そうだ、先生になろう。   作:鳩胸な鴨

113 / 116
サブタイトル通りです。


緑谷出久は救われなくていい

「な、なぁ…!?」

「なにが、起きてんだ…!?」

 

戦いの最中に轟いた二つの歌声と共に、世界が割れる。

感覚的なものかもしれない。それとも、物理的な現象なのだろうか。

しかし、僕たちの眼前に広がる光景は、まさしく崩壊としか言いようのない現象だった。

全てが溶け合うような、全てが否定されゆくような、全てが救われるような、そんな幻想的な光景。

ガラスのように世界の破片が舞い、万華鏡のように空も大地も染められる。

誰しもが安堵の表情を浮かべる中で、僕たちだけが恐怖を覚えていた。

 

「…っ、あかりちゃんたちは!?」

「音街たちはどうなった!?」

 

遥か大空にいた筈の僕たちも、いつの間にやら崩壊に巻き込まれ、宙を舞っている。

身を守るスーツはそこに無く、僕たちは非力な中学生として、そこに居た。

歌声の奔流に抗いながらも、僕たちは必死で辺りを見渡す。

 

「緑谷くん!」

 

その声が聞こえ、僕たちは咄嗟にそちらへと目を向ける。

そこには、奔流に流されながらも、必死で耐えてる先生とあかりちゃん、きりちゃんとウナちゃんがいた。

良かった。少なくとも、先生は正気を保てているようだ。

僕たちは泳ぐようにしてそちらに寄り、彼らの無事を喜ぶ。

 

「よかった…。他のみんなは?」

「個性持ちが精神汚染を食らってます。

残った無個性とか、特殊ケースの全員で正気に戻そうと奮闘してるのですが…。

正直、結果は芳しくありません」

「成る程な。俺たちがこうしてスーツを脱いでるっつーことは…だ。

俺たちの体から、魂が抜けてんだろ。

そこんとこどォだ、東北?」

「あ、はい。タコ姉様に確認したので、まず間違いなく体から魂が抜けてますね。

全人類規模の幽体離脱です。私たち今、幽霊なんですよね」

 

思わず目眩がした。

イタコさんが言うなら間違い無いんだろうけど、いざ事実として受け止めるとなると、かなりショックだ。

…しかし、魂って言うからには透けたりしてるのかと思ったけど、生身とそう変わらないんだな。

そんな月並みな感想を浮かべていると、かっちゃんに感づかれたのか、「余計なこと考えてんなアホ」と軽く叩かれた。痛い。

 

「つまり、魂の統合…アイツらの言う『救済』が始まっちまってるってこった。

…おいクソデク。フラグ回収早すぎんぞ」

「言われてますよ、緑谷先輩」

「………お祓い、行こうかな…」

 

なにかに呪われてると思うんだ、絶対。

ここ一年の受難に辟易し、ため息を吐く。

弱音を吐くのは、取り敢えずここまで。

今は、この世界に引き込まれた全人類を救うために頭を動かさないと。

 

「…地形的な変化はないんですね?」

「ええ。先ほど合流した小春さんが確認したところ、人工物だけが無くなったような地形と化しているそうです」

「……あの、音街家の屋敷から結構距離ありますよね?」

「まぁ、小春さんですし…」

「まぁ、小春だしな…」

 

どうやって電車の距離を突っ切ってきたんだ、こんな重力も定かでない空間で。

流石はメイド界の核弾頭、と言ったところだろうか。相変わらずのデタラメ具合だ。

 

「この地点は、雄英体育祭三年の部が行われていたあたり。二人がいる避難所は、ここから西の方角に真っ直ぐです」

「……!」

 

先生の言葉に、余計な思考が落ちる。

そうだ。まだ間に合う。

まだ、僕たちは統合されてない。まだ、終わってない。

すぅ、と息を吸い、両頬を叩く。覚悟はとうの昔に決まっている。

僕が成すべきことはただ一つ。

その決意を新たに、僕はいつものように笑ってみせた。

 

