そうだ、先生になろう。   作:鳩胸な鴨

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サブタイトル通りです。

スランプの脱却…とまではいきませんでしたが、多少の気力の回復はできました。ありがとうございます。


女の子は、男の子よりもずっと強かである

ーーーーーー君はヒーローになれる!

 

 

そんな言葉からだった。

『………』という人間が、ヒーローを目指すようになったのは。

憧れのヒーローの力を受け継いで、数多の苦難を乗り越えて、ヒーローとして成熟していく。

それが、『………』だった。

 

 

ーーーーーー大丈夫。僕がいる。

 

 

日本を支配する巨悪が差し伸べた手を、彼は握った。

それが、『………』が悪の道に進むきっかけだった。

憧れのヒーローを、より輝かせるための悪に染まる。それが『………』だった。

 

 

 

ーーーーーーヒーローには、なりたい。でも、個性がない…。

だったら、どんなヒーローよりすごくなる。

 

 

 

そして、『………』。

 

彼は、誰にも出会わなかった。

巨悪にも、最高のヒーローにも。

ただ一つだけ、『………』の目には映ってたものがあった。

 

 

ーーーーーー個性が無ければ、何にもできない…なんてことは、無いと思うんです。

無個性に希望を与える、そんなヒーローに、僕はなりたい…です。

 

 

力がなければ、誰も助けられない。

個性がない彼は、虐げられる最中でその真実にたどり着いた。

 

ならば、力を手に入れよう。

彼はそう決めてから、あらゆる人脈を使ってあらゆる物事を学んだ。

誰かを助けるために、個性を超えた。

 

 

ーーーーーー大丈夫。僕が助ける。

 

 

最初はあらゆる命を救う医学。

いくつもの屍を乗り越え、その数十倍の命を救ってきた。

いくつもの命を救うヒーローを助け、助けられども死に逝く運命だった人間を助ける。

そんな日常に終わりが来ることを、彼は最も理解していた。

憧れでさえ、老いには勝てなかった。

 

 

ーーーーーー…次の、技術…。磨かないと…。

 

 

人知を超えた延命技術を作り出すのに、生涯を費やした。

死ぬ間際になって、漸くそれが完成した。

自分にその延命を施すことで、彼は若返り、次の技術を学んだ。

永遠を生き、誰かの希望になり続ける。

そんなヒーローになりたかった。

その延命を施したのは、後にも先にも自分だけだった。

永遠の命を求めた人間は、彼が助けた中には一人も存在しなかった。

その延命を知るのは、彼一人となった。

 

 

ーーーーーーこれなら、建造物が倒壊しないな…。よしっ。

 

 

次は工学だった。

特殊金属を作るのに、二度目の人生を費やした。

この発明で、人々が生活する建造物をより強固なものにした。

彼の永遠は、学びと救助に費やされた。

 

 

ーーーーーーここら辺、明日地震が起きて地盤崩れます。避難先の準備、お願いします。

 

 

ーーーーーー大丈夫。どんなに敵向けって言われても、君がヒーローになりたいって思うなら、ちゃんとヒーローになれるから。

 

 

ーーーーーー……手術、成功。三日後には起きますよ。十年間、よく頑張りましたね。

 

 

次は自然現象。未曾有の大地震の被害を、最低限にまで抑えた。少なくとも、死者は確認されなかった。

次は言葉。その言葉で、心に憧れを抱く人間の背中を押した。

次は脳医学。十年間、脳死状態のヒーローを治療し、完治させた。

 

 

それからも彼は、技術を磨き続けた。

元々、才能も何もなかった『………』は、取り柄である集中力と思考力を駆使し、多くのことを学んだ。

何度も、何度も…、気が遠くなるほどの年月を、『………』として歩み続けた。

 

 

全ては、人を救うために。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

防壁が破られて数分。

取り敢えず、あの教師に言われた通りに登場し、男の注意を引きつけたはいい。

イズクくん特製のスモークマシンで煙幕を張ってるから、こっちの様子も見えないだろう。

そこから先はノープラン…っていうか、完全に私に押し付けられた。

あの男、通常生活を送る分には優秀なスキルを持ってるのに、戦闘面ではやわらか戦車並みに役に立たない。

いや、元から期待はしてないけれど。

 

