「ええっ!?旅行経験ないの!?」
「おう。今回が初めて」
行きの新幹線の中にて。
ガチガチに固まったアイスを、無理やりスプーンで削りながら食べていると、緑谷くんの素っ頓狂な声が響く。
当人である轟くんは、ヒメちゃんとミコトちゃんに囲まれ、同じようにアイスに悪戦苦闘していた。
「親父が変に厳しかったからな。
修学旅行とかも行ったことねェ。
今回のことも、めちゃくちゃキレて『許さんぞ焦凍ォ!!』…つって。
いつもみてェに脅しても聞かねェし、家にある鍛錬場連れてかれて」
「……で?」
「ボコボコにされて倒れると、いつも俺の顔面掴んで『こんなものかァ!!』って腹パンしてくる。
俺がマジで立てねェって分かってる分、油断してやがったからな。
目潰しに粉末カプサイシンぶちまけて、悶えたところで金玉殴って顎蹴り砕く勢いで蹴って勝った」
「君、先生に似てきたよね。容赦のなさと性格の悪さとずぶとさが」
だからこの間、僕の家で粉末カプサイシンなんて取り寄せたのか。
下手したら失明だぞ、それ。
あと緑谷くん。それ、僕が性格悪くてずぶとくて容赦ないって言ってます?
その通りですがなにか?
「ってか、エンデヴァーに目潰しって効いたの?No.2でしょ?」
「効くわけねェって分かってるっての。
年中目元燃やしてるアホだぞ」
自分の親のことを『アホ』っていうあたり、本当に嫌ってるんだなぁ。
アイスを掬って、ヒメちゃんとミコトちゃんに食べさせる轟くん。
以前会ったようないい子さはなく、何故か中学生三人組の中で、ダントツで性格が悪くなってしまった。
勝つために手段を選ばないあたり、本当に。
「テメェ、目潰しとか言っときながら、顔面にぶっかけたろ。
しかも息吸うタイミングで」
「爆豪、正解」
音街さんとトランプをしている爆豪くんが、予想を語る。
すると、轟くんは指を鳴らして笑みを浮かべた。
うっわ。性格悪そうな笑み。
「俺らン中でダントツで性格悪ィなテメェ。
先公に近ェわ」
「流石にアレとお前よりはマシだろ」
「ンだとゴラァ!!俺も流石にアレよりはマシだわ!!」
「君ら本当に失礼ですよね」
何気に僕が一番性格悪いことにされてる。
失礼な。その通りだ、生徒たち。
「イズクくん!見えてきましたよ!」
そんなことを思っていると、あかりさんが興奮気味に窓にへばりつく。
緑谷くんはその隙間を覗き込むように、窓の外を見た。
「食い倒れの街、大阪が!」
♦︎♦︎♦︎♦︎
今回の旅行での保護者は、僕とセイカさんということになっている。
緑谷くんたちのお母さんも誘ったのだが、断られた。
爆豪くんの両親は「こっちは二人組の北海道旅行当たって、勝己も居るし、誰かにあげようかなって思ってたところだったので、ちょうど良かったです」とのこと。
緑谷くんのお母さんは、「旦那が心配なので、そちらの方に様子を見に行く予定をたてていたんですが、予算の都合で一人が限界でして。今回のことはちょうど良かったです」と断られた。
轟くんのところは論外で、東北さんの所は、「大会が近いので」、「イタコ協会で旅行があるので」と。
音街さんのところは「行き飽きてるからいい」…などなど。
様々な理由で断られた。
結局のところ、僕は連休中の子供たちの面倒を体良く押し付けられた、ということになる。
保護者は僕とセイカさんだと言ったが、セイカさんは多少はマシになったとはいえ、かなりのポンコツ。
任せられるとは微塵も思わない。
「旅館でっけェな…」
「大部屋貸切だろ…?会社の人、すげェ無理したんじゃねェのか?」
爆豪くんが他人の心配してる。
金銭面になると余計にだ。
みみっちさが先行して、金銭面の心配を優先してするようになったんだろうなぁ。
誰かを心配するようになったと言うだけでも、大きな進歩か。
「いえ。だいぶ業績が伸びてるので、そこまで無理はしていないそうです。
あと、娘さんがお手伝いに行っているらしいので、仲良くしてくれと」
「あの、早く荷物置きに行きませんか?
