戦いは終わった。
泣き疲れて眠った彼女をおぶり、僕は踵を返す。
「……今日…あ、もう日付変わってるのか。
昨日は疲れたなぁ」
僕が世界を大きく変えてしまうなんて、思いもしなかった。
個性を作り出さなきゃいけない世界。
そんな未来になるなんて、これっぽっちも思わなかった。
「……ま。僕が変わる必要はないか」
それでも、苦しいって言っていたこの子を救えた。
僕が変わることで、世界は大きく変わってしまうのかも知れない。
だけど、僕はそれでも、最高のヒーローであることをやめないだろう。
「…あ、そうだ。ちゃんとお礼言わなきゃ」
先生にありがとうって言わなきゃ。
あの短い言葉で、僕は立ち上がることができて、彼女を救えた。
……あれ?いや、待てよ?
彼女を京町さんに引き渡すと、また彼女は辛い世界で生きなきゃいけなくなる。
そうなれば、彼女はもっと苛烈な方法で、歴史を変えようとするかも知れない。
このまま彼女を取り逃したという体で、どこか遠くへ逃すのも…。
「緑谷せんぱーい!!」
…あれ?これ詰んでない?
きりちゃんの声を聞いた時、僕はだらだら冷や汗を流していた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「お、おおっ、お、おおおおおおおオールマイトぉ!?
このガリガリガイコツが!?」
「仮にも憧れの人にだいぶ失礼ですね、君」
現在、鎌倉山頂上にて。
車の問題と社会的な問題で、倒れた人間をホテルにも、戸籍のない人間を病院に連れて行くことも出来ない状態。
軽自動車の中はぎゅうぎゅう詰めで、ガリガリのオッサンが後部座席を。
目元が腫れた、胸が…ああ、まぁ、隠さず言うと「おっぱい」が大きい女の子が、前の座席を占拠していた。
「…いや、マジだ。生体スキャニングでようやくわかったけど、この人マジにオールマイトだ。この姿とこの腹の傷は一体なんだ?確認すると三年前くらいについた傷だ。毒毒チェーンソーの戦闘でついたものとは思えない。じゃあ何か強大な存在がオールマイトを襲ったんだろうか。報道されていない敵のパターンは大きく分けて二つ。一つは取るに足らないやつ、もう一つはマジでヤバい敵…。取るに足らない敵にオールマイトがこんな傷をつけられるわけが…」
「緑谷くん。そこまで」
このぶつぶつ、久々に聞いた。
緑谷くんの持つデバイスを覗き込む京町セイカが、感嘆の声を漏らす。
「はへぇ…。呼吸器傷ついて胃袋無くて、よくここまで活動してますね。
未来でも珍しいですよ、こんなの」
一応、オールマイトの事の顛末を語っておこう。
彼は緑谷くんが展開したフィールドにはじき飛ばされ、さらには運の悪い事に、木の束に後頭部をぶつけ、脳震盪で気絶。
いつものような筋骨隆々とした状態に変身する前に弾き飛ばされたようで、完全にのびてた。
今はナノマシンで、損壊した呼吸器やら胃袋やらと共に治療中だ。
万が一にも起きないように、後遺症も副作用もない象用の麻酔薬まで打ってるらしい。
「…にしても、未来はどういう世界なんでしょうね。
個性による兵器を必要とするってことは、戦争でも起こってるんでしょうか」
「あ、はい。第三次世界大戦勃発中です」
「「「は?」」」
今、なんと言った?
第三次世界大戦。アインシュタインが「人の文明の終わり」とまで暗喩した戦争。
3000年代にもなって勃発してるのか。
「そんな中、京町さんはなんで徴兵されてないんですか?
あれだけ戦えるのに?」
「大事な兵器にコーヒー溢しちゃって大爆発起こしたからです!」
「「「ポンコツにも程があるでしょ」」」
戦時中にそんな大惨事を起こすな。
下手すりゃ死刑だぞ、それ。
「よくそれで無事でしたね」
「はい!尻拭いとして、『時空監視員になって、過去の世界に行った特異生命体を捕まえてこい』と言われたので!
