めちゃくちゃ下品な単語が出てきます。今回はとにかく下品なので、お気をつけください。
「せ、先生…、結婚してたんだ…」
「居候の私も初耳でした。
指輪もしてないので、てっきり独身のまま生涯を終えるのかと思ってたんですけど…」
「失敬な。追求されるのが面倒なんで、外してるだけですよ」
言うのも小っ恥ずかしいが、妻を迎えに行って数分後。
磯臭かったので自宅の風呂にぶち込んで、十年ぶりの湯船を楽しませてる。
「馴れ初めとか気になります!」
「先生、いろんな意味で堅物っぽいから、ちょっと気にはなるなぁ」
と、女性陣。
結婚の経緯も、音信不通だったわけも、別居の理由も、あまり語りたくはないのだが…。
まぁ、個人情報の秘匿なんて、この子達の前では意味をなさない。
別に他人に言いふらすような子でもないから、気にする必要もないか。
「『やっちゃった婚』です」
『へ?』
一言で言うなら、コレである。
デキ婚ではなく、『やっちゃった』。
ハッキリとは言わないが、まずいことをやらかしたのだ。
僕は被害者側だが。
…濁しててもわからないな。正直に言おう。
ある程度の知識は、全員が身についてるし。
「僕がレ○プされて結婚しました」
『は????』
「何言ってるのかわからない」みたいな顔された。
うん。大丈夫。僕もわかってない。
十年経った今でも、時々思う。
「なんでレ○プ犯と結婚してんの?」って。
「出会いからして、ちょっと特殊でしたからね。まぁ、いろんな偶然が重なってこうなった…と思ってくれたら」
「すみません結婚までの経緯が特殊すぎて思考がショートしてんですけど」
そうは言われても、こうとしか言いようがないのだが。
馴れ初めとか全部すっ飛ばして、当時大学生だった僕は、高校生くらいの歳だった彼女に…まぁ、ハッキリ言うとレ○プされた。
とある理由で傷心してた彼女を見つけ、普通に励ましたら、ものすごい怪力でホテルに連れ込まれた。
顔立ちも淡麗で、体は筋肉もついてないように見えるくらい綺麗なのに、アマゾネスみたいな生態してた。
十年も前のことだが、鮮明に思い出せる。
僕がもの思いに耽っていると、風呂から上がった彼女が全裸で部屋に入ってくる。
「脱げ。ヤるわよ」
『いろいろと隠せ!!!!』
全員でツッコミを入れた。
めちゃくちゃ目が血走ってる。
僕の財布からお札を抜いて買ったであろう、両手には『そういうこと』のお供が添えられている。
そうだった。この勢いに何も抵抗できずにベッドインしたんだった。
「脳内ピンクなの変わってませんよね。クール系の見た目してて」
「いいから脱げ。こっちは十年もお預け食らってムラムラしてんのよ。
我慢しすぎて股間爆発するわ。
ほら、脱げ。今すぐ脱げ。朝までコースね」
緑谷くんは特に何も感じていないのか、何もツッコミを入れない。
いや違う。自分と同類で「話を聞かないタイプ」ってことがわかってる目だ、アレ。
そんな「僕じゃどうにもできないんで、頑張ってください」みたいな目で見ないでくれ。
頼むから見捨てないで。
「いやいやいやいやいや子供の目があることに気づきましょうよ!!!」
「それよりも今昼なんだけど!?!?」
「先生殺す気ですか!?!?」
「バクゴーさん、見ちゃダメーっっ!!」
「いや見ねェっての!!そんなに下半身に正直な生き方してねェわ!!!」
「ショート!!見ちゃダメだよ!?」
「ショート!!見ちゃダメだから!!まだ早いからーーーっっっ!!!」
「見てない。大丈夫だから」
良かった。クソガキ筆頭でも常識はあったみたいだ。
東北さんがツッコミながら、緑谷くんの目を掌で覆う。
轟くんはうちの双子が、爆豪くんは音街さんが必死になって目隠ししてる。
世紀末を経験してるあかりさんたちも、素っ頓狂な声をあげてツッコミを入れていた。
「性教育ってことで見せてあげるわ。
あと、ウチの旦那は竿役としても優秀よ。
ネタにしてくれてもOK」
「ダメだ話が通じねェ!!!!」
「動物かよ!!!!」
「一番タチが悪いタイプだ!!!!」
男三人からもツッコまれてるぞ、我が妻。
「後で相手しますから、一旦服着て落ち着いてください。君は情操教育に悪い。とても」
「………………チッ。わかった」
「その間は何なん!?」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「はじめまして、鈴木つづみよ。
