先生の性格の悪さが露呈します。
「……つまりは、こうか?
『無個性が科学で個性超えた』っつー事実が世に出たら、とんでもねーことになる。
でも人助けはしたい。
じゃあ、正体不明のヴィジランテやろう!…っつーことか?」
「まぁ、大雑把にいうと…」
バレた。よりにもよって、初対面の緑谷くんの同級生に。
融通が効かなさそうな相手だから、下手に隠せば普通に通報されて終わりだろう。
なら、巻き込んじまおう。
僕の胃痛を味わうがいい。僕クラスになると慣れすぎて最早穴も開かないけどな!!
「…アンタ、教師のくせに相当性格悪いな。
こんなん聞かされて、誰にも言えるわけねーだろ」
「性格が悪いヤツ世界ランキングがあったら、トップ5には入ってると自負してる」
「ンなことで胸を張るな」
知らない子にまで性格が悪いと言われた。
生憎と直す気はない。
「…こんなのが小学生教師してるなんて、冬姉が知ったらどうなるか…」
「おや、ご親族に教師がいましたか?」
「いや、教育学部受かって、9月に教育実習受けるって」
「あー…。うちの学校でも募集してましたね」
そんな会話を交わしながら、ふと目線を緑谷くんの方に向ける。
シリウスに身を包み、ポージングする緑谷くんの姿は、どう見てもトニー・スタークだ。
カラーリングが白と金で、中身がもじゃもじゃ頭の中学生っていう点を除けば。
「おー、あいあんまんっぽい!
略してあっぽい!」
「あ、あっぽい?」
「アホっぽいって聞こえますね」
「アホっぽい!?ヒメちゃんそんなにアホっぽいの!?」
「言ってないけど、自覚あるんですねぇ」
「うん。自覚はあるんだよ。全然治そうとしないけど」
「これがヒメちゃんスタイルなのだ!」
言っちゃ悪いが言わせてくれ。アホが1人増えてた。
京町セイカという飛びっきりのポンコツがいるんだから、アホの子枠は要らんって思ってた自分がバカだったパターンだこれ。
「…あのヒメって子、いつもあんなのなんですか?」
「まぁ、概ね」
「担任の先生に同情します」
「担任?あの子たち、学校行ってねーぞ」
「え?」
学校に行ってない?不登校なのか?
僕がそう思っていたことが伝わったのか、彼は首を横に振った。
「いや、不登校ってわけじゃなくて。
…言っても笑わねーか?」
「梅の精霊ってヤツですかね?」
先日聞いた情報を出すと、轟くんは無表情を崩し、少しばかり目を剥いた。
「知ってたのか?」
「緑谷くんが言ってました」
話半分に聞いた程度ですが、と付け足し、梅の木に目を向ける。
花を咲かせている以外は、至って普通の南高。
こうしてマジマジと木を見るのは、大学の時に、論文を書くための題材を探していた時以来だろうか。
「こんな、どこにでもありそうな木に精霊…ねぇ」
「いや、年中花が咲いてる木とか、珍しいにも程があるだろ」
「それ以外が普通だって言ってんですよ」
流石に細胞単位ではわからないが、特段変わったところはない。
同級生にこの木の花弁を送って、研究してもらおうか。
「しかし…失礼ではありますが、こうして見ると風情もクソもありませんね。
季節が合っていないから、至極当たり前なんですが」
「そういうモンか?」
「そういうモンです」
本来、自然というのは流れ行くままが最も美しいとされている物だ。
花に美しさを見出すのも、たった数日で散ってしまう儚さを嘆いた物が殆ど。
自然に逆らった物に美しさを見出せ、と言われれば、文系の僕には厳しいものがある。
「ねぇねぇ!難しい顔してどーしたの?」
「いだぁあっ!?!?」
ぶすり。
考え事をして無防備だった僕の腰に、突起物が激突した。
めっちゃ痛い。
痛む腰をさすりながらそちらの方を見ると、僕に抱きつくヒメさんがいた。
「…ヒメさん。その頭のモン、結構痛いんで、頭突きはやめてくれます?」
「へ?」
「ダメだこれ分かってなさそう」
本気で「何言ってんのか分かんない」って顔してる。
「で、何してたのー?」
「…轟くんと世間話をしてただけですよ」
「世間話ってか、脅しだろ」
「人聞きの悪い。誰にも話さなければ、ただの世間話です」
…詐欺師とかできるかも。
いや、やらないけど。
無職のゴミ屑だった前世だったら考えたかもだけど、今世は教師だから絶対にやらない。
清いまま教師をしたい。
教育委員会の弱み握ってる時点で、清いもクソもないけど。
「んー…。分かんないからいーや!
ねぇねぇ、あなたって先生なんでしょ?」
「話の飛び方エグいですね」
「意味がわからん話はさっさと飛ばすからな、コイツ」
「詐欺に絶対引っかからないタイプですね」
グイグイ来るヒメさんに、「小学校の先生やってますよ」と答える。
すると彼女は、とてとてとミコトさんの方に駆け寄り、その手を引っ張って僕の前に連れてきた。
「私たちにべんきょー教えて!」
「…その、勉強…やってみたいなって…」
「…君たちのような学ぶ意欲のある子供は好きですよ。
意欲がありすぎて、僕に迷惑かけるクソガキと、向こう見ずすぎてオバテク作り出す中学生は微妙なラインですが」
「「え!?」」
好かれてると思ってたのか、コイツら。
実際、嫌いではないし、むしろ好ましくは思ってるが、その被害が僕に向けられるなら話は別だ。
「で。どんな勉強がしたいんですか?」
「その、ボク達…。ずーっと昔…何万年も前から、何も知らなくて。
ショートに足し算とかを教えてもらったり、絵本を読んでもらったくらいで、漢字なんて全然読めなくて…」
「とにかく、いろんなことが知りたいの!
