「…何やらかしたらあんなバケモン呼び出せんですか、あの子たちは」
近所が大騒ぎになる中、夕陽を背にたたずむ巨影を見上げる。
さっきから音街さんの屋敷がある街の外れで、敵が出たと騒がれていた。
プロヒーローが現行すると、それを阻むようにキズナが現れたという。
…ああ、面倒ごとが始まった。
あの子がプロヒーローと交戦するということは、人工個性関連の事件が起きているということ。
最初は東北さんもいないし、足手まといの僕がなにを指示しても意味を為さないと放っていた。
僕の家に被害が出なきゃいいけれど、なーんて思っていたらコレだ。
まったく。あの子たちと居ると、悪い意味で退屈する暇がない。
「…ま、僕にできるのは、避難誘導の手伝いくらいですかね」
僕はいうと、印鑑と通帳だけ持って、家の外に出た。
と。そこへ緑谷くんのお母さんが、僕とまったく同じタイミングで扉を開けた。
「…先生」
「緑谷くんのお母さん。早く逃げましょう。
あのデカさなら、ここも戦闘区域になりますよ」
「はい。…少し待ってください」
彼女は言うと、廊下の手すりにつかまって、声を張り上げた。
「ヒーローォォォォォォおおおっっ!!頑張ってぇぇぇえええっっ!!!」
そのメッセージを誰に向けたかは、すぐにわかった。
彼女は既に、全てを知って、黙認してるのだから。
「こんな時にしか、応援できませんからね。
先生。私も避難誘導、手伝います」
「ありがとうございます。僕以外の教師は、すごくやる気がないもので」
理解のある母親に恵まれるって、そうそうないですよ、緑谷くん。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「ウナちゃァああァああんっっ!!」
「超火力ッ、炸裂っ、だァんッッッ!!」
うぞうぞと蠢く触手に、デクのナノマシンで回復した掌を向け、限界を超えて二発爆破を放つ。
掌の真皮がデロデロに溶けるが、ナノマシンで回復する。
それと同じように、爆炎で燃える触手と肉壁が即座に再生した。
「かなり興奮して、だんだんと個性が攻撃一辺倒になってきてる…!
さっきより倒すのは楽だろうけど、いかんせん攻撃が激しっ…!」
「爆豪!!お前ンとこに流れ弾行かないようにするだけで手一杯だ!
お前がなんとかしろ!!」
簡単に言うな。こっちももう汗腺と皮膚が限界なんだ。
ずきずき、じんじんと痛みを主張してくる掌を再びバケモノに向け、爆破を放つ。
触手の表面が焼け爛れるが、数秒もしないうちに再生した。
攻撃一辺倒って言ったやつ誰だ。厄介な個性作られてンじゃねェか!!
「ば、バクゴー…さん…」
「ンな目で見んな…!!」
声を絞り出す。
あの人はいつだって、笑顔と背中で安心させてきただろォが…!!
「死んでも負けねェ…。死んでも音街を渡さねェ…!!
第一、あんなキモいのが初戦で負けて死んだら、死んでも死に切れねェわ!!」
「トップヒーローになる男、爆豪勝己!!
享年13歳!!死因、重度の妄想癖を患った中年に殺される!!」
「うっわっ!!たいそうな前置とのギャップすごいね!!」
「まだ死んでねェわテメェらコイツの後でブッ殺すぞ!!」
テメェらまだ余裕あンだろォ!!
声を張り上げながら、爆破で迫りくる触手から音街を守る。
軽口を叩いて、無理やりに余裕を保ったんだろう。
俺の頭上では、俺めがけて降り注ぐ攻撃をデクと轟が防いでいた。
「三人とも、五分…とは言いません!せめて三分!時間稼いでください!
コイツの弱点を暴きます!!」
きりたんぽが叫ぶと、スカートの下から何やら妙な球体を大量に出した。
すると、その一つ一つが浮遊し、デカブツの周りを飛び交った。
「解析用ドローンです!イズクメタル使ってるんで、簡単には壊れません!!
ただ、操作範囲の都合上、ここから動けません!!
意地は一級品でしょ!!
死ぬ気で私ら守ってみせなさいよ!!」
その言葉は、デクたちには向けられてねェことは、すぐに分かった。
少し視線を移すだけで、アイツが俺の背中を見てることがわかる。
迫りくる触手に、より大きな爆発を起こし、声を張り上げた。
「テメェら、よく聞けェ!!」
もう、口だけじゃねェ。
心の底に、この言葉を刻め。
俺が、ヒーローであるために。
「テメェら追い越してやる!!
