そうだ、先生になろう。   作:鳩胸な鴨

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サブタイトル通りです。


緑谷「この国どうなってやがんだ!!」

「この国どうなってやがんだァァァアアァァァァァアアアアアアッッッ!!!!

何が『異能解放軍』じゃブッ殺すぞミーハーキチ野蛮人どもォォォオオォォォォォォォォォォオオオオオッッッ!!!!

やってることまるっきり敵じゃねェかクソがァァァァァアアアアアアッッッ!!!!」

 

「爆豪先輩みたいな怒鳴り方だ…」

 

 

午前五時。

空が白みを帯びる時間帯に、緑谷くんの怒号が部屋の一部に響く。

緑谷くんが無言で設置した音声遮断バリアによって、声は外に響かないが、うるさいことには変わりない。

…緑谷くんの気遣いで、寝ているメンバーの耳に届いてないことも幸いした。

一通り叫びたいことを叫んだのか、彼は一呼吸おくと、僕たちに向き直った。

 

 

「相手は異能解放軍。10万近い勢力ですね。

プロヒーロー、政治家、報道会社、出版社、有名企業、その他大勢の一般市民サマ。

日本の街一つ乗っ取ってますねコレ」

「声帯どうなってんですか?」

 

 

あれだけ叫んだ後に、そんな普通に喋れるものなのか?

声がガラガラにならないのだろうか。

…にしても、異能解放軍とは、これまた懐かしい名前が出たものだ。

僕は生まれてなかったが、デストロとかいうほっそいオッサンが主軸となって、暴動起こしてたっていうのだけは覚えてる。

詳しいことは学んだが、忘れた。

そもそも、小学校の教師が犯罪史を善悪の区別もつかないガキに教えてどうする。

洗脳教育もいいところだ。

 

 

「ついなちゃんの虐待は洗脳教育の一環ですね。頻繁に逃げ出せる精神を保ってるということは、汚染されてないようです」

「…その洗脳教育、理由あんですか?」

 

 

東北さんが呆れ気味に問うと、緑谷くんも同じように、呆れ気味に返した。

 

 

「『追儺』の復活を目的とした活動だって」

「…………なんだそれ?」

 

 

馴染み薄い名前に、轟くんが首を傾げる。

追儺。個性社会になると同時に、風化していった祭典の一つ。

悪い存在に『鬼』という名前を与え、それを『神』という良き存在が排他する。

如何にも人間が考えそうな、シンプルな内容の催し。

 

 

だが、それも以前の話。

そういう「異形の者を払う儀式」は、個性が社会に浸透するに連れて、軒並み排斥。

理由なんて、もはや分かり切ってるだろう。

同じ理由で、宗教なんてほとんどが廃れた。

なんとか形を保ているのは、信者の多かった三大宗教くらいなものだ。

 

 

話が逸れた。

でも、そうなると妙だ。

 

 

「個性の使用を良しとする集団が、個性を否定するような催しを良しとしてるって、おかしくねーか?」

 

 

僕に変わって、爆豪くんが疑問を口にした。

実にその通りだ。破綻している。

個性の使用を禁じている法を撤廃したいのならば、そのメリットを見せるべきだ。

だというのに、今回のコレは無意味にも程があるのではないだろうか。

 

 

「催しとしての在り方を変えて、法の象徴たる皇室さえも取り込もうとしてる…とか?」

 

 

あかりさんが言うと、緑谷くんはうなだれるように頷いた。

 

 

「正解…。追儺自体を復活させるんじゃなくて、似たような儀式にすり替えるだけ…。

『神や人々が鬼の在り方を肯定して、共に歩んでく』…っていう安いハートフルストーリーに変えるんだって。

その実態はまぁ酷いモンだね。

脳医学とかそういう個性とか…とにかく諸々取り寄せて、軽い洗脳映像をその場で作り出す気満々。

そして、じわじわと『個性はいいんだ』って思考に変えてく…。

その基盤を担うのが、洗脳に誂え向きな個性を持ってるついなちゃん…」

 

「方向性真逆ですね」

 

 

僕でもわかるくらいストーリーの作りが甘いし、やり方が爆豪くんよりみみっちい。

この子たちであれば、躊躇いなく全国ネット乗っ取って洗脳電波垂れ流すんだろうなぁ。

まぁ、「人道に背くことはしない」って決めてるし、絶対にやらないが。

 

 

…そう考えると僕の教え子、総じて物騒すぎやしないか?

 

 

それはいいとして。伝統行事にその退廃的な洗脳を持ち込むのはどうなのだ?

個性社会になった影響で、追儺が廃れに廃れたからまだいいが、前世の時代であれば確実にキレる人間が出てくるぞ。

 

 

「個性の在り方を肯定すると同時に、『良くないもの』まで肯定してるっつーのは、この社会特有の皮肉…ってわけか」

 

 

…轟くんの言う通りだな。

本当、この世界は僕に退屈する暇を与えてくれない。

それ程までに良くないものが多いのと、教え子たちがそれを見つけて潰すことに全力を出し過ぎている。

 

 

「で、どォすんだ?その『異能解放軍』とやら、ブッ殺すか?」

「いや。今まで通り倒しても、しょっ引かれはしないと思う。

文章の端々にある癖からして、変にポジティブ思考だから反省もしない。

奴ら、証拠の処分だけは完璧だから、揉み消して被害者としてアピールするだろうね」

「捏造しても消される可能性がある…か」

 

 

…さっきから当事者と信頼関係を持ってる麗日さんが完全に置いてかれてる。

「えっ?えっ?……えっ?」と話が進むごとに、授業の途中まで寝てた学生みたいな反応をしてた。

…事情の説明面倒だなぁ。

 

 

「先生は例の通り、基本的に役に立たないので、麗日先輩への説明に回ってくださいね」

「…そこまでハッキリ言われると傷つきますね。事実ですが」

 

 

未来永劫、そういう方面で役に立つ気もないが。

 

そんなことを思いながら、僕は麗日さんへの説明を始めた。

終わる頃には、日は上りきっていた。

…僕が起こされた意味なかったのでは?

