麗日さんが荒ぶってます。
「麗日テメェ…!気づいたんなら、もうちっと…、早く言えや……!!
アレはクマの縄張り主張だっつーの次言わんかったらブッ殺すぞ……!!!」
「ご、ごめん…」
あれから30分は走った。
どうやら気づかれずに縄張りからは抜け出せたようで、安堵からか僕たちはその場にへたり込んでいた。
このままでは会話もままならないので、切れた息をなんとか整える。
「絶対に確信犯だよね、アレ…。
あんなトコに放り出したのも、クマの縄張りってこと絶対に知っててやったよ…」
「やっぱ、先生の奥さんだわ…。性格の悪さは、夫婦揃って似てるのな…」
今思えば、彼女が登っていた木にも、クマが付けたであろう傷があった。
多分、奥さんなりの優しさだったんだろう。
彼女ならば、あのまま僕たちの前から姿を消すのは簡単だった。
一度、これ見よがしに木に登ったのには、ちゃんと理由があったのか。
優しさが不器用すぎて、どう反応すればいいのかイマイチ分からない。
「で、どうするの?
当初の予定の通りに動く?」
「ウチは…クマは嫌やなぁ……」
「気づかれたらエサ確定だ。最悪個性使って足止めする」
「ペナルティ受けることになるが…。ま、死ぬよかマシだ」
どんなペナルティが待ち受けてるかは分からないが、ロクでもないことは確かだろう。
ただ、死と比べれば遥かにマシだ。
クマへの対策はコレでいいとして…いや、いいってわけではないけれど。
「作業始めっぞ。日が暮れちまう。
昼飯は抜きにしとけ。出来るだけ食料を取っておきてェ。
苔を採取しとけ。絞って水にする。
間違っても川の水を持って来る、ないし飲むなよ。死にたかったら止めねーが。
水源を見つけられりゃ楽なんだが…、はっきり言って自殺行為だ。クマがアレ一匹とは限らねェからな」
かっちゃんの指示を聞く度に、どんどんと自分がとんでもない状況に置かれていることに気づく。
サバイバルって、テレビで見る分には楽しそうだったけど、ここまで過酷なのか。
…こういう体験って、今までしたことがなかったなぁ。
「おらデク。ボサっとすんな働け。麗日たちはもう行ったぞ。
働かないっつーなら飯減らす」
「働きます!!」
かっちゃんはデビューして速攻で事務所立ち上げそうだなぁ。
そんなことを思いながら、僕はせっせと石を削った。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「はひゃあ」
「あかりちゃーーーーーーーんっ!!!
無気力すぎてアホになってるよあかりちゃァァァァァァァァァァァァァーーーーーーんっっっっ!!!???」
その頃、緑谷家にて。
今日から出久がいないことに気がついたあかりは、顔面を崩壊させていた。
緑谷引子が叫ぶように、まさしく「アホ」と形容すべき崩壊っぷりだった。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「やからそれは触ってもアウトなんやって轟くん今ここでブッ殺すで!?!?!?」
「麗日、麗かじゃねーぞ麗日」
「だまらっしゃい!!!」
しょーもない轟くんのギャグ…多分天然…をグーでシバいて、生えているキノコから離れさせる。
これで六度目だ。しかも同じキノコ。
殺したいとまではいかないが、本気で腹が立ってきた。
「…ほんまに山で遊んでたん?触っちゃあかんモンの区別も出来てへんやん……」
「知識があるのはヒメとミコトだ。山に関しては、俺は本当にクソ役立たずだ」
「胸張って言うなやからそれはダメなやつやって聞いとんのかボケ埋めてミミズどもの餌にするぞ!!!!」
前言撤回。本気で殺したくなった。いや、ほっといたら死ぬから止めてるんだけど。
コイツは本当に人の話を聞いてるのか?
