そうだ、先生になろう。   作:鳩胸な鴨

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サブタイトル通りです。


絶対悪対緑谷出久、開戦

街が吹っ飛んだ。

その認識が間違いだったことに気づくのは、数秒経ってからだった。

街が吹っ飛んだというよりは、押し出されていたのだ。

電磁浮遊機能で、崩れた街並みを蹂躙するソレを空から見つめる。

 

 

「コレ、人工個性だろ」

「持ち出してこないって思ってたけど、考えが甘かったみたい。

…僕らもアホだったわけか」

 

 

街を埋め尽くす肉塊。

繊維のように細かく、液体のように流動するソレ。

ふんじばったヤツらさえも巻き込んで、その肉塊は獲物を探すが如く蠢く。

かっちゃんが居た地区あたりは、肉塊が一つの塔を作り、そこに一人の人間が立っていた。

 

 

「…か、か、かか、カい、ほほほ、ホぉ、おおおおおおおおっ!!!」

 

 

焦点の合ってない目。

口から垂れる唾液に、口腔から放たれる壊れたラジオのような咆哮。

データにあった端麗な姿さえも捨てたキュリオスが、獣のように喚いていた。

肉塊が泥花市より外へと向かう。

その質量の暴力が為す破壊を反射的に理解した僕は、咄嗟に叫んでいた。

 

 

「MESSIAH、隔離システム起動!!」

『了解』

 

 

その質量が他へと襲い掛かる前に、バリアが街を隔離する。

プロヒーローが現行していたけど、この状況に飛び込むのはどう考えてもまずい。

何故か、こっちに電磁式の網袋に包まれて投げ飛ばされてきたトランペットたち含むふんじばった人間は、引っ張って空中に連れてきた。

仕方ないけれど、アレにブチ込んで放置するしかないか。

本当なら移動拠点のはずだったのに、まさか監獄がわりに使う羽目になろうとは。

 

 

「『北斗七星』第一から第五地区に満遍なく飛ばしといて。シャッター閉めて」

『かしこまりました』

 

 

予め設置したビーコンに向けて、この連中を転送する。

『北斗七星』。地区ごとに設計して、上空1万メートルを漂う浮遊大陸…っていうか、僕が作った国とも呼ぶべき要塞。

 

まだ組み合わせてはいないが、十万くらいだったらこのくらいで十分だろう。

まさか案内するのがメンバーじゃなくて、悪党が先だなんて思わなかった。

運命って残酷。

 

 

「ほほほっ、かかかかかかぁぁああ、いぃ、うう、かかほぉおおっ!!!!」

 

 

そんなことを考えていると、声とも呼べない声と共に、肉塊が迫る。

その先端から冷気やら炎やら雷やら、思いつく限り「強い個性」という称号が似合いそうな個性が発動されていた。

個性のことをわかってる分、同時発動とか簡単にしてくるわけか!

 

 

「スラッシュモード!」

 

 

ビットから高温のブレードを出し、肉塊を根元から切り裂く。

瞬間。その切り口から光が放たれた。

ブースターからエネルギーを噴射し、身を翻してソレを避け、次の肉塊を焼き切る。

はっきり言ってキリがなかった。

あかりさんが居れば、炎か何かで簡単に街ごと吹っ飛ばしたんだろう。

僕も出来るっちゃ出来るが、エネルギーを溜めるのに時間がかかる。

隙さえ与えてくれない肉塊に、その切り札を放てるとは思わなかった。

 

 

「爆炎車ァ!!」

 

 

僕たちが肉塊に悪戦苦闘していると、その塊を融解させながら、燃え上がった球体が僕たちに近づく。

球体がその炎を払うと、スーツを着たかっちゃんが姿を現した。

 

 

「かっちゃん!どういう経緯でこんなことなってんの!?」

「要点が多すぎて纏められる余裕が…っ、デク!!今すぐそっから離れろォ!!」

 

 

かっちゃんの声が響いた瞬間。

僕は反射的に身を翻す。

機械の頬に工具が掠めるのを感じながら、僕はその存在に拳を突き出した。

が。ソイツはひらり、とソレを避けると、フォーマルハウトの腕に工具を差し込む。

瞬間。僕の腕の一部が、一瞬だけ空気に触れた。

 

 

「…あれっ?なんで再生してんの?」

 

 

子供が「わからない」とでも言うような軽口なのだろう。

しかし、その声は。

僕たちを引き摺り込んですり潰すような、酷く悪意に満ちた声だった。

一瞬で再生したスーツに興味を持ったのだろうか。

爛々としたその瞳は、真っ直ぐに僕へと向けられていた。

 

 

「射撃モード!」

「危なっ」

 

 

飄々と佇むソイツの背後にあった肉塊ごと、高出力レーザーで焼き払う。

流石に町全体は焼けないが、背後にあった肉塊は消し飛んだ。

予想通りと言うべきか、ヤツはちょっと身を翻しただけで躱した。

目の前に立つソレと僕は、面識はない。

しかし、互いに知識はあっただろう。

 

 

「はじめまして、SAVER。世界を股にかけるヴィジランテ」

「…はじめまして、フィクサー。世界を弄ぶ絶対悪」

 

 

迫る肉塊に、それぞれが一撃を叩き込む。

僕はフィクサーの背後にレーザーを放ち、フィクサーは僕の背後に即席の爆弾を放り投げる。

互いの背に爆炎が舞う最中、浮遊装置でも仕込んだのか、空中に立つフィクサーが口を開いた。

 

 

「恐れ慄け。僕が来た」

「悪よ、退け。僕がヒーローだ」

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

「ぎっ、いぃ…!!」

「ぅぎゅううぅ……!!」

 

 

ヒメちゃんとミコトちゃんの呻き声が響く。

映像には、思いつく限りの強個性を叩きつける男の姿が映る。

麗日さんは、その光景を見てられないとばかりに目を瞑ろうとするが、なんとか耐えていた。

 

 

「ヒメちゃん、ミコトちゃん!あとどれくらい保ちますか!?」

「あと二分ってところ…!