 

「退けぇええっっ!!ワシの目的はついななんじゃアア!!!!」

『退くかァアッッッ!!!』

 

 

スーツを身に纏った腕で、鞭のように振り下ろされる腕を受け止める。

至る所から個性による産物が噴射され、スーツの表面を削る。

あの時代なら火力で街ごと焼き払ったが、この時代でそんなことは出来ない。

そもそも殺すこと自体がアウト。

 

 

「死ねやアァッッッ!!!」

『なぁあああっっ!!いい加減しつこい!!こンの、デッドコピーッ!!!』

 

 

こういうことになるなら、個性因子に関する論文、もっと読んどくんだった。

未来じゃそんなの残ってなかったし、この時代のものは難解すぎて読めない。

…そもそも、私自身が頭が悪くて、更に救いようのないレベルで勉強嫌いっていうのも一因なのだけど。

心に無理やり余裕を持たせるように、私はそんなことを頭に思い浮かべる。

しかし、現実は非情だった。

 

 

「お前は…っ、お呼びじゃあらへんのや!」

『っ、なぁ…!?』

 

 

切り裂く個性。私が過去に多用していたソレが、私の腕を切り落とす。

激痛が走るが、再生の個性を作って無理やりに腕を再生させた。

この程度、未来で慣れてる。

半身が吹き飛ぶよりはまだマシだ。

 

 

「早よ死ねやァアッッッ!!!」

『うるっ…、さいっ!!』

「がぺっ!?」

 

 

切り落とされた腕を掴み、スーツが装着されたままのソレを鈍器として振り下ろす。

イズクメタル製のハンマーみたいなものだ。

普通に頭蓋骨が陥没するだろうが、人工個性を摂取してるなら平気だろう。

吸い込まれるようにその脳天に直撃し、頭がアスファルトに突き刺さった。

 

 

『あーもう…。説明大変じゃないですか』

 

 

わー…。千切れた腕がプラプラしてるー…。

現実逃避、終了。

処分しよう。流石に「千切れた腕です!」ってノリで持ってたら気持ち悪い。

『塵にする個性』で、千切れた腕を丸ごと処分する。

くっつけるのは無理だ。私の頭が足りない。

…本当、この個性で服ごと再生しないだろうか。

服の袖がバッサリ切れたから、腕切れたことバレる。

 

 

『…で。狸寝入りはやめてくれません?

脳が退化しつつある割には、まだ理知的なんですね』

 

 

私が言うと、先ほどの切り裂く個性が旅館に向けて放たれる。

ソレを打ち消す個性は、幾つか知ってる。

さっきは咄嗟の判断を要求されたため、対処しきれなかったが、今度はそうはいかない。

 

 

『「握りつぶす個性」』

 

 

これは構築が楽だし、個性を使う本人の力が反映される。

私の全力なら、切り裂く個性の斬撃程度、簡単に握りつぶせる。

…反動で握ったものの持つ衝撃も来るから、手がだいぶ裂けた。

痛みには慣れてるつもりだけど、やっぱり痛い。

ここ最近は、こう言う大怪我を負わないから余計に。

 

 

「出てこいついなァアアアッッッ!!!」

『出すわけあるかって言ってんですよ!!』

 

 

絶叫をあげる男が、再び鞭のようにしならせた肉塊を振るう。

私はそれを掴み、切り裂く個性を『固定する個性』で、裂かれた私の手の中に固定させた。

いくらなんでも、ノーモーションで切り裂けはしないはず。

そんな個性になると、個性学の権威レベルじゃないと構築できない。

でも。今はそんなの、必要ない。

 

 

『きりちゃんが言うなら…「歯ァ食いしばりなさい」…ってトコです…ねっ!!』

「がぱべっ!?!?」

 

 

引っ張って、ストレートを叩き込む。

男の歯どころか、鼻が折れた感触が手に伝わった。

首ごと飛ばさないか心配だったけど、加減は上手くいったみたいだ。

後は腕を切り落として、再生した手で追撃し、意識を刈り取ろうとする。

が。ここで誤算が起きた。

血で拳が滑り、衝撃を浸透させられなかった。

 

 

