かっちゃんが子供を助ける(結果)
「かっちゃん。おはよう」
「……来んな、デク」
あの色濃い夏休みが明けた。
願わくば、暫くは大きな事件が起きませんように。
そんなことを思いながら、かっちゃんにいつもの挨拶を交わす。
おばさんによると、肝試しからずっと大人しいらしい。
轟くんが「喧嘩した」って言ってたし、それが理由なのだろうか。
そんなことを考えていると、やる気のなさそうな担任教師が入ってくる。
「えー、お前ら。新学期早々だが、転校生を紹介する。入ってこい」
がらっ、と、扉が開く。
そこに居たのは、毎日顔を合わせる彼女…紲星あかりだった。
「お名前は…どう読むの、コレ?」
「キズナです。紲だけ読んで、星は読まないんです。灯は、あかり。
初めまして、皆さん。紲星灯です。
緑谷出久くんの親戚で、ちょっとした都合で一緒に暮らしてます」
ぺこり、と頭を下げ、愛想笑いを浮かべるあかりさん。
先生が、愛想笑いを練習させた甲斐があったなぁ。
させてなかったら、ほぼ100%の確率で「お前らと仲良くする気ありません」って言いそうだったし。
「緑谷の親戚…?」
「あんな可愛い子が親戚…?」
…なんか、不穏な空気が。
予想通りというべきか、休み時間に、僕とあかりさんの周りに人が殺到した。
街に一つのテレビが来たみたいな反応だな。
無個性…そう言うことにしてる…でも、見た目がいいと便利なんだなぁ。
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「今日は転校生を『三人』、紹介します」
宿題の回収、始業式を終え、先生が教壇に立つ。
三人…?二人は知ってるけれど、もう一人は誰だろう。
私…東北きりたんが首を傾げていると、教室の扉が開いた。
そこから現れたのは、三人の女の子。
二人は、私もよく知る鳴花の双子。
もう一人は、初対面。だけど、知っているかどうかと問われれば、首を縦に振るだろう。
「では、自己紹介をどうぞ」
「鳴花ヒメです!よろしくお願いします!」
「鳴花ミコト…です。よ、よろしく…」
チョークに名前と…少し読みが特殊なため、振り仮名を書く二人。
ミコトちゃんは綺麗な字だけど、ヒメちゃんはガッタガタの汚い字だった。
その隣に、最後の一人がチョークで黒板にサインじみた名前を書く。
「ぉ…、音街、ウナ…です。よ、よろしく…」
引っ込み思案そうな態度だ。
もじもじしながら自己紹介をこなす彼女に、私や先生、鳴花の双子を除く全員が雄叫びを上げる。
音街ウナ。
前世で言えば、ボーカロイドとボイスロイドの二足の草鞋を履いていた存在。
今世で言えば、現在休業に入ったばかりの、有名子役アイドル。
無個性というマイナス点を、同情票として上手く扱えた人間。
叫ぶな、という方が難しいか。
「東北さんの左隣…あの包丁の髪飾りの子です。そちらの方が空いてるので、音街さんはその席に。
二人は…あそこの席に座ってください」
…こりゃあ、一波乱ありそうだ。
そんなことを思いながら、隣に座る音街さんに「よろしく」と手を差し伸べた。
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「あ、勝己。おかえりー」
「ん」
デクから逃げるように帰った俺は、ババアに軽く会釈して、自分の部屋へと向かう。
カバンを無造作に放り投げ、ベッドに背から飛び込む。
じん、と響く頬の痛み、その熱さが、まだ消えていなかった。
「…勝ったやつが、ヒーローって呼ばれねェ理由…」
わからねェ。
俺はずっと、「ヒーローになる=敵をブチのめして勝つ」ことだと思ってきた。
アイツの言ってたことは、デタラメだったんじゃないか。
そう思って、ネットで検索したこともある。
半分野郎の言ってたことは真実だ、と自分で証明しただけだった。
足元が全部、崩されたみたいだった。
ここ最近、まともに寝られない。
夜更かししてる、とかじゃない。
ただ、この答えを出さなきゃ、俺はあの野郎に殴り返すこともできないと思ったからだ。
…癪だが、デクなら、なんか知ってるのかも知れない。
そう思ってアイツの家に行こうとして、やめた。
ーーーーーーなんでもかんでも、誰かが教えてくれる、助けてくれると思ってたら大間違いです。
時には、自分自身で答えを見つけ、自分自身で助からないといけません。
ーーーーーー助けなんざ要らねェよ!!
あのクソ教師の言葉が、脳裏にフラッシュバックした。
助けなんざいらない。
そう言って、デクに答えを求めるっていうのはどうなんだ?
「…あぁ、クソっ」
本当にイライラする。
財布と携帯をポーチに突っ込み、ラフな格好で外に出る。
あのまま家に居れば、苛立ちでおかしくなりそうだった。
「ぁン?」
家から出ると、道に人が集まってるのが見えた。中には、マスコミまで混じってる。
プロヒーローでも来てるんだろうか。
遠巻きにそれを見ていると、枝豆が人混みをかき分けるのが見えた。
「こんな子供に寄ってたかって、良い大人が何してるんですか!?
いくらアイドルとは言っても、プライベートは尊重されるべきでしょう!?」
「報道の自由を行使してるだけだ!!
君に何かを言われる筋合いはない!!」
枝豆の怒鳴り声が響く。
だが、マスコミどもはそれを意に介さず、野次馬どももヒートアップする。
胸糞悪ィ。
…あのクソ教師の真似をするわけじゃねーが、その一部始終をスマホで撮影する。
数秒程度で十分だろ。
録画を止め、声を張り上げた。
「人ン家の前でぎゃーぎゃーぎゃーぎゃーうっせェぞォ!!
映像ォ撮ったからなァ!!ネットに晒されたくなかったらさっさと失せろォ!!」
さっきの映像を流しながら脅すだけで、蜘蛛の子を散らしたみたいに逃げていく。
残されたのは、枝豆と妹のきりたんぽ、やけに見覚えのあるガキの三人だった。
「ちっ…。苛立ってんのに騒いでんじゃねーぞクソが…。ぶっ殺してやろうか…」
「…ぁ、あのっ!」
とっととその場から去ろうとした時、俺の服の裾をガキが掴む。
「あ、ぁりがとう…ござい、ます…」
「離せ。歩けねェだろ」
ぺこり、と頭を下げるガキが、俺の言葉に反応し、手を離す。
すると、枝豆が俺の元へと駆け寄った。
「ありがとう、勝己くん!
私じゃどうしようもなかったから…」
「礼とかいいから退けや枝豆。
今から散歩すンだよ」
枝豆を押し退け、このイライラを抑えるために、バッティングセンターへと向かう。
引き留めようとする枝豆を振り切るように、俺は走り出した。
…くそっ。枝豆を見ると、あの時のこと、半分野郎の言葉を思い出しちまった。
結局、バッティングセンターでも俺の気は紛れることはなかった。
かっちゃんも確実に先生から影響を受けてます。
物事はまず証拠から。何かあったら写真撮るようにしてます。