深夜0時。
僕…緑谷出久は、全く寝付くことが出来なかった。
その理由は、僕のすぐ横で寝息を立てる少女にある。
「きりちゃん、寝相悪っ…」
なんでそう的確にレバーを入れてくるんだ。
寝てるんだよな?寝てるんだよなコレ?
どうしよう。きりちゃんの寝相が悪過ぎて、これっぽっちも寝れる気がしない。
痛い。痛いって。痛いから、レバーに拳叩き込むのはやめてほしい。
そう言いたいけれど、信じられないことに完全に寝てる。
布団から離れたいけど、あかりさんが僕の腕を抱き枕にしてるし、どうしようか。
そんなことを思っていると、誰かに肩を叩かれた。
「えっ…?」
「イズクくん。やっぱり起きてた」
僕がそちらを見ると、あかりさんが目を爛々とさせて僕を見ていた。
寝たフリをしていたんだろうか。それとも、今起床したのだろうか。
僕が疑問に思っていると、彼女は少しばかり笑みを浮かべた。
「正義の味方に頼むのもどうかと思いますけど…。ちょっと、悪いことしませんか?」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「夜中の散歩かぁ。確かに悪いことだね」
「でも、とっても楽しいでしょう?」
僕たちはアルデバランの機能を駆使して旅館を抜け出し、その周辺を歩いていた。
夜中の散歩なんて、初めての経験だ。
いつもはラボに篭るか、ノートやらパソコンやらに向き合って朝まで過ごすか、普通に寝るかの三択だったのに。
「否定しきれないのが歯痒い」
「イズクくん、ヴィジランテですもんね。
悪いことは許せなくても、自分も悪いってわかってるでしょう?」
痛いところ突くなぁ。
僕がやってることは、例え誰かにとって正しくても、違法であることには変わらない。
それが間違ってるとは、口が裂けても言わない。
僕自身、間違ったことをしているという自覚はあるから。
「…まぁ、ね。
でも、ルールで救えない命があるなら、僕は躊躇いなくそのルールを破る。
今までそうしてきた。多分、これからも」
「だから大好きですよ、私のヒーロー」
あかりさんは言うと、ニッコリと笑って僕の腕を握った。
…好意を向けられて、それに答えないのはどうかとは思う。
だけど、僕はまだ中学一年生。
恋愛や性に対して相応な知識もないのに、軽率に発言するのはやめた方が良いだろう。
「そういう言葉は、もうちょっと僕が歳食ってからにしてよ。
ちゃんと君のことを考えて、ちゃんと君の好意に答えたいから」
僕が言うと、彼女は少しばかり残念そうに、「わかりました」と呟く。
その代わりにとばかりに、僕の腕に抱きついた。
「ちゃんと答えてくださいよ?」
「…うん。…少ししたら戻ろう。この時間帯は、よくない輩も多そうだし」
「そうですね」
その時だった。
「逃げるなついなァァアアア!!!
そんなことで方相氏が務まるんかぁぁぁぁアアアアアッッッッ!!!!!?」
「何が方相氏や!!時代錯誤にも程があるわ!!!おとんのあほっ!!ばかっ!!!
ウチは、ウチはっ…!!家出するからなぁぁぁぁーーーーーーっっっ!!!!!!」
「待てコラついなぁぁぁぁァァァァァァァァァァアアアアアアッッッ!!!!」
巨大な扉の奥から、怒鳴り声が響いたのは。
僕らがポカンとしていると、着物を着た女の子が、扉を開く。
そのままの勢いでボロボロと涙を流しながら、僕らの横を走り抜けていった。
足速いなぁ。個性無しの記録なら、新記録レベルじゃないか?
呆けた頭でそんなことを思っていると、ガタイのいい男性が続けてこちらにやってくる。
「そこの君ら!!こんな夜中に出歩いとるのはなんでじゃ!?
さっさとウチに帰らんか!!」
めっちゃ怒られた。
いや、まぁ、悪いことしてるから当たり前なんだけど。
「おっと、こんなことしとる場合やない!
さっさとお家帰りやーっ!!」
男性は言うと、そのまま去って行った。
思えば、この向かい側にある旅館は、至るところに防音材が使用されてたし、日常茶飯事なんだろうか。
…あれ?待てよ?
「この扉…、塀も壁も、結構良質な防音素材が使われてる…」
なるほど。たまたま僕らが近くを通ったから、二人の会話が聞こえただけなのか。
方相氏ってなんだろうか。
僕は科学方面に知識は長けているけど、歴史とか文系関連は高校までの知識までしか詰めてないからなぁ。
先生だったら詳しく知っているのだろうか。
「…あの子、逃げるの上手いですね。
角曲がった直後に、ゴミ箱を踏み台にして、旅館の塀越えていきました」
「え?見えたの?」
「夜目が効かないと、死ぬ環境でしたから」
…やっぱり、隠してても、戦場にいた時のことを思い出すんだろうな。
どこか遠くを見つめるあかりさんは、「さ、旅館に戻りましょう」と手を引く。
「…あの子と鉢合わせない?」
「その時はその時です。上手い言い訳、考えてくださいね?」
「……この旅行で、とことんあかりさんに振り回されてるなぁ」
「イズクくんと何かするのが楽しいんですよ。私はいつも囮役ですから」
♦︎♦︎♦︎♦︎
僕らはこっそりと旅館の中へと戻り、廊下を歩く。
言い訳は、喉が乾いたから自販機を探してる、と言う名目でいいだろう。
見つかった時の言い訳にしては些か弱い気もするが、中学生が思いつく精一杯の言い訳として、笑って許してくれることを祈ろう。
が。そんな祈りは神には届かなかったようで。
「ついなちゃん、今日はここに泊まってき?
