そうだ、先生になろう。   作:鳩胸な鴨

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サブタイトル通りです。


究極の自由人:茜ちゃん

「フィクサーが生きていただと!?トシ、それは本当か!?」

『……信じ難いが、真実だ』

 

 

私…デヴィット・シールドは、電話の向こうに居る相手に告げられた言葉に、地面が崩れ落ちていくような感覚を覚えた。

フィクサー。アメリカどころか、世界のヴィラン史に残る、世界最悪の敵。

 

彼のことは、あまり思い出したくない。

だが、その恐ろしさの一片も知らなくては、この脅威を理解はできないだろう。

 

 

フィクサー。本名不明、年齢不詳、出身地不明、etc…と、何もかもが判明していない敵。

常に仮面で素顔を隠し、露出した口元はいつも笑っていた。まるで、トシ…オールマイトのように。

セリフもトシの「もう大丈夫!何故かって?私が来た!」に限りなく近い。

 

 

 

ーーーーーー恐れ慄け。僕が来た。

 

 

 

彼の恐ろしさは、『無個性』であること。

 

 

なんの異能も持たずに、一国を一夜にして崩壊させたのが始まりだった。

発展途上国で、穏やかで、『平和の国』とまで呼ばれた国を、たった一夜で壊滅させたのだ。

 

 

その方法は、物理的なものではない。

ただの、なんの変哲もない『話術』。

 

 

ただ一人の人間と話しただけで、国の思想を変え、一国まるごと『敵』として加工する。

最初は誰しもが『洗脳系の個性を持っているのだ』と思った。

そう思わなければ、理解できなかった。

 

 

 

だが、その期待は木っ端微塵に粉砕された。

 

 

 

ーーーーーー未来の平和の象徴も、科学の前には無力ですね。

 

 

私が作った中で、今までも…そしてこれからも作れるとは思えない、最高傑作とも呼べるスーツ。

そのスーツを、ただ一つ、工具を取り出してその場で作り上げた小さな機械で粉砕した。

 

 

ーーーーーー僕は無個性なので、あらゆる知識とスキルを磨きました。

どうです?オールマイト。親友が扱う科学が、僕が積み上げてきた圧倒的な科学力に粉砕される気分は?

 

 

スーツなど付属品に過ぎないトシが、破れたスーツで奮戦した。

だが、拳は尽く逸らされ、風圧で吹き飛ばそうとしてもかわされ、ただただ殴られるだけのサンドバッグと化していた。

 

 

ーーーーーー人の話聞いてましたか?

古今東西、あらゆるスキルを取得したんですって。

拳の予測と行動パターン。あなたのあらゆる全てが、僕の掌の上ってことです。

 

 

どう倒せばいいんだ。

トシですらも足元にも届かなかった規格外。

合計五十ヶ国を崩壊させた敵。

無個性たちの暴動を恐れ、国連はフィクサーの個性情報を無理やりにでっち上げた。

そうでなくては、フィクサーが存在するだけで、抑圧された無個性たちの不満、怒りが爆発する危険性があったのだ。

陳腐な表現ではあるが、彼が生きている間、世界は絶望に包まれた。

 

 

彼が寿命で死ぬまで、私とトシは、オール・フォー・ワンよりもフィクサーの打倒を優先して見据えていた。

と同時に、彼を酷く恐れていた。

 

 

 

そのフィクサーが、生きていた…?

 

 

 

「冗談は…言ってなさそうだな」

『私がこんなことを冗談や酔狂で語ると思うかい?』

「…いや。そういう不謹慎なやつじゃないことは、十分に知っている」

 

 

悪夢ならば醒めてくれ。

私がそう思っていると、仕事用のパソコンにノイズが走った。

それを訝しげに思っていると、ばつん、とパソコンの画面が変化する。

そこに映っていたのは、見たくもない、茜色の髪だった。

 

 

『やっほー!しーちゃん、お元気ー?』

 

 

「はぁぁぁああ……。アカネ。しーちゃんはやめろとアレ程言ってるだろう。

私の娘はメリちゃんと呼ぶくせに…」

 

『そりゃそうやろー。

あないなめんこい子に「しーちゃん」なんちゅうあだ名つけたら、普通に可愛いだけやんけ!