素人がキノコに触るなって常識も知らないのか。
怒りが爆発するのをなんとか堪え、可食である山菜やら雑草を取る。
貧乏を経験してたことが役に立った。
そんなことを思っていると、轟くんが口を開けた。
「顔に反して言葉遣いが爆豪じゃねーか」
「あ、た、り、ま、え、や、ろ、ど、れ、だ、け、あ、し、ひっ、ぱっ、て、る、と、思っとんのじゃァァァァァァァァァァァァァアアアアアアッッッッ!!!!!」
「ひでぶゥ!!!???」
アッパーをかましてやった。
話してる途中で八度も毒キノコ触ろうとするのは何なの?
そしてこの毒キノコの群生率は何なの?
…そういえば、クマの縄張りの件もわざとって言ってたなぁ。
ここら辺、有毒植物の群生地になっているのも、計算のうちなんだろうか。
「轟くん、そこの草取ってくれる?それは食べられるから。
あと、そこの苔も絞ったら水出るし」
「…麗日、詳しいんだな。
社長令嬢って聞いたから、てっきり…」
轟くんが言葉を濁す。
確かに、私の父親は会社を経営してる。
経営者として、社長として会社を引っ張っていて、私もその苦労を知っている。
今でこそ順風満帆ではあるけれど、幼い頃は暮らしていくのも一苦労だった。
「…自慢やあらへんけど、先生が株主やるまでは、ほんな裕福じゃなくて…。
父方の爺ちゃんな、優しいんやけど…会社の経営者としての才は無かったんよ。
そんで、父ちゃんが引き継ぎした時は、かなりの貧乏会社でさ。
せやからさ、食べられる雑草とかは、いろいろ知ってるんや」
先生には感謝してる。
家が裕福になったのは、紛れもなく先生の『教育』があったからだ。
私は先生の授業を受けたことはないけれど、緑谷くんやきりちゃんが言うには、「教育者としては優秀」らしい。
…現実に負けない「夢」になるには、多くの現実に打ち勝たなきゃいけない。
先生や緑谷くんは、その多くの現実と向き合って、戦い続けてきた人。
なら、目の前の現実にも勝たなきゃ、ヒーローなんて名乗れない。
「…伊織さんに頼らなかったのか?」
「ウチの家族は、お金のことで親戚の手を借りるほど、面の皮が厚いわけやあらへんかったから。
それは…解毒できるけど、どのみち危険やから、放置な。触らんとき」
脳みそみたいな形をしたキノコに手を伸ばそうとする轟くんを止め、雑草を取らせる。
動物も捕まえろ、とは言われたけど、正直言って無理だ。
最初こそはリスやらウサギやらを捕獲しようとしたけど、流石にすばしっこかった。
次に会ったのは鹿。やっぱり逃げられた。
次に会ったのは猪。死ぬ気で突進を交わして撒いた。
母ちゃんは、捕まえるの上手かったなぁ。
「…罠とか、考えんとな……」
自然のもので作れる罠もあるはずだ。
使えそうなものは採取しておこう。
あいにくと、私はそこまで頭が良くない。
こういう罠作りって、デクくんが向いてるだろうな。
「……そういや、あかりちゃんは許可したんやろか。デクくんにべったりやったやん」
仲睦まじいカップルだったけど、本当に大丈夫なんだろうか。
デクくんはあんなんだから、割に平気そうだけど…。
あかりちゃんは今頃荒れてそうだ。
そんなことを思っていると、轟くんが私の疑問に答える。
「あっさり了承したと思うぞ。
『自分が足枷になるわけにはいかない』って理由で。
あの2人の関係性は、持ちつ持たれつって訳じゃねェ。互いを尊重しすぎて、互いに一歩引けてんだ」
…そういう関係なのか。
まぁ、確かにデクくんはヘタレそうだし、あかりさんはデクくん優先主義だから、彼の嫌がることはしないか。
と、ここでふと、あることを思い出した。
「轟くんのお父さんは、許可出したん?