弓鶴兄ちゃんから許可貰っとるし…」
「お茶子の姉ちゃん…。いつもほんまごめんな…」
「ええのええの!変に遠慮することあらへんから、ゆっくりしてき」
向こう側から、麗日さんとさっきの女の子が歩いてきた。
どうしてよりによってこのタイミングで鉢合わせる!?
まずい。麗日さん一人ならまだいいけど、さっき外ですれ違った彼女は話は別だ。
無断で外に出たことがバレてしまう。
僕の祈りも、先生の願いと同じ効果を持っているのだろうか。
アルデバランの装備…間に合いそうにない。
光学迷彩…いや、ぶつかって終わる。
……ここは、彼女が僕らの姿を見ていないことに賭けるしかない。
「あれ?お客さん?
ついなちゃん、ちょっと待ってぇな…。
すみませんけど、この時間帯で、廊下を歩くのはご遠慮ください」
良かった。外に抜け出したことはバレていないようだ。
僕は以前習ったように、愛想笑いを浮かべ、なんでもないように嘘をつく。
…皆は僕が嘘をつけない性格だって言うけれど、それは違う。
必要のない嘘をつかないだけだ。
「あ、いや…。喉が渇いちゃって。部屋に飲み物がないから、二人して自販機探してたんです」
「…自販機でしたら案内しますので、早めに戻ってくださいね」
「ありがとうございます」
嘘は使いどころさえしっかりしていれば、人間社会において比類なき強さを持つ。
先生が嘘、真実、理想、現実、etc…と、あらゆる『言葉』を巧みに使って、僕たちを教育してきたのを知っている。
この場合も、僕はその武器であっさりとこの状況を打破できた。
かに思えた。
「…見間違いやないんなら…。兄ちゃんら、さっき、外おらんかったか?」
ふぁーーーっっっっ!?!?!?
口から飛び出そうになる声を抑え、必死に口を閉じる。
麗日さんも、会話の内容から、それなりに付き合いのある彼女の言葉に耳を傾けてる。
ーーーーーー君は嘘の使い方が下手ですね。
東北さんは元々捻くれてるので上手ですけど、元が純朴な君は、慣れないうちは自分のついた嘘に振り回されますね。
なんで今になって思い出すんだ僕は!
「確実に騙せる」って分かってる時に嘘を使えって学んだろ、僕のバカァ!!
自分を軽く呪いながら、これ以上ボロを出さないように、なんでもないように笑みを浮かべた。
「気のせいじゃない?僕が部屋から出たのって数分前だ…」
「クソデク。テメェ、クソガキ押し付けて1時間も何処行ってやがった?三十分も歩かせやがって…」
びくっ。
声の圧に恐る恐る後ろを振り返る。
そこには、明王顔のかっちゃんが、パキパキと手を鳴らして僕を睨んでいた。
なんとタイミングの悪い。
「え、えーっとですね、あかりさんが…」
「デートです♡」
「ほォ…?そいつァたのしそうなこって…」
顔面がとんでもないことになってる。
あかりさんが火に油を注いだせいで、下手なネームドヴィランが裸足で逃げ出すくらいには怖い顔してる。
いつもなら怒鳴り散らしてるのに、静かな分余計に怖い。
「か、かっちゃん…?君が怒鳴らないと怖いんだけど…」
「今何時だと思ってんだ怒鳴るわけねェだろクソデク。あのクソガキ、俺の肝臓を的確に殴ってきやがるし起こしても起きねェんだなんとかしやがれ」
「いや、僕もそれが嫌で逃げてきたフシあるんだけど…」
「あ?」
「……はい。なんとかします」
かっちゃん、静かだとめっちゃ怖い。
怒鳴り声がデフォだから、余計に。
かっちゃんが怒り終わると、フリーズしていた麗日さんが僕の肩を叩いた。
「……あの、外出てた件について話があるんですけど」
「………………はい」
「そ、それじゃあ私はお先に失礼して…」
「そこの大食いちゃんもやで」
「はにゃっ!?」
「おォ、こってり絞って…」
「出歩いたらあかんって張り紙見んかった?アンタもやで」
「はァ!?いやっ、俺は…」
「問答無用」
かっちゃん風に言うなら、厄日だ。
いや、まだ1日が始まって1時間くらいしか経ってないけど。
イズクくんは隠し事は上手ですが、嘘をつくのはド下手クソです。