そうだ、先生になろう。   作:鳩胸な鴨

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続いた。

水奈瀬コウ先生流行れ。結月ゆかりとか、琴葉姉妹もいいけれど、水奈瀬コウ先生も同じくらい流行っておくれ。


僕は性格が悪いらしい。自覚はある。

突然だが、言わせてほしい。

 

 

僕、緑谷出久は無個性だ。

 

 

全世界の内の二割。

全世界共通のいじめられっ子であり、夢を見ることでさえも奪われた、凡人以下の存在。

そのことを自覚したのは、齢4歳。

誰しもが平等ではないことを、僕は痛感した。

 

 

仲のいい友達がいた。

個性が無いだけで離れていった。

 

 

頼れる兄貴分がいた。

個性が無いだけで敵になった。

 

日々、叶わない夢を見続けることに押しつぶされそうになりながら、僕はひたすらに夢を追いかけていた。

 

 

 

小学校の一年目が終わり、二年目に向けた準備をしていたある日だった。

僕の住むマンションの隣に、新しい住人が越してきたのは。

 

 

 

「初めまして、隣に越してきた水奈瀬と申します。

今年から、折寺小学校の教師としてやってきました」

 

 

すらりとした、細くて長い体躯。

細い目つきを少しでも大きく見せるためのメガネ。

ニッコリと笑う口の隙間から見える、少しばかり鋭い歯。

そこから漏れ出す、美しい声色。

お母さんが引っ越しそばを受け取る後ろで、僕はその人のことを見つめていた。

 

「おや、初めまして。

この子は、小学生ですか?」

「ええ。折寺小の、二年生です」

「であれば、僕が担任として、彼の前に立つかも知れませんね」

 

その人は言うと、僕の前と目線を合わせた。

 

 

「初めまして、水奈瀬コウです。

君の通う小学校の先生をします」

 

 

「…み、緑谷、出久…です」

 

 

 

「緑谷くんですか。よろしく」

 

 

 

これが、僕が人生で最も尊敬する教師との出会いだった。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

道徳の授業は、あんまり好きじゃない。

 

 

小学校二年生ながらにして、僕は早速苦手教科という壁にブチ当たった。

特に成績には関係なさそうな、それこそ、授業のほとんどをすっぽかす生徒も出てくるつまらない教科。

それが、世間一般で言う道徳の授業。

でも、僕にとっては、「僕は差別される側なのだ」と酷く自覚させられる教科。

 

今日は、二年生初めての道徳の授業。

担任の先生は、水奈瀬先生。

先生は教壇に立つと、開口一番にこう言った。

 

 

 

「初めての道徳の授業ですが、僕は何もしません。

教室からも出ますので、自由に過ごしてください」

 

 

目が点になった。

他の授業は普通にこなしていたからこそ、僕を含めた全員の口が開いた。

生徒たちが引き止めるのを待たず、先生は本当に教室から出ていってしまった。

 

 

「自由にしろってことは、何してもいいんだよな!」

「ちょ、ちょっと…」

 

 

皆が困惑する中、一人が掃除用具入れに登って遊び始める。

 

「いぇーい!」

「や、やめなって…」

「むこせー菌がうつるぞー!にげろー!」

「いや、だから…!」

 

僕が止めようとするも、また一人、また一人と遊び始め、教室は混沌と化した。

 

「むこせー菌はあっちいけー!」

「いっ…!?」

 

 

そんな中、始まった遊び。

個性を使って、僕に攻撃を当てるゲーム。

無個性という、反撃される要素が皆無な的への、容赦ない攻撃。

 

 

 

結局、反抗する力もない僕は、こっ酷くボコボコにされた。

 

 

 

トドメに「チクったらころすぞ!」と言われ、授業の終わりが訪れる。

それと共に、今の今まで教室から出ていた先生が戻ってきた。

 

 

「…やはり、予想通りと言うべきですかね」

 

 

ぞくり。

 

