そうだ、先生になろう。   作:鳩胸な鴨

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サブタイトル通りです。
今回から『虚が語る』に入ります。


虚が語る
忘れられた島に


激動の体育祭が終わり、夏休み。

さんさんと太陽が照りつける中、僕はアイスキャンディを噛み砕き、咀嚼する。

独特な甘味と清涼感に浸っていると、つい先日引き取ったばかりの少女二人が、じっ、とこちらを見つめているのが見えた。

 

「…冷蔵庫にありますよ」

「わーい!」

「ラブアンドピース!」

「その掛け声なんですか?」

 

この家も狭くなったなぁ。夫婦二人に居候5人って密度も比率もおかしいけど。

結局のところ、IAさんとONEさんは僕が引き取ることになった。

イデアをちょっと弄り、普通の人間として認識できるようにしたとかで、二人を見た緑谷くんのお母さんに「またお子さんが増えたんですね」と揶揄われてしまった。

宇宙人二人は、著しく一般常識が欠落しているので、学校に通うことはさせていない。

「イズクと同じ学校に行きたい!」と宣ったものの、ある程度取り繕えたあかりさんとは違い、馬鹿正直に「はじめまして!宇宙人です!」なんて言うのは目に見えてる。

この夏休みの間に、凡人のプロフェッショナルである僕が徹底的に一般常識を叩き込む、と言う条件付きで許可したはいいものの、今のところ全くと言っていいほどにその効果はない。

文明の利器で作られた快適な空間で堕落を楽しんでいると、寛いでいたつづみさんが口を開く。

 

「……あなたたち、気づいてるんでしょ。

あなたたちの手を払い除けた緑谷くんが、『あなたたちが知ってる緑谷くん』じゃなかったって」

「「うん」」

 

どんがらがっしゃん。

そんな音を立てて、夏休みの自由研究を画用紙にまとめていた緑谷くんが、マジックペンやら写真やらを巻き込んですっ転ぶ。

どうやら気づいていなかったらしい。

 

「私たちの知ってるイズクは、もうちょっと心が脆かったから」

「そもそも、数億年…いや、僕たちで言えば、それこそ数値化するのも馬鹿らしくなるほどの年月を、人が生きられるわけがありませんしね」

 

少し考えればわかる話だ。

僕が唖然とする緑谷くんに呆れつつ、残ったアイスの棒をゴミ箱に投げ入れた。

と。IAさんがきょとんとした顔で、小首を傾げた。

 

「『私たちの知ってるイズク』は、今も生きてるよ?」

「「「は???」」」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「……と、いうわけで。

『この世界の真相』とやらを探しに、とある敵性国家に乗り込むことにしましたー」

 

浮遊大陸『北斗七星』にある会議室にて、奥さんから放たれたその言葉に、集まった全員がフリーズした。

ぴしり、と動きを止めたかと思うと、麗日さんが蝉のように壁に張り付き、あらん限りの大声で叫び散らす。

 

「いーやーじゃーっ!!!」

「麗日、諦めろよ…。奥さんは行くっつったら行くんだから…」

「いぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁじゃぁぁぁぁぁぁあああああっっっっっっっ!!!」

「…先立つ不幸をどうかお許しください…、という締めでいいだろうか?いや、それでは兄さんたちに僕の覚悟が伝わらない気が…」

 

切島くんがそう宥めるも、断固として拒絶の意思を示す麗日さん。

飯田くんはというと、悲痛な覚悟を秘めた表情で、遺書をしたためていた。

混沌とした光景に、ひく、ひく、と思わず口角が吊り上がる。

そんな中、かっちゃんが手と手を合わせて爆破を発動させたことで、全員が一斉に静まった。

 

「どォいう経緯だ?あの宇宙人から情報を引き出すんじゃなかったのか?」

「彼女たちも、私たちが求める全てを知ってるわけじゃないそうなのよ。

『彼女らの知る緑谷出久』が、『ここにいる緑谷出久』とは別に存在する理由も、彼女たちでは言語化が難しいそうよ。

…ただ、該当する場所に心当たりがあるそうでね。それが、ここ」

 

とん、と指したのは、大西洋に浮かぶ孤島。

面積にして、日本の半分ほどもなさそうなくらいに小さな島。

こんな島あったっけな、と思いつつ、ドローンで撮影されたであろう写真を見やる。

苔むしたビル。水没した遊園地。岩に包み込まれた発電所。あらゆる発展が自然へと飲み込まれた別世界。

もはや国とは呼べぬ惨状を前に、僕は思わず息を呑んだ。

 

「…ここに、真実が?」

「ええ。『敵性国家』とは言ったけど、正確に言うと『国だった場所』よ」

「……なんて国ですか?」

「さぁね。ヒーローが台頭した時代に滅んだこの国を知る人は、今や誰もいない。記録すら世界から抹消されて、ただ『敵性国家として存在した』という情報だけが残された国。

『オブリビオン』とでも呼んでおきなさい」

 

オブリビオン。世界に存在すら否定された、忘れ去られた国。

例えそうだとしても、果たしてこんなにも崩壊するものなのだろうか。

ヒーローが台頭した年代に滅んだにしては、当時なら残っているはずの動乱の痕跡さえ見られない。

上手く言い表せないが、この島の存在そのものがちぐはぐな気がする。

まるで、時間から置き去りにされたような、そんな歪さだ。

 

「…ポストアポカリプス、だっけか。

きりたんが言ってたな」

「……そういや、東北は呼んでないのか?