試験は難しかったけど、なんとか合格しましたよ!」
「………ん?」
思考の海に潜り、状況を考える。
その特異生命体という存在の本当の正体は、個性を再現した生体兵器。
ということは…。
「脱走兵だと思います。
『脱走した』と自己申告したので、間違い無いかと…」
「あー…。強すぎて追うに追えなくて、『捕まえられればいーや』みたいな感じで、厄介払いメインで送られてきた可能性ありますね、コレ」
ただの人間に制御し切れる兵器じゃなかったんだな、この子。
それこそ、緑谷くんのチートの代名詞とも呼べる永久機関を1万個も用意しなければ、防げないほどの攻撃。
それをなんの副作用もなしで放てるブッ壊れ人間を抑えろ、というのも無理な話か。
「厄介払い!?私がですか!?」
「「「妥当な判断でしょ」」」
この未来人、どこまで自惚れれば気が済むんだ。
そんな「青天の霹靂!」とばかりに驚くな。
晴天の太陽並みに普通の判断だろ。
僕が心の中でツッコミを入れていると、東北さんが、ふと声を上げた。
「そういえば、捕まえた時のことって聞いてます?」
「すぐにこの時代に駆けつけるって!」
……………あれ?これ、ピンチなのでは?
と、僕が思ったその時。
空から赤い一条の光が落ちてくるのが分かった。
「緑谷先輩!!今すぐオールマイトとその子を外に!!
それでいて、なるべく遠くに!!」
「ペルセウス!!」
僕たちの体が浮遊感と共に、流れる景色の中へと突入する。
瞬間。落ちてきた光が車に着弾し、爆発を起こした。
「あァァァーーーーッッ!!
なけなしの給料で初めて買った僕の車ァァァァァァァーーーーッッッ!!!」
「先生の大声珍しっ」
爆散する車に、思わず絶叫をかます僕。
貴重品は持ち出しておいて良かったが、泣きそうになる。
車自体が貴重品だから。
「あー…。厄介払いってのはマジみたいです。アレ、私ごと殺す気ですね」
「僕ただの教師なのに、なんでこんな目にあってんのマジで!!」
爆風が僕たちの頬を撫でる中、緑谷くんはターンをかけ、無理やりにバイクを止める。
「シリウスは処理落ちで、三日間のクールダウンが必要……。
なら、カノープス!」
緑谷くんがデバイスに軽く触れると共に、ほっそりとした印象を受けるスーツに身を包む。
彼は運転席を離れると、僕の肩を軽く突いた。
「先生、バイクの運転できますよね。
ペルセウスで逃げて…」
「いや、もう遅いみたいですよ」
僕が言うと共に、鎌倉山が緑谷くんが張ったものと同じフィールドに覆われる。
ピンチとは、こうも続くものなのだろうか。
爆炎の中、一つの人影が姿を表す。
いかにも「未来人」と主張したような、パツパツスーツに謎のマスク。
手には、京町セイカが使っていたものと似通った兵器が握られている。
「京町セイカ他諸君。よくぞ制御装置を壊して脱走した個性兵器プロトタイプ『紲星あかり』を捕らえてくれた。
だが、過去の人間が知るには、個性兵器は強大すぎる。
運が悪かったと思って、潔く死んでほしい」
「うっわ…。ベタなの来ましたよ」
「そのベタなのに殺されかけてんですよ、僕らは」
まずい。足手まといが二人、戦力にはなるが肝心なところでミスるポンコツが一人。
起きれば戦力にはなるが、後始末が面倒そうなのが一人。
起きれば確実に戦力にはなってくれるが、その後どうなるか分からないのが一人。
この合計5人を側にして、緑谷くんは戦わなくてはならない。
救助と戦闘を同時にこなしていた彼にとって『防衛』は、初めての形だ。
「京町セイカ。君の武装は凍結させてもらった。君は戦闘力だけで言えば、なまじ優秀だからね」
悲報。ポンコツがマジに役立たずになった。
「あ、あれっ?あれれ?なんでです?展開できませんよ!?」
「…話を聞かないのは相変わらずか。そのポンコツ具合も、もう見飽きたァ!!」
彼が引き金を引くとともに、レーザーが僕たちに殺到する。
一つの銃口で、なぜここまでの量のレーザーが出せるんだ。
「きゃあっ!?」
「京町さん!!」
そのレーザーに対し、緑谷くんは高速でそれらを弾き飛ばす。
「きゃん!?」
「あっ、京町さんごめん!!」
