そうだ、先生になろう。   作:鳩胸な鴨

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サブタイトル通りです。


ハロウィン前日、それぞれの過ごし方

商店街の飾り付けが始まった。

僕たちは通常業務をこなす店の方々に挨拶しながら、飾り付けを進めていく。

今日は日曜だというのに、緑谷くんたちは相変わらず僕に付き合ってくれている。

彼らが断らない、と知っていて頼むのだから、やはり僕は性格が悪いのだろう。

 

 

「…ってか、これだけ広い商店街の飾り付けを、僕らだけでやれって…」

「緑谷先輩…。

ウナちゃんとこの使用人さんが手伝ってくれてるだけ、前回よりかはマシですよ」

 

 

最終手段の一つとして、音街さんに頼んで、彼女の家で働く使用人を何人か回してもらった。

流石は富豪…というべきか。

かなりの人数が、この行事の準備に充てられていた。

他には、緑谷くんのお母さんと爆豪くんのお母さんにも来てもらった。

爆豪くんの所は、お父さんも手伝いに行こうとしたらしいが、極度の怖がりのために爆豪くんが止めたそう。

確かに、あの人は気が弱い節があったな。

 

 

「勝己ー!将来の嫁さんに怪我させるんじゃないわよー!!」

「過程をすっ飛ばし過ぎだババア!!!

嫁にするにしても清い付き合いしてからだわ頭に花畑でも詰めとんのか!!!!」

「バクゴーさん、式は何処であげる?」

「まだ付き合ってすらねェわもうちょいしっかり考えろ結婚の意味ィ!!!!!」

 

 

爆豪くんの外堀埋まってるな、コレ。

彼が雄英を卒業すると同時に、さっさとスピード婚しそうだ。

そんなことを思っていると、グラスをトレーに乗せた使用人が、彼の前で傅く。

 

 

「若旦那様、お飲み物です」

「だから若旦那って呼ぶなァ!!!まだコイツと婚約してすらないわァ!!!!」

「『お付き合いしない』という選択肢を頑なに出さないので、婚約したも同然かと判断いたしました」

「ぅぐっ……」

 

 

図星だったようだ。

変なところで義理堅い性格してるから、『自分への好意を無下にする』って発想が出来ないんだろうな。

相手は爆豪くんの一声で、割となんでも要望に応えてくれている。

爆豪くんも、その礼はすべきと考えているのだろう。

 

 

「慕われてますね、若旦那」

「面倒見はいいからね、若旦那」

「テメェら後でブッ殺す……!!」

 

 

ここぞとばかりにバカにするなぁ、緑谷くんと東北さんは。

爆豪くんがとんでもない顔で二人を睨むも、当人たちはなんでもないように作業を続ける。

多分、グループチャットで爆豪くんのあだ名一覧に加えられるんだろうな。

「むっつりスケベ」とか、「殺す(笑)」とか、主に轟くんと東北さんにバカにされてるフシがある。

 

 

「そういえば。先生、奥様はどちらに?」

「あっちで飾り付けしてますよ」

 

 

僕が指差した方向に、緑谷くんのお母さんが視線を向ける。

そこには、割にリアルな血飛沫を演出するつづみさんの姿があった。

流石は殺しのプロ。色合いといい乾き具合といい、完全にソレにしか見えない。

ここまで過激な表現を許可してもいいのか、と言う疑問は出てくるが、前回の肝試しも割にエグい表現が盛り沢山だったから大目に見てくれるだろう。

何か言われたら、「任せたと言ったのは町内会ですよね?」と反論するつもりだ。

 

 

「彼女に何か用ですか?」

「先週のことでお礼を。あれから出久、少しだけ気持ちが軽くなったみたいで」

「そうですか。じゃあ、お礼を言ってあげてください。

素っ気ない対応をされるかも知れませんけど、人見知りなだけですから」

 

 

人見知り、というよりは、人の選り好みが激しいんだよな。

お眼鏡に適った人間は、緑谷くんたちのように積極的に絡みにいく。

逆に、お気に召さなかった人間は、無視か冷たくあしらうかの二択。

緑谷くんのお母さんたちなら大丈夫だろうが、全体的に日本のプロヒーローやら警察やらがどうも苦手なようだ。

テレビ越しでも露骨に嫌な顔をしていた。

 

