ぱちん。
乾いた音が、旅館の一室に響く。
バリアの亀裂が大きくなるのも気に留めず、私の頬を叩いた女の子は、私の胸ぐらを掴んだ。
「ちょっ、きりちゃ…」
「外野は黙ってなさい。今は私が、この人と話してるんです」
ヘッドフォンを着けた女の人が止めようとするも、女の子の気迫に押され、口を噤む。
女の人だけじゃない。他の人たちも、その気迫に押されて黙っていた。
「あなた、ヒーロー志望なんですって?」
「……、そ、そやけど…」
「じゃ、そこにいる女の子は誰ですか?」
彼女の指差す方向に沿うように、視線をそちらに向ける。
視線の先には、私を見つめるついなちゃんの姿があった。
誰、と問われれば、ついなちゃんである、としか答えられない。
「…つ、ついなちゃ…」
「助けを求める人だ。アンタがヒーローなら、彼女をどうするべきですか?」
凛、とその言葉が響く。
助けるべき人間。それは、分かりきっていたことだった。
それでも、私には。
「ウチには、ないもん…。ついなちゃんを助けられる力なんて、これっぽっちも…」
「聞き飽きたし、私も散々言いました。
『自分じゃ無理』って。
…その言葉を使う資格があるのは、私たちみたいな諦め癖のあるヤツじゃないんですよ」
彼女は言うと、おでことおでこをくっつけて、私が目を逸らせないようにした。
「アンタには出来ることがあるでしょう?
ちっちゃい女の子が、泣きそうなの我慢して、震えるのを必死で堪えて。
それでも、大丈夫って言って、自分の身を悪に捧げようとしてんですよ。
それが怖くないわけないでしょう?
悪に望んで身を捧げるような子じゃないってのは、アンタが一番分かってるでしょう?
それさえもわからないって、アンタの脳味噌は腐ってんですか?」
ついなちゃんがどれだけ怖い思いをしたか。
それは分からないけれど。
悪いことを、きちんと「悪い」と言える子だっていうのは、よく分かってる。
それでも、私には分からない。自分が、何が出来るかなんて。
「…それすらも分からないなんて、随分と臆病なヒーローが居たモンですね」
仕方ないじゃないか。
デクくんみたいに、凄まじい技術があるわけじゃない。
爆豪くんみたいに、轟くんみたいに、現実を見据えてたわけでもない。
ただの中学生に、何かが出来るわけがない。
「どうせ『普通の中学生だから仕方ない』なんて思ってんでしょうけどね…。
いつまでそうやって言い訳してんですか?
アンタがその『普通』から抜け出すのはいつなんですか?
あと何十年待てばいいですか?」
ふつふつと、怒りが湧くのがわかる。
なんで、力があるアンタに、そんなことを言われなきゃいけないんだ。
何にもできない私の気持ちも分からない、アンタらに。
「なんで、そこまで言われなあかんのよ…。
なんでも出来る、アンタらに…!」
私が言うと、彼女はその形相を鬼のようにして、私の頬に拳を突き刺した。
「……なんでも出来る?
私たちがなんでも出来るですって!?
違いますよ!!全くの見当違いです!!!
何にもできなかったから、何かが出来るように頑張ったんですよ!!!
無個性なんですよ…!ここにいる人間の大半は無個性です!!!
自分に何にもできないってことが分かってるから、なにかを成し遂げようと必死になって頑張ってんですよ!!!!
アンタはなにかを死ぬほど頑張ったことはあるんですか!?
