「うわっ…。マジで十万居るよ」
かっちゃんたちが体をほぐす傍、僕は衛星で撮った映像を見て辟易した。
細かい数までいちいち覚えちゃ居ないが、たしかに十万はくだらない。
これだけの人間が敵…。
軽犯罪どころか、殺人等の重犯罪も平気で犯すようなのが、だ。
よくもまあ、バレずにここまで勢力を伸ばしたものだ。
日本政府のザルさを嘆けばいいのか、それとも死後も尚、影響を与えるデストロのカリスマ性に感心すればいいのか…。
「…中には子供もいるな。俺たちとそう差がねェヤツ、ヒメとミコトと同じくれェの歳のヤツ、幼稚園に通ってるくれェのヤツ…。
漏れなく全員、目がヤベェ。
ウォーミングアップで出してる個性からして、危険な個性が多いな」
轟くんが言うように、映像には確かに子供も映っていた。
しかも、揃いも揃って目が血走ってる。
…洗脳教育に汚染された子供かぁ。
相手するには気が引けるが、相手にとってはお構いなしだろう。
治療する暇も与えてくれないだろうし、無力化に気を使う。
気絶させる音波やらは開発中だし。
「情に訴えかける作戦…ってトコかァ?
最前列、ガキかジジババしかいねェ。
個性縛っても、かなりキツイぞ」
かっちゃんは胸糞悪ィ、と付け足すと、調子を確認するように、指先を小さく爆破させた。
超圧縮した爆破を、指先から放つ技。
かっちゃんは飛んだ爆炎を見上げ、満足そうに笑みを浮かべる。
煙が立ち昇る指をガンマン風にふっ、と息を吹きかけた。
「下手すりゃ、これだけでお陀仏だぞ?」
「出来る様になったからってカッコつけんな気持ち悪ィ」
「ンだと半分野郎ォ!!」
「怒鳴らないでよ。バレたらどうすんの?」
とても戦闘前とは思えない緊張感だ。
…まぁ、相手は「生まれ持っての個性」に拘った人間たち。
人工個性を持ち出してくる危険性もないから、無理もないか。
そんなことを思っていると、パソコンの画面に通知が映る。
その通知の内容を確認すると共に、僕は笑みを浮かべた。
「二人とも出る準備しといて」
「子供と老人の対策は?」
「大丈夫。ジョセフ・ジョースターも言ってたでしょ?
『戦いは始まる前から既に結果が決まってる』…ってね」
僕は言うと、通知情報欄に表示された『OK!』にカーソルを合わせ、クリックする。
瞬間。子供と老人だけが一瞬にして消え失せた。
「よしっ。残りは容赦しなくてもオッケーな人たちばかりだ」
「「待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て何した今ァアッッッ!?!?」」
素っ頓狂な声をあげ、パソコンを仕舞う僕にツッコミを入れる二人。
説明もなく人が急に消えたら、そんな反応にもなるか。
僕は仕舞いかけたパソコンを開き、ある映像を映し出す。
そこには、殺風景な部屋に閉じ込められ、すぅすぅと寝息を立てる子供と老人の姿があった。
「座標指定型転移システム使って、特製のメイデンに閉じ込めただけだよ。
無害どころか健康的な成分がたっぷり詰まった催眠ガスのおまけつき。
ガス作るのに時間かかるし、そんなに広くないし、まだ数も作ってないから、子供と老人だけでぎゅうぎゅう詰めだけど」
言うと、かっちゃんたちは呆れた顔を見せた。
ハッキリ言うと、こう言う戦闘に於いては、催眠ガスをばら撒いて拘束しようと思っていたのだ。
だが、この街を覆い尽くす催眠ガスを作るのに、軽く二年はかかる。
僕の腕の問題ではなく、ガスが出来るまでの期間が長すぎるのだ。
メイデンを作るのにはコストがかかるし、そもそも置いておく場所がない。
今は『アレ』の中にあるからまだいいが、苦労して作った『アレ』が、監獄だらけになるのは避けたい。
