「お叱りは以上っ。もう部屋に戻りなさい」
結局。僕たちは、旅館の人…伊織さんに、しこたま叱られた。
あかりさんは慣れてるのか、終始無表情だったけど、僕としては結構効いた。
かっちゃんはとんでもない顔を、更にとんでもないことにして僕を睨んでる。
悪いことは考えるモンじゃないな。
ヴィジランテやってる僕が言うのも、なんだけど。
「クソデクテメェ覚えてやがれ絶対ェに殺すゥゥウウゥ…ッッッ………!!!!」
「だから、ごめんって…」
「ごめんで済ますワケあるか組み手5時間じゃボケェ……!!」
いつものに戻った。
怒鳴り声を抑えてんだろうけど、割と声が大きい。
組み手5時間って、本気で怒ってるなコレ。
前みたいに、時間関係なく怒鳴り散らしたりしないあたり、ケツバットの効果はあったらしい。
「…伊織の兄ちゃん、終わった…?」
かっちゃんをなんとか落ち着かせていると、ひょこり、と先ほどの女の子が姿を現す。
長い髪を下ろし、泣きすぎて腫れた目元で伊織さんを見つめていた。
伊織さんはその姿を確認すると、優しい笑みを浮かべて彼女に歩み寄る。
「ついなちゃん、ごめんね。どうかした?」
「ぁ、あの…お昼も晩も、出来るまで飯無し言われて、水だけで、朝ご飯食べただけで…なんも食ってへんくて…」
「お茶子ちゃんは?」
伊織さんがそう問いかけた時。
どんがらがっしゃん、と破壊音が鳴り響いた。
「料理なんて慣れへんことするから…」
「……今の時間で業者呼べないよ…」
何が起きたのかを察したのだろう。
伊織さんが頭痛を抑えるように、頭を抱える。
その様子を見ていると、かっちゃんが僕を肘でついた。
「テメェなら台所程度、粉微塵になろォが直せるだろォが。
夜中に抜け出した罰と思ってやれ」
「言われなくても」
僕は伊織さんに何か言われる前に、破壊音の発生源へと向かい、その扉を開く。
案の定と言うべきか、コンロが悲惨なことになっていた。
幸いなことに火事にはなってないけど、もう二度と使えない程度には壊れてる。
IHに換えてないあたり、前時代的だなぁ。
「びっくりしたぁ…。
あっ!?あかんわァ!!コンロが世紀末になっとる!!」
吹っ飛ばされた麗日さんも無事そうだ。
このまま直すのも簡単だけど、ガス漏れとかしてないだろうか。
イズクテレフォンで、部屋全体をスキャンして、ガス漏れがないか確認する。
…良かった。ガス管は無事だったらしい。
どうやら鍋やら調理器具やらが激突して、コンロのみが壊れたみたいだ。
経年劣化も激しかったみたいだし、しかたないのかも。
…それにしても、すごい清潔だ。
チリ一つないって、僕も見習わないと。
僕のラボは、失敗作の残骸とノートで埋まってるからなぁ…。
僕がそんなことを思っていると、伊織さんが部屋に入り、目を覆った。
「かつてないほどに壊れてる…。
やっぱり、IHに換えとくんだった…」
「換えましょうか?」
「うん、頼むよ…って、え?」
お風呂は温泉だし、ガスを使ってるのはキッチンだけってのは、旅館を歩き回ってれば嫌でもわかる。
なら、改装も楽だ。
勝手に人の家を改装するのもアレかと思ったけど、かっちゃんがきちんと言質を録音してる。
大義名分は得た。ストレス発散だ。
「交換条件です。夜中に出てたこと、先生に言わないでくださいよ?」
僕は言うと、簡易型のヘカトンケイルを起動し、改装に取り掛かる。
素手よりも手早く動いてくれるし、僕の脳波で動いてるから、正確に組み立てられる。
結構重宝してるんだよね、コレ。
数分もすれば、あら不思議。
ボロボロになったガスコンロが、あっという間にIHコンロに早変わり。
ガス関連の契約解除はしてないので、ガス管関連は手はつけてない。
ただ、ガス管としての意味はもはや為さないけれど。
僕はヘカトンケイルを仕舞うと、呆然としてる伊織さんに声をかけた。
「ガス管もう必要ないんで、契約解除して業者に廃棄を頼んでください。
僕は契約関連の権限持ってないんで。
使い方の説明書とやるべきこととか、いろいろまとめておきますので」
「「「………………え?」」」
鳩が豆鉄砲食らった顔とはよく言うけど、こう言う顔のことを言うんだろうなぁ。
そんなことを思っていると、かっちゃんが引きつった顔で口を開く。
「ウチの洗濯機もそォだが、バケモンみてェな速さで組み立てんな、テメェ」
「いや、この背中のやつ無かったら余裕で朝までかかってるから」
僕自身の組み立てるスピードは、なめくじ並みに遅い。
人の手だから当たり前なんだけど。
つい最近、音街さんの家に場所を提供してもらって完成した『アレ』も、ヘカトンケイルがなかったら余裕で一生かかってたからなぁ。
イズクテレフォンをポッケに入れると、伊織さんが恐る恐ると言ったように僕に問うた。
「…あの、そう言う個性の子?」
「いや、僕はむっ」
「そんなとこです!」
無個性です、と答えようとしたその時。
僕の口を抑え、かっちゃんが誤魔化した。
「おいコラデクゥゥ…!!
