そうだ、先生になろう。   作:鳩胸な鴨

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サブタイトル通りです。


先生の秘密
衝撃の事実


太平洋のど真ん中にて。

この海域は、個性社会となってから、個性を有した鮫によって蹂躙されていた。

人間が持つ分には、あまり脅威とは言えない個性の集まり。

だが、野生動物が持つ分には、あまりにも強大すぎるものだった。

 

その元凶は、AFOと呼ばれる巨悪なのだが、それは置いておこう。

 

そんな集団に対し、近づく影が一つあった。

鮫たちは魚影か、と思ったが、ソレが間違いであることに気づく。

鱗もなければ、水中に生きる者でもない。

身を守る毛もなければ、獲物を引き裂く牙もない。

鮫たちは、その存在の名と脆弱さを熟知していた。

 

 

ーーーーーー人間だ。

 

 

彼らの個性は、『意思疎通』。

同族同士のみにかぎるが、意思疎通が可能になる個性。

人間であれば、そこまで脅威ではない。

しかし、群れで行動することのない、またはその必要のない品種の鮫ならばどうだろうか。

結果、彼らは団結し、かれこれ数隻の船を襲い、水底に沈めた。

搭乗員は全て腹の中…いや。排泄物となっている。

この人間の末路も同じだろう。そう思った矢先だった。

 

 

鮫ですらも慄くほどの、濃い血液の香りが広がったのは。

 

 

ーーーーーーこの人間、何かが違う。

 

ーーーーーー待て。ヤツはあの妙なのに乗ってないぞ?

 

ーーーーーー本当に人間なのか?

 

 

個性で意思疎通し、数匹で思考を巡らせる。

だが、悲しきかな。彼らはどこまで行っても鮫だった。

あれほど濃密な血液の香りを纏う人間。

見れば、四肢は柔らかそうで、すべすべもっちりしている。

余計な付属品も殆どない、滅多に見ないご馳走だ。逃す手はない。

鮫たちはそう判断すると、一斉に泳ぐ人間に襲い掛かった。

 

 

「邪魔よ」

 

 

刹那。人間の手がブレた。

その手には、海を漂っていたのだろう、立木の破片が握られている。

リーダー格の鮫は、その光景をどこか遠くの光景を見るように見ていた。

ただのささくれ程度の木材で、同族を殺していく人間の姿を。

自らが死んだと認識する直前に、その顔を見た。

 

 

ーーーーーーバケモノだ!!逃げっ。

 

 

同胞にそれの危険性を伝えることなく、鮫はあっさりと殺された。

ぷかぷかと浮かぶ死体をボードがわりにして、その人間が潮でベタつく髪を払った。

 

 

「ふぅっ……。日本まであとどれくらいかしら?かれこれ3時間は泳いでるのだけど」

 

 

その人間は言うと、太陽を確かめる。

 

 

「方角的には合ってる…。なら、もう2時間はかかるかしら?

途中で航空機が燃料不足で墜落って、いい土産話にはなりそうだけど。

 

 

 

……ぁーーー。あーーーーっっっ!!十年もお預けくらってムラムラするぅっっっ!!!

 

 

 

一人そんなことを愚痴ると、彼女は再び泳ぎ始める。

2時間後に、東京湾にて十匹の鮫を担いだずぶ濡れの女性が現れたと騒ぎになるのだが、彼女はまだ知らない。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

「人工個性の危険性は、以上です」

 

 

あかりさんが話を終え、茶を呷る。

重苦しい空気が、緑谷くんの作った要塞の一室に漂う。

今日は、緑谷くん作の『浮遊大陸』お披露目の日であった。

だと言うのに、僕らを包む空気は酷く重く、とてもじゃないが、何かを発言する気にはなれなかった。

それもこれも、フィクサーとやらが悪い。

 

 

「…前にハッ倒したあのガリガリも、同じように死んだのか」

「ええ。十中八九」

 

 

