そうだ、先生になろう。   作:鳩胸な鴨

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サブタイトル通りです。


作文の朗読とかいう地獄

「おい、麗日」

「どしたん?」

 

 

部屋に戻っている途中。

ある程度ついなちゃんの居る部屋から離れると、かっちゃんが麗日さんに声をかける。

 

 

「あのガキ、身体中怪我してるだろ。歩き方も動き方も妙だった」

 

 

かっちゃんは、怪我に対して異常なほどに反応するようになった。

いや、何処に傷があるかを判断できる技術が身についていた、と言った方が正しい。

…そのルーツは、かっちゃんが主犯となってやってた幼少期のイジメっていう、微妙な物だけど。

本人もそのことは自覚してるらしい。

たまに、過去のことを思い出しては、僕に謝る時があった。

「胃袋ごと出てきそうなくらい気持ち悪いからやめろ」と真顔で言ってしまったが。

 

…まぁ、かっちゃんでなくても分かるくらい、彼女の挙動はおかしかった。

傷を庇うような動き方をしない限りは、あんな動き方にならないのも事実だ。

 

 

「…分かるん?」

「早く治療した方がいいと思いますよ。

結構アザが残ってます。消えないのもありますね」

「そんなに詳しく分かるん!?」

「…そういう個性ってだけです」

 

 

あかりさんは言うと、目を逸らした。

個性作ってないな、アレ。

あかりさん、僕が勉強の面倒を見てるけど、人並み程度の知識しか有してないからなぁ。

怪我のことは、経験から語ってるんだろう。

 

 

「そこの大飯食らいが言うよォに、ただの怪我にしちゃ酷すぎだ。

夜中に家抜け出してこんなトコ来てるくれェだ。

ドラマやらネットやら見ただけで世間知ってるような気になってる歳の中学生が言うのもなんだが、予想はつく。

確認も深入りもしねェが、このままだとアイツ、確実に潰れるぞ」

 

 

少し前のかっちゃんじゃ考えられないセリフが飛び出た。

流石に笑うところではないので、笑いはしないが。

転んだだけで消えないアザが出来るなんて、確かに考えにくい。

 

 

「テメェといい、あの旅館のニイちゃんといい、少しは気付かなかったか?」

「……ついなちゃんが、『やめて』って言ったから…」

「そォいう無駄な気遣いはやめろ。

あのガキを崖から突き飛ばすのと同義だ」

 

 

一皮剥けた今のかっちゃんだから、こういうことが言えるんだろうな。

前だったら「自分でなんとかしろや」って怒鳴ってたんだろうけど。

 

 

「今からでも遅くはねェ。救急車呼ぶぞ。

警察もだ。児童虐待防止法違反で、あのガキの親、社会的にブッ殺す」

「そ、それはだめっ!」

 

 

かっちゃんが慣れた手つきで携帯に番号を打ち込み、通話ボタンを押そうとする。

が。麗日さんが慌ててかっちゃんの携帯を弾き飛ばし、それを防いだ。

時間帯のせいで怒鳴りはしなかったが、かっちゃんは目つきを鋭くして、麗日さんに詰め寄った。

以前だったら確実にどこかを引っ掴んでるから、マシにはなった。

 

 

「随分とまァ薄情なヒーロー志望がいたモンだ。俺が轟じゃなくてよかったな。

アイツだったら女だろォが夜中だろォが、テメェを怒鳴りながら殴ってたぞ」

 

 

ま、昼だったら俺も殴ってたが、と付け足すかっちゃん。

…個性無しの組み手の時、男女関係なく顔面狙ったりするもんなぁ、僕ら。

イズクメタルで作ったファールカップなかったら、僕ら男は種無しになってるだろうな。

それ程までに、スーツを着た僕を除いた全員が容赦ない。

 

 

「…薄情なのは、わかっとる。でも、あかんのや…。訴えても、無意味なんや…。病院に運んでも、危ないんや…」

「…どーいうこった?」

 

 

かっちゃんが訝しげな表情を浮かべる。

こういうところの予測が出来ないあたり、まだまだ新参者だなぁ。

 

 