簡単にホイホイ喋ってんじゃねェぞテメェがこの世界簡単にブッ壊せるっつーこともっと自覚しろや殺すぞ……?」
目が据わってらっしゃる…。
つい、いつもの癖で話そうとしてしまったが、個性のせいにしないと面倒か。
…それにしても、息が苦しい。
かっちゃん。口を抑える力、強すぎない?
「わかった…!わかったから、手ェ離してよ…!」
僕が小声で言うと、かっちゃんは「余計なこと言ったら殺す」と言いたげな目を向けた。
「本当は、大人としては個性の無断使用を怒らなきゃいけないんだけど…。
助かったよ。この時間じゃ、どこの業者も空いてないし…。
お客さんの朝ごはんも作れなかったから」
「元々劣化が酷かったので、近いうちに換えておいた方が良かったですよ」
僕が言うと、彼は目をぱちくりと丸くした。
…あっ、やばっ。
「ただの中学生が、一目でガスコンロの状態を把握出来た」と知らせてどうする。
個性はヘカトンケイルってことになってんのに。
うぅむ…。『普通の中学生』って難しい。
「さっきの個性、ただ腕が多く出せるくらいでしょ?」
「……ま、まぁ」
案の定バレた。
まぁ、ヘカトンケイルの方がよっぽど個性っぽいよな。
頭がいい個性…なんて個性は、この世界にいくらでも溢れてる。
が。いくら個性が複合するとは言っても、増強系と頭脳系は合わさることは、基本ないって論文出てるからなぁ。
そういう個性でも、下地となる知識がないと、無個性も同然だけれど。
そうなると、僕も個性持ちも変わらない…という結論に至る。
アレだけ必死に詰め込んで、僕はようやく人並みになれたってことだ。
…もう何度目になるかは忘れたけど、言わせてほしい。
個性ってのはつくづくデタラメだ。
「君、頭良いね。お茶子ちゃんと同い年くらいなのに」
「それ、ウチが頭悪い言うてへん?」
麗日さんが半目で伊織さんを睨む。
伊織さんは悪びれる様子もなく、続けた。
「雄英目指してるんなら、もう少しがんばった方がいいよ?