入ってきた先生の瞳は、殺されるんじゃないかと思うほどに、怒りで満ちていた。

だと言うのに、いつものような口調で、ただ冷静に告げる。

 

 

「これからの道徳は…この教科書を使いません」

 

 

先生は言うと、教科書を放り捨てた。

「代わりに」と付け足すと、どこから引っ張り出してきたのか、旧式のテレビを教壇に置き、そこにパソコンを繋げた。

 

 

「毎時間、この映像を見てもらいます」

 

 

そこに映ったのは、先ほどの光景。

僕に爆破が直撃する傍ら、その姿を嘲笑う皆の姿が、そこにはあった。

 

『むこせー菌はおれがたおしたぞー!』

『すっげー!』

『かっけー!』

 

皆が気まずそうに目を逸らす。

 

 

その姿を確認した先生は、ばんっ、と机を叩いた。

 

 

「目を逸らすな」

 

 

静かな声。

背筋さえも凍りそうな冷たい声に、何人かが涙ぐむ声が聞こえた。

 

 

 

「自分のことをよく見ましょう。それが、今年一年の道徳です」

 

 

その日、先生の好感度は地に落ちた。

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

うん。やりすぎた。

人の振り見て我が振りなおせってことわざがあるけど、録画でもイケるんだな。

そんなことを思いながら、僕は始末書を書いていた。

別に、生活に困窮するほどの減給を食らったわけではないけれど。

 

 

それでも、僕の道徳の授業は、モンスターペアレンツやら、モンスターティーチャーには理解不能だったらしい。

 

 

聞くに耐えない罵詈雑言を聞かされ、僕は始末書を書かされてる。

そういう甘い教育もどきが、ああいう差別を平気でする子供を量産してることに気づかないのだろうか。

個人の考えは確かに尊重されなくてはならないが、それで他人を虐げるのを是非とするのは違うだろう。

そういう理想論を正論のように振りかざしても、その子のためにはならないはずだ。

 

 

なんて反論できたら、どれだけ楽だろう。

 

 

でも、僕はあくまで雇われ。

もし下手に反論しようものなら、モンスターどもの逆鱗に触れて教員免許剥奪…なんてこともあり得る。

だからと言って、この教育を変える気は、さらさらないが。

 

 

 

理想を実現するというのは、いつだって現実との戦いだ。

 

 

そんな粋った思考にハマる自分に酔っていると、僕の住むマンションの玄関を、こんこん、と誰かがノックした。

 

「はい?」

 

がちゃり、とドアを開ける。

が。そこに人影はない。

一体なんだと思って辺りを見渡すと、「あの!」と下から声が聞こえた。

僕が目線を下に向けると、隣に住む緑谷くんが居た。

 

…うむ。私服がダサい。

イカツイおっさん…確か、オールマイトだったか…がプリントされたシャツを着てる。

街を歩くと5人に一人はイカツイおっさんシャツを着ていた。

僕の知らないうちに、世界は美的センスまで変わってしまったのだろうか。

 

「おや、緑谷くん。

ヒーローになるためのプラン、考えに来ましたか?」

 

 

「いや、そっちじゃなくて…。

その、今日の、道徳の授業について…」

 

 

 

 

へぇ。他の子ならまだしも、特に問題のないこの子が、あの授業について、ねぇ。

「入ってもいいよ」と許可を出し、彼を僕の家にあげる。

参考書やら学術誌くらいしか並んでいない、子供にとっては娯楽のカケラもない部屋に案内した。

 

 

「これっ、大学教授とプロヒーローの二足の草鞋、『Mr.インテリジェンス』が出した唯一の論文集!!

今や超プレミア価格で、値段高騰しまくりの品!!先生、これどうやって…」

 

 

興奮気味に一冊の参考書を手に取って、僕に迫る緑谷くん。

彼、ヒーローが絡むと途端にオタク全開になるな。

小学生ながらにして、オタクとして完成されてる。

なぜ分かるって?…察して欲しい。

 

 

「出身大学の教授だったので、参考程度に一冊譲り受けました。

…前々から思ってましたけど、小学二年生にしては成熟してますね、君」

「た、たくさん、本を読みましたから…」

 

 

たくさん本を読んでそうなるもんなの?

