「……っ、どうして、私たちの理想が…たった三人に……!?」
キュリオス…本名『気月置歳』は、ひどく焦っていた。
理由は他でもない。連絡を取り合っていた幹部、果ては部下たちが次々と倒れていったからだ。
思いつく限りで残っている人間といえば、目の前の部下たちとリ・デストロだけ。
十万いた軍勢はすでに、千人規模の集まりに減っていた。
そして、その現実は今もなお、こちらへと向かってきている。
「やっほー」
その焦りを自ら解消すべく、装備を整えたその時だった。
彼女の目の前に、見たくもない仮面が姿を現したのは。
「フィクサー…?」
そこに居たのは、マスコミとしても、解放軍としても、自らが最も恐れた存在だった。
以前、フィクサーの思想を持ち上げた特集を組んだ出版社があった。
だが。その出版社はフィクサーの逆鱗に触れてしまった。
静かに怒り狂ったフィクサーは、常人であれば思いつかないような、凄惨な公開処刑を全国のお茶の間に放送した。
三日間に渡るソレの終わりに、彼は告げた。
ーーーーーー僕は絶対悪だ。誰に対しても悪である存在。肯定される謂われなんて、どこにも無いんだよ。
スケールも価値観もイカれてる。
無個性でありながら、国を簡単に崩壊へと導くスキルを有した敵。
解放軍としても、マスコミとしても。
目の前で笑顔を浮かべる男以上の恐怖を、キュリオスは知らなかった。
「あーそっか。生きてるの知らないのか。
そりゃそうだね。あの〜、り、り…。リーマンショック?いや、違った。オオトロっぽい名前なのは覚えてるんだけど…」
「リ・デストロのことかしら…?」
「ああ、そうそう!いやぁ、どーでもいいことはすぐ忘れちゃうんだよね!
ソイツには予め挨拶したんだけどさ!」
フィクサーがカラカラと笑う。
キュリオスは彼に対する警戒心を、最大限にまで引き上げた。
が。それは無意味だった。
「ソイツを恨めよ。
さっさと答えを出さなかったアイツが悪いんだからさ」
どすっ。
目にも留まらぬ速さと、優しい感触。
キュリオスが視線を上に向けると、自らの脳に注射器が突き刺さってるのがわかった。
悲鳴をあげようとして、気づく。
全く痛くない。
それどころか、頭への異物感すら感じない。
「頭がイカレるのは避けたいからさ。
脳の隙間に注射器を刺したよ。
あと九万くらいかな?身体中にぶっ刺して注入するから」
瞬間。
キュリオスの体は、無数の注射器で埋め尽くされた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
『あ、終わったー?』
『おーう。…頼むから、ござる口調に変化するプログラムとか作ってくれ。
敵にも喋り方を馬鹿にされた』
スケプティックをバレーボールで気絶させ、同じ要領でリ・デストロも倒した後。
僕たちは大体の解放軍…その数七万を、縄でふんじばっていた。
かっちゃんの方はまだ喧騒が包んでいるあたり、数が多いのだろう。
なんにせよ、後数分で決着は着くか。
『その細いハゲ、デトラネットの社長か?
んで、根暗そうなオカッパはFGIの取締じゃなかったっけか?』
『そっち方面に興味ないと思ってた。意外と詳しいね』
『まぁ、ちょっとはな。知ったのは最近だ』
細いハゲ…って言うには、ちょっと早いんじゃないだろうか。
リ・デストロの薄れ始めた頭を見ながら、そんなことを思っていると。
ふと、轟が声を上げた。
『…アメリカのルーカス大統領もハゲだよな。コレと違って、カッコいいが』
『支持率絶大だもんね。個性がちょーっと…その、アレなだけで』
この解放思想は、アメリカにとってもまずかった気がする。
ルーカス大統領の『自分の頭部の毛根の残りがわかる』という、思わず顔をしかめてしまいそうな個性でどうやって勝ち上がれって言うんだ。
あの人の奇跡的な手腕で犯罪率が35%から30%に減ったんだぞ。
…つくづく、オールマイトの存在って大きかったんだなと思う。
『ってか、ボイチェン切らねェか?