国語と数学はすごく良いのに、英語が15点で、社会なんて6点…」
「あーあー聞こえなーい…。現実なんて見えてませーん…」
……『悲惨』って言葉をそのまま形にしたような結果だなぁ。
麗日さんは僕と同い年らしいし、この時点での英語はそこまで難しくない。
普通に授業受けてたら、勉強してなくても50はとれる。
英語圏で言えば、喃語の域なのに。
社会なんて、中学生のは提出物だけやってても、それなりに点数を稼げる程度のはず。
なのに、どうやったらそんな悲惨なことになるんだ。
「ん…?雄英…?」
国立雄英高等学校。
平均偏差値は70を超える、超名門校。
ヒーローの育成に力を入れており、トップ3のヒーローがその学校で青春を過ごしたという、輝かしい功績を残してる高校。
…ヒーローの育成するなら、日本よりも、犯罪率の高い海外にブチ込むだけで、バリバリ育つと思うけど。
ヒーローとしてのスキルを死ぬ気で磨かないと死ぬ…って、現地のヒーローたちは語ってるくらいだし。
「い、一応…ヒーロー科志望…です」
その功績にあやかりたい、という人は少なくはない。
国立である分、私立よりも手厚いサポートを受けれるし、なにより学費も安い。
普通科に入るだけでも、ヒーロー科への転科も、体育祭の成績によっては可能。
そうでなくとも、普通科を卒業すれば、有名企業への就職は勿論のこと、進学にも良い方向に働くという。
…目指さない理由はないかぁ。毎年毎年、倍率がおかしなことになってるけど。
「雄英のヒーロー科志望かぁ。轟くんとかっちゃんのライバルってことだね」
「そうなんや!よろしく、爆発頭くん!」
「誰が爆発頭じゃゴラァァァァァアアアア……!!爆豪勝己だ丸顔ォ…!!」
「丸顔やなくて、麗日お茶子!よろしく!」
グイグイいくなぁ、麗日さん。
…かっちゃんも轟くんも、雄英志望ではあるけれど、在学中にアメリカに留学する予定らしい。
オールマイトがいなくなった反動で、犯罪率が30%超えてるからなぁ。
……琴葉博士も要因の一つだけど。
とにかく、ヒーローとして成長したいのなら、海外留学は最適な道なのかも。
「兄ちゃんらも、ヒーロー目指しとるん?」
僕がしみじみとそんなことを思っていると、先ほどの女の子が僕たちに問うた。
かっちゃんたちは目指しているが、僕に対しては、「目指している」という言い方は正しくない。
最高のヒーローを演じてるのだ。
…まぁ、口が裂けても言えないけど。
「目指してるけど、僕の進路は違うかな…?
かっちゃんと、もう一人の友達は、麗日さんと同じ雄英のヒーロー科志望だよ」
僕は言うと、必死に微妙な表情を浮かべそうになる表情筋を抑えつける。
僕が雄英を選択肢から外したのには、理由がある。
端的に言おう。
確実にサポート科にブチ込まれる。
そこで一生をスーツ量産機として過ごすなんて、死んでも嫌だ。
先生曰く、「十中八九、特待生とか言う響きの良い言葉で言いくるめようとしてきます。国立ってことは、国の刺客みたいなモンですからね。『お国のためだけに働く奴隷になれ』ってのと同義ですよ」と言われた。
それなら、琴葉博士のラボに行った方が遥かにマシだ。
…別に、雄英に憧れてないとか、雄英が嫌いだと言うわけではない。
寧ろすごく憧れたし、出来ることなら通いたいとも思ってる。
ただ、僕の望まない現実になってしまうのが理解できただけだ。
実際にあった過去の出来事を話そう。
十年前。無個性で普通科に居た少女は、あの雄英体育祭で圧倒的な実力差を見せつけ、優勝を収めた。
だが、その力を危惧した何処ぞのお偉いさん…当時は誰も逆らえないほどの権力者…が、アレやこれやと画策し、退学処分にしたという。
…なんでこんな醜聞を知ってるかって?
音街さんの家で調べた。
その少女が今はどうなってるのかは分からないが…まぁ、気分の良い結果ではないことは確かだろう。
「兄ちゃん、難しい顔してどうしたん?」
顔に出てしまった。
雄英と聞くと、どうしても複雑な心境を隠せなくなる。
「…いや。なんでもない。
君…えぇっと、お名前は…」
「如月ついな。…おとんは『役ついな』って名乗れってうるさいねんけど…」
「じゃあ、ついなちゃん。君は何になりたいの?」
僕が彼女に問うと、彼女はぱぁ、と明るい表情を浮かべた。
「あ、あんな。ウチ、お菓子屋さんになりたいねん。
ここら辺、お菓子のお店少ないやろ?
やから、ここらへんにお菓子の店出して、甘いモンも楽しんでほしいな〜思うてるん」
…きりちゃんじゃ、今後絶対見られないあどけなさだ。
僕が一種の感動を覚えてると、彼女の表情がふと暗くなる。
それを見かねてか、伊織さんが口を開いた。
「ついなちゃんはいつもの席で待ってて。
君たちはもう遅いし、今日は部屋に帰りなさい。水奈瀬さんには黙っておくから。
お茶子ちゃん。もう部屋の場所は教えたよね?案内よろしく」
ついなちゃんは少し名残惜しそうに、「ほな、また今度」と僕から離れていく。
その背中は、何処か寂しそうだった。
出久くんの思考は茜ちゃんと先生をミックスしたような感じです。
自分のやりたいことのために必要な嫌なことはやりますが、やる必要のない嫌なことは死んでもやりません。