先生だったら、いろんなことを知ってるんでしょ?
どんなことが起きてるとか、どんなものがあるとか!」
…ん?何万年?
………えっ?万!?
その膨大な年月に気づき、慄いたのは、数秒経った後だった。
人の文明が始まったのは、せいぜい1万年ほど前だ。
個性が世に出て、百数年経つか経たないかくらいの時代。
個性という不思議パワー無しに、万単位の年月を生きている…?
「…教える前に一つ、質問します。
生まれた経緯とかは、覚えてますか?」
「んー…。わかんない。
気付いたら、この梅と、ミコトと一緒に居て、何万年も経ってたから」
「ボクも同じかな」
……こんないかにも「謎ありますよ!解いて!」って言いたげな地雷満載な子を前にして、生徒達がギラギラと目つき変えてる。
「よっしゃ!今からお前らの謎、すっ裸にしてやるぜ!覚悟しなァ!」って言いたげな目で見てる。
頼むから、世界は巻き込んでも、僕だけは巻き込まないでくれ。
「…すげぇ目つきだな」
「気にしないでください。ああいう子達なので」
轟くん。出来れば、純粋なままの君で居て。
正義の秘密結社『一等星』が疫病神ではないこと、轟くんたちがそれに毒されないことを祈らずには居られなかった。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「くそっ…。どうして彼女は分かってくれないんだ…!」
ばんっ。
アメリカのとある酒屋にて、1人の男が自棄になって酒を呷る。
その男は、先日「人工的に個性を作る」という論文を上司に見せ、酷評どころか「手を出すな」と言われた研究員だった。
向かい側に座るのは、同じく研究員の1人。
「あの人は『時代を無理に進めるような研究をしない』がモットーの、前時代的な頭固いクソアマだからな。
なんで人工個性なんてモンが通ると思ったんだ、マイケル」
「彼女は…彼女達は、無個性だろう?
その弱みにつけ込めると思って…」
「そういう思考がもうダメだ。
アレらの人を見る目は、そこらの精神系の個性持ちよりも優れてる。
そういう下心も丸見えだったと思うぞ」
どっかの誰かの受け売りらしいが、と付け足し、酒を呷る研究員。
マイケルと呼ばれた彼もまた、ツマミのチーズを口に放り込み、その量に見合わぬ酒をがぶがぶ飲んだ。
「ぶはっ…。
そのどっかの誰か、本気で恨もうか…」
「やめとけやめとけ。顔も知らねーヤツを恨んでも仕方ねーだろ。
また別の研究を考えようぜ」
と、2人して笑ったその時だった。
「やぁ、こんにちは」
全てが機械で覆われた、歪な存在が彼らの隣に座ったのは。
「あんた、酒飲む気があんのか?そのマスクとか外しなよ」
研究員が言うと、その存在は「くくっ」と喉を鳴らす。
声質からして男なのだろうか。いや、それとも女なのだろうか。
どちらとも判別のつかない声が、より一層、その存在の不気味さを際立たせる。
「すまない。今日はプライベートで楽しみに来たんじゃないんだ」
「じゃあ、なんだってんだ?」
ーーーーーー『人工個性』のことについて興味があってね。
ぞくり。
機械の中から覗く目が、彼らを見つめる。
それだけで、全身の神経に針が通されるような、不気味な感覚が襲った。
「マイケル・クラーク…。個性『顕微鏡』。
ミクロン単位の物も肉眼で視認できる…」
「なっ…」
「ボブ・ジョンソン…。個性『精密操作』。
細かい作業も超感覚で正確にこなすことができる…」
「っ…!?」
自らの本名、個性を暴かれた2人は、全身の毛穴が閉じるのを感じた。
その様子を知ってか知らずか、その存在は「心配しなくていい」と、無害な存在であると示すように、大袈裟に振る舞う。
「大丈夫。ボクは敵ではなく、科学者だ。
『ブラックボックス』…。そう言えば分かるかい?」
「……!?個性研究の、第一人者…!?」
ブラックボックス。
その名を知らぬ者は、この世界に居ない。
個性因子を発見した研究者の元助手であり、個性関係の医学の基盤を作った人間。
この時代における個性研究において、右に出る者の居ない研究者。
「マイケルくん。私は君と同じことを考えているんだ」
「えっ…?」
「個性を人工的に作る…。
なんと素晴らしい研究だろうか!
その研究は確実に、人類の立つステージを上げる…。
それこそ、ただの人が神の如き力を作り出せるのだよ!!
それだけ大きいんだ、君の研究は!!」
引き込まれそうな感覚が、マイケルの心を掴む。
機械の奥にある瞳が、笑っていた。
「だが、あの生体工学のホープ…、Ms.コトノハはそれを良しとしない。
なんと愚かしいことだろうか。
人は神になれる…。その証明を、私としてみないかい?」
マイケルは、彼の手を取った。
ブラックボックスは…オリキャラというべきか分からない立場にあります。正体が明かされる時まで、お楽しみに。