「づ、ついなァアぁぁぁぁァアアア!!!」

『さっきからそれしか言えないんですか、アンタ…はっ!!』

 

 

体から肉塊が突き出る男を蹴り飛ばし、無理やりに距離を取らせる。

向かい側の神社が悲惨なことになったが、許して欲しい。

無論、この程度で相手が気絶するわけがない。

人工個性を摂取した人間の強度は、私自身がよく知っている。

 

 

『…やっぱ、この程度じゃ無理ですよね』

「解放せよぉぉぉぉあああああああっ!!」

 

 

絶叫と共に放たれる光線を、『殴り飛ばす個性』で吹き飛ばす。

街に被害が及ばないように加減するだけで、正直精一杯だ。

意識を刈り取るだけの攻撃をするなら、周りに何もない場所が理想なんだけど…。

 

 

『…無理ですね。プロヒーローとか野次馬が邪魔です』

 

 

こっちが被害を出すことを嫌ってる。

相手はたぶん、そのことを理解している。

さっきから延長線上に人がいる場所にしか行かない。

こっちが迂闊に手を出せないようにしてる。

 

 

『それがどうした…ってね』

 

 

これは、私が任されたことだから。

拳を握りしめ、私は襲い来る男に拳をたたき込んだ。

まだ、戦いは終わらない。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

静寂。その言葉が相応しいほどに、静まり返った街に降り立つ。

デクとフィクサーも戦いを止め、あまりの光景に目を丸くしてる。

キュリオスは衝撃をまともには受けなかったものの、気を失っている。

泥花市という街は、もはや形を成していない。

張ったバリアも、粉々に砕け散った。

俺は呆然と、その凄惨な光景を見ていた。

 

 

「…………とっ」

 

 

震える声で、声を絞り出す。

この光景を作り出した本人は、何事もないかのように手の埃を払った。

 

 

「轟テメェ俺らごと殺す気かァァァァァァアアアアアアアアァァァァァァアアアアッッッッッ!!!!!」

 

「うぉっ、びっくりした。急にデケェ声出すなよ」

 

 

顛末を説明しておこう。

轟がメドローア擬き撃ったらこうなった。

五分間時間を稼いだ結果、放たれた光線が肉塊を消し飛ばし、雲をも吹き飛ばした。

死ぬかと思った。ってか、死を覚悟した。

仲間どころか街丸ごと消し飛ばす技ってなんだブッ殺すぞ!!

 

 

「迂闊に撃てねェなコレ。完成度高いのに、それだけが惜しい」

「当たり前だ!!ンなもんぽんぽん撃たれる味方の身になれや!!」

 

 

反省してなさそうだ。

むしろ、ちょっと満足げに思える。

確かに、俺が同じ立場だったら、躊躇いなくやってただろうが。

それに、これ以外に決着をつける方法があるかと問われれば、否だった。

 

 

「……何はともあれ、俺らの勝ち、か」

 

 

正直、喜ぶ気にはなれない。

街一つ犠牲にして得た勝利。

もっと強ければ。もっと正確な攻撃が出来ていれば。もっと突破力があれば。

ヒーローに強さが求められる理由が、少し分かった気がする。

まったく。スーツがあってもなくても、足りない物だらけだ。

 

 

「…反省は後にしよう。今は、苦戦してる緑谷の援護に回るぞ」

「……アイツが人工個性関連の諸悪の根源だ。絶対ェここでブッ殺す」

 

 

俺は気持ちを切り替えて、その場から飛び立った。

 

この時。誰かが少しでもキュリオスに目を向けるべきだった。

誰かが気付いていれば、まだマシだったかもしれない。

 

 

淡麗な容姿など関係なく、跡形もなく溶けていくキュリオスの姿を、このとき見ていれば。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

「あかりさん一人で良かったんですか?」

「彼女の戦闘技術って、基本的にワンマン前提で鍛えられてんですよ。

変に連携を取らせるよりは多少マシです。

緑谷先輩より加減が下手なんで、だいぶ力を抜いてもらってますが」

 

 

二人の攻防を見守りながら、そんな会話を交わす女の子と先生。

映像の中で繰り広げられる戦闘は、圧巻という他なかった。

飛び交う血潮、容赦なく切り落とされる腕、躊躇いのない自己犠牲。

どれもが異常で、どれもが眩しかった。

 