「行ってきます」

「ええ。行ってらっしゃい」

 

目指すものは変わらない。

未来のために、残酷な今を勝ち取るんだ。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

歌声が嵐を巻き起こす。

物理的現象なのか、それとも霊体の僕たちを統合させようとする意思なのか。

イタコさんなら兎に角、専門家でもない僕ではよくわからない。

もう救われてもいいじゃないか。もう捨ててしまってもいいじゃないか。

そんな囁きが風とともに流れてくる。

 

「……大丈夫。もう、救われてるよ」

 

何度だって救われた。

先生の言葉に、きりちゃんの照れ隠しに、かっちゃんの拳に、あかりちゃんの笑顔に。数え切れないくらいの人たちに、数え切れないくらい救われたんだ。

苦しみに満ちていても。悲しみに溢れていても。痛みに塗れようとも。

その度に救ってくれる人たちがいる。

もう救われている僕を救う必要はない。

吠えるように、慈しむように、悲しむように歌う二人の声。

救いを求めるように歌う彼女たちへと、僕は一歩ずつ、着実に近づいていく。

 

「……見えた」

 

謝るように、祈るように歌う二人が見える。

マイクもスピーカーも、楽器だってない。

それでも、世界中に轟く救いの歌に、僕は思わず息を呑む。

歌うために生まれたのか、と思ってしまうほどに、現実離れした美しさを放つ二人。

この歌を止めてしまっていいのか。

そんな感情が湧き上がるものの、僕は雑念を振り払い、意を決して、ステージに上がる。

ステージは飛び入り参加のキャストを歓迎していないのか、体を襲う風がより強くなる。

吹き飛ばされるものか、と体に力を込め、彼女たちに歩み寄った。

と。二人の歌声が、ぴたり、と止む。

無粋な客を前に、二人は満面の笑みを浮かべる。

 

「イズク!もう戦わなくていいんだよ!もう抗わなくていいんだよ!」

「もう泣かなくていいんだよ。もう背負わなくていいよ。私たちが助けにきたから」

 

痛いほどに優しい言葉。

委ねてしまいそうなほどに超然とした笑顔を前に、僕はその手を払い除ける。

 

「……終わってない。終わってないんだよ。

こんな程度で終わってしまうほど、僕たちの生命は、歴史は、簡単じゃない」

 

ひとまとめにしてしまえば理解できる、救われるなんて、暴論でしかない。

異形となって苦しんだ少女たちが、溶けて消えた人たちの苦しみが、個性で死んだ人たちが、あかりちゃんが殺した人たちが、僕たちが殺した生命たちが、それまで取りこぼした全部が、紡いできた全てを絶ってしまう。

だから、苦しくても、泣きたくても、死んでしまいたくても、救われたくても。

僕は人類に、同じだけ苦しい道を歩くことを押し付ける。

だって、これまでに死んだ人たちが、僕たちに紡いだ希望が消えることが救いなんて、あんまりにも報われないじゃないか。

 

「簡単であっていいはずがないんだよ…!

背負ってきたんだ、僕たちは!悲しい歴史も、輝かしい歴史も、失った生命も、生まれる生命も、全部、全部!!

こんなそこかしこに絶望の溢れる世界を、僕たちの手で救うために!!

『全部崩すことで救いにきました』なんて、託してくれた皆への…、勝ち取るために頑張る人たちへの侮辱でしかない!!」

 

僕のあらん限りの声で言葉をぶつける。

しかし、一体何を言っているのか、と言わんばかりに二人は首をかしげた。

 

「……それって、本当に救いなの?」

「苦しみに満ちて、悲しみに溺れて、涙さえも枯れ果ててしまいそうな世界。

そんな世界を続けることが、本当に救いなの、イズク?」

「苦しみ続けることが、イズクの救いだって言うの?それでイズクは救われるの?」

 