俺はァ!!全部助けて!!全部守ってェ!!なにも失わねェ!!完膚なきまでに勝ち続ける、俺ン中で一番すげェヒーローになってやる!!」
まだ、俺はその域にはいない。
だから、叫べ。俺の心に焼き付けるために、言葉を重ねろ。
「俺がァっ!!最高のォっ、ヒーローだァァァアアアアアアアッッッ!!!!」
デクの真似だが、それでいい。
俺が思い描くソレは、アイツとは違う。
だから、俺が俺の思うヒーローを演じてやろう。
アイツを超える、最高のヒーローを。
「良い啖呵ですよ、ヒーロー!!」
再生が追いつかないほどに爆破を繰り返し、再生しようとする細胞を炭化させる。
こちらの再生も追いつかず、最早指先からしか爆破が行えない。
一分も待てば、すぐに再生するだろう。
だが、そんなに待ってたら、すぐに殺される。
指先に集中しろ。最大火力の爆破を、十連続で放て。
「十壊滅殺ゥ…!!獄ッ!!爆砕ィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイッッッ!!!」
放たれた十連続の爆炎が、触手を肉壁ごと吹っ飛ばす。
咄嗟に名前を付けたが、爆破の細かいコントロールを取得するまで、二度とやれねェ。
大きな風穴の空いたバケモンは、その口から声を発した。
「やっぱりお前ぇええ…!!
僕とウナちゃんを引き裂く悪魔だなァァァアアアアッッッ!!!」
…心の底から認めたくないが、認める。
目の前のバケモンは、さっきまでの俺だ。
自分の思いどおりにことが進む世界が正しいって思い続けた、哀れな自分。
俺は、きりたんぽに現実を突きつけられて、一度は折れた。
だったら、同じように現実をぶつけてやれば良い。
「音街、言ってやれ。
変わりようのねェ、飛びっ切り残酷な現実を、な」
「…っ、はいっ!」
穴は塞がらず、そことは別の箇所から触手が襲いかかる。
完全に壊死したんだろう。
痛むそぶりをみせてないあたり、体がそのまま膨張した訳じゃなさそうだ。
指が再生するたびに、先程の「十壊滅殺・獄爆砕」を放つ。
その背後で、音街が声を張り上げた。
「私はてめーのお嫁さんじゃねェェェェェェェエエエエエェェェェェエエッッッ!!!!
てめーなんか全ッッッ然タイプじゃねェんだからァァァァァアアアアッッッ!!!!!」
「……ぽへっ?」
「ぶっっ…はははははっっ!!
良いぞ音街ィ!そっちの方が、なめられねェぞ!!」
音街の声を聞きながら、笑い声を上げる。
あの言い方、完全に俺を真似てたな。
デク。テメェの訳のわからんかった部分、全部分かった気がする。
ああ。今日はなんで、こんな笑いが止まらねェんだろう。
こんなん、らしくもねェ。
「はははははっ!ぶぁっはっはっはっ!
あー…。今日は、よく寝れそうだ」
「……うそだ。うぞだぁあ…。ウナちゃんが、こんな、こんなぁあ…」
バケモンが現実を受け止めきれず、棒立ちになってる。
今がチャンスだ。
「東北ゥ!!弱点分かったか!?」
「はい!!口の中に本体がいます!!
そいつを引きずり出せば、このデカブツは機能を停止します!!」
「ソレ以外はぶっ飛ばしても大丈夫なんだなァ!?」
「はい!!初の大仕事ですよ、爆豪先輩!!
邪魔する触手、全部ぶっ殺せェ!!」
「上等ォ!!」
焼け爛れて真っ黒な手を、奴の頭部を除く全てに向ける。
「あばよ、爆豪勝己。
妄想ばっかの中学生」
限界を超えて、指の先から何度も、何度も、「十壊滅殺・獄爆砕」を繰り出す。
いや。この技の名前は正しくない。
「十ノ惨状ォ…!!千壊滅殺ゥゥ!!
地獄ッ、爆粉砕ィィィィィィィイイイイイィイイイイイイイイイイッッッ!!!!」
爆炎が、奴の体を焼き尽くす。
ぶすぶすと煙を上げる指を動かし、俺は拳を空に突き上げた。
「デクゥ!!轟ィ!!しくじったらぶっ殺すからなァ!!」
「「言われなくても!!」」
轟が頭部を凍らせ、デクがソレを砕く。
気を失った男を、デクが受け止めた。
爆煙が止んだ空から差し込む夕日が、俺たちを照らす。
ナノマシンで手が回復するのを待たず、音街が俺に飛びついた。
はじめての戦いは、終わった。
チュートリアルにしちゃキツかったが、その結果は判を押したように決まってる。
「俺たちのォ!!完全勝利だァァァアアアアァァァァァアアアアッッッ!!!!!」
ショックで放心していたため、防御と再生を怠ったため、爆豪くんでもなんとか倒せました。
代償はカッターシャツと腕二本真っ黒コゲ(1日あればナノマシンで治せる)です。
次回から「旅行は性癖暴露大会」です。先生たちが関西の地で性癖暴露します