こういうの、真っ先に食いついてきそうな気がすンだが」

「呼ばなかったわ。考察大会が始まって、話が進まないもの」

「言われてんぞ、考察厨」

「ごめんなさい」

 

考察大会の一因を担ってしまうであろう僕に向けて、皆の白い視線が飛ぶ。

そんな中、寛ぎながら「そもそも、夏休みの宿題が終わるまでご両親の監視下に置かれてるけど」と付け足し、ぢゅっ、と音を立てて紙パックのミルクコーヒーをストローで啜る奥さん。

きりちゃんは頭はいいのに、宿題となると面倒くさがってやらないもんなぁ。

奥さんは中身のなくなった紙パックを潰してゴミ袋に放り、話を続ける。

 

「この島はね、フィクサーが拠点にしていた場所らしいの。

それで敵性国家認定されちゃって、誰もが怖って、ヒーローですら近づかないってわけ」

「そんなとこ乗り込むんですか!?」

「「死ねと!?!?」」

 

下手な敵性国家よりヤバくない?

ダラダラと溢れ出る冷や汗が背中を濡らす。

戦慄する僕たちの態度に呆れたのか、奥さんはため息を吐いた。

 

「遠い昔の話よ。私、10年もあそこを拠点にしたけど、一回も会わなかったわ。

それどころか無人島だったし」

「………ほっ」

「と、取り敢えず、合宿が存外平和そうなとこでよかったわぁ…」

「大丈夫よ。日程を立て直して別の敵性国家に行くことで対応するわ」

「うん知ってた!あははは…。はぁ……」

 

合宿にカウントされないのか。

結局のところ、覆らない地獄への招待状を前に、僕たちは力無くため息を吐いた。

 

「…さて。区切りもついたし、テレビでもつけましょ。

話してたら、10年禁欲したの思い出してきちゃった」

「その見た目で年中発情期のオープンスケベだもんな」

「10年もよく我慢できたよな。ウサギの50倍くらい性欲強そうなのに」

「殴るわよ」

「殴ってから言っても…」

 

殴り倒され、犬神家のように地面に上半身が埋まった切島くんとかっちゃんを前に、顔が引き攣るのを感じる。

今のはかっちゃんたちが悪い。

奥さんは地面から生える二人の尻を一瞥し、モニターにリモコンを向ける。

電源ボタンを押すと、オールマイトのアップが画面いっぱいに映し出された。

 

『では、不祥事続きの雄英高校に教師として入るのは、雄英教員、生徒共々に強い自覚を促すためなんですね?』

『それもあるけど、ほら!私もいい歳したオッサンだからね!

だから、この国の未来を背負って立ち上がる若人に、少しでも私の体験をダイレクトに伝えたい…と思ったのさ!』

 

オールマイトは言うと、「免許持ってないから、一年くらい勉強はするんだけどね!」と付け足し、白い歯を見せる。

生徒による猟奇的殺人事件、及び体育祭での敵の襲来という、特大級の不祥事が続いた雄英高校。

ARIAが引き起こした魂の統合は、正気を保っていた僕たち以外は記憶がないらしく、あまり話題にならなかった。

襲来した怪人は、僕たちの体が戻った時にすでに死亡し、活動を止めていた。

魂のない肉体は、死体と変わらない。

父親へのせめてもの反抗だったのか、それとも、振り向いて欲しかったのか。

それは僕たちにはわからなかった。

しかし、そんな悲しい事情を知っているのは僕たちだけ。

世間からすれば、SAVERが事件を解決に導き、雄英高校はヴィジランテに救われたと言う事実だけが見えている。

そんなこんなで、地に落ちかけた雄英のブランドは、再来年からオールマイトが教鞭を取るという情報により回復しつつある。

流石は国の信頼を繋ぎ止める象徴、と言ったところか。

…雄英限定販売のグッズとか出ないよね?

 

『成る程…。流石は平和の象徴。その目には、平和な未来が見えていますか?』

『もちろんだよ!!』

 

オールマイトが間髪入れずに答えるが、ふと、僕はある違和感を感じる。

正直なところ、僕は周囲の人間からドン引きされるレベルのオールマイトオタクである。

インタビューなんて録画ディスクが百を超えるし、なんならオールマイトの経歴やら公開されたプロフィール、皺の誤魔化し方など、細かい情報に至るまで暗唱できる。

だからこそ、オールマイトの『嘘を吐いた時の反応』も理解できた。

平和な未来が、平和を勝ち取ったオールマイトにも見えていない。

おそらくだが、オールマイトは『未来に関する何か』を知っている。

…この謎も、忘れられた島「オブリビオン」に訪れることで、判明するのだろうか。

 

「雄英、か。俺らは余裕だが…、切島、麗日。お前ら本気で受かれんのか?」

「が、頑張れば…、ワンチャン?」

「ワンチャンもねーわ100位以下から脱してから言えやボケが」

「ボクも厳しいことを言いたくはないが…。

二人の成績だと、実技がよっぽど良くなければ落とされてしまうぞ?」

「……雄英って、実技重視だっけ?」

「学科が100位以内じゃなきゃ、実技が主席でも問答無用で落とされるわよ」

「ヒーロー科厳しすぎん!?」

 

雄英志望の皆は大変だなぁ。

そんなことを思いつつ、僕は再び、手元にある写真に目を向けた。

 

「……個人的には、こういうところの散策はワクワクするんだけどなぁ」

 

廃墟になった校舎とか、誰もいない廃病院とか、小さい頃にかっちゃんと入って、二人ともギャンギャン泣いたっけか。

そんなことを思いつつ、僕は世界の真実が眠ると言う魔窟を、写真越しに見つめていた。




ARIA姉妹が「救われていない緑谷出久」がいるのに救済をやめた理由は、次回に持ち越しになります。

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