結構がんじがらめって聞いたけど」
「あのアホ、『焦凍を連れて行きたければ、俺を超える指導ができると証明しろ!』って襲いかかってな…」
「……どうなったの?」
なんかもう、結果が見えてる気がする。
でも、問わずにはいられなかった。
事件の解決数だけで言えばNo.1を誇るエンデヴァーと、十を超える敵性国家を一人で滅ぼした奥さんの戦いの結果を。
「親父は、負けたよ。三日三晩、戦いっぱなしだったけど、負けた。
殺さないように手加減されて、だ。
奥さんは、殺しに特化しまくってる人間だ。
それが殺しを封じたってことは、実力の半分も出してねェのと同義なんだよ」
轟くんの目は、上を見上げていた。
天高く聳え立つ壁を見上げるように、ただ上を。
「親父でも勝てなかった。
だから、聞いたんだよ。誰か、お眼鏡にかなったプロヒーローは居ますかって」
轟くんが言葉を区切った。
「イギリスのNo.1。弱い個性で、敵性国家の戦地を五年間生き抜いた猛者。
殺しの腕はそこまでだけど、戦力としてはピカイチだってよ」
イギリスのNo.1。個性は覚えていないけれど、かなり弱い個性だと聞いた。
頭が悪ければ使えない、とも。
だけど、イギリスのNo. 1はその個性で、敵性国家での戦いを五年も生き残った。
…というのを、バラエティで見たな。
「…会ってみたいね、イギリスのNo. 1」
「奥さんの下で修行してたら、ひょっこり連れてくるかも知れねーな。似た者夫婦だし」
「ね」
そのためにも、まずはこの一週間を生き残らないと。
私は気を引き締めて、採取に集中した。
「やからそれは触っちゃあかんって!!!」
「これもダメなやつか?」
「十回目!!同じキノコやし!!!!」
無知って怖い。
父ちゃん、母ちゃん。アホみたいな点数取る子でごめん。
これからはちゃんと勉強するわ。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「順調ね。…轟くんはアレ、反応を楽しんでやってるわね。
あの性格の悪さ、コウくんの影響かしら?」
きりちゃんから貰った監視カメラの映像を見ながら、一人呟く。
同じ森の中で映像越し…ってのも変な話だけど、視野が広がるのは悪いことじゃない。
私は襲いくるクマの脳にナイフを突き立て、絶命させる。
敵性国家で飼われてたのを食べたくらいで、かれこれ三年は食べてない。
今晩の献立が決定したところで、と。
「そろそろ出てきたら?尾行が下手なのは、十年経っても変わらないのね」
ナイフの血を払って、こちらに視線を向ける存在に問うた。
彼と私の接点は、母校が同じとしか言えない。
それほどまでに薄い関わりだけど、私は彼のことを知っていた。
「ねぇ、世界が認めるオールマイトさん?」
筋骨隆々としたシルエットが、木の裏から姿を現す。
堀の深いその顔には、申し訳なさを表現するかのように、微妙な表情を浮かべていた。
「……や、やぁ、久しぶりだね、鈴木少女…。
最近、帰国したと聞いてね…」
「どうせ国からの命令で、私の説得を依頼されたんでしょう?」
日本という国の評価は、正直言って最底辺も良いところだ。
中枢にまで敵に侵されていた。
その事実だけで、世界中が石を投げているような状況だ。
まぁ、アメリカやら、オールマイトに救われた経験のある国は、そこまで激しく批判してるわけではないけれど。
敵性国家に片足突っ込みかけてるのは、変わりない。
十を超える敵性国家を殲滅した私は、脅威以外の何者でもないだろう。
「相変わらず鋭いな、君は…」
「それ以外の理由で、私を尾ける理由が見当たらないもの。
…まぁ、感情で動くアナタのことよ。
私を見かけてアホみたいに尾行してた…なーんてこともあるわね」
「うぐっ…」
…今回は後者か。
多分、見つかったのはあの子達を放った後。
あの時は久々の汚染されてないアケビに興奮して、普通に気配を消すのを忘れてた。
私が軽く後悔していると、目の前の筋肉ダルマは頭を下げる。
「十年前の強制退学…食い止められなくて、申し訳なかった…」
「退学時にも言ってたわよね。あの政治家の外堀埋めてたって。
本当、余計なことしてくれたわ。私が殺そうって思ってたのに」
「っ、そこまで歪んで…」
歪んでる、と言われたが、私からすればこの国の方がイカれてる。
平和の象徴。あまりに強大すぎる正義が君臨し、限界ある平和だということに気付かずに日々を謳歌している人が集まる国。
その要たるオールマイトでさえも、敵性国家には足を踏み入れない。
だから、私の考えを知らないのだろう。
…これだから、この人には本当に腹が立つ。
「歪んでる?聞くけど、何も殺さないことが正しい、なんて言えるの?」
「…だからといって、人を殺すわけには…」
「私でよかったわね。試しに、フ…ああいや、イギリスのNo.1にも言ってみたら?
