「いや、日本崩壊待った無しちゃうん!?」
説明を終え、全ての事情…多分ちょっとくらいしか理解してない…を知った麗日さんが、素っ頓狂な声をあげる。
告げられた作戦は、下手すれば日本という国の信用が地に落ちるものだった。
…いや、下手しなくても落ちるんだが。
「芯まで腐りかけてる時点で、いつかは崩壊する。敵性国家って言われないだけマシだ」
轟くんが麗日さんに言い聞かせるも、彼女はあまり乗り気ではないようだ。
…まぁ、自分たちが国の信用を地に落とすって言われたら、躊躇うのも無理はない。
だが、ここで放置すれば、事態はより深刻になっていくだろう。
ここでの『敵性国家』は、意味合いが違う。
世界に害を振りまくような思想が、国中に蔓延した国家の総称である。
現在、50近い国がこの『敵性国家』にカウントされており、世界に牙を剥いている。
この一つにカウントされるということは、『国が丸ごとヴィランである』と宣告されるようなものだ。
どんな国であろうが、絶対に避けなければならない事態である。
「せやけど…。ううう……」
「良くも悪くも、平和の象徴がいるからな。
日本は平和ボケにボケを重ねまくってる。
『この国に敵が癒着してる』…なーんて、一昔前の子供でも考えそうなことすら考えねェだろうよ。
能天気でいて無能でいて無駄に腰の重いアホ政府なら尚更だ」
以前はオールマイトを理想像として絶対視してたのに、緑谷くんも爆豪くんも、今や一人のヒーローとして見ている。
子供たちはこうやって成長していくのか。
いけない。三十路になるとどうしても涙腺が脆くなる。
「とにかく。国に問題があることを、一般市民である僕たちがどう知らせるかが重要になってくる」
ーーーーーーということで、世界中のネットをちょっとの間だけ乗っ取ります。
…どうしよう。
『テロ起こします』にしか聞こえない。
やってることがもう完全に、悪の秘密結社みたいなことになってる。
僕がそんなことを思っていると、緑谷くんが続けた。
「世界レベルでそんな大痴態の証拠を晒せば、いやでも排除する。
敵に癒着されかけてる時点で、敵性国家予備軍入ってるし」
「基本的に他国に頼りに頼りまくってるお国サマだァ。そのレッテルを貼られるのだけは勘弁だろォな」
その末路を知らないほど、日本の政府はバカで揃ってるとは考えにくい。
皮肉なものだ。
オールマイトという絶対的な正義の膝下で、隠れて悪が育っていたなどと、笑い話にもならないだろう。
…そもそも、異能解放戦線などという本の出版を検閲しなかったのが悪いだろ。
癒着されてるから仕方ないのかもしれないが、古本屋で普通に犯罪思想本を見かけるってどういうことだ。
あの本、デストロだかネギトロだかが被害者ヅラしてつらつらと「皆好き勝手していいんだ!」って言ってるだけだぞ。
ミーハーやら十代やらが影響されやすいような言葉を選んではいたが。
「証拠を垂れ流すにしても、日本政府の腰は想像の500倍は重いですよ?
対処されない可能性が高い。
どうやってケツ蹴り上げるんですか?」
「おかしなこと言いますね。別に、日本政府を動かす必要はないですよ?」
ーーーーーー敵って認めさせればいいだけですから。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「ついなちゃん、おはよう。
ゆっくり寝れ…るわけないか」
寝ぼけ眼を擦りながら、ついなちゃんが用意された席に着く。
不眠症…というべきか。
刻み込まれたトラウマのせいで、彼女がぐっすり寝たのを、僕は見たことがない。
今日も、彼女は僕の部屋にある布団で、ひどくうなされていた。
ついなちゃんは朝食を前に手を合わせ、小さく「いただきます」と呟く。
と。違和感を感じたのか、きょろきょろとあたりを見渡した。
「お茶子の姉ちゃん、今日は仕事ないん?」
「今日は最終日だから、お休みだよ」
どこで寝たのかはわからないが、夜中に叱ったあの子たちの部屋に行っているんだろう。
同じヒーロー志望だ。
悩みを共有したりもしているのだろうか。
そんなことを考えながら、僕はなんとなく、テレビをつけた。
『世界の人々よ。皆の時間を奪うことを、心より詫びる』
テレビには、世間を騒がせるヴィジランテが映し出されていた。
チャンネルを変えようが、テレビの画面は変わることなく、そのヴィジランテを映し出す。
『我は貴殿らが「SAVER」と呼ぶ存在。
今日は訳あって、このような形で貴殿らの前に姿を現した』
ヴィジランテ…SAVERは言うと、画面にある表を映し出す。
『嘆かわしいことに、日本という平和の象徴が守る国に、悪の芽が根付いていることがわかった。
彼らは「異能解放軍」と名乗り、日本の中枢たる政府にまでその勢力を侵食させている』
異能解放軍。
ついなちゃんを長い間苦しめてきた、すべての元凶。
その勢力が日本を侵食していることを、彼はアッサリと言い放った。
『隠そうとしても無駄だ。
この放送は現在、世界各地にて配信中だ。
貴様らが散々揉み消した罪。
貴様らのせいで狂わされた人生。
貴様らの身勝手で流れた血と涙の数々…。
その全てを今、ここで我が白日の下に晒す』
そこからは、ダイジェスト方式だった。
延々と、吐き気のする内容の映像やら文章やらが流れる。
そんな中、僕はただ、呆然とそれを眺めていた。
『これはほんの一部だ。
貴様らの犯してきた罪のデータは、全てが世界中のコンピュータ内に保存されている。
今更もみ消せると思うなよ…?』
映像を遮ったSAVERの瞳が、強く煌めく。
あまりの出来事に放心してるのか、ついなちゃんの手から、箸が落ちた。
『今回、すぐにヤツらを倒さなかったのには訳がある。
この悪行の数々…。我としては看過できぬ事態だ。許せない、悪を砕かねば。
そう思い、この拳が何度震えたことか…』
仰々しく語る彼の拳が震える。
本来ならば仕事をこなさなければいけないはずの僕の体は、完全にフリーズしていた。
ついなちゃんの苦しみは、痛みは、よく知っていた。
ここいらの病院や警察に、異能解放軍の息がかかっていることも。
彼女を縛っていた鎖がすべて、千切れていくのを感じた。
『だが。敵と認知されていないものを打倒し、敵と呼ばれるのも腹立たしい。
…つまり、何が言いたいのかというと』
ーーーーーー我は、正義を為す大義名分を得るために、この放送を計画した。
ついなちゃんが崩れ落ちるように、脱力する。
彼女は無表情のまま、ぼろぼろと涙を流していた。
『我の拳が、悪を砕く。
もう嘆くことはない。もう枕を濡らす必要はない!もう理不尽に怒り、咽び、叫ぶ必要は、ない!!』
瞬間。SAVERの背後にあった映像…正確にはプロジェクターだったのだろう…が燃え盛り、奥にいた人物たちが姿を表す。
人間というには無骨でいて、無機質なシルエット。
その瞳がずらりと並ぶと、SAVERが声を張り上げた。
『我々こそが、ヒーローだ!!!』
次回から戦闘回です。異能解放軍…果てはフィクサーさん対一等星を書きます。お楽しみに。