もうこっちは終わったんだし』
『それもそっか』
いつまでも同じ声で話してちゃ、訳わかんなくなるか。
そう思い、喉元のスイッチをオフにしようとしたその時だった。
街が吹っ飛んだのは。
♦︎♦︎♦︎♦︎
『…なんだアレ。サボテンか?』
大体のヤツを倒し、キュリオスを探している途中。
ふと、街の一角に異様なオブジェがあることに気づき、足を止める。
街中にはあまりにも不似合いなソレ。
異形系の個性でも、なかなか無いような風貌に目を引かれた。
これ以上、特に探す場所もないため、罠だろうなと思いスキャンする。
『……………は?』
俺の視界に出された結果は、予想外のものだった。
マスクに搭載されたカメラ。
写る物体をスキャンし、調べた結果を映し出す機能を持っている。
そのことは分かっている。
だが、唯一わからないのは…。
「ぁ…、ぺっ………?」
そこにあるサボテンが、『キュリオス本人である』という結果だけ。
『…………いや、どういう状況だ?』
突き刺さったのは注射器だろうか。
身体中を埋め尽くすソレは、ご丁寧に針の長さもバラバラで、全身にその中身を注ぎ込んでいる。
あまりに理解不能な状況に、一周回って頭が冷静になった。
冷静になると同時に、恐怖が背中を撫でる。
殺されてるわけではない。まだキュリオスは生きている。
『…誰がやったんだ、コレ』
どんな個性を使えば、こんな神業を為せる?
それとも、デクたちの同類の仕業だろうか。
そんなことを思っていると、注射器が一斉に引き抜かれた。
「初めまして」
瞬間。
この世の悪を全て煮詰めたような、余りにも禍々しい声が俺の鼓膜を撫でた。
慌てて人差し指を声の方向へ向け、爆破する。
超圧縮爆破。軽く人が死ぬ威力だが、反射的に放ってしまっていた。
それ程までに、そこに居るソイツは、邪悪としか言えなかった。
「…っとと。いいねぇ、凄くいい!!
判断力が優れてるよ、君!記憶の中の君よりもずっと強くてずっと凄い!!」
『…イカレてんのか、テメェ…』
興奮気味に俺を褒め称えるソイツは、これでもかと拍手を送る。
記憶の中の俺?こんなヤツ、一度も会ったことがないと言うのに?
特徴的な仮面、露出した口元。
…その顔に見覚えがあることに気づいたのは、数秒見つめてからだった。
現在でも、ネット上に死亡の瞬間の動画を上げられている敵。
『…いや、死んだろ…?そう言う個性か?』
「残念。マジの無個性だよ。
僕は死なないんだよ。絶対悪だから」
フィクサー。個性不明の世界的な敵として知られている存在。
随分前に死んだはずの存在が今、俺の前に立っていた。
『テメェ、キュリオスに何した?』
「別に?一万くらいの『人工個性』を注入しただけだよ。
個性に耐性のないヤツならすぐ食われるけど、コレなら適合するかなーって」
子供が自由研究するような感覚で、おぞましいことを口にするフィクサー。
…待て。人工個性だと…?
『テメェが、人工個性関連の黒幕か?』
「当たり。作ってんのは別人…って言うのかな?まぁ、僕ではないんだけど…って、やばっ」
その言葉を聞いた瞬間。
キュリオスの体が破裂し、俺ごと街を吹き飛ばした。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「…ブローカーがわりに来たけど、この状況になってだいぶ必死だね」
とある神社にて。
フィクサーに連れ回された挙句、6徹目の頭を回転させながら、ブラックボックスが言い放つ。
目の前には、如月ついな…もとい、『役ついな』の父親が映る。
異能解放軍とやらの思想に染めたのは、他でも無い、フィクサーであった。
「…あいつの洗脳もツメが甘いって言うか。
どうでもいいやつ相手にはトコトン中途半端なんだよなぁ」
「ブラックボックスさん、例のアレは!?
早よ出してえな、早よせんと…」
醜い。
言葉にするなら、この一言に尽きた。
普通の父親だった男でさえも、ただ少し会話を交わすだけで醜悪な敵に加工する。
その手腕に呆れと感心が混じったため息を吐き、ブラックボックスは注射器を投げ捨てる。
「これで、解放軍が再興できる…!」
「……夢見すぎだろ」
ああ。この男はもうダメだ。
フィクサーによって、完全に『加工』され切っている。
こんな状況でも解放軍に盲信してしまうほどに、どうしようもなく汚染されている。
何人目かもわからないソレに、ブラックボックスはなんの感情も向けなかった。
「…揃いも揃ってバカだな」
人工個性を受け入れた時点で、早期の死は確定している。
既に『人工個性』という生命体として孤立している『万年開花』や『紲星あかり』ならまだしも、人間が耐え切れるはずがない。
「ま、短い人生で頑張ってよ。
上手くいくとも思えない夢物語を描くのに、さ」
フィクサーの信条は「すべてにおいて平等な悪であれ」です。
自分自身であるブラックボックスは味方というより、道具感覚で見てます。