「やぁ。お買い上げどうも。
早速使いどころ来ちゃったね」
「……っ、フィクサー………!!」
かつん。
革靴が床を叩く音が響く。
『敵性都市』愛知県泥花市に聳え立つタワーにて、異能解放軍最高指導者たる『四ツ橋力也』が、苦虫を噛み潰したような顔を見せた。
「おぉ、怖っ。メンタルコントロール出来るんじゃなかったっけ?」
「君はもう少し利口だと思ったよ…。
こんな状況で上手く出来るわけがないだろう…?」
歪に膨れ上がる四ツ橋…リ・デストロに、フィクサーはケラケラと笑い声を上げる。
異能解放軍において、フィクサーは恐怖の象徴と言えた。
世界に数える程度だけ存在する『異能を持たぬ異能者』。
抑圧された環境に抗った結果生まれた、『歪な人間の進化』。
判明しているのは、ほんの四人。
世界を翻弄し、卓越した脱獄技術と電子工学技術を持つ『脱獄者』…琴葉茜。
十年で十を超える敵性国家を、一人残らず殺し尽くした戦場の英雄…『殺戮者』。
その格闘技術で、ネームドヴィラン数百人を、たったの3日で倒した『格闘王』。
そして、あらゆる技術を極め、世界に君臨した『絶対悪』…フィクサー。
異能解放軍は、彼らのことを『ノーギフト』と呼び、恐怖の象徴として恐れた。
その最たる例であるフィクサーは、手に持った注射器を遊ばせる。
「いやぁ、遅れてごめんよ。
マイケルくん、ポカやらかしてさ。
あまりにも腹が立って、『分解』してきちゃったんだよね。
数は一つで良かったよね?間違って追加分も持ってきちゃったけど!」
「貴様っ…!!こうなることがわかって、我々の人数分用意したのだな……!!」
フィクサーの背後には、夥しい数の注射器が転がっていた。
その数、ざっと十万。
ちょうど、異能解放軍の人数に当てはまる数が、床に乱雑にばら撒かれていたのだ。
どう考えても、異能解放軍の悪事が日の下に晒されることが分かっていたとしか考えられないタイミングだ。
四ツ橋が彼につかみかかるも、その手は虚しく空を切る。
「えーっと…ブリトロだっけ?」
「デストロだァ!!!」
「そうそう。あのほっそいオッサンといい、なぁんで個性に脳みそ喰われたヤツは、揃ってこうも単細胞なんだよ」
フィクサーは馬鹿にするように言うと、襲いかかる四ツ橋の手を軽く弾く。
四ツ橋としては、本気で殺す気で放った拳。
彼はそれを、ただ指で弾いただけで軌道を逸らした。
「君たちの持つ『異能』は、SAVER相手には役に立たないんだから。
その君たちに『異能を超える異能』…いや、『神の力』を与えようって言ってのに、つれないねぇ」
フィクサーが肩を竦めると、四ツ橋はさらに怒り狂った。
「異能は生まれもってこそだ!!