「爆豪くんは経験が足りませんね。

訴えても無意味且つ、こちらが不利。

尚且つ病院も危険ってことは、私たちの想像もつかないほど地位のある主犯格が居て、其奴にもメリットがあるわけですよ」

 

「おーし出番だデク。

捏造するも良し、真実を暴くも良し、今すぐに全員仲良く失脚させろォ」

 

 

すごく簡単に言ってくれる。

やろうと思えば出来るけれど、僕はそういうのにノリノリにならないタイプだ。

轟くんとかは嬉々としてやるんだろうけど。

個人的な理由だけど、かっちゃんの要望には答えられない。

他の人だったら喜んでやってくれるだろう。

 

 

「証拠捏造は轟くんが自然な写真を作れて、ハッキングやらはきりちゃんの方がバレずに出来る。

シナリオは先生が一番それっぽく書ける」

「今すぐ叩き起こしに行くぞ」

 

 

かっちゃんは言うと、僕らの手を取って部屋へと向かう。

『僕は出来ない』なんて、これっぽっちも言ってない。

先生たちも巻き込んじゃうけど、いつものことだから別に良いか。

そんなことを思いながら、僕らはかっちゃんのなすがままに部屋へと引っ張られた。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

「深夜二時に叩き起こしたことの制裁は、この程度にしましょうか」

 

 

撃沈した二人を前に、僕はこほん、と咳払いする。

制裁と言っても物理的なことではない。

 

 

ただ少し、彼らの「じゅぎょうさんかんびのさくぶん」の録音を流しただけだ。

 

 

三十分くらい、みっちりと。

爆豪くんは羞恥のあまり、一人ジャーマンスープレックスみたいな体勢になってるし、緑谷くんは中学生とは思えない哀愁を漂わせている。

 

 

「…爆豪。普通に考えろよ。この程度なら緑谷一人でどうにか出来ただろ。

気が乗らねェって理由で、寝てた俺らに押し付けたって丸わかりだろ」

「……俺がアホだったわ。コイツのクソ教師譲りの性格の悪さナメてた」

「あだぁっ!?」

 

 

轟くんの言葉に、爆豪くんが息も絶え絶えに呟き、緑谷くんをハリセンでしばく。

確かに、僕であっても他人に押し付けるな。

例え、なんとか出来るスキルがあったとしても、だ。

…緑谷くんは何故、そんなショックを受けた顔をしてるんだ。

 

 

「嘘でしょ…?性格の悪さまでも先生に似てきたの…?」

 

「次はこの『一週間の終わりに書く作文』を朗読しましょう。二年生の初めのですね」

 

「やめてくださいおねがいします」

 

 

水奈瀬コウは呪文『作文の朗読』を覚えた。

小学校の作文は、黒歴史がたっぷりだ。

二人とも、バリエーションが「オールマイトすげぇ!」くらいしかなかったなぁ。

褒め言葉も、爆豪くんは覚えたての言葉を間違って使ってたなぁ。

緑谷くんは、褒め言葉が陳腐で、他人に読まれるのは恥ずかしいらしい。

 

 

「ふぁああ……。クソ眠いんで、緑谷先輩に投げていいですか…?」

「ごめん…。今、恥ずかしさでしょーもないポカしそう…」

「ゲームソフト五つ分」

 

 

こら、そこ。

夢と希望あふれる小学生と中学生が、汚いやりとりするんじゃない。

…そうだった。現実見せたの僕か。

眉間を抑えながら、僕は万札4枚を東北さんに渡す緑谷くんを放置した。

もうツッコミを入れる気力もない。

それに、夜中に叩き起こされたせいか、思考がちょっとおかしくなってる。

吸血鬼が夜行性なのって、こういう不健康テンションが作用してるんだろうか。

 

 

「…協力はします。東北さん、関係者は洗い出せましたか?」

「政治家が多くて…あと、警察とメディア関連の結構なお偉いさんが。共通して、皇室とかなり密着してますね」

「……児童虐待の隠蔽に、そんな大物が大それたことしますかね?」

 

 