いつまでそうやって『でもでもだって』と甘えてるつもり!?!?!?」
女の子が叫ぶも、私は答えなかった。
死ぬほど頑張ったことなんてないけれど。
無駄と分かってる努力をして、何になるって言うんだろう。
相手は、現実さえも歪めてしまう巨悪なんだから。
私の声なんて、揉み消されるに決まってる。
「ついなァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアッッッ!!!!」
私が口を開こうとした時だった。
窓の外に見える防壁が、音を立てて砕け散ったのは。
♦︎♦︎♦︎♦︎
フィクサー。
僕が生まれる前には、既に没後数年が経過していた敵。
本来ならば存在しないはずの人間が、僕と対峙していた。
いつものような余裕は出せない。
はっきり言えば、人工個性を相手にするより、遥かに骨が折れる。
「やっぱ動きは型にハマってる感拭えないなぁ。でも、オールマイトのものとは違って、効率的に人を無力化するような構えだ。…彼以外の誰かから習ったのか?」
「さっきからごちゃごちゃと、随分と余裕そうだな」
ブツブツと何事かを呟くフィクサーに、幾つもの砲門を展開して、一斉に放つ。
分解の手つきは速いけれど、移動のスピードはそこまで脅威じゃない。
ただ、気配を消すスキルが異常だ。
気がつけば接近されてる。
視界に居るはずなのに、集中して見ているのに。
何故かは分からないが、彼を『視界に留めて置けない』。
「まぁ、誰に習ったかなんて、この際どーでもいいや。
想像以下ばっかだったから、嬉しいよ。
想像以上に想像を絶してるよ、君の磨き上げられた、他の追随を許さぬ『科学力』!!」
僕の得意分野を理解してる…?
個性だと言って誤魔化すことすら、目の前の存在の威圧感が許さない。
せめてもの抵抗として、絞り出すように惚けたような声を出した。
「…なんのことだ?」
「誤魔化さなくていいよ!
君の胸のソレ、『永久機関』だろ!?
あらゆるスキルを極めた僕でさえも、設計さえ出来なかった『超常の頂上』…!!
『永遠はない』と言う常識が壊されてる!!
そんなちっちゃい物体一つに!!!」
イズクジェネレーターのことまでバレてる。
分解して取り出そうとしてるんだろうけど、マッハを超える速度で分解しなければ、ジェネレーターは取り出せない。
ジェネレーターに近ければ近いほど、再生が速いのだから。
「いい!!凄くいいよ、君たち!!
志し、強さ、決断力、執念!!
僕が出会ってきた『ヒーロー』の中で、最上級と言ってもいい!!」
…まさか敵にヒーロー扱いされるとは。
いつもなら「お前も俺と同じだよ!ナカーマ!」みたいな同族勧誘ばっかなんだが…。
それに喜んでる暇もなければ、喜ぶつもりもない。
絶対悪と呼ばれ、自称している敵の強さを知っているから。
「そう考えると、今までのはゴミだね。
大きい粒を見つけては喜んでたけど、君ほどじゃない」
「オールマイト…は…?」
平和の象徴とまで呼ばれるに至った、世界の誰からも認められたヒーロー。
それさえもゴミと言えるのだろうか。
…多分、この男は普通に言うのだろう。
口元に浮かべる笑みを崩すことなく、フィクサーはぶつぶつと何事かを呟く。
「絶対的な正義って思ってたんだけど、君は盲目的に信じてないんだよな…。
なにが違うんだ…?今まで会ったのと違い過ぎて、ちょっと困惑するなぁ…」
モードチェンジも含めた連撃でも、意識を刈り取るには至らない。
小言を呟きながらも、余裕を崩さないフィクサー。
…寝不足と全力を使ったせいで、思考力が低下して予測が出来ない。
コンディションが万全であれば違ったんだろうけど、文句は言ってられない。
こんなことなら、仮眠取るんだった。
「君はコレまでどんな努力をしてきたんだろう?才能なんて幻想。積み上げてきた努力の質と量に比例して、天才は作られる。
その歳でこんなの作れるってことは、多分、冗談抜きで脳みそ焼き切れるくらい酷使したんじゃないかな?」
「随分と正論垂れ流すんだ、な!!」
…気持ち悪い。
僕の全てを知っているかのような、そんな振る舞い。
コレに対して『嫌悪感を覚えるな』と言うのが無理な話だ。
その嫌悪感を吐き出すように、射撃モードでフィクサーを狙い、撃つ。
やはりと言うべきか、避けられた。
「でも、格上との戦闘は慣れてないっぽいね。…そりゃそっか。こんだけバカみたいな火力をポンポン撃てるんだ。
その速度といい、撒いてる電磁波、超音波もかな…?個性因子が動かなくなる数値だね。
装備さえ整ってれば、大抵の敵はなんとか出来るか…」
個性遮断プログラムまでバレてた。
機械もなにも用いていないのに、電磁波と超音波の二つを感じ取れるのか。
…コイツ、琴葉博士たちと同類なのか…?