人に与えられた異能など要らん!!!」
「の割には、ひとつ買ってるじゃないか」
「それはヤツが独断で買ったものだろう!!」
四ツ橋は言うと、これ見よがしに注射器のいくつかを破壊した。
その光景を見て、フィクサーは仮面の奥にある目を細める。
ここで、これから起きる現象についての前知識をおさらいをしておく。
注射器に入ってるのは言わずもがな、人工個性である。
人工個性は細胞単位で自立しているが、そこまで優れた知能を有していない。
また、細胞を食いつぶし、人間を液状化するほどまで食い尽くす習性がある。
ここで二つ、新たな知識を出そう。
ひとつ。人工個性は、空気中では短い時間しか生息できない。
二つ。空気中にでた瞬間、最も乗っ取りやすい生命体を狙う。
人工個性が選んだのは、フィクサーだった。
赤の流動体が、フィクサーへと向かう。
が。フィクサーはそれに対して一歩も動かず、ただ睨みつけた。
「あ?」
びたっ。
赤の流動体が止まる。
なんてことはない。
彼の発した声の周波数が、人工個性が恐怖を覚えるものだっただけである。
「売り物が勝手するなよ」
フィクサーが瞬時に割れた注射器を戻すと、赤の流動体を全てその中へと入れる。
何をしたのか、四ツ橋には見えなかった。
ただ分かることと言えば、目の前の光景が異常だと言うことだけ。
彼はその仮面の奥にある瞳で、四ツ橋を覗き込んだ。
そこにあるのは、光と闇をそのままぐちゃぐちゃに混ぜたような、怪しい光だった。
「さっさと決めてよ。
あんな小物じゃなくて、君みたいに個性因子のことを理解している人間が使ったところが『見たい』んだ。
データを取りたいとかじゃなくて、純粋な好奇心って意味で」
分かりやすく要約すると、『気になるから使って死ね』である。
倫理観の抜け落ちた願いと、人間味のない笑顔が、四ツ橋の持つ恐怖を掻き立てる。
「選択権を与えてるのは、君が特別だからだよ。なにも、君が使う必要はないんだ。
あの…なんて言ったっけ?出版社の…」
「……キュリオス」
キュリオス。
本名『気月置歳』。出版社『集瑛社』の専務であり、インタビュワーの経歴を持つ女性。
恵まれた容姿、築き上げた地位。
そのどれをとっても一級品と呼べる存在。
異能解放軍の中でも、幹部として相応しい力を有している。
彼女が一体どうしたのだ。
まさか、彼女に誇りを捨てろと言うのか。
四ツ橋は怒りのあまり、全身をドス黒く染め、その体を膨れ上がらせた。
「そうそう解放コードだっけ?『好奇心』!
似合ってるねぇ、マスゴミに相応しいレッテルじゃないか!
…話逸れた。彼女ねぇ、後数年で死ぬよ」
フィクサーは『物が壊れる』と告げるように、あっけらかんと告げた。
「空から落っこちて、ぐしゃっ!…だったっけ?ああ、薄すぎてもう覚えてないや。
とにかくまぁ酷い死に方するんだよ!
どうせ死んじゃうなら、今ここで有効活用してやろうっていう僕の親切心!
びっくりだよ!僕にそんな余計なものがくっついてたなんて!」
四ツ橋は放心しながら、フィクサーの並べる言葉を聞いていた。
一瞬にして散乱した注射器を回収すると、フィクサーはタワーの窓ガラスを割った。
「ああ、そうだそうだ!そうだった!
うっかりしてたよ!感情のままに生きてると、効率悪い動きしか出来ないなぁ…。
ま、そっちの方がいいか。善…ああ、いや、『悪は急げ』だね。
じゃ、キュリオスさんにコレ『全部ぶっ刺してくる』から、あとはお好きにー」
フィクサーは言うと、割れた窓から飛び降りた。
残された四ツ橋は、街へと消えていくフィクサーを見下ろし、舌打ちした。
「…悪魔め……!!」
♦︎♦︎♦︎♦︎
旅館にて。
最早なりふり構ってられないのか、異能解放軍の一部がついなちゃんを狙って暴動を起こしていた。
どうやら、異能解放軍全体で重要なプロジェクトであったらしい。
その要となる『他者を煽動できる個性』を持つついなちゃんを狙うのは、当然の帰結か。
「…プロヒーローと警察が、なんとか食い止めてる状況ですね」
