だった。
ウチの双子、ずん子さん、めたんさん、ずんだもんを除く女性陣が酒によって荒ぶってらっしゃる。
…多分、ウチの奥さんほぼ素面なんだけど、この酔っぱらいの中に溶け込んでるのはなんなんだろう。
阿鼻叫喚となったこの場に、僕は呆れたため息しか出てこなかった。
「……掃除、大変そうだなぁ」
そんな愚痴など届かず、酒によって撃沈した飯田くんの介抱に向かった。
誰か助けてくれ。そう切に願いながら。
あかりちゃんも酔っ払ってる模様。
次回から「愛と調和と宇宙人」が始まります。一気に時間飛ぶから気をつけてくれよな!