そうだ、先生になろう。   作:鳩胸な鴨

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サブタイトル通りです


一週間の終わり

「ちょっと待ってください。鈴木つづみ…って言いました?」

 

 

鎌倉山事件、梅ノ空事件、そしてこないだの「異能解放軍事件」を調べていたところ。

寝不足の俺…ホークスに、寝耳に水な情報が飛び込んできた。

 

鈴木つづみ。

一躍、国内で徹底的に排斥され、ある男と婚約した後に単身で敵性国家に渡った女性。

どうせ死ぬだろう、と誰もがタカを括っていたが、最近「太平洋のど真ん中から普通に泳いで帰ってきた」という。

俄には信じられないが、彼女なら普通にやりそうだ、という謎の納得が国の上層部を襲ったのは言うまでもない。

 

その男の家に行って、今回の「世界の危機」への対処のため、協力を仰ごうかと思っていた矢先のことだった。

ヒーローとして先輩に当たる『ミルコ』さんが、俺の事務所に訪れたのは。

 

 

「おう!アタシの先輩!最近帰ってきたって聞いてさ!

昔から仲良くしてたんだけど、あの人連絡手段持ってねーから連絡取れねーんだよ!

結婚祝いも十年遅れだけど、渡さなきゃ失礼だろー?てなわけで、探すの手伝え!!」

 

 

十年遅れの結婚祝いって聞くと、失礼なイメージしかないな。

そんなことを思いながら、鈴木つづみに協力を仰ぐにあたり、ミルコさんが利用できる存在であることをメモする。

鈴木つづみは育った境遇からか、かなり気難しいと聞く。

また、オールマイトの話によると、日本の倫理観がまるで通じないらしい。

そんな相手に、俺が協力を仰いでも効果は薄いだろう。

ならば、友人関係にあると言うミルコさんを利用するまで。

 

 

「手伝う必要はありませんよ。旦那の住所は割れてます」

「へぇ、そうなのか!どんな男か気になってんだ!案内しろ!」

「わかりました、わかりました」

 

 

まったく。その男…『水奈瀬コウ』さんとやらも災難だな。

そんなことを思いながら、俺は訪問の段取りを決めた。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

「……やるぞ」

 

 

帰宅日の朝。

僕たちはある存在を前に、ナイフ片手に覚悟を決めた。

薄い茶色の毛に、細い四足。

ツノは既に切り落としたものの、その顔つきだけで、その動物が何かが分かる。

その名は鹿。たまたま、麗日さんが仕掛けた罠に引っかかっていた一匹。

 

即座に命を終わらせなければ、確実に暴れられてしまう。

僕たちは役目を分担して、鹿の命をいただくことにした。

放血とトドメは、轟くん。洗浄して内臓を除くのは僕。皮を剥ぐのは麗日さん。

かっちゃんは、食べられる部位のみを捌く。

何度も繰り返した。

何度も何度も、僕たちは命を奪った。

人並みの大きさはある鹿の鎖骨に、轟くんがナイフを差し込む。

 

 

 

「……っ、すまねェ……っ!!!」

 

 

 

何度目かも分からない謝罪を口にしながら、ナイフを下ろして放血する。

滝のように溢れ出る血に、僕たちは溢れそうになる涙を堪える。

いつもより量の多い血に、目の前の命が無くなっていく実感が、強くのしかかった。

 

 

「…………」

 

 

僕は洗浄して、鹿の臓物を取り除く途中、何も言わなかった。

命をいただいている。いくら謝っても、そのことには変わりない。

だったら、真剣に向き合うべきだと思ったから。

僕は、謝罪を口にはしなかった。

 

 

「……ごめんな。ごめんなぁ…っ。家族、居たんやろぉなぁ……っ。お友達も、おったんやろぉな……!

ごめんな、ごめんなぁああ……っっ!!!」

 

 

麗日さんは、終始謝りながら、その皮を剥いでいった。

皮のない肉塊になっても、彼女は謝り続けていた。

 

 

「………」

 

 

かっちゃんも、何も言わなかった。

淡々と解体し、一部を僕たちに渡す。

血すら、肉の量からは考えもつかないほどに、ほとんど滴っていなかった。

 

 

「……今日、ソレ持って帰るぞ。

命を奪ったって証拠として、しっかりいただきやがれ」

 

 

かっちゃんの言葉に、僕たちは頷く。

そう考えると、この鹿も、最後の獲物には相応しかったのかもしれない。

麗日さんの提案で、「最後に命を奪ったことを、目に焼き付けよう」ということで、僕たちは罠にかかった獲物を仕留めた。

思えば、多くの命を奪ってきた。

生きるために、その命を貰ってきた。

 

 

「命について…か」

 

 

命の向き合い方を、僕たちは知った。

この長い一週間で、多くの命を躊躇いながら終わらせてきた。

何度も、何度も泣いた。肉が裂ける感触が、今でも手に残っている。

多分、これからもずっと、この感覚を忘れない。

 

 

「お疲れ様。一週間、よく頑張ったわね」

 

 

僕たちが達成感と脱力感にその場に立ち尽くしていると、奥さんが姿を現した。

僕たちは奥さんの前に並び、彼女の話に耳を傾ける。

 

 

「命との向き合い方、わかった?」

 

 

奥さんの問いに、僕たちは頷いた。

この一週間、散々話し合って出した結論。

代表として、僕が一歩前に出て告げる。

 

 

「……僕たちは、沢山の命を奪ってます。

社会では罪のない人でも、その命は、多くの命の上で成り立っています」

 

 

拙くてもいい。

この一週間で出した答えを、精一杯の言葉に乗せて、彼女に伝える。

 

 

「僕たちが助けられなかった命も、僕たちが奪ってきた命も、同じ命です。

誰しもに与えられた、最初で最後の一回なんです」

 

 

僕たちより器用な生き方は、沢山あるんだろう。

だけど、僕たちはヒーローだから。

こんなにも、不器用な答えしか出せない。

 

 

「だから、僕たちは…。

その一回を奪ってしまった、失ってしまったことを…、これから一生背負いながら、生きていきます。

これが、僕たちが出した、命への向き合い方…です」

 

 

僕たちなりの、精一杯の答え。

それを聞いた奥さんは、僕たちの前で浮かべなかった表情を、初めて浮かべた。

 

 

「なら、私はその答えに口は出さないわ。

その答えは、あなたたちだけのもの。

私がその答えに横槍を入れる権利はないわ」

 

 

奥さんは、僕たちの出した答えを認めもしなければ、否定もしなかった。

本当に、こういうところも先生に似てる。

そんなことを思っていると、彼女は下げたクーラーボックスを下ろし、懐からラップを取り出した。

 

 

「ラップにクーラーボックスよ。そのお肉、包んで入れましょうか」

 

 

僕たちは言われた通りに、肉をクーラーボックスに入れる。

こうして、僕らの長い一週間は終わった。

 

 

この一週間が色濃くて、僕たちは忘れていた。約一名のせいで悪夢の祭典と化しそうなイベントが、すぐそこに迫っていたことに。




次回、先生の暴走イベント再び

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