「弓鶴兄ちゃん、ほんま大丈夫?
此処入ったらあかん場所ちゃうん?」
感受性溢れる小学校三年生の頃。
私…こと、麗日お茶子が思い出せる、鮮明な記憶。
その日は、祝日。夏の熱気も抜けきらない、うだるほど暑い日だった。
大阪に住む親戚のお兄さんに連れられ、彼の家の向かいにある神社…その本殿の裏に来ていた。
確か、追儺…だっけか。
そういう行事を行なっていた人が、その儀式の普及に向けて作った、真新しい神社。
祀られてるのも、あまりいい神様じゃないってことも聞いた。
こんなところに、何の用なんだろうか。
「大丈夫だよ。…そろそろかな?」
「おとんのあほーーーーっっっ!!」
親戚のお兄さんが言うと、大泣きした女の子がこちらに走ってきた。
丸まった石ころが敷き詰められた足場のせいで、途中でつまづき、勢いよく転ぶ。
その痛みでまた涙をこぼし、その場で泣き叫ぶ女の子。
お兄さんは彼女に近づくと、何のために持ってきたのかと思っていた救急箱を開けた。
「よく我慢したね、ついなちゃん」
「伊織のあんちゃぁあああん……!
おとんが、おとんがぁぁああ……!!」
「よしよし」
ボロボロと泣く彼女の頭を撫で、慣れた手つきで怪我の治療をするお兄さん。
その日が、私と『如月ついな』…もとい『役ついな』ちゃんとの出会いだった。
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「というわけで。連休を利用して温泉旅行に行こうかと」
「それはいいですね。是非いきましょう」
爆豪勝己は呪文『外面』を覚えた。
ハッキリいうと気持ち悪い。
普段とのギャップで、口角を上げないように耐えるのがやっとだ。
表情筋トレーニングやってて良かった。
葵さんと爆豪くんの相性は、割と良かった。
葵さんの「口が悪かったから損した話」を聞かされて、更に意欲が湧いたらしい。
あの焼肉から3日経っただけで、ここまで外面を良くできたことに驚いた。
「ぶっ…。くくくっ…。だめ、笑っちゃだめなのは分かるけど、かっちゃんが…」
「愛想笑い似合わなっ…。くくっ…」
緑谷くんにクソガキ。笑うんじゃない。
ついに耐えきれず、二人が思いっきり吹き出し、床に転がり落ちる。
横隔膜ネジ切れるんじゃないかってほど笑う二人に、爆豪くんのこめかみに青筋が走った。
「おいテメェたちあとで可及的速やかにぶっ殺して差し上げやがるから覚悟しろやクソどもがァ!!!」
「はいアウトー」
「あ」
年末お馴染みのあの音と共に、轟くんが軟質バットで爆豪くんのケツをぶっ叩く。
ずぱぁん、という乾いた音が、部屋中に響いた。
「轟ィい…!!てめっ、ちったあ加減しろやァ…!!ケツ吹っ飛ばす気かァ…!!」
「思いっきりやれっつったのお前だろ。
あと、今のでまたアウトな」
「あ」
悲鳴と共に、二度目の破裂音が響く。
ただでさえ我慢が出来ない性格なのに、何故こんな罰ゲームをつけたんだ。
現在、爆豪くんは「外面が剥がれたら罰ゲーム」という名目で、長い間愛想笑いと敬語で過ごすという訓練をしている。
尚、家でも同じように訓練してるらしく、ケツバット役の母親に「アンタが大人しくて敬語で愛想笑いとか、気持ち悪いの擬人化だね」と言われたらしい。
全くもって同感だ。
「わっ!お尻真っ赤!」
「爆豪さん、大丈夫…?お尻痛くない…?」
「ひん剥かないで欲しいですゥゥゥゥゥウウウウ……ッッッ!!!!」
ウチの双子にズボン下ろされて、鬼みたいな顔してる。
血涙流しそうな勢いだ。
ミコトちゃんが氷のうを患部に押し当て、爆豪くんのケツを冷やす。
「無難にケツバットで」って罰ゲームを決めたことを後悔してる顔だ、アレ。
「お前、普段どんだけ口悪かったんだ?