東北さんに告げられた真実は、不可解極まりないものだった。

皇室と密着してる政治家とか、警察、メディア関係者って、大物にも程があるだろ。

ただのスキャンダル程度なら、世間への印象操作でどうにか出来てしまうぞ。

半沢直樹並みのことやらないと、失脚なんて無理だろ。

 

 

「国絡みでの虐待…ですか」

「しかも、ご丁寧に割と重要そうな情報は書いてません。

暗号か、それとも隠してるのか…。

なんにせよ、経験の浅い私じゃ、バレずに抜き取るのも魚拓取るのも無理です」

「…次は国が敵…か」

 

 

世界を一人で滅ぼせる存在の相手ならしてきたが、まさか暮らす国そのものが敵だなんて思いもしなかった。

おかしいなぁ。この世界のヒーローって公務員なんだよね?

その公務員が守るべき存在が悪に染まってるってどういうことだ。

…そういや僕も公務員だったわ。前世ニートだったから完全に忘れてた。

国に牙剥いてるわけか、僕。バレたらクビで済むかなぁ?

…まぁ、この無敵の布陣でバレる可能性は万に一つもないか。

五秒にわたる自分への心配終了。

 

 

「……ほな、助けられんやん…」

 

 

どさり。

自分への心配を終えるのとほぼ同時に、麗日さんが膝から崩れ落ちる。

僕らが救おうとしてる人間が、僕らでは救えないことが分かってしまったから。

それどころか、誰にも救えないことを悟ってしまったから。

 

 

「ついなちゃん……っ。ごめんっ…。

ごめんなぁっ…!ごめんっ、ほんま、ごめんなぁ…っ!」

 

 

ボロボロとその目から涙を零す彼女。

崖っぷちに落ちそうなところを、一回手を掴まれて、その直後に突き落とされたらそうなるか。

一回喝を入れるか、と僕が動こうとしたその時だった。

緑谷くんが、彼女の頭に軽く手刀を振り下ろしたのは。

 

 

「な、なに…?」

「勝手に諦めないでよ。僕たちはまだ、動いてすらないんだから」

 

 

緑谷くんは言うと、イズクテレフォンを取り出した。

瞬間。そのポケットサイズのデバイスが、想像もつかないほどに広がり、幾つもの画面とキーボードを作り出す。

 

 

「…その携帯、そんなベイ○ックスの冒頭みたいな拡張機能ありましたっけ?」

「一昨日付け足した。

MESSIAH。ヘカトンケイル起動と『マルチプルダイブ』の開始準備」

 

 

あかりさんの質問に端的に答えるとともに、緑谷くんが謎のヘッドギアと、幾つもの腕を作り出す。

次の瞬間には、凄まじい勢いでキーボードを叩いていた。

 

 

「マルチプルダイブ…って、珍しい。

こっち方面で緑谷先輩が本気出すって」

「そのマルチプルダイブってなんだ?」

 

 

キーボードを叩く音が響く最中、証拠集めを終えた…収穫はあれど使えない…東北さんが、目を丸くする。

緑谷くんのあんな状態、僕でも見たことないぞ。

…いや。緑谷くんのラボ自体、見たことがないんだが。

 

 

「文字のまんまです。思考力を外付けの人工知能のサポート付きで底上げしてんですよ。

緑谷先輩の脳味噌は、スパコンが何台重なろうが足元にも及ばないバケモンですから、それがざっと数億倍」

 

 

…つくづく思う。生き急ぎ過ぎた人間って、恐ろしい。

彼の場合、師事する人間…僕じゃない方…が滅茶苦茶だっただけあって、余計に。

 

 

「…コンロの時といい、あり得へんやろ……。

個性は、その手なんやろ…?」

「おかしなこと言いますね。

緑谷先輩は正真正銘、なーんの個性もない無個性ですよ?」

「は?」

 

 

麗日さんの疑問に、東北さんがあっけらかんと答える。

同時に、タイピングを終えた腕と画面、キーボードが収束し、一つの携帯に戻った。

 

 

 

「ただし。その頭に、『世界一の努力家』が付け足されますけどね」




次回は原作既読の方ならご存知のあの組織が絡んできます。

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