二人は「ほら」と言うと、安堵した顔を浮かべる二人の少女を引き寄せる。

間違いない。僕とかっちゃんが目の前にしていた、怪人の素体とされた少女たちだ。

その体はどこかノイズがかかっており、今にも消えてしまいそうなのがわかる。

それだけじゃない。同じく、怪人として作り替えられたのだろう。背後には同じようにノイズに塗れた人たちが立っていた。

白い髪でゴーグルをかけた人、幼少期に遊んだツバサくんに似た人、チンピラのようにチャラチャラとした風貌の人と、さまざまな人たちが並んでいる。

 

「この人たちにも、その長い苦しみを押し付けるの?ねぇ、イズク。

それで、人って救われるのかな?」

「死んだあとでも苦しむだけの、歪んだ生涯を歩ませるの?

イズク。それは、本当に救いなの?」

「………だから、僕がいる。

僕が…。世界を変える僕が…!希望を背負う僕が…!!絶望を背負う僕が…!!

想いを受け取った僕が今、ここにいる!!

そんな人たちの命も、苦しみも、世界も背負わなくちゃならない!!

だから僕はヒーローで有り続ける!!その人たちも、救ってみせる!!」

「……殺すことで?」

「イズクが苦しむことで?」

 

その問いで、僕が止まると思ったか。

止まらない覚悟なんて、もうできてる。

 

「そうだよ。どれだけ繕おうと、僕は、僕たちは殺戮者だ。死んだ命の踏み台の上に立っている大罪人だ。

だからこそ、背負う覚悟をしたんだ」

「……わかんない。わかんないよ。悲しいんだよ?苦しいんだよ?痛いんだよ?」

「そんな人生で、そんな死で、イズクは救われるって言うの!?」

「救われてるんだよ」

 

吠えるように問いかける二人に、僕は言葉を続ける。

ノイズがかかった全員が、真っ直ぐに僕を見つめた。

 

「スーパーで豚肉が安く売ってたとか。好きな歌手のCDが出るとか。助けた人たちが、笑った写真でSNSを更新してたとか。好きな絵師が、自分がリクエストしたイラストを描いてくれたとか。好きなヒーローと握手できたとか。幼馴染と仲直りできたとか。先生に褒められたとか。大好きなあの子が笑いかけてくれたとか。

そんな、『ほんのちょっとの幸せ』だけで、僕はいっぱい救われた。

だから、もう、救われなくていいんだよ。

いっぱい救ってもらったから、今度は僕がいっぱい救いたいだけなんだ」

 

苦しみに満ちていても、僕はそんな、ほんのちょっとだけで頑張れる。

二人は力なく、その場に崩れ落ちる。

呆然と僕を見つめるノイズのかかった人影に、頭を下げた。

 

「わかってる。この救いで救われる人が、これだけいるってことは。

でも、それでも。僕のことを信じてほしい。

あなたたちがどれだけ苦しもうとも、どれだけ嘆こうとも、どれだけ怒ろうとも、僕が全部背負って歩く。

僕があなたたちが抱く怒りをもらうから。

だから、僕があなたたちを救うまでは、待っていてください」

 

その言葉に、集まった彼らは、さまざまな表情を浮かべる。

しかし、最後には、諦めたように、折れたように、呆れたように、笑みを浮かべ、消えて行った。

最後に残った白い髪の人が、「がんばれ」と言って僕の肩を叩き、去っていく。

残ったのは、僕とARIA姉妹の二人。

僕は二人に手を差し伸べて、笑みを浮かべた。

 

「…大きな救いじゃなくていいからさ。苦しむ僕に、そんな『ほんのちょっと』をくれないかな。

君たちの歌、好きになっちゃったんだ」

 

二人は、ぽかん、と目を丸くしたのち、呆れたような笑みを浮かべる。

すぅ、と息を吸う音が、崩れる世界に響いた。

歌声と共に、崩れた世界が元に戻っていく。

ほんのちょっとの幸せが、世界を包み込む。

僕はその中心で大の字に倒れ込み、彼女たちに倣って、下手くそな歌を紡ぎ出した。

 

その日。歌姫が二人、地球人になった。




とっくに救われてるんだよ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。