彼女、烈火の如くブチギレるわよ」
敵性国家を経験した人間にとって、道徳教育は足枷にしかならない。
だって、ふんじばっても突き出す先がないんだから。
「…君は、日本を滅ぼす気なのか?」
「まさか。里帰りに来ただけよ。旦那の○○○が恋しくて」
「ぶっふぅ!?!?」
吹き出した。汚い。
「と、年頃の乙女がそんな淫語を堂々と…」
「結婚してるわ。○○○が優秀でいて、すごく頑張り屋さんな旦那と」
「紹介するにしても男根についての情報は要らなくないか!?!?
私も知りたくはないし!!!!」
イギリスのあの子とは、すごく盛り上がったのだけど。
こっち関連の話題で盛り上がらないなんて、日本は変ね。
「というか、結婚してたのか!?いつ!?」
「十年前」
「嘘だろ!?!?」
「退学して一ヶ月後に出会って一目惚れしたから私が無理やりホテルに連れ込んでレ○プした後にお互い了承して籍入れた」
「情報量!!!情報量が多い!!!!」
そうは言われても、こうとしか言いようがないんだから。
○○○にも惚れてるけど、人柄にも惚れてるのは本当だし。
別に体の相性だけで結婚したわけじゃない。
責任を取ってもらった訳でもない。
お互いにきちんと了承して結婚したのだ。
「まぁ、それはさておき」
「さておくには大きすぎる話題なんだが…」
「日本には手を出さないわ。安心して。
旦那との○○○に専念するために帰ってきたから」
「だからオブラートに包んでくれない!?」
私は言うと、クマの死骸を担ぎ上げ、木の上に飛び乗った。
「いつまでも私のことを申し訳なく思わないでくれるかしら?
私は自分で選んだ人生を歩んでるつもり。
誰かに文句を言われる筋合いはないわ」
それこそ、本当に腹が立つ。
私のことを勝手に不幸だと思うな。
私の人生が不幸せに満ちたものだと勝手に決めるな。
私の幸せは、私が掴んでるんだ。
横からとやかく言うな…と言っても、コレは聞かないんだろうな。
「じゃあね。No.1ヒーローさん」
「待ちたまえ、鈴木しょ…」
私はオールマイトが制止するのを聞かず、気配を消した。
ーーーーーー殺すなら、殺した命に責任を持ちなさい。その犠牲の上に立っていると、強く自覚し、忘れないでください。農家の息子からのアドバイスです。
「……あのくらいは言えないのかしら?本当、日本って気持ち悪いくらい呑気ね」
轟くんが触ろうとしたキノコ…カエンタケ、シャグマアミガサタケ。
触るフリでわざとです。麗日さんの反応を見て楽しんでました。
緑谷くんはかっちゃんに怒鳴られながら仕事してます。