十六の時に、この人と籍を入れたわ。
苗字の方はこっちの方が慣れてるから変えてないだけ」
その後、なんとか説得して彼女を止めた。
基本的に下半身に忠実な人だ。
今度の土日、全部使って相手することになった。
……本当に勘弁してほしい。普通に死ぬ。
「十六で逆レ○プ…」
「先生って今年で32だから、22の大人を力づくでホテルに連れ込んだんですか…?」
「優しくされたら『抱いて!!』ってならないかしら?」
「テメェの場合は『犯す!!』だろォが」
爆豪くんのツッコミに、皆が一斉にその通りだと言わんばかりに頷く。
僕もその当時はまだ運動していた…というより、教職課程の都合上、授業で運動させられていたクチで、それなりには力があった。
だと言うのに、華奢な女子高生に拉致に近い形でホテルに連れ込まれた。
軽くショックだった。
「…これ、聞いてもいいか、分かんないんですけど……。
十年間も、どうして別居してたんですか?」
緑谷くんが問うと、僕たちは顔を合わせ、眉間に皺をつくった。
説明するのが、かなり面倒くさい。
彼女の生い立ちが関わり、更にそれもややこしいだけあって、余計に。
「…聞きたいって言うなら話してあげるわ。
まずその話をするには、私の境遇とか、諸々を説明する必要があるけれどね。正直、子供に話すようなモンじゃないし」
「子供に見せるようなモンじゃないコトやろうとしてた人が何言ってんだ」
轟くんがツッコミを入れるも、つづみさんはスルーして続けた。
「私、親が超弩級のクソ野郎だったのよ。
ネグレクトだけならまだいいけど、まだ三つのガキを小間使い扱いして、更にはサンドバックにするくらいには。
で、私は三つの時から、クソ親に死ぬほど殺意を抱いてたわけ」
サラッと言った。
まだまだ子供の緑谷くんたちは、彼女があっさりとその境遇を語ったことに、目を丸くしていた。
「でも、流石に個性もない子供が大人に勝てる、なんて思わなかった。
で、私は個性が出るまで待ったわけ。結局、無個性だったんだけどね。
結果、私は5歳で捨てられた。まぁ、ようは施設育ちなの。
聞けば私、戸籍の出されてない子供らしくてね。名前も『ガキ』としか言われてなかったから、施設の保母さんが名付け親なのよ」
空気が重い。
だと言うのに、当の本人は呑気にカフェオレを呷り、ケーキを頬張っている。
「十年ぶりの甘味美味っ」と無表情で声だけ弾ませる彼女に、皆は何も反応しなかった。
…出来なかったと言った方が正しいが。
「そこで私は、隠れて死ぬほどの鍛錬を積んだわ」
「な、何の…?」
麗日さんが問うと、彼女はあっけらかんと答えた。
ーーーーーー殺しの。
僕の妻、鈴木つづみは『殺意の塊』と呼べるほどに、殺意に溢れたスペックをしている。
その武勇伝は腐るほどあるのだが、それは本人の口から語ってもらおう。
「とは言っても、最初は無効化させる術を習得してただけ。
何処を叩けば気を失うか、何処を切れば殺さずに無力化できるか、とかね。
流石に本気で殺す…なんて思ってなかったわ。
医学の専門書を死ぬほど読み耽って、血反吐吐きながら体を鍛えて、どういう動きなら最速で生物を無力化できるかを研究したわ」
彼女は言うと、カフェオレの入っていた缶をこれ見よがしに見せる。
と。次の瞬間。スチール缶が真っ二つに切れた。
「爪で切っただけよ。
このくらいなら、十になる頃には出来てた」
あまりのデタラメに、全員の目が点になる。
天性の才というわけでは、決してない。
鈴木つづみという人間は、胸に燻り続ける『殺意』だけで、血反吐を吐くような努力をし続けてきた。
緑谷くんたちの同類であり、彼らとは違う想いでその実力を磨き続けてきた人間。
「並行して死に物狂いで勉強もしてたから、私は、小、中と成績トップの座を逃したことはなかったわ。
でも、だからかしらね。
受験する高校も選ばせてもらえず、雄英普通科を受験させられ、半ば無理やり進学させられたわ」
「…………あっ」
と、ここで緑谷くんが声をあげた。
「あの、もしかしてですけど…。
十年前の雄英体育祭で、鎧袖一触で優勝してた方ですか?」
「体育祭…?ああ、あのアホみたいなレクリエーション。
あんなのやってヒーローが育ったら、敵なんてとっくに淘汰されてるっての」