爆豪くんが、絞り出すように問うた。

人工個性に限らず、個性という代物は、「本来ある細胞を食い潰し、新たな器官を形成している」らしい。

天然の個性の場合、病原菌のように潜伏期間があり、4歳ごろになると発症する。

ようするに、「病原菌」のような「生命体」という見方が正しいのだ。

人類という種が、比較的早めにソレに適応した体を形成…つまり、「進化」しただけで。

人の手に負えないのも納得だ。

だって、「病原菌」という「未知の生命体」なんだから。

 

 

話を戻そう。

人工個性と個性には、そこまで大きな違いはない。

ただし、一つだけ違いがある。

個性はせいぜいコバンザメのように、宿主に引っ付いてるだけだ。

そうしないと生きていけないから。

しかし、人工個性は別。

「自らが滅びることがわかっていても、宿主さえも食い潰す」のだ。

結果、食い潰された細胞の結合が緩みに緩み、液状化する…らしい。

…幸いというべきか、一度誰かに寄生した人工個性は、宿主と共に死を迎え、他人に寄生することはないそうだ。

 

 

「…個性のことがわかっただけでも、結構ダメージあるが…。

何よりヤバいのは、そんなヤバいシロモノだってわかってながら、無差別にばら撒くアホが居るってことだ」

「俺らはそのアホに負けた。それも、文句のつけようのねェ敗北。

情けまでかけられて、俺らは負けたんだ」

 

 

爆豪くんは言うと、掌を爆発させた。

 

 

「『アレは強かった』とか、『俺らはまだ中学生だから』とか、負けたことに理由つけて仕方ねェで済ませられる…。

ンな器用な生き方、俺らにゃ出来ねェ。

それに。プライド関係なしに、アイツが本格的に動く前に、ブッ殺さなきゃなんねェ。

でないと、これからもっと増えるぞ」

 

 

なにが、とは言わなかった。

彼の瞳に、静かに炎が揺らめいているのがわかる。

『敗北』の2文字が大嫌いな子だ。

今回の完膚なきまでの敗北に、文句をつける気にもならないのだろう。

勝たなければいけない戦いで、負けてしまったのは事実なのだから。

 

 

「異論はないけど…。ハッキリ言うと、今の僕らが勝つのは厳しい。

全体的に、体力が低すぎる。

一番タフなかっちゃんでも、足りないって思うくらいに、僕らには体力が無さすぎる」

「その考え方だと、長期戦前提だぞ。

格上の相手を一瞬で仕留める技術も、俺らにはないだろ。

基本的にゴリ押しで戦ってきたから、ゴリ押しの効かない相手に弱いっつーのも改善点になるんじゃないか?」

 

 

そんな討論をしていると、勢いよく部屋の扉が開く。

この部屋は会議室となっており、少し大きめの机…ちゃぶ台だが…の周りに、僕、緑谷くん、爆豪くん、轟くん、あかりさんが座っている状態だ。

その真ん中に、皿に盛りつけたカットフルーツを置いた彼女は、議論を打ち切るかのように掌を合わせる。

 

 

「はいっ!難しい話は一旦そこでやめ!

三時のおやつでも摘まないと、頭まわんないでしょ?」

 

 

彼女…三重にいるはずの麗日お茶子が言うと、背後から子供達が飛び出し、フルーツに群がった。

彼女がここにいる理由は、至極単純。

一等星のメンバーに加入したのだ。

 

 

後日談を語り忘れていた。

あの後、怪我人も逮捕者も大多数出て、日本は大混乱となった。

それだけではない。国家としての信頼も落ちるところまで落ちた。

今や国民にさえ、「オールマイトのいる国でこれだけの悪出すとか、お上の人なんなの?馬鹿なの?」と煽られる始末だ。

ヒーロー業界も政界もてんやわんやしてるが、身から出た錆だと思ってほしい。

 