いまだ遠くに居る暴動の波を見つめ、状況を伝える。
緑谷くん、爆豪くん、轟くんは、既に異能解放軍の温床である「愛知県泥花市」へと向かった。
全員がそちらに逃げていると踏んで向かわせたが、どうやら見通しが甘かったようだ。
巧妙なのはトップだけで、他はミーハーなアホと一般人の集まりだったのだろう。
「…あの人…。去年一緒に出演した人だ」
音街さんがぽつり、と呟く。
東北さんが「どれですか?」と問うと、一人のプロヒーローを指差した。
「…ヒーローになって、テレビにも出て、人気者だったのに…。
何が不満だったんだろう…」
彼女はこの歳で、プロヒーロー蔓延る芸能社会を勝ち抜いてきた猛者だ。
彼女…アイドル『音街ウナ』にとって、ヒーローは液晶を隔てた存在ではない。
仕事を奪い合うライバルであり、仕事を共にする仲間だ。
その中の一人が、こんな暴挙に参加してることに、思うところがあるのだろう。
「立派な人だった。活動は地道だけど、パトロールをサボったりしないで、事件が起きた時も、対処が早かったり…」
「どれだけ立派でも、裏が腐りきってたらこうなります。
…ウナちゃんは、腐らないでくださいよ」
「大丈夫だよ。
未来のトップヒーローに見合うようなトップアイドルになるって、決めてるんだから!」
…爆豪くんに似て、強かな子だ。
自ら茨の道を進もうとするあたり、余計に。
それにしても、大阪のプロヒーローは仕事が早い。
比較的若手のファットガムや防壁系の個性を持つプロヒーローが、防壁として働いているのだろう。
旅館に近づこうとする者こそ居れど、隙間から通り抜ける人間は居なかった。
「本当なら逃げたいとこですけど…。
緑谷先輩の作った『アレ』は、完成はしたけど、まだ組み立て終わってないし…。
座標転移システムも、緑谷先輩の精密な計算が無きゃ無理だし…」
「陸路なら逃げても無駄ですね。
完全に囲まれてますし、発明品の利用も控えた方がいいでしょう」
僕がいうと、ミコトちゃんは「籠城?」と問うた。
消去法で言えば、それぐらいしかない。
発明品を使えば何とかなるが、それが世に出れば、個性社会は崩壊する。
日本だけで言えば、もう崩壊してるようなものだが。
だが、世界情勢からしたら、そうも言ってられない。
緑谷くんの発明品を狙って戦争…とはいかないものの、争い事になることは確実だ。
「…一つ最悪なお知らせがあります」
これからどうするかを思案していると、東北さんが青い顔して告げた。
最悪なお知らせと言うからには、僕たちの選択肢が減る類の情報だろうか。
ヒメちゃんが恐る恐る、東北さんに問いかける。
「きりちゃん。最悪なお知らせって…?」
「…バリア張る衛星がありまして。
私のはチューニング中なので、使えません。
今使えるのは、緑谷先輩が持って行っちゃったやつだけです。
緑谷先輩はコレを知りません…ってか、知らせてません」
「……つまり?」
「バリアでの籠城は不可能です」
…一番安全なものが使えなくなったわけか。
いざとなれば、「無個性だけど個性が出た!やった!」的なノリで乗り切れる唯一のパターンが消え失せた。
「手っ取り早く、私が倒せば済む話じゃないですか?」
「そうもいかないんじゃないですか?
私とあかりさんって、世間的には敵ですよ?
あの場に現れたら大混乱まったなしですよ」
あかりさんが立ち上がろうとするも、セイカさんが制止する。
どうやら、戦況を見る目だけは育ったようだ。
かなりのポンコツに諭された本人はと言うと、露骨に嫌そうな顔をしていた。
「…………ポンコツに指摘された。屈辱です」
「そんな嫌ですか!?」
…まぁ、嫌だろうなぁ。
それにしても、困った。取れる手段が本格的に無くなってきた。
「……あのー。言いにくいんだけどさ」
と。ここでミコトちゃんがおずおずと手をあげた。
「前々から『言おう』、『言おう』って思ってたんだけど…。
ボクたち、別に万年開花が近くにないと個性を使えないってわけじゃないよ?