「惜しむらくは君のコンディションだね。
ちょっとフラついてる。寝不足と…もう一つは分かんないけど、だいぶ疲れてるんだろ?
全力の君と闘いたいけれど…我儘は言わないや。今日は『試合』だからね」
試合。
その言葉に疑問を持つ暇もなく、フィクサーの蹴りが、分解されて一瞬薄くなった脇腹に突き刺さった。
この程度なら、喰らい慣れてる。あの人の蹴りよりはマシだ。
「『絶対悪』が胸を貸すよ。『ヒーロー』」
「そりゃ、どう…も!!」
絶対悪に立ち向かうヒーロー…か。
僕のは『人生かけたごっこ遊び』だから、そう言うのが正しいのか怪しいけれど。
そんなことを思いながら、フィクサーに殴りかかった。
♦︎♦︎♦︎♦︎
フィクサーと緑谷が闘う傍ら。
俺たちは街を蹂躙するキュリオス…とは呼べない何かと戦闘していた。
あの手この手で肉塊を取り除こうにも、ある時は再生し、ある時は致命的なダメージを喰らった箇所を切り落とし…。
要するに、いたちごっこが続いてた。
「流動してやがるから、完全に炭化するまで焼けねェな…。
この街ごと凍らせろ。ブチ割ってブッ殺す」
無茶なこと言うな、爆豪。
街ごと凍らせるのは簡単だが、ここまで広いと表面だけが精一杯だ。
どう考えても、凍らせた直後に肉塊が中から叩き割るだろう。
そう考えると、広範囲を凍らせることが出来る青キジすげェな。超憧れる。
「無理だ。凍らせるだけの隙がねェ。
凍らせた途端、トカゲの尻尾みたいに切り落として消しとばしたの見たろ。
キュリオスを叩こうにも、あの防壁だ。相当苦労する。
火力持ってる緑谷は、厄介そうなのと戦ってるから頼りに出来ねェ」
「火力系の個性持った俺らが火力不足って、笑えねェ…。
終わったら死ぬ気で鍛えるか」
爆豪の言う通りだ。
プロヒーローで言えば、オールマイトの次に位置する程度には実力のあるクソ親父が、トップクラスの火力持ちだ。
その親父を超える火力でも、普通に火力不足扱いされる。
…敵を倒すヒーローってのも、楽じゃない。
「あの爆炎車ってので突っ込むか?」
「無理に決まってんだろブッ殺すぞ。途中で勢いが死ぬ」
「……じゃ、アレやるか」
まだ威力の調節が出来てないが、照準をちょっとズラせばいいだろ。
精々、ちょっと地表を削るくらいで終わる。
「正直言うとお前に貸し作るのは死ぬほど嫌だが、ちっとの間、俺を守ってくれ」
「後でブッ殺す。…で、勝算は?」
「バッチリだ」
「…半殺しで済ましてやらァ」
迫りくる肉塊を、爆豪が焼き尽くす。
その背後で、俺は掌を重ね合わせ、感覚を研ぎ澄ませた。
「…マトリフとか、ベジータもこう言う感覚だったのな」
確かにおっかねェわ、コレ。
そんなことを思いながら、エネルギーの生成に集中した。
次回、お茶子覚醒