風圧で、京町セイカが吹き飛ばされ、運の悪いことに木にぶち当たって気絶する。
緑谷くんは慌てて彼女を抱えると、僕の方へと投げる。
「先生、頼みます!」
「任されました」
「させるか!!」
未来人が銃口を、宙を舞う京町セイカへと向ける。
ヤツが引き金を引く前に、緑谷くんは未来人に蹴りを入れた。
が。それを受けた未来人は一切動じず、緑谷くんの足を掴む。
「イズクメタル製…!?」
「イズクメタルのことを知っているのか。
どうせ京町が漏らしたん…だろっ!!」
がっ。
未来人の拳が、緑谷くんの脇腹に突き刺さる。
同じ金属同士がかち合う音と共に、緑谷くんは勢いよく吹き飛ばされた。
「くっ…!?」
「今のうちに、雑魚を殺す!」
緑谷くんが体勢を立て直すのを待たず、未来人は僕たちに向けてレーザーを放った。
やばい。ペルセウスのエンジンを入れても間に合わない。
僕が焦ったその時、緑谷くんが無理やりにエネルギーを噴出し、肉壁となった。
「させ、るか…!!そんな、こと…!!」
「しつこいな、お前!!」
未来人の拳が、緑谷くんの顔面に突き刺さる。
吹き飛ばされた緑谷くんが、僕の前にまで転がった。
「ぐぅっ……!?」
これは、まずいな。
シリウスのような超火力を積んだスーツは、今現在この場にはない。
同じイズクメタル同士、打ち合えば必ず綻ぶ。
だが、以前聞いた性能では…。
「機動力に極振りしてるんで、装甲は他と比べてかなり薄いです。
下手すりゃ、自己修復が追いつかない。
アルデバランなんて、装甲はカノープス以下だし、なんなら戦闘用の装備なんて微々たるものです。
最もアレ相手の防衛に向いてない装備しか、この場にはありません。
最悪全滅エンドもあり得るかも…」
「……東北さん、彼女たちをよろしくお願いします」
淡々と語る東北さんの頭を軽く撫で、ペルセウスの前に立つ。
「せ、先生…?なにを…?」
「ガキボコるのって、楽しいですかね」
全く。前世も今世も保身的な僕は、絶対にやらないと思ってたのに。
「…なんだ、お前は?」
「この子の先生です」
どうやら僕は、先生になり切るあまり、気が狂ってしまったらしい。
♦︎♦︎♦︎♦︎
先生が、僕の前に立つ。
だめだ。先生は極々普通の人間。
彼曰く、格闘技術を鍛えたわけでも、個性があるわけでもない、学歴しか取り柄がない本当の凡人。
「先生?じゃあ言ってやれよ。
『さっさと諦めろ』って。お前たちが死ぬことで、我が国の未来は救われる。個性兵器のことを知る人間も過去からいなくなり、世界が守られる。ハッピーエンドだ」
「おかしいですねぇ。
歴史の教科書に、『ガキ殺したおかげで国が救えた』なんて書かれてませんけど?」
先生が煽る。
ダメだ。先生、逃げてくれ。
声を出そうとするも、先生があらかじめ決めておいた、『一等星』専用のハンドサインを出す。
「それはこの時代の教科書だろう?」
「歴史の教科書は紀元前までも書かれてんですよ。国によっては、全然違う内容が書かれてる。
青春投げ捨てて50近い国の歴史の教科書全部覚えた僕に、歴史の言い合いで勝てると思うなよ、低脳未来人」
『時間稼ぐ。なんとかしろ』。
先生が言うと、未来人はその銃器を先生に向けた。
「この先の時代、何が起きるかもわかっていない過去の人間が、歴史を語るのはやめたほうがいい。
この兵器は我々のもので、本来ならば秘匿すべきもの。
それに関わった君たちは、今ここで死ぬべきなんだ」
「こんな子供を兵器呼ばわりとは、未来人はモラルのかけらも無いようだ」
「正確には兵器ではないよ。そのプロトタイプだ」
プロトタイプ…?
僕らが疑問に思ったことがわかったのか、未来人が「中途半端に知ってるのも未練だろう。冥土の土産だ」と言葉を続けた。
「紲星あかりは、個性因子に代わる働きを持つ特殊細胞の『工場』として作り出された。
どんな個性でも作り出せることが確認でき次第、脳の自我を司る部分を修復不可能なほどに破壊して思考を排除。
要するに、『生きたまま死んでもらう』。
彼女の体を掻っ捌き、細胞を軍人に移植することで、我々は世界唯一の『個性軍隊』として、世界に君臨するのだ!!」
今、なんと言った?