寧ろ、あかりさんよりもレパートリーは豊富だと思う」
………はい?
目が点になる僕たちに、ヒメちゃん。
いや、なんで君まで驚いてんの?
「なんでヒメちゃんまで驚いてんですか?」
「ずば抜けたアホだから自覚してなかっただけだよ」
「酷い!!」
東北さんのツッコミに、ミコトちゃんが呆れ気味に答える。
自分のできることを自覚してないって、確かに重症だ。
…まぁ、彼女らの場合、出来ることが多すぎて自覚できないと言う方が正しいのかもしれない。
「簡単にだけど、バリアを張るよ。
せんせーは、あとで個性届けに出しといて。
『突然変異的なアレで出た』ってデタラメ情報の登録、よろしく」
「……わかりました」
ミコトちゃんはヒメちゃんの手を握ると、目を瞑る。
瞬間。何処からか梅の花弁が飛んできて、防壁を作った。
「よしっ。出来るだけ頑丈に作ったから、後は籠城するだけだよ。
外の様子は、衛星カメラで見てほしいな。
…流石に、あかりさん並みのバカみたいな火力だと吹っ飛ぶけど」
「相手が人工個性を持ち出さないことを祈るばかりですね…」
前回のことで理解しているが、人工個性は既存の個性の数倍はデタラメだ。
あかりさん並みの火力も、慣れれば普通に出せることだろう。
後は祈るだけ…か。
「ちゃっちゃとブッ飛ばして、戻ってきてくれることを祈りましょうか」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「…なんで」
私には分からなかった。
目の前に繰り広げられる、おぞましい光景のこと…ではなく。
理想を壊されても、全く動じなかった彼らの姿が、理解できなかった。
ーーーーーープロヒーローもいますね。…なーんでこんなことに加担してんだか…。
ボサボサの髪にそばかすがある…デクくんだったっけか。
彼はヒーローに憧れていると言った。
確かに、彼の持ち物の殆どはオールマイト関連のグッズだった。
記憶が正しければ、くじで当てるようなレアアイテムも多くあった。
他のヒーローのことも、聞けばスラスラと教えてくれた。
私の好きな13号の活動歴、その成り立ちから信条まで全て。
だというのに。プロヒーローという夢を壊された彼は、これっぽっちも動じてなかった。
「…なんで……」
爆豪くんも同じだった。
彼は「オールマイトを超える。これだけは曲げねェ」と豪語する人だった。
ただ夢を語るだけじゃない。
その道の険しさを、その道を歩む上での苦しみさえも受け止めた、強い瞳だった。
彼もまた、理想を壊された子だったはずなのに。
ーーーーーー職業である以上は、こーゆーヤツは出てくる。社会の膿ってヤツだ。
彼は、全く失望を見せなかった。
最初から期待していなかったように。
「……なんで」
轟くんという子も、同じだった。
二人のような情熱は見せないけれど、彼は「優しいヒーローになる」という目標を持っていた。
どれだけ優しさを持っていても、汚れたヒーローが居るって、現実を突きつけられたはずなのに。
ーーーーーー何が不満なんだか。こういうことをするメリットなんざねーはずだろ。
それでも、膝をつかなかった。
その目は、どこまでも、目の前だけを映していた。
「……ウチと、どこが違うんやろ…」
ヒーローを目指してるのは同じなのに。
どうしてなのだろうか。
彼らがこの光景に挫けないのは。
どうしようもなく残酷でいて、容赦のない現実を受け止めているのは。
そんな、どうしようもない現実を変えようと争うのは。
「……ついなちゃん。ウチは……」
私には分からなかった。
彼らが眩しく見える理由も、自分がここから動けない理由も。
ついなちゃんを助けたい。
その気持ちは同じはずなのに。
どうして、私には力が無いのだろう。
私は、これ以上この景色を、見ていられなかった。
憧れのプロヒーローが敵に加担してたって、相当ショックじゃないですかね?