緑谷くんの顔が面白いことになってる。
彼女が高校一年生の頃、雄英体育祭は未来のチャート上位で溢れかえっていた。
その錚々たる顔ぶれの伸びきった鼻っ柱を叩き折ったのが、彼女こと鈴木つづみ。
つづみさんが参加しただけで、十年前の雄英体育祭は午前中に終わった。
午後全てがレクリエーションに変わってしまうほどに、彼女の実力は圧倒的だった。
僕はリアルタイムでは見ていなかったが、ネットが大荒れだったことは覚えている。
「…十年前っつったら、雄英に結構居なかったか?今のチャート上位がかなり」
「…ったく。テメェらとつるんでから、超えなきゃなんねェ壁がポンポン出てくる…」
「……さりげに雄英体育祭を『アホみたいなレクリエーション』って言わんかった?」
ヒーロー志望組の反応は、各々違っていた。
つづみさんの底の見えない実力に、戦慄する轟くん。
これから超えていく相手として見据え、闘志を燃やす爆豪くん。
オリンピックの代わりを担う体育祭を「レクリエーション」呼ばわりしたことに、首を傾げる麗日さん。
緑谷くんはというと、静かに彼女のことを見つめていた。
「ケチが付いたのは多分ソレからね。
どうやら国から圧力がかかったらしくてね。
私は自主退学って名目で、強制的に退学させられて、更には施設も追われたわ」
彼女の言葉に、全員が息を呑む。
要するに、鈴木つづみは着の身着のままに世の中に放り出されたのだ。
「中卒を雇ってくれるトコなんて、何処にも無くてね。
雇ってくれても、謎の圧力で即クビ。
街中だったから、野生動物もいなくて、生ゴミ漁りながら生活してたわ。
…まぁ、そんな時に、たまたま。
講義の帰りのコウくんに会ったの」
あっけらかんとしているが、無表情が加速してる。イライラしてる証拠だ。
…まぁ、思い出したくもないことを語らせているのだから、当たり前なのだろうが。
だが、本人は語るのを止める気はないらしく、続ける。
「私を湯船に入れてくれた。
胃腸の弱ってた私にお粥を作ってくれた。
薄らと笑みを浮かべて、『気にしないでください。人として当然です』って言われた時には、速攻でコンビニでゴムとか精力剤買わせて、最寄りのラブホに連れこんでたわ。
極限状況が続いたせいで、性欲旺盛になってたから」
『それで逆レ○プか!!!!』
しまった。僕も思い出したくもないことを思い出してしまった。
いやぁ、激しかったなぁ…。いろいろと。
死ぬかと思った。
初体験がアレなせいで、いまだにちょっとトラウマなんだが。
「で。変な空気になって、『責任取ります』ってなって籍を入れたってわけです。
ね?『やっちゃった婚』でしょ?」
「うん。『やっちゃった婚』ですね」
僕の言ってたことの意味を理解したのか、東北さんが同情を込めた視線を向ける。
まぁ、結婚したことに後悔はない。
恋愛感情の確認は出来なかったが、互いに一緒にいて楽な相手ではあったのだから。
「で。なんで結婚直後に別居になったんですか?」
「私の行く先々で圧力かける政治家ブチ殺すための修行に出たの。
厄介な個性持ちでね。相手の殺意がわかるんですって。
心の奥底から誓ったわ。『殺す』って」
やけにあっさりと言った。
特段、隠す気もないらしい。それはそれで問題なのだが。
「敵性国家っていう世紀末地帯に行って、十年で一億は殺したわ。
今じゃ一秒で百は殺せる。
殺しを日常にしたのよ。十年もかけて。
そのくらいにならないと、バレずに殺すなんて芸当はできないって思ったから。
…ま、諸々の罪がバレて、死刑が執行されたらしいんだけど」
一億の人間を殺した女。
それが、僕の妻「鈴木つづみ」。
十年越しの復讐を遂げられなかった、理不尽の中で育ってきた殺意の塊。
同時に、緑谷くんたちが求めた、『敵を一瞬で沈める技術』を有する人間でもある。
「…あなた達の倫理観は、私とは違うと思うわ。理解できなくて結構。
私はこういう女で、水奈瀬コウの妻をしてる…。そのことだけは変わらないから。
ね?コウくん?」
「……ええ、まぁ。分かってて結婚しましたからね」
僕はつづみさんと結婚したことは後悔してない。
してないけど、このいろんな意味で隠し事をしないタチだけは好きになれない。
生徒たちのつづみさんを見る目は、複雑なものだった。
先生のお嫁さんは鈴木つづみさんでした。スペック的にはいろんな意味で殺意マシマシの。