緑谷くんたちが目覚めた直後、この浮遊大陸に放置していた異能解放軍は、一人残らず警察の本庁前に突き出しておいた。

結果、全員が急遽増設されたタルタロスにぶち込まれることになったらしい。

茜さんも増設に協力してるらしく、どういう風の吹き回しかと問うと、「シンプルに暇だった」と返された。

 

SAVERは、日本政府から「国家の混乱を招く敵だ」と発表された。

緑谷くんたちは納得してるらしく、「ま。やめませんけど」と平気そうだった。

無論、そんなこと関係なしに、日本社会は更に大荒れ。周りの国家も大激怒。

伊織さんから聴くと、元々燻っていたのだが、今回の件で不満が爆発し、大規模なデモ活動が始まったのだそう。

 

その筆頭は、なんとあのシンリンカムイ。

「悪に染まった国家に未来なし!!それの証明となっただけのこと!!」と気合入れて演説までしてるらしい。

お盆明けほどから、「無個性差別撤廃運動」も始めたとのこと。

ストイックだな、若い子は。

 

で。肝心の麗日さんとついなちゃんのことについて語っておこう。

彼女は病院に搬送され、輸血するだけで健康になったそう。

すぐに退院した後、帰宅途中の緑谷くんに「ウチも入れて!」と電話で懇願。

押しに負けた緑谷くんが許諾し、彼女もメンバーの一員になった。

この場にいるのは、緑谷くんが作った転送装置で呼んだのだそう。

 

ついなちゃんはと言うと、傷心したものの、すぐに立ち直って「誰かの世話にならなあかんな」と笑っていた。

彼女の親類は、全員がタルタロスにブチ込まれてしまった。

そのため、僕が引き取っても良かったのだが、伊織さんが「僕が引き取るよ」と申し出たことで、彼の養子となった。

毎日忙しいが、前よりはマシとのこと。

復讐の意思はないかと聞くと、「ヒーローがおるから」と麗日さんに激励を送っていた。

また今度遊びに来ると緑谷くんが伝えると、嬉しそうにしていた。

 

 

で。加入した麗日さんはと言うと。

 

 

「コレ、先生のお家にあった高そうなの切ってきた!

きりちゃんが『勝手に切っても文句は言いませんよ』って言うてたし!」

「麗日さん、君入って1日目ですよね?」

 

 

ダメだコレ。まだ比較的マシだけどクソガキ汚染始まってる。

僕にしか発揮されないクソガキぶりは一体なんなんだ。

ハイエナのようにフルーツに群がる子供たちを前にそんなことを思っていると、携帯から着信音が響く。

一体誰かと思うと、警察からだった。

 

 

「誰からですか?」

「警察です」

「え?先生捕まるの?」

「失敬な。後ろめたいことは、君たちのこと以外ありませんよ」

 

 

僕はそう返すと、通話ボタンを押し、携帯を耳に当てる。

 

 

「もしもし?」

『すみません、静岡県折寺市在住の水奈瀬コウさんの携帯でよろしかったでしょうか?』

「ええ、合ってますよ」

『えーっと…、その…。説明が難しいので、本人に変わります』

 

 

困惑した様子の警官が言うと、耳に聞き覚えのある声が入った。

 

 

『私よ私。迎えに来い。東京湾最寄りの警察署。そこまで言えば分かるでしょ?』

「………あの、せめて名前言いません?」

『今更でしょ。とにかく迎えに来い。

航空機墜落して、太平洋のど真ん中から5時間も泳いで帰ってきて疲れたの』

「嘘でしょ!?」

 

 

前々から人間離れしてるなとは思ったけど、十年経って人間離れが深刻化してる!!

一方的に切られた通話に、僕はどっと疲れが出た。

 

 

「…ちょっと、迎えに行ってきます」

「え?誰を?」

 

 

ーーーーーー別居中だった妻ですけど?

 

 

『は?』

「え?」

 

 

『はァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアァァァァァアアアアアッッッッッッ!?!?!?!?』

 

 

瞬間。全員が素っ頓狂な声を上げた。




先生の秘密…既婚者。十年前に籍入れてた。

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