せやからな、ちょうどダンディな魅力が溢れて色気ムンムンのしーちゃんを、親しみ込めてしーちゃんって呼んどるんやで』

 

 

なまりのひどい英語で軽口を叩く少女。

 

彼女は、私が唯一と言っていいほどに苦手意識を持っている電子工学者…『琴葉茜』。

『形状記憶合金アカネメタルの発見、普及』、『新エネルギー「アカネルギー」の開発』と、齢20にして、多大な功績を残している。

 

 

 

ただ、一つだけ問題がある。

 

とにかく。とにかく『自由』なのだ。

 

 

 

興味のあることしかしない、大統領の絶滅頭…おっといけない…お世辞にも豊かとは言えない頭をペチペチ叩いて「おとんの頭みたいや!」とスピーチ中に壇上に上がって宣う、etc…と。

 

よく極刑に処されないな、と思えるほどに自由なのだ。いや、例外的に許されている、と言った方が正しい。

無論、そんな彼女に「他人を敬う」などという常識が身についている訳がない。

 

何より嫌なのは、その無茶に大抵私の娘を巻き込むのだ。

娘が同じように育たないか、親としてはすごく心配だ。

 

 

「で、なぜ私のパソコンをわざわざこのクソ忙しいタイミングでハッキングした…?

答えようによってはポリスに突き出すぞ」

『いや、メリちゃんが話したい言うて電話したんやけど、繋がらんくてな。

監視カメラ見たら、誰かと電話してんの見えてん。

やから、ちょいちょいーっ…て』

 

 

監視カメラまでハッキングされてた。

タルタロス並みの防犯セキュリティは一体どうした。

ちょいちょいってなんだ。

これでもかって用意したファイアーウォールを突破したのか?

声を大にしてツッコミを入れたいが、ツッコミたいことが多すぎて、言葉にならない。

 

 

『その声…茜少女か?』

『おお、オールマイトさんおひさー。

怪我治ったんやってな。良かったなー』

「…トシ。彼女にバレたら面倒だと言っていたろう」

 

 

私はトシに向けて半目を向ける。

が。トシは「話したことないんだが」と冷や汗をかいていた。

 

 

『そりゃそうやろ。定期検診覗いとっただけやしな。

すんごい怪我やなぁ、移植とかで治さんのかなぁ思うとったし』

『普通に犯罪な、ソレ!』

『ウチは許されとるもーん』

 

 

トシが叱るのに対して、アカネは悪びれる様子もなくカラカラと笑う。

許されている、という言い方には語弊がある。

 

 

「君の場合、功績と脱獄経歴が異常すぎるから監視に留まってるだけだろ」

『タルタロスやっけ?あれも大したことなかったなぁ』

「そんなことを言えるのは君だけだ」

 

 

 

そう。彼女は研究者であると同時に、受刑者でもあるのだ。

 

 

 

犯した犯罪はどれも軽犯罪。その数は200。

どれも興味本位でのハッキングという、個性を用いたものではない。

というより、そもそも彼女は個性を持っていない。

だが、その件数の多さから再犯の可能性が高く、史上初、無個性で…且つ、十代でタルタロスに送り込まれた。

 

 

収監されて三十分後には、友達の家から帰るみたいなノリで脱獄して、チェーン店でチーズバーガーを食べていた。

 

 

彼女の趣味は、『電子工学』と『脱獄』。

いくらセキュリティを強化しようが、三十分以内には必ず脱獄してしまう。

メイデンに押し込めて海中に投げ捨てようが、地中に埋めようが、物理法則を無視したんじゃないかって早さで脱出する。

そして小馬鹿にするように、監視カメラのあるチェーン店で変装もせず、普通に買い物をする。

「もうこいつ罰しても意味ないし、害もないからほっとけ」と、各国の法務大臣が盛大にサジを投げた程だ。

 