「…なんか、もう慣れたわ」
「人ってすげェな。理解不能な現実も二ヶ月で慣れるんだな」
すごく失礼なことを言われた。
かっちゃんたちの個性も、僕からしたら十分デタラメなんだけど…。
そんなことを思いながら、僕はフォーマルハウトを身に纏う。
「そういう感想は後で言ってよ。
さっさと何処やるか決めよう」
僕が問うと共に、二人がスーツを纏う。
ウォーミングアップは終わったようだ。
相手もパニックになってるし、ちょうど良いタイミングだ。
「えーっと…、こっちから左は俺な。
データで見た『外典』ってのが見えた」
轟くんは言うと、僕たちから見て左側へと向かう。
飛び上がった勢いで、アスファルトが捲れて民家に激突した。
犯罪都市って分かったから容赦ないなぁ…。
…そんなとこの民家だからか、崩れた壁の奥に危険物がかなり見えた。
…本当、どうなってんだこの国。
目に見える被害だけ調べてたから、こう言う隠蔽された犯罪は頭から抜け落ちてた。
「右っ側。妙に数が多い。
『キュリオス』と『トランペット』が指揮してンだろォな」
かっちゃんは言うと、掌を爆破させ、ロケットのように飛び上がった。
遠慮する必要がないって分かった途端、だいぶ容赦なかったな。
アスファルトがハゲたぞ。
「じゃ、僕は…『スケプティック』と『リ・デストロ』の居るだろう真ん中…って、僕の方も人数多いじゃん…」
うまく加減できるかなぁ、と呟きながら、僕は駆け出した。
このとき、僕らは集団行動をしていた方が良かったのかも知れない。
…いや。多分、この時点ではもう遅かったんだろう。
僕たちはとっくの昔に、『絶対悪』に目をつけられていたのだから。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「…結構いますね」
「ついなちゃんの個性って、そんな強力なモンなんですかね?」
僕は映像に広がる光景に、口元をひくつかせた。
警察とプロヒーローが、一般市民とプロヒーローと殴り合う光景。
ミコトちゃんが作り出したバリアが無ければ、旅館はあっという間に瓦礫と山と化してただろう。
伊織さんはというと、僕たちが事情を説明して、旅館に泊まっている人たちを集めている途中だ。
ついなちゃんと麗日さんは、僕らの膝下が安全だろうということで、僕たちの部屋に居る。
二人とも部屋の隅で蹲ってる状態だ。
「クロスカウンター決まった!距離をとってぇ…、な、なんとっ!!
丸々したファットガムのドロップキックが、異能解放軍のプロヒーロー、えーっと、名前なんだっけ?!とにかくなんか変なやつのの顎に決まったアア!!!」
「きりちゃん、楽しんでない…?」
「ヤケクソです。ウナちゃんはBGMお願いしまぁだぁっ!?」
小学生一人が汚い現実に耐えきれず、ヤケを起こしてる。
何処からか取り出したカラオケセットを音街さんに差し出すクソガキに、音街さんのツッコミが炸裂した。
「そこのヤケ起こしてる小学生はさておき…麗日さん」
「な、なんですか…?」
窓から離れ、彼女に声をかける。
麗日さんの体は、小さく震えている。
こういう争い事に慣れていないのだろう。
普通ならば、安心させるような言葉をかけるのが大人だ。
だが。僕は麗日さんの顔を覗き込んで、こう告げた。
「映像を見なさい」
「……っ、や、嫌や…っ」
僕の言葉の意味を理解し、拒絶を顔に浮かべる麗日さん。
確かに、旅館の前で繰り広げられる光景は、子供にとっては酷な光景だろう。
しかし、ヒーローを目指すのであれば、知らなければいけない現実であることも事実だ。
後で現実を知って後悔させるくらいなら、先に現実を見せて恐れさせる道を選ぶ。