僕、たくさん本を読んでても、そこらのクソガキと同じだったよ?

 

もしかしたら、本人の素養もあるのかもしれない。

無個性という劣悪環境にブチ込まれて、真っ先に覚える世渡りスキルは「謙る」って、論文でも書かれてたからなぁ。

 

 

…書いたの僕だけど。

 

 

勘違いしないで欲しい。

ちゃんと参考文献も参考資料も、データだって、被験者の許可をとってきちんと書いた。

マッドなことはしてない。してたら、教壇に立ってない。

 

 

え?評価されたのかって?むしろ学会から総バッシング受けましたけど?

 

 

ちょっと盛り上がり過ぎた。

ここいらで閑話休題とさせていただこう。

兎にも角にも、教師として、僕はこの子の疑問に応えなくてはならない。

 

 

「では、本題に入りましょうか。あの授業になにか疑問でも?」

 

 

「…その、どうして、あんなことしたのかなって…」

 

 

 

ただの思いつきなんですが。

 

 

 

そんなこと言えば、ただでさえ低い僕の好感度が埋もれてしまう。

ここはもっともらしい理由を述べよう。

僕を基準として言えばいいのかわからないけど、うまく誤魔化すのは文系の得意分野だ。

 

 

「自分がどんな人間か。それを知ってもらうためです」

「え?」

「『自由にしていい』は、魔法の言葉。

 

子供の本質を、簡単に見極めるために使うものです。

 

その醜い本質を幼い頃から見続けてこそ、人は大きく成長できる」

 

 

うむ。我ながら苦しい言い訳が出てきた。

正月から一ヶ月経った餅並みに硬い頭持ちの教育委員会のクソジジイどもなら、これで納得してくれるんだけど。

そんな心配も杞憂に終わったようで、緑谷くんは、子供が浮かべることのできない表情を作った。

 

「先生は、優しいとか言われませんよね。

むしろ、性格が悪いって言われてそう」

 

「君、この1週間で僕に遠慮しなくなりましたね」

 

 

うっわ、教え子に性格悪いって言われた。

事実だからなんにも言えねぇ。

 

 

「そりゃあ君の夢だって、教師という立場なら『絶対に殉職するからやめろ』って言う人が殆どでしょう。

僕が君に言ったことは、第三者から見れば、『せいぜい頑張って殉職しろ』ってのと同義かもしれません」

 

 

僕が言うと、緑谷くんは「そんなことありません!」と声を張り上げた。

 

「先生は、優しくないです。

 

でも、生徒に対して、すごく真剣な人です!」

 

 

「…別に、そんなことありませんよ。

僕は理想の教師であろうとしてる、性格の悪い凡人です」

 

 

 

生徒に対して真剣という評価は、僕には過ぎたものだ。

僕は僕の思う水奈瀬コウを、全力で演じてるに過ぎない。

 

 

「さて。先生は今、始末書とかいう反省文に、それっぽく長ったらしい大嘘書いてるんで、君はプランの続きを考えなさい。

それが出来たら、先生に提出。添削して後日返却します」

 

「大嘘って…。先生がそんなことしていいんですか?」

 

「いいんですよ。嘘は人間社会を生き抜くための、最大の武器です。

誰しもに与えられたソレを振るわないほうが愚かです」

 

 

プロヒーローとかはこぞってバカみたいに「嘘はダメ」と言いますが、と付け足した。

ソレを聞いた緑谷くんの顔は、少しばかりキラキラしてた。




水奈瀬先生の評価

緑谷くん「先生のこと、尊敬してます!」

他の子「無個性のくせに!調子のんなカス!死ね!」

緑谷くんの好感度だけ稼いでいくタイプ。

水奈瀬先生は本質的に少数に入れ込んでしまって、大半にめちゃくちゃ嫌われるタイプの先生です。

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