「……いい。いいけど…。
本当に、ベストコンディションでなかったことだけが悔やまれるね」
体が、脳が限界を迎えている。
猛烈な眠気と脱力感に、僕は悔しさだけで対抗してる状態だった。
すでに視界はぼやけ、普通に立つことすらままならない。
「右腕三回、左腕五回、胴体二回、頭部は…かすり傷で四回、右足一回、左足一回…。
うん。過去最高のスコアだ。おめでとう」
ヤツが数えたのは、ヤツが再生した箇所とその回数だ。
正直言って、本当に殺す気でかかった。
そうでもしない限りは、勝てないと思ったから。
蓋を開けてみればどうだ。
轟くんは、戦いの終わる一分前に、ただの突きで気絶させられた。
かっちゃんは、耳元で囁かれると同時に、眠りに落ちた。
僕はフィクサーに何もされずとも、意識を保つので限界だ。
「この調子じゃ続行は無理だね。
おめでとう。今後、僕と対峙する資格を、君たちは得た。
君たちに敬意を評して、元いた場所まで運んであげよう」
「……っ、なんの、つもりだ……?」
かっちゃんたちを担ぎ上げるフィクサーを睨みつける。
フィクサーはそれを意に介さず、僕の体も担ぎ上げた。
「だから、敬意だよ。未来の『正義』に対する…ね」
ソレを最後に、僕は意識を手放した。
これが、僕が久方ぶりに味わった敗北だった。
♦︎♦︎♦︎♦︎
何が起きたのかを語っておこう。
あかりさんが一瞬のうちに相手を空まで蹴り飛ばし、空で槌に込めたエネルギーを叩き込んだ…らしい。
「人工個性持ちだったら耐えられるけど気絶はする」くらいの威力に抑えたとのこと。
どう見たって殺す気満々の一撃だった。
いや、空真っ白だったよ?完全に地球砕くくらいの勢いあったよ?
本当、しぶとさだけはゴキブリ並み…ああいや、随一だな、異能解放軍。
「…麗日先輩、お腹大丈夫ですか?」
「へ?…あ、ああ、うん。
見ての通り、傷口も塞がっとるし…。
ただ、貧血やろか…。ちょっとえらいわ…」
「えらい?なんで貧血が偉いの?」
「そっちの意味じゃなくて、方言ですよ。
体がだるいことを『えらい』というんです」
半壊した旅館の前で、そんなやりとりをする。
彼女らが戦っている間に、異能解放軍は全員が捕まったようだ。
流石はプロヒーローに警察。手際がいい。
日本の警察は、吠えていい相手にはトコトン吠えるクチだからなぁ。
その分、吠えられない相手にはトコトン従順だけど。
「……星が壊れるよりはマシですね」
ズタボロになった旅館を見上げ、呟く。
避難していた人たちもゾロゾロ出てきて、旅館の有様に同情的な視線を向けた。
避難していた人たちに、傷はこれっぽっちも見当たらなかった。
そのことに安堵するのも束の間、幾人かの男性客が驚いた表情でこちらを見て、目を逸らす。
「…麗日さん。いい加減、ソレ、隠したらどうですか?」
「はへ?」
凝視すると何言われるかわからないため、目を背けて彼女の体を指差す。
突風が吹いて、なけなし程度に彼女の秘部を守っていた布が、全て吹き飛ばされた。
その証拠とでも言うように、僕の前に、彼女がまとっていたであろう布切れがひらひらと落ちた。
「……まぁ、えっか。『終わり良ければ全てよし』やぁああ…ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
ばたん。
貧血が祟ったのか、脱力して地面に倒れ込む麗日さん。
横目で見たけど、よりによって仰向けで倒れたぞ。
僕はそう言う趣味はないけど、何人か写真撮ろうとしてる。
僕が壁になることで、彼女の痴態が晒されるのをなんとか防ぐ。
「音街さん、僕のスーツケースからパーカーを出してください。
サイズからして、それなら秘部を隠せます」
「は、はいっ!」
「子供たちは、それまで麗日さんの体を隠してください。
セイカさんは…とにかく動かないでください。アポカリプス起こされたら迷惑です」
「私のドジそこまで酷い!?!?」
酷いだろ。星砕く兵器一つ、おシャカにしてんだから。
気絶する麗日さんに、音街さんが僕のパーカーを被せる。
「……バクゴーさんにそっくり」
「「「「「「いやいやいやいや!!どこが!?」」」」」」
音街さんの言葉に、僕たちが総ツッコミを入れた。
性別も違うし、あんな目つき悪くないし、髪は割に整っている方だ。
性格に至っては論外だろう。
そんなことを考えていると、音街さんは慌てて首を横に振った。
「いや、あのっ…。助けた後に、笑うのが似てるな…って…」
彼女の言葉に、僕たちは寝息を立てる麗日さんの顔を覗き込む。
だらしなく緩んだ頬に、下がった目尻。
コレを笑顔と呼ばずになんと呼ぶべきか。
「お茶子の姉ちゃん…。起きたら、ぎょおさん、ありがとうって言わせてぇな…」
ついなちゃんが彼女の手を握る。
この場面に口を挟むほど、僕は野暮なつもりはない。
プロヒーローたちがこちらに駆け込む最中、僕はふと、気絶したついなちゃんの父親に目を向ける。
「………………は?」
そこには、衝撃の光景があった。
「セイカさん!!あかりさん!!