 

付いた名が、『自由の権化』。

敵に近い生き方をしているというのにもかかわらず、そのデタラメさから、無理やりに自分を世に認めさせた無個性。

幸いなことに、最低限の倫理観は備わっているらしく、大きな犯罪を起こすような危険思想が無いことも判明している。

国連の命令に対して、最低限…ほんっっっっ…とうに最低限、渋々、嫌々従うことを条件に、元いた大学にこれまた普通に在籍している状態だ。

 

 

娘よ。なぜそんな彼女に憧れた?

なぜ、「彼女のラボで助手をしたい」って言い出した?

パパに憧れてるって言ってたじゃないか。

パパの方で学んだ方が安全じゃないか?

 

 

『パパー!久しぶりー!

そちらは元気ー!?』

「元気だよ、メリッサ…。大丈夫かい?毒されてないかい?」

『しーちゃんウチをフグかなんかやと思っとるん?』

「フグより酷いだろ君は」

 

 

フグどころじゃないだろ。劇毒だろ。

心の中でそう付け足すと、彼女は目を隠し、メソメソと泣き始めた。

十中八九、いや、確実に嘘泣きだ。

 

 

『ひっっど!!ウチ傷ついたわぁ…。メリちゃんその歳でたわわでぽよんぽよんなおっぱいで慰めて〜…』

 

「君よくもまあ私の前で堂々とメリッサにセクハラ出来たな!?」

 

 

15歳にセクハラするな、二十代!!

 

そうツッコミを入れるのを待たず、メリッサがぽん、と手で膝を叩いた。

 

 

『ママのお膝でおねんねもしますか?』

『するぅ〜…』

 

「メリッサ!?」

 

ダメだ、遅かった。結構毒されてた。

熱くなった目を抑え、天を仰ぐ。

15になったばかりの可愛い愛娘に何吹き込んでやがるんだ、この自由人は。

妻に託された子供だというのに、このザマでは合わせる顔がない。

 

 

『……なんというか、意外な方向に育ったな、メリッサは…』

「それ以上なにか言うなよトシ…!

それ以上言ったら今度送るプレゼントがドクター○ッパー500箱になるぞ…!!」

『なんで!?普通に嫌なチョイスだソレ!』

 

 

トシを無理やり黙らせ、私は娘の膝枕を堪能する変態に声を張り上げた。

 

 

「で、結局のところ、本当の用件はなんだ?

こんなくだらない茶番劇を見せるためではないだろう?

君がそんなにユーモア溢れる性格じゃないことは、私がよく知っている」

『あ。バレた?』

 

 

彼女はあっけらかんと言うと、メリッサの膝枕から頭を離した。

 

 

 

『…人工個性と最近の変死事件。知っとるやろな?』

 

 

 

人工個性。変死事件。

どちらも記憶に新しい言葉だ。

前者はトシが追っている『未来人』…本当かどうかは分からない…とやらの産物。

後者は最近多発している、人が液状化して死ぬという事件。

私たちがその言葉に「ああ」と答えると、彼女は神妙な面持ちとなった。

 

 

『悪いことは言わん。手ェ引いとけ』

「『断る』」

 

 

彼女の要求を聞いた瞬間、私たちはそれを蹴っていた。

 

 

『ようやく掴んだ尻尾だ。平和の象徴が、悪の尻尾を離すと思うかい?』

『オールマイト。あんたがなんかを掴んでも意味はないで』

 

 

彼女は言うと、飴の包み紙を開け、口に放り込んだ。

 

 

 

『闇を照らすんは、いつだって「星々」だけや。あの底なしの闇に、ウチら人間が敵うわけないやろ』




茜ちゃんはレズ趣味です。
さらに言うならメリッサのような子がタイプです。

彼女の言う星々は、既に輝き始めてます。今はまだ六等星程の明るさですが、いずれは一等星のように、強く輝きます。

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