三時間だけでもう二百いってるぞ?」
「あまり喋らせっ、ないっ、でェ、欲しいっ、ぃい、ですゥゥゥ……!!」
「アウトー」
「判断基準どォなってんだ罰ゲームのキツさに対して厳しすぎるわぶっ殺すぞォ!!!」
「二連続アウトー」
「死ねッッッ!!!」
「三連続アウトー。3回やるの面倒なんで、このめちゃくちゃ痛ェと評判の巨大ハリセンでしばきまーす」
「ーーーーーーーーーーッッッ!!!!!」
体を張ったボケ役かぁ。
声にならない怒声を響かせる爆豪くんのケツに、何度目かもわからないスイングが叩き込まれた。
「お邪魔しまーす。爆豪くん、相変わらずストレスでハゲそうなことしてますね」
「あかりさん、いらっしゃい」
爆豪くんがストレスでハゲそうなのは、昔からだろう。
年がら年中キレてるような子なんだから。
「おぉ…紲星さん、こんにちは…。
本日はお日柄もよく…」
「ぶっふぉ!!」
「こっちは必死にやっとんのじゃテメェら毎度毎度笑うなァ!!」
「アウトー」
「………っ、……っ…!!!」
…まぁ、コレだけしないと治らないっことも、本人も分かってるんだろう。
自分のことを客観的に見る目をこの時期に持てるというのは、大きな一歩になる。
一ヶ月もすれば、外面も良くなって、ケツの皮も分厚くなっていることだろう。
聞けば、轟くんと一緒に個性の訓練もしているらしい。
以前、街を覆う巨大な化物を吹き飛ばした、指先からの連続爆破。
今後同じ規模の敵が出て来ないとも限らないため、毎日調節の練習をしているとのこと。
緑谷くん作のスーツは、「俺が弱ェのはわかってるから、貰っとく」とすんなり受け取ったらしい。
スーツでできることを生身でも出来る様に、と轟くんと切磋琢磨しているようだ。
ライバルの出来た緑谷くんはというと、新しいスーツ…初の『超攻撃特化型』、イズク20号を作ったという。
例の如く僕に見せにきたが、あまりの物騒さに「出来る限り使うな」と指示しておいた。
久々に椅子からひっくり返ったぞ。
「ところで、大阪の旅館ってどこだ?
有名なトコか?」
ケツを叩かれすぎて撃沈している爆豪くんに腰掛け、轟くんが問うた。
痛みでそれどころじゃないのか、爆豪くんはケツを押さえるばかりで、「降りろ」とも言わなかった。
気のせいだろうか、ケツから湯気が出ている気がする。
「会員制の温泉旅館ですから、有名とはあまり言えませんね。
ですが、一度は泊まるべき旅館として、テレビで二度紹介されたことがあって、中々に評判はいいようですよ。
立地的にも、大阪観光が十分に出来ますし、食い倒れの街を回るのもいいですね」
「食い倒れの街!?」
約一名、めっちゃ食いついた。
三度の飯より飯が好きとでも言いそうな…いや、実際に言っていた子だ。
大阪に行けば、桃源郷に来たみたいな反応をしそうだ。
「昔から着倒れの京都、食い倒れの大阪と言って、京都は衣服によって、大阪は食べ物によって、気がつけば財を失ってしまうほどの魅力があるんですよ」
「行きましょう!!」
「連休にね」
今までにないくらいに喜ぶあかりさんに、皆が微笑む。
痛みが落ち着いたのだろう。
爆豪くんは、絞り出すような声で「降りてほしいのですがァァァァァ…!!」と轟くんを睨んでいた。
「ただいまー…って、なんですかこのカオス」
帰ってきたセイカさんにつっこまれてしまった。
大人のかっちゃんはタイキックを受けてもビクともしないでしょう。
ケツの皮が厚いから。