「ヒーローがどういう仕事で、どういう人間を相手にするか。
ぼんやりとではなく、きちんと知った上で目指すかどうか決めなさい」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「…ぶっ飛んだお客様案内しちゃったなぁ」
お客様を全員、頑丈にできた一室へと移動できた。
一室と言ってもキッチンなのだが、ほぼ木造の旅館の中で頑丈な場所といえば、あそこくらいなものだ。
…こんなことなら、リフォームを頼んでおくんだった。
「…ヒーロー」
あの子たちは、プロヒーローと呼ばれる人間たちとは違った。
どこまでも現実を見ていて、どこまでも理想を描いていた。
…僕は、現実を見過ぎて、この職業に落ち着いた。
小さい頃は、プロヒーローに憧れた。
それはそれはもう、テンプレを踏みに踏み抜いた憧れ方だった。
誰かの人生のコピペみたいな憧れ方だった。
そんな憧れなど、無個性という現実に木っ端微塵に打ち砕かれた。
後は絵に描いたような転落…はしてないか。
とにかくまぁ、なんの捻りもないような、普通の人生だった。
祖母の切り盛りしていた旅館の跡を継ぐという形で、職を手に入れた僕は、今の今まで目の前の現実ばかり見てきた。
ついなちゃんと出会ったのは、本当にたまたまだった。
彼女の境遇を知るほどに、義憤に駆られた。
助けようと思ったのも、多分、あの日の憧れが薄れながらも僕の中に燻っていたから。
ーーーーーー証拠がない。これが現実です。
だけど。憧れは、再び現実にかき消された。
歪められど、それは現実なんだ。
そのことを自覚した僕は、もう抗うことはしなかった。
ーーーーーーウチ、ヒーローになりたい!
お茶子ちゃんの夢のことも聞いた。
彼女の個性…『無重力』は、ヒーローをやる上では強力なものだろう。
だけど、この子は現実に打ち勝てるんだろうか。
ーーーーーー…ウチじゃ、助けられんのやな…。
知っての通り、彼女は負けた。
現実という化け物は、僕たちが歯向かうには大きすぎて。
仕方がない。そう、下を向いて生きてきた。
今日。現実がひっくり返るまでは。
ーーーーーーというわけで!異能解放軍の悪事はさらしたので、ブッ飛ばして来まーす!
ひっくり返した本人は、旅館から妙なバイクで飛び立って行った。
まるで、彗星のように煌めきながら。
聞けば、僕と同じ無個性だった。
あの手は個性でもなんでもなく、科学で生み出したものなんだとか。
正直、嫉妬した。
彼のそれが、誰かの人生を何倍にも濃縮した苦労で成り立っているということは、小さな女の子が語ってくれた。
それだけ現実を見ながらも、本気で理想を目指せる人間に、僕は嫉妬していた。
「……あったあった」
そんな下らない考え事をしながら、僕は旅館、土地の権利書等を取り出す。
印鑑と通帳は既にリュックの中に入れた。
「旅館に被害が出る前に収まってほしいな」
本気で望んだ職場…というわけではなかったが、愛着がないわけではない。
むしろ、こういう「意外な出会い」を、僕は楽しんでいる。
…今回のは、ちょっと意外過ぎたけれど。
「……お茶子ちゃんに、影響を与えてくれるといい…かな?」
嫉妬はしている。
だけど、それ以上に。
現実も理想も見据えた彼らが、理想を見て、現実に打ちのめされたお茶子ちゃんを奮い立たせて欲しかった。
僕のように、無個性という恵まれない子供ではないのだから。
たった一度、現実に負けたことで挫けないで欲しかった。
「頑張れ、ヒーロー…ってね」
僕は、輝く星を見上げるように呟いた。
きりたんはあまりに汚い現実を見ると、ヤケクソになる癖があります。