「ちょっと待ってください。鈴木つづみ…って言いました?」
鎌倉山事件、梅ノ空事件、そしてこないだの「異能解放軍事件」を調べていたところ。
寝不足の俺…ホークスに、寝耳に水な情報が飛び込んできた。
鈴木つづみ。
一躍、国内で徹底的に排斥され、ある男と婚約した後に単身で敵性国家に渡った女性。
どうせ死ぬだろう、と誰もがタカを括っていたが、最近「太平洋のど真ん中から普通に泳いで帰ってきた」という。
俄には信じられないが、彼女なら普通にやりそうだ、という謎の納得が国の上層部を襲ったのは言うまでもない。
その男の家に行って、今回の「世界の危機」への対処のため、協力を仰ごうかと思っていた矢先のことだった。
ヒーローとして先輩に当たる『ミルコ』さんが、俺の事務所に訪れたのは。
「おう!アタシの先輩!最近帰ってきたって聞いてさ!
昔から仲良くしてたんだけど、あの人連絡手段持ってねーから連絡取れねーんだよ!
結婚祝いも十年遅れだけど、渡さなきゃ失礼だろー?てなわけで、探すの手伝え!!」
十年遅れの結婚祝いって聞くと、失礼なイメージしかないな。
そんなことを思いながら、鈴木つづみに協力を仰ぐにあたり、ミルコさんが利用できる存在であることをメモする。
鈴木つづみは育った境遇からか、かなり気難しいと聞く。
また、オールマイトの話によると、日本の倫理観がまるで通じないらしい。
そんな相手に、俺が協力を仰いでも効果は薄いだろう。
ならば、友人関係にあると言うミルコさんを利用するまで。
「手伝う必要はありませんよ。旦那の住所は割れてます」
「へぇ、そうなのか!どんな男か気になってんだ!案内しろ!」
「わかりました、わかりました」
まったく。その男…『水奈瀬コウ』さんとやらも災難だな。
そんなことを思いながら、俺は訪問の段取りを決めた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「……やるぞ」
帰宅日の朝。
僕たちはある存在を前に、ナイフ片手に覚悟を決めた。
薄い茶色の毛に、細い四足。
ツノは既に切り落としたものの、その顔つきだけで、その動物が何かが分かる。
その名は鹿。たまたま、麗日さんが仕掛けた罠に引っかかっていた一匹。
即座に命を終わらせなければ、確実に暴れられてしまう。
僕たちは役目を分担して、鹿の命をいただくことにした。
放血とトドメは、轟くん。洗浄して内臓を除くのは僕。皮を剥ぐのは麗日さん。
かっちゃんは、食べられる部位のみを捌く。
何度も繰り返した。
何度も何度も、僕たちは命を奪った。
人並みの大きさはある鹿の鎖骨に、轟くんがナイフを差し込む。
「……っ、すまねェ……っ!!!」
何度目かも分からない謝罪を口にしながら、ナイフを下ろして放血する。
滝のように溢れ出る血に、僕たちは溢れそうになる涙を堪える。
いつもより量の多い血に、目の前の命が無くなっていく実感が、強くのしかかった。
「…………」
僕は洗浄して、鹿の臓物を取り除く途中、何も言わなかった。
命をいただいている。いくら謝っても、そのことには変わりない。
だったら、真剣に向き合うべきだと思ったから。
僕は、謝罪を口にはしなかった。
「……ごめんな。ごめんなぁ…っ。家族、居たんやろぉなぁ……っ。お友達も、おったんやろぉな……!
ごめんな、ごめんなぁああ……っっ!!!」
麗日さんは、終始謝りながら、その皮を剥いでいった。
皮のない肉塊になっても、彼女は謝り続けていた。
「………」
かっちゃんも、何も言わなかった。
淡々と解体し、一部を僕たちに渡す。
血すら、肉の量からは考えもつかないほどに、ほとんど滴っていなかった。
「……今日、ソレ持って帰るぞ。
命を奪ったって証拠として、しっかりいただきやがれ」
かっちゃんの言葉に、僕たちは頷く。
そう考えると、この鹿も、最後の獲物には相応しかったのかもしれない。
麗日さんの提案で、「最後に命を奪ったことを、目に焼き付けよう」ということで、僕たちは罠にかかった獲物を仕留めた。
思えば、多くの命を奪ってきた。
生きるために、その命を貰ってきた。
「命について…か」
命の向き合い方を、僕たちは知った。
この長い一週間で、多くの命を躊躇いながら終わらせてきた。
何度も、何度も泣いた。肉が裂ける感触が、今でも手に残っている。
多分、これからもずっと、この感覚を忘れない。
「お疲れ様。一週間、よく頑張ったわね」
僕たちが達成感と脱力感にその場に立ち尽くしていると、奥さんが姿を現した。
僕たちは奥さんの前に並び、彼女の話に耳を傾ける。
「命との向き合い方、わかった?」
奥さんの問いに、僕たちは頷いた。
この一週間、散々話し合って出した結論。
代表として、僕が一歩前に出て告げる。
「……僕たちは、沢山の命を奪ってます。
社会では罪のない人でも、その命は、多くの命の上で成り立っています」
拙くてもいい。
この一週間で出した答えを、精一杯の言葉に乗せて、彼女に伝える。
「僕たちが助けられなかった命も、僕たちが奪ってきた命も、同じ命です。
誰しもに与えられた、最初で最後の一回なんです」
僕たちより器用な生き方は、沢山あるんだろう。
だけど、僕たちはヒーローだから。
こんなにも、不器用な答えしか出せない。
「だから、僕たちは…。
その一回を奪ってしまった、失ってしまったことを…、これから一生背負いながら、生きていきます。
これが、僕たちが出した、命への向き合い方…です」
僕たちなりの、精一杯の答え。
それを聞いた奥さんは、僕たちの前で浮かべなかった表情を、初めて浮かべた。
「なら、私はその答えに口は出さないわ。
その答えは、あなたたちだけのもの。
私がその答えに横槍を入れる権利はないわ」
奥さんは、僕たちの出した答えを認めもしなければ、否定もしなかった。
本当に、こういうところも先生に似てる。
そんなことを思っていると、彼女は下げたクーラーボックスを下ろし、懐からラップを取り出した。
「ラップにクーラーボックスよ。そのお肉、包んで入れましょうか」
僕たちは言われた通りに、肉をクーラーボックスに入れる。
こうして、僕らの長い一週間は終わった。
この一週間が色濃くて、僕たちは忘れていた。約一名のせいで悪夢の祭典と化しそうなイベントが、すぐそこに迫っていたことに。
次回、先生の暴走イベント再び