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

夢を見ていた。

私がそう自覚することは、頻繁だった。

死んだはずの母親が、自分を抱きしめてくれているのだ。

夢だと気づかないほど、私は現実が見えていないとは言わない。

 

 

私の母親は、女の私から見ても綺麗だと言えるほどに、容姿に恵まれた人だった。

性格もおおらかで、優しくて、厳しくて。

私は多分、母親をひどく神聖視していたに違いない…と思う。

今の今まで、私は個性を使ったことがないのだから。

 

 

「ええか?絶対に個性は使ったらあかんで。

…この個性は、使わんほうが幸せや」

 

 

母親に言われた、たった一度の言いつけを、私は今でも守っている。

私の個性。…正確には、私と母親の個性。

使えば修羅の如き力を得、見たものを畏怖させ、屈服させ、自身を崇拝させる個性。

お医者さんは、私たちの個性を「鬼神」と名付けたらしい。

 

父親は母親が生きていた頃はまともだった。

神社に婿入りした、普通の男性。

普通に働いて、普通に稼いで、普通に私たちを愛してくれた、何処にでもいるような、普通の優しいお父さん。

 

 

だけど、それは母親が死んでから変わってしまった。

 

 

母親が死んだ理由は、分からない。

いつものように家に帰ったら、凄惨な死体になって、部屋に転がってた。

思い出の部屋が、真っ赤に染まってた。

真っ赤な箱の中身みたいだ、と、間抜けな感想しか出てこなかった。

父親に聞いても、「知らなくていい」と聞かされ続けた。

 

 

「ついな!さっさと立て!

そんなことで、この間違った世界が変えられると思うなァ!!」

 

 

おかしくなった父親に耐えきれず、逃げ出したのは、母親が死んで3日後だった。

向かい側に住んでいた弓鶴の兄ちゃんに助けられて、警察に行った。

 

 

でも、私を助けてはくれなかった。

 

 

後で弓鶴の兄ちゃんに聞いたら、「揉み消された」と聞かされた。

世界が崩れたような気がした。

 

その日、家に帰ったら、父親が男の人と話していた。

何故かは分からなかった。

ただ、その男の人が、とてつもなく気持ち悪く思えた。

 

「リ・デストロ…。申し訳ありません、あの子はまだ我々の思想を理解せず…」

「いいですよ、そう焦らずとも。

彼女は我々にとって、大きな存在だ。

何年かかろうが、焦らず、ゆっくりと、その考え方を染み込ませればいい…。

この街の病院も、我々の傘下。あまりにも従わないのであれば、薬漬けにしてもいい。

そうそう。彼女、誕生日がもうすぐだったでしょう?これ、プレゼントに」

 

 

怖かった。

その日から、『練習』の日以外は、父が恐ろしいほど優しくなった。

夜も寝れないほどに怖かった。

逃げて、逃げて。必死で逃げた。

プレゼントは、全て本やビデオだった。

一度だけ、父親に強制的に見させられたことがある。

 

 

『解放』。『解放』。『解放』。

 

 

その言葉が、他の何よりも怖かった。

お茶子の姉ちゃんが優しく抱きしめてくれたから、弓鶴の兄ちゃんが、温かいご飯を作ってくれたから、私は正気を保てた。

世界そのものが敵に回っていることを知ったのは、これより少し後だった。

父が時折連れてくる大人たちは、『異能解放軍』と呼ばれる集団のリーダー格らしい。

 

 

綺麗な女の人が居た。

出版社のお偉いさんだと名乗った。

頭がおかしくなりそうな話ばかりしてきた。

 

サラサラな髪の男の人がいた。

IT会社のお偉いさんだと名乗った。

私のことを馬鹿にしながら、頭をぐちゃぐちゃにかき混ぜるような話をしてきた。

 

テレビでよく見る政治家さんも居た。

大きな声でハキハキと、心を釘で固定するような話をされた。

 

 

今日は、あの細い男の人が来る予定だった。

 

 

だから、私は練習の途中で、全力で逃げ出した。

今までの鬱憤を吐き出すように、罵詈雑言と一緒に。

 

 

家に帰りたい、とは思わない。

帰れば必ず、あの細い男が笑っているから。

だけど、帰らなければ、弓鶴の兄ちゃんにどんな迷惑が降りかかるかわからない。

相手は、法すらも味方につけている存在。

ただの小学生が立ち向かうには、強大すぎる存在。

 

 

夢ですらも、変わりようのない現実を見せてくる。

逃げ場などどこにもないのに、私は夢から逃げ出した。




出久くんはあまりの驚愕と怒りにかっちゃんみたいな怒り方をしてしまいました。

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