その子たちの目線を、コッチに向けさせないでください!!」
「え、あ、はい」
「…?は、はい」
僕が指示を飛ばし、子供たちを無理やりその場から離れさせる。
正直、荒事には慣れているつもりだった。
そういうつもりをしていた。
だが、僕はそれを知らなかった。
前世で味わったソレを、僕は知らないフリをしていた。
「……前々から、疑問だったんですよ。
どうして、『人工個性』と『自己修復細胞』を結合させたものを、『移植する』必要があるのかって。
『人工個性』を摂取するだけじゃダメなのかって、思ってたんですよ」
スモークマシンの煙が消え、プロヒーローたちにもその光景が晒される。
子供たちからは見えないが、その光景は、あまりに刺激が強すぎた。
「あ、ばば、ぱぷっ…」
まるで、蝋人形を溶かしたかのように、人がドロドロに溶けていく光景。
不思議と僕は、吐き気を催していない自分に気がついた。
人の死を見るのは、これが初めてじゃない。
中学の頃、同級生が敵に殺された光景を見たことがある。
現実感がなさすぎて、驚きもしなかった。
だけど、死は現実にある。
それは、僕が一番知っていた。
「だとしても、コレは、ないだろ…」
どんなバカだ、こんなの思いついた奴は。
赤と肌色が混じった水たまりとなっていくその男に、その場の全員が釘付けになる。
伊織さんも状況を把握したのだろう。
急いでこちらに駆け寄り、覗こうとするついなちゃんたちの目を覆い隠した。
「理解が早くて助かります」
「…こんなの、彼女たちに見せられるもんですか」
ぐずぐずと溶けていく男に、誰かが嗚咽を飲み込む。
そちらを見ると、まだ新人なのだろうか。
比較的若い風貌のプロヒーローや警察が、そこらに吐瀉物をぶちまけていた。
「つ、いな、ぁあ……。ご、め、ん…」
頭骨が溶け、脳さえも溶けていく。
そんな状態になって、初めて彼は、娘へ謝罪を送った。
瞬間。ついなちゃんは腕に赤いオーラを走らせて、僕たちを振り切った。
「っ、待っ……!!」
遅かった。
ついなちゃんの視界には、父親だったソレが飛び込む。
幼い少女の心に傷をつけるには、十分すぎる光景。
溶けていく父親を前に、彼女の動きが止まった。
「ごめ、めめめ…んん…。つ、ぃな……」
「………なんやいな。
外道に相応しい、無様な死に様やんけ…」
ぽつり。
ついなちゃんが小さく呟く。
ぐずぐずに溶けていく父親に駆け寄り、彼を見下ろした。
「ごめっ、ごめめ……、めん……。
おか、さ……、まも、なく……。めん……」
「……今更すぎるわ、あほぉ…っ。
おかんが、どれだけ苦しい思いして、死んだと思っとるんや…!
ほんな、ほんな姿になって、漸くかいな…!
ほんまに、アホやなぁ……っ!!」
ぽたり、ぽたり、と水たまりに透明な滴が混じる。
僕たちの位置からは見えないが、肩が震えていることから、彼女は泣いているのだろう。
死に逝く父親を前に、彼女は続けた。
「ごめっ、んん…。つ、ぃ…ぁ……」
「……死ぬ時くらい、言ってぇな。
おかんが死ぬ前は、言ってくれたやん…。
お願いやから、死ぬ前に…っ、一回だけでも言ってぇな…。
抱きしめんでもいいから…。頭を撫でて、ちゃんと、言ってぇな…」
彼女の言葉に答えたのか、ソレとも偶然か。
溶けて倒れた掌が、彼女の頭に覆いかぶさる。
あれだけ溶けたらもう、神経も働きを成していないはず。
「ぁ、い…ぅ…き……」
その言葉を最後に、彼女の父親は溶けた。
水たまりとなった父親を前に、ついなちゃんの慟哭が響く。
後に、旅館内にて気絶した状態で発見された緑谷くんたちはこう語る。
この戦いは、惨敗だった。
犠牲者を出してしまった。完膚なきまでに、一等星は悪に負けた。
この敗北は、ヒーローたちの胸に深く刻み込まれることとなった。
次回。衝撃の事実、判明。