か弱い私の腕が限界迎えてるんですけど…」
東北さんの荷物を持つ手がプルプルしてる。
小学生で運動不足なら、無理もないか。
「テメェをか弱いっつったら誰をか弱いって言えばいいんだクソガキ」
「なんですってボンバーマンもう一度泣かせてやりましょうか?あ?」
「上等だ今度こそテメェを泣かしてやるから覚悟しろや」
なんでそんな喧嘩腰なんだ。
爆豪くんと東北さんは、良いとも悪いとも言えない、微妙な関係だ。
どちらかが喧嘩を売り、どちらかがそれを買って馬鹿騒ぎする。
暴力沙汰ではなく、必ずゲームなどを設けて、東北さんが勝つ。
それがお決まり。
爆豪くんにとって数少ない出来事だったはずの「敗北」が、山のように積み上がっていくというのに。
爆豪くんはそれでも「次は勝つぞ」と笑っている。
つまづいた時の立ち上がり方を習得するのに、そう時間はかからなかったようだ。
相変わらず、口は悪いけれど。
「とにかく、一度荷物を置きに行きましょう。そこから大阪をまわりましょうか」
僕は二人の喧嘩を無理やり止め、旅館の入り口を開ける。
そこには、見覚えのある男性が着物姿で立っていた。
「いらっしゃいませ。ご予約の水奈瀬様ご一行でしょうか?」
ネームプレートに並ぶ『伊織 弓鶴』の文字。
こんなところにも、ボイスロイドが居たのか。
昔見た絵では、ちょっと女っぽい印象だったけれど、目の前にいる彼はまごうことなき男だ。
どこか儚げな雰囲気を纏う青年。
僕が見た彼は、そのような印象だった。
僕は鞄から旅券と免許証を取り出し、彼に渡した。
「はい。これ、旅券と身分証です」
「確認します…はい。確認させていただきました。では、お部屋にご案内します」
彼に案内され、僕らは通路を進む。
その途中、着物を着た女の子がどたどたと伊織さんに駆け寄った。
「弓鶴兄ちゃん!向こうで酔いすぎて倒れたお客さんおるんや!介抱してくれん?
お客さんの案内はウチがやるから!」
「いいけど、お茶子ちゃん部屋わかる?
大部屋の虎の部屋だからね?」
「わかっとるって!ウチ、もう中一やで?」
…このノリ、なんか聞いたことあるなぁ。
チラッ、と皆がセイカさんに目を向ける。
当人はまったくもって察していないのか、こてん、と首を傾げていた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「オールマイト、こちらです」
「案内ありがとう」
静岡にある、通常刑務所の一つ。
私はそこに訪れ、一人の男との面会に臨んでいた。
私とソイツには、なんの関係もない。
だが、私の追っている、「愉快犯敵…『キズナ』に迫る情報を握っている可能性がある」と聞いて、無理やりにこの面会を許可してもらったのだ。
用意された椅子に腰掛け、ガラス越しにぶつぶつと何事かを呟く男に話しかける。
「はじめまして、甥影 回くん。私のことは知っているかな?」
「…オールマイト」
「そう!今日は君に聞きたいことがあって、君に会いに来たんだ!」
「…もう、どうでもいい…。ウナちゃん…。ウナちゃああん…」
…やはりか。
精神的にかなり問題のある人間だとは聞いていたが、これほどまでとは。
ウナというと、以前バラエティ番組で共演した、音街ウナ少女のことだろう。
聞けば、罪状は彼女へのストーカー容疑。
逮捕された後は、訳のわからないことを繰り返すばかりだそうだ。
この状態では、情報を引き出すのは難しいだろう。
しかし、諦めるわけにはいかない。
世界の未来がかかっているのだから。
「人工個性、という言葉に覚えはないか?」
私が問うと、ぴくり、と肩を震わせた。
「……っ。そうだ。なにが『神になれる細胞』だ!!全然思い通りの個性にならないじゃないか!!」
「っ、知っているのか!?」
知識の有無を問うも、彼は私の言うことなど聞かず、激情のままに喚き散らす。
「ウナちゃんは全然言うこと聞かないし!あのクソガキは殺せないし!一番強い個性を作っても、クソガキとSAVERに吹っ飛ばされたぁ!!ちくしょう!!『フィクサー』め!!金返せぇ!!!」
………………は?
フィクサー。アメリカを根城として活動していた、過去最強の敵。
寿命で死んだはずの存在の名前が、なぜ、今になって出てくるんだ…?
ーーーーーーオールマイト。未来の平和の象徴。僕はあなたを殺さない。あなたは平和の象徴となるのだから。
あの時。地べたを這いつくばり、自分の最後を覚悟したことを思い出した。
耳元で、ヤツが囁く。
ーーーーーー言ったでしょう?僕は『絶対悪』だって。
ぞくり。
冷や汗を噴き出しながら、背後を振り返る。
視線の先には、鉄の扉があるだけで、誰もいなかった。
「今のは…?」
疑問に思いながらも、ガラスの奥にいる男に向き直ろうとしたその時だった。
「もっとだ!もっと強い個性をつくって、こんなところ抜け出して、ウナちゃんを僕のおよよよよょよょよよよよよよよぉおおおおおおぉおお」
でろり。
まるでアイスが溶けるように、男の体の皮膚が、骨が溶けていく。
液状化の個性化と思ったが、違う。
男が苦しんでいるのだ。
「…………は?