僕たちが驚愕に目を剥く暇もなく、未来人の持つ銃器から、レーザーが先生に向けて放たれる。
先生は咄嗟に身を翻して避け、愛用のパーカーの一部が焦げた。
「ちっ…。車といい服といい、慰謝料請求モンですよ、これ!
道徳教育もなってないヤツが軍人なんかすんな!!胎児からやり直せ!!」
「すまないなぁ。私達の時代の通貨は、この世界では無価値なんだよ。
あと、言っておく。私はお前のような口の悪い人間が大嫌いだ!!」
レーザーが先生に向けられっぱなしだ。
かっちゃん並みに煽り耐性ゼロだったんだな、あの未来人。
でも、このままじゃ先生が…。
「緑谷先輩、ちょっと」
「きりちゃん…?」
先生が攻撃を避けてる最中、きりちゃんが僕に駆け寄る。
……って、おい。ちょっと。
「なんでその子引きずってんの!?」
「この子に協力してもらうんですよ。
イズクメタルを砕けない以上、オールマイトはハッキリ言って役立たず。
さらにいうなら麻酔が効き過ぎて、叩き起こせません。
セイカさんはのびてて、起こしても戦力にならない。
となると、フッツーに寝てるだけの超人起こした方がいいでしょ」
平和の象徴を役立たず呼ばわりする小学生が、目の前にいた。
いや、まぁアンチってわけじゃなくて、本当にそう言う状況だから仕方ないけど。
でも、戦いたくなくて逃げてきたこの子を、また戦わせてしまうのは…。
「いや、でもこの子はもう戦いたくないわけで…」
「誰が戦わせるって言いました?」
彼女は言うと、何処からか何かの実を取り出す。
その実を彼女の口の中に突っ込むと、即座に耳を塞いだ。
「みっっっっっ、ぎゃああああああああ!?!?!?
辛っ、なにこっ、かっらぁぁぁぁぁぁああああああああアアアアア!?!?!?」
「ジョロキアです。先生の目覚ましドッキリ用に買っといて良かった」
「先生がきりちゃんのことクソガキって言い続けるの、なんとなく分かった気がする」
辛さに悶え、げほげほと咳き込む少女。
彼女は涙目できりちゃんの胸ぐらを掴み、迫った。
「なにすんですかいきなりぃぃぃ……!」
「アレ見なさい」
きりちゃんが指を向ける方向には、ほうほうの体でレーザーを避ける先生の姿。
そもそも体育の授業でも、生徒たちより先にバテるような人だ。
「クソエイムにも程がありませんか!?え?なに?素人!?まだFPSゲームプレイヤーの方がマシなんじゃないんですかねぇ!?それで軍人やってるなら、即座にやめて転職サイトでも覗いたらどうですかー!?」
「くそっ…!無駄に素早い!!」
「あとさっきからボイチェン通して話してるんでしょうけど、隠し切れないほどに不細工な声ですね!!スーツ越しにも分かるくらい腹はでっぷりしてるし、股間についてるソレもお粗末だ!!デベソで短足!しかもパツパツスーツだからスネ毛の処理もしてないこと丸わかり!!身嗜み最底辺の自覚ありますか!?わかったらとっとと未来帰って、無駄毛処理とダイエットと整形と、その短小治すのに勤しみやがれぶわァァァァァァァあああああああーーーーーーーーかァァァァァァァーーーーーーッッッッッッッ!!!」
「うごァァァァァァァあああっ!!!!」
めちゃくちゃ必死に煽ってる。
僕たちの方に、注意を寄せ付けないようにしてるのか。
もう体力も切れてるはずなのに。
「アンタとそこののびてる未来人助けるために、パワードスーツも個性も持たない凡人が身体はってんですよ。
戦えとは言いません。力貸せ」
きりちゃんが気迫を纏って、少女に迫る。
無個性で筋力もない、ただ頭がいいだけの女の子。
そんなきりちゃんが、僕が苦戦した相手を、ただ睨むだけで圧倒していた。
彼女は暫し沈黙し、きりちゃんの手を掴んだ。
「……何すればいいですか?」
「最高のヒーローの再臨を、ちょっとばかし早めてください」
♦︎♦︎♦︎♦︎
僕の罵倒ボキャブラリーが枯渇する…!
やべっ、喉潰れそう…!
もう嫌だ走るのやめたい…!
いや、やめるな!!やめたら死ぬし、生徒も死ぬぞ水奈瀬コウ!!
