そうだ、先生になろう。   作:鳩胸な鴨

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サブタイトル通りです。

先生は文系なので、花にはそこそこ詳しいです。


真夏に梅の花は咲きません

「真夏に咲いてる梅の木?」

 

 

ちゅるん。

皆で素麺を啜る中、緑谷くんから出た情報に、僕は首を傾げた。

 

 

「違う品種の木を見間違えたんじゃないんですか?

品種にもよりますが、梅の木が花を咲かせるのは、大体2月ごろです」

「いやっ、それは知ってるんですけど…。

アレは確かに、梅です。品種は南高です」

 

 

ふむ…。南高か。

それこそ、そこらへんにありそうな品種だ。

南高も一般的には2月に花を咲かせる。

8月初めの今の時期に花が咲くなど、本来ならばあり得ないのだが…。

 

 

「『梅の精霊』とか呼ばれてた、ヒメとミコトって子の個性じゃないですか?」

 

 

普通に考えれば、あかりさんが言う、その線が濃厚だろう。

……ん?ヒメとミコト?

僕がそのことを疑問に思っていると、東北さんがこっそりとメッセージを僕の携帯に送る。

 

 

『確実にボイスロイドです。正確には、ガイノイドtalkですけど』

『細かい区分は、僕は知りません』

『出してる会社の違いです。用途は一緒なので、気にしなくていいです』

 

 

ボイスロイドに加えて、ガイノイドか。

まぁ、あんまり重要そうな情報ではないので、そこは追求しないでおこう。

 

 

「そう考えたんだけど、個性遮断フィールドを展開してたし…」

「あー…。じゃあ、即散ってなきゃおかしいですね」

 

 

東北さんが言うと、「いただき!」と僕の分のトマトを奪う。

魔法の呪文『成績』でそれを奪い返し、僕は甘酸っぱいというには味が薄く、みずみずしいという表現が多用される割には砂っぽい食感のソレを咀嚼した。

 

 

「むむぅ…。麺類は『あーん』が難しいです。断固改善を要求します」

 

「それだけ勢いよく食ってほかに分け与える精神があることに先生びっくりしてます」

 

「殴りますよ」

 

 

やめてくれ、普通に死ぬ。

子供の癇癪で殺されるのはごめんだ、と語ると、「冗談ですよ」と返された。

 

 

冗談なのは分かってるが、仮にも戦時中に猛威を振るった兵器が「殴る」なんて言わないでほしい。

心臓がダイヤモンド製の緑谷くんたちと比べると、炭くらいの強度の僕の心臓は脅されただけでも止まる自信がある。

 

 

にしてもまぁ、よく食べること。

あかりさんが食べてる素麺の量は、僕たちの合計量の10倍。

しかもまだ余裕そうだ。

食費に関しては、緑谷くんのお母さんは「出久はそんなに食べないから、作りがいがある」と笑っていた。

この親在ってこの子在りの家庭だなぁ。

 

 

「イズクくん、トマトです。あーん」

「んっ。ありがとう、あかりさん」

 

 

字面だけ見れば、誤解されそうな光景だ。

だが断っておく。

紲星あかりは、恋を知らない。

緑谷くんに抱いている感情は、愛情というよりは『安心』とでも言うべきものだ。

依存しているわけではないが、彼以外に心を開けるかと問われれば、否であろう。

 

 

「…アレですよね。

カップルっていうか、子供がお母さんに『あーん』してるみたいなモンですよね」

 

 

関係としては、セイカさんの言う通り、親子に近い。

緑谷くんもあかりさんも、そもそも互いを異性として見ていない。

相手を庇護対象として見ている緑谷くんと、相手を自身を背中から撃たない者と安心しているあかりさん。

歪ではあるが、相性だけ見れば良好だと言える。

 

 

「見た目はカップルですけどね。

ほんと、見た目と中身って伴いませんよね」

「にべもなく爆発しろって言わないあたり、君も人を見る目は育ったようですね」

 

 

二ヶ月前であれば、街行くカップルに「爆発すりゃいいのに」と、聞こえないように、小さく罵声を浴びせていたクソガキとは思えない。

僕が成長を褒めると、彼女はその小さな体で精一杯胸を張った。

 

 

「えっへん。成長期ブーストですよ」

「その他が問題過ぎてマイナス評価は拭えてませんよ」

「うぐっ」

 

 

あの爆発今でも覚えてるからな。

 

 

科学に犠牲がつきものなのは知ってるが、だからと言って無断で使ってる他人のパソコンを壊すな。

このクソガキのクソガキぶりは、僕にしか向けられないってのも問題だ。

僕以上の内弁慶だぞ。

 

 

そんなことを考えていると、皆が一斉に「ごちそうさま」と手を合わせる。

昼食を食べたとは言え、流石は育ち盛りというべきか、セイカさん以外はまだ少し物足りなさそうだった。

 

 

「…デザートです。実家からスイカが送られてきたんで、取ってきますよ」

「先生の実家って農家なんですか?」

「ええ。家の収入全てそれに依存できるくらいには、大きいトコです」

 

 

テレビで取り上げられるような場所ではありませんが、と付け足し、冷蔵庫から切って冷やしておいたスイカを出す。

お好みで塩も用意しておいた。

 

 

「…夏ですねぇ」

「それ食べたら、宿題しなさいよ。

次忘れたら成績最低評価ってのは、卒業まで有効ですからね」

 

「そんな殺生なぁ!?」

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

「Ms.コトノハ!どうしてこの研究の素晴らしさが分からないんだ!!」

 

「…だから言ってるじゃないか。

人工的に個性を作るのは不可能だ」

 

 

ある有名大学の一室。

生体工学を専門とする私が、大学から「好きに使ってもいい」と許可が出てる部屋に、私…琴葉葵の助手の怒鳴り声が響く。

彼が私に見せたのは、「個性因子を人工的に作るプラン」。

はっきり言って、夢物語だ。

現代の生体工学では、どの研究機関でも「個性因子を作り出す」のは不可能だ。

今月に私が学術誌の記事として証明したばかりだと言うのに。

 

 

「時代は1秒毎に進歩する…!

そう言ったのは貴女たちではないか!」

「そこで私と姉さんの教えを持ち出すあたり、君はダメなんだ」

 

 

私は言うと、彼の資料を押し付けようとする手を振り払った。

 

 

「いいか。適切な速度での進歩というのが重要なんだ。

じっくりと、その時代に合った研究をする。

でなければ、世界は崩壊する。

それは個性発現時に証明されているだろう。

功を成したい、名声が欲しいなどと言った私利私欲のために、時代を無理に進めるな」

 

 

…その分別もつかない子供が、時代を揺るがすほどの発明をしてしまったのだが。

秘匿している真実を胸にしまい、私は助手に「それはやめておけ」とだけ言って、部屋を出ようとする。

 

 

「…っ、貴女はいつもそうだ!

時代を進めるような研究を進んでやらない!

貴女ほどの頭脳と技術があれば、人工個性程度…」

 

「黙れ。研究生命を断たれたくなければ、それ以上、私を怒らせないほうがいいぞ」

 

 

帰ったらチョコミントアイスを食べよう。

カー○ルの、おっきいヤツ。

私は苛立ちを抑え込むように、ミント味のガムをひと粒噛んだ。

 

 

「人工個性…か」

 

 

個性は、時代を終わらせる。

それが人の手によるものならば尚更だ。

そんなことを考えながら、私は研究室を後にした。




葵ちゃんは生体工学、茜ちゃんは電子工学専門です。

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