なんでっ、どうしてっ!!やだっ!!やだよぉ!!死にたくない!!!いやだァァァァァああああああっっ!!!
助けてっ!!オールマイトっ!!助けてよぉっっ!!!まだ死にたくないっっっ!!
死にたくあばぁあ。
あひゃひゃひゃひゃひゃうなちゃっ、うなち、うぅうううううひはふへへへへへへ」
デロデロに溶けていく男の姿に、戻ってきた胃から、胃酸が込み上げてくるのがわかる。
こんなにも凄惨な死を、私は見たことがなかった。
全ての命を冒涜するかのような、こんな死に様を、私は知らなかった。
オール・フォー・ワンですらも凌駕する恐怖が、そこにはあった。
「ぽひゅっ」
男の最後の言葉は、なんの意味も持たない、ただの音だった。
こんな、こんな死が、この世にあってたまるものか。
怒りと無力感に苛まれる中、私の耳元に声が響く。
ーーーーーーありゃ。食われちゃったか。まぁいいや。狙い通り。
「…っ、フィクサー!!貴様っ、どこにいる!?」
私が声を張り上げると、その声の主人はクスクスと笑った。
ーーーーーーさぁ?僕でもわかんないです。何故なら、『絶対悪』だから。
「…っ」
また、その言葉か。
私は臨戦態勢を取りながら、フィクサーに問うた。
「さっきのは貴様の仕業か!!」
ーーーーーー心外だなぁ。違いますよ。彼自身が望んだことです。『人工個性が欲しい。自分はどうなってもいい』って。
その言葉の恐ろしさも理解しないまま、彼自身が選んだ。だから、食われた。
「『食われた』とはなんだ!?どういう意味だ!?」
ーーーーーーそのままの意味ですよ。人工個性は『人を食べる』んです。
その言葉の意味を理解した途端、私の脳はフリーズした。
私の反応を待たず、フィクサーは言葉を続ける。
ーーーーーー正確にいうと、細胞を食い潰してくんですよ。
それを言うなら、本来ないはずの細胞になってしまう、または元ある細胞の居場所を奪う個性も一緒なんですがねぇ。
デイブですら解明できていない個性の謎を知っている…?
驚愕と恐怖に、体が震えるのを感じた。
ーーーーーーでも、人工個性はその傾向が強すぎて、今みたいなことになっちゃうんですよ。
だから、それに耐え得る細胞と結合させて新しい生命体を生み出して、その細胞を移植するくらいしか安全に使えない…ってワケです。
使えても、バカには高火力をブッパしたり、デッカくなるだけの単純個性しか作れないんですけどね。
「あ、これ言っちゃダメなんだった」、と付け足すフィクサー。
私は息を整え、震える体を奮い立たせる。
以前は、手も足も出なかった存在。
だが、今なら勝てる。大丈夫。平和の象徴なのだから。
それを心の支えにし、私は口を開いた。
「貴様の目的はなんだ?キズナとの関係は!?」
ーーーーーーキズナぁ?…ああ、プロトタイプの中で一番出来の良かった子か。
本当はもっと複雑ですけど、生みの親ってだけですよ。
もっとも、切り刻んで人工個性の完成品として体を売り出す前に、逃げ出されたんですけどね。
あの無能ども…ああ、部下なんですけどね。散々あの子をバカにして、ショージキに何もかも話しちゃって、それが原因で泣きながら逃げたそうなんですよ。
責任とって死んでもらいました。今みたいな感じで。
生みの親…?
切り刻んで、体を売り出す…?
理解するには、到底無理のある言葉が耳に入ってくる。
私は声を絞り出すように、彼に問うた。
「……貴様は、未来人なのか……?」
ーーーーーーさぁ?お答えできかねます。
ただ言えるとしたら、僕は時間さえも凌駕する『絶対悪』ってことだけです。
彼はそう言うと、「では、良い休日を」と言葉を残す。
次の瞬間には、威圧感は消え失せていた。
「…ならば、私はその『絶対悪』を捻じ伏せてやろう…!!
私は、『平和の象徴』なのだから………!!」
フィクサーはオリジナルかどうか微妙な立ち位置のキャラ二人目です。
この章でようやくボスキャラがその邪悪さの片鱗を見せます。
彼が未完成品の人工個性をばら撒くのはわざとです。
フィクサーはAFOとも対立してる敵です。