 

「ああなれ、とは言いませんけど。

ヒーローになるって言うなら、あの激痛を味わう危険が付き纏うって、覚悟はしといたほうがいいですよ」

 

 

想像してしまった。私の腕が、敵に切り落とされる光景を。

私の個性は、手で触れたものを浮かせる『無重力』。

もし敵が私の無力化を図るんだったら、真っ先に狙われるのも…。

流れ出る冷や汗の滴る先。

現実から目を背けるように、そちらに視線を向け、固まった。

私の腕の中には、怯えて入ってきたついなちゃんがいる。

無論、汗は下に落ちて、私はそれを目で追っていたわけで。

つまり、何が言いたいのかというと。

ついなちゃんのその目が、映像を見てしまったのに気づいてしまった。

 

 

「………お茶子の、姉ちゃん」

 

 

震える声で、彼女が私の名を呼ぶ。

どんな罵り声が響くのだろうか。

そんなことを何処か遠くで思った矢先。

 

 

ついなちゃんの手が、私の手を抱きしめた。

 

 

「…………たすけて」

 

 

 

瞬間。脳裏に、両腕が千切れたついなちゃんの姿が連想された。

妄想かもしれない。だけど、外にいるバケモノは、確実にソレを現実にする。

いや。腕だけじゃないかも知れない。

もしかしたら、もしかしたら。

言葉には出来ないような、そんなことも、平気でやるかも…。

いや。やる。あの存在は、確実にやる。

 

 

「………っ」

 

 

言葉が喉元を通るのを、必死で抑える。

無責任な「大丈夫」なんて、言っちゃダメ。

「私が助ける」なんて、言えないんだ。

私は、誰かを助けるだけの力がない。

…ない、けれど。だけど。

 

 

ーーーーーー大丈夫ですよ。必ず助けます。

 

 

憧れのヒーローは、何度その言葉を投げかけたのだろう。

きっと、助けられなかった人もいる。

守れなかった人もいる。それも、たくさん。

だけど、それでも笑顔で言い続けてる。

辛いと分かってる戦いを、辞めずにいる。

それに憧れるなら、私も立ち上がらないといけない。

失うのは怖いけれど。助けられないことは、もっと怖いけれど。

 

 

「……っ、つ、ついな、ちゃん…!」

 

 

それでも、言わなきゃ。

ここで言わなきゃ、私はもう、ヒーローになれない。

 

 

「大丈夫…!ウチが、守るから…っ!

もう、離さへんから……っ!もう、突き飛ばさんから………っ!!」

 

 

彼女を強く抱きしめる。

現実は大きくて怖いけど、容赦なく牙を剥いてくるんだ。

だったら、憧れのように少しでも。

『負けてたまるか』って歯を食いしばれ。

きっとそれは、どんな人でもやってることだから。

 

脅威が、旅館の壁を削ぎ落とす。

剥き出しになった部屋で、私は現実を強く睨みつけた。

 

 

「見つけたァア……!!ソイツ、をぉ、よこここっ、せせせせェェェェェェエエエエエエエェェェェェェッッッッッ!!!!!」

 

 

バケモノが吠える。

目から溢れそうになる涙を堪え、私は無理やりに笑顔を作った。

 

 

「渡すか、ドアホォオオオッッッ!!!!

ウチは…、ウチはァア!!!!どんなに怖くても、どんなに辛くてもォオッッッ!!!

ヒーローになるんやからァァァァァァアアアアッッッッッ!!!!!!!」

 

 

弱々しく、情けなく、みっともなく吠えた。

目に映る光景の全てが、清々しく感じる。

 

 

「大丈夫…。ちゃんと、守るから」

 

 

潰れた喉から、声を絞り出す。

こぼれ落ちる涙を、乱暴に拭う。

着物も邪魔。勢いよく破いて、動きやすい格好になる。

もう、目を背けない。ちゃんと向き合って、辛くても笑ってやる。

だって、私は。

 

 

「ウチが、ヒーローや…!!」

 

 

ヒーローだから。




これから連載を続けていくにあたり、このようにスランプにつまづくこともあるかも知れません。
その度に「またスランプだよ」的なノリで、気長に待ってもらえると幸いです。

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