結構焦ってる、ぐぅっ!?…からっ、バカ、みたいに、強いっ……!!」

「ミコト、しっかりぃ…!!気をっ、抜く、とぉ…、破られちゃうぅ……!!」

 

 

必死に堪えることで、なんとかギリギリ耐え切れるくらいの強度にしているのだろう。

砕けそうなほどに歯を食いしばり、彼女らは僕らを守っていた。

…悲しいことに、僕は彼女らの力になることはできない。

 

 

「僕は最悪、肉壁ですね。

老衰以外で死にたくないので、僕が肉壁にならないよう、頑張って守ってください」

「こんな時にっ、そんな、やる気っ、削がれるっ、言い方、する!?!?」

 

 

そうは言われても、死にたくないのは事実なのだ。仕方ないだろう。

…にしても、映像に映る男から、知性というものを感じない。

まるで、何か一つの目標に向かって突き進む…猪突猛進の獣のように思える。

こういうタイプになると、煽りが通用しないからタチが悪い。

 

 

「東北さん、この状況からなんとか出来ますかね?」

「もう手の打ちようがないんで、あかりさんにぶん投げたらいいんじゃないんですかね」

 

 

…一番手っ取り早いのはソレだよなぁ。

でも、あかりさんが旅館から出てきたら出てきたで、面倒なことになるのは間違いない。

土埃と共に現れる…ってシチュだったら、まだ押し通せるかなぁ。

そんなことを考えてる暇もないんだが。

 

 

「あかりさん。

思いっきり土埃起こして、スーパーヒーロー着地みたいなのやってください。

それで誤魔化しましょう」

「…そんな適当でいいんですか?」

「内部の腐敗に気づかないくらいド間抜けな国相手ならコレで十分です」

「公務員にすらバカにされる国ってどうなんですかね?」

 

 

哲学関連の大学教員よりかはマシだろう。

あの人種は余計な事言った挙句、良くも悪くもマイペースで反省もしないから、他人の逆鱗をペット並みに撫でまくってるぞ。

そんなことを思っていると、バリアにヒビが入る。

あかりさんが飛び出そうとした、まさにその時だった。

 

 

「……ウチが、捕まればええんやろ?」

 

 

ついなちゃんが、そんなことを言い出したのは。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

この状況を作り出したのは、多分、私なんだろう。

私と言う存在が、世界にどんな影響をもたらすかなんて、これっぽっちもわからない。

だけど、この人たちは。

私を助けようとして、国一つの信頼を瓦解させた。

 

 

「…う、ウチが今捕まれば、全部丸く収まるんちゃうかな…?

ほら、だって…、あいつら、ウチの個性を狙っとるだけやし…。

その、えとっ…、ウチが捕まっても、殺しはせんと思うんや……」

 

 

嬉しかった。

 

 

ずっと、誰にも助けてもらえなかった私を、助けようとしてくれた。

ちゃんと、私の手を掴んでくれた。

でも、それ以上に。

 

 

「だ、大丈夫やから…。慣れとるから…。

やから…、もう……」

 

 

嫌だった。

 

 

助けられるのが嫌なわけじゃない。

寧ろ、母親が死んでからずっと『助けて』と泣いて、叫んでいた。

こんな危険を冒してまで、私を助けようとしてくれている。

 

 

だからこそ、嫌だった。

 

 

命の危機がそこまで迫ってるのに、自分の命など関係ないかのように振る舞うそぶりが。

先生と呼ばれる人の言葉も、自分の命に無関心としか思えなかった。

それ程までに、さっきの言葉に重みがなかったから。

 

 

「…だって、知っとるもん…。

ウチ、知っとるんやもん……」

 

 

母親も、そう言う人だった。

 

ーーーーーー……ついな。ウチ、もうすぐ死んでまうかも知れんのよ。

大丈夫。ついなが嫌いやから、とかちゃうんよ。大好きやから、ついなを守るんよ。

 

死ぬ前日になって、狸寝入りしていた私にかけた言葉。

それだけで、母親が死んだあの日、何があったか、大体理解できる。

母親は、私を守ろうとして、死んでしまった。

 

 

「大丈夫やから。平気、やから」

 

 

死んで欲しくない。

夢を持ってるこの人たちが、その道半ばで死んでしまうのが、嫌だった。

震える体を抑え付け、慣れた笑みを浮かべる。

 

 

その時だった。

 

「歯ァ食いしばりなさい」

 

 

『お茶子の姉ちゃん』が、ウチと変わらんくらいの女の子に殴られたのは。




次回。東北きりたんの説教、再び。

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