全力で生徒を守るため、全力で煽れ!!
「その短小なら付き合った女も『あ、うん。す、すごいね…?』って反応だったんだろうなァ!!
あらぁごっめんなさぁーい!!
それとも童貞でしたかぁぁあ!?!?」
「あァァァァァァァっ!!!てめっ、俺の禁句を連発しやがってェェェェェ!!!」
クソったれ!!もう下ネタしか思い浮かばんぞ、ちくしょう!!
足がもつれそうになる。
だめだ、転ぶな。レーザーを避けることに集中しろ。
あの子たちの準備が終わるまで、僕が耐える必要がある。
「避けんな、このクソ教師!!」
「この程度煽られただけで癇癪起こすあたり、ガキっぽさが抜けてませんねェ軍人!」
あー、くそっ。
なんで僕がこんな目にあってんだ。
ただ、フッツーに教師するだけの人生送る気だったのに。
「いい加減死ねぇ!!」
流石に煽りすぎたのか、避けようのない極太レーザーが僕へと迫る。
よし。間に合った。
「ジャスティィィィィィイイイイイス!!!
カっ…ノォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!!」
緑谷くんが、裂帛の気合いと共にレーザーをレーザーで吹き飛ばす。
僕の前には、刺々しいデザインのシリウスが立っていた。
「…は?」
「先生、時間稼ぎ、お疲れ様です。
彼女のセルフギフトで、クールダウンの時間をスキップしてもらいました」
「だーっ!!相手の煽り耐性がなさ過ぎて、逆に苦労したぁ!!」
勝ちが確定した。
筋繊維がズタボロになった影響か、ガックガクの足が崩れ落ちるように、僕は尻餅をつく。
「くそったれっ、未来にゃロクな人間いねーのかパソコンの右クリックのし過ぎでくたばりやがれ死ねっ!!」
「先生…。かっちゃん並みに口悪くなってますよ。あと、パソコンの右クリックのし過ぎじゃ人は死にません」
「死にかけりゃ口も悪くなりますよ」
呆然としている未来人に、緑谷くんが歩み寄る。
背後からでは見えないが、付き合いが長いため、歩き方一つでだいたいわかる。
小股でいて、それでいてゆらゆらと揺れている。
怒り過ぎて、逆に頭が冷えているのだ。
「僕は戦いが大嫌いだけど、やらなきゃ助けられない命があることも知ってる。
僕は先生も、きりちゃんも、京町さんも、オールマイトも、あの子も助ける。
そのために、お前を殴る」
緑谷くんは言うと、拳を握る。
いつものような、技名を言う前の息を吸う音は、聞こえない。
未来人はというと、更に大きな兵器を作動させ、緑谷くんに向けていた。
「この兵器は、海の向こうにある大陸さえも粉々にできる…!!
お前らが死んでも、個性兵器が生きられるギリギリの威力だ!!」
「……」
緑谷くんが、軽く息を吸う。
未来人が兵器の引き金を引こうとした、その時だった。
「正義の拳ィッ!!」
兵器が、その銃口に放たれた拳の風圧によって、あっけなく破壊されたのは。
「へ?」
いや、待て。
風圧だけで、あんなに威力高いの?
「ば、バカな…。イズクメタル製の、最先端兵器だぞ…?ロストテクノロジーを復活させた、最強の兵器が…」
あれだけ硬度を自慢してたイズクメタルを、ただの風圧で吹っ飛ばしたのか。
からん、からん。
吹っ飛ばされた兵器の破片が、雨のように降り注ぐ。
緑谷くんはその中を歩き、未来人の前に立った。
「お前が最強の兵器を使うなら、僕はそれすらも超える」
「なっ、なんだよっ…!?
なんなんだ、コイツは…!?過去に、こんな威力のある兵器が…!?」
ーーーーーー僕は『最高のヒーロー』だ。
狼狽を露わにする未来人の顔に、拳が突き刺さった。
緑谷くんは、そのまま拳を地面に向けて振り下ろし、未来人を地面に叩きつける。
瞬間。鎌倉山に大きな亀裂が走った。
「………………や、やっちゃった」
最高のヒーローを名乗った男の、情けない声が響いた。
未来人編は次回でおしまいです。お楽しみに。
ちなみに言うと、未来人は死んでません。
イズクメタル製のヘルメット破壊した直後に力を抜いて、プロボクサーのパンチ喰らった程度のダメージしか負ってません。