 

「……先生って、意外と奥さんにベタ惚れなんですね」

「否定はしません」

 

 

緑谷くんの茶化しを一蹴して、飾り付けに集中する。

…青春系の作品なら、こう言うシーンは楽しそうなんだけどなぁ。

なのに、どうしてだろうか。

思い浮かぶのは、短いタイムリミットで仕事を押し付けられた恨みのみ。

ここまで暗い気持ちで街の飾り付けするヤツ居る?しかも小学校教師で。

 

 

「…結婚の経緯といい、今回のことといい、先生って妙なトコで真面目ですよね」

「下手して自分の評価を下げたくないんですよ。人間が生きていくには、どうしても他人からの評価が必要になりますから。

内申点だって、他人からの評価でしょう?」

 

 

よく昨今の漫画では「周りを気にするな」と聞くが、僕は間違いだと思っている。

自分の思うように生きるのは、確かに大事だし、充実している。

だけど、その望みを続けるために、嫌なことをやらないといけないのも事実だ。

嫌だ嫌だと言って逃げるのは簡単だが、それで無くしたものは取り戻せない。

…こういう社会だから、日本はNOと言えない人たちばかりなのだ。

他人からの評価は気になって当たり前だ。それで自分の価値が決まるのだから。

 

 

「だからって、こういう『後で文句言われても任せたのそっちでしょ?』案件で暴走するの、ハッキリ言って大人げないですよ?」

「ええ自覚してますよ」

「してるんだ…」

 

 

引くな、緑谷くん。君も「治せない悪癖がある」って言う点では同類なんだから。

自分にそういう根本的な欠点があるのは、もう仕方ない。

治そうと思った時期もあったが、どうしても治らなかったので、隠す努力をした。

 

 

「無駄話はそこまでにして、さっさと終わらせますよ。僕はテストも作らなきゃいけないんですから」

「過労で倒れそうな仕事量なのに、全然動じてない…」

 

 

慣れただけだ。小学校教員のブラックさなめるな。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

「ショートのお家って、お屋敷なんでしょ?

なんか、こう、『トドロキ流!』…的な剣術とかないの?」

「すっかり影響されてるね、ヒメ…。

ショートの家は元は一般家庭で、比較的新築だって言ってたじゃん」

「影響されんのも無理ねーだろ」

 

 

先生から頼まれた録音を終え、俺たちは俺の家の近所にある公園で休んでいた。

公園とは言っても、そこまで広い施設ではなく、住宅街に申し訳程度に遊具が設置された空き地のような雰囲気だ。

今時はそんな公園で遊ぼうとする子供も居ないらしく、公園には俺たちしか居なかった。

 

 

「ここで先生から教えられたうんちくな。

日本刀って、実は簡単に買えるらしい。

『鉄砲刀剣類登録証』っつー証明書付きじゃねーとダメらしいが」

「へぇ…。…ショート、ヒーローになったら使ってみる?」

 

 

ふと、あんな羽織を羽織って、帯刀してる自分を思い浮かべた。

憧れは…確かにある。思春期の男児だ。

誰だって一度はやってみたいと思うだろう。

が。実用性のことを考えると、俺にとっては無用の長物以外の何者でもなかった。

 

 

「いや、使う理由もメリットもねーな。

ああいうのはその道を極めた達人か、それを利用できる個性の人間が使って初めて真価を発揮する」

 

 

俺の場合は、間合いが関係しない立ち回りができるという強みがある。

遠距離攻撃しか出来ない個性…と言うわけではないのだ。

間合いを詰められた時、咄嗟の判断が出来る様になれば、刀よりも確実に敵を無力化できる。

 

 

「…そう考えると、不本意だが…親父に感謝すべきなのかもな」

 

 

俺は一等星の中で、学ぶべきことが少ない。

物理、化学などを会得して初めて真価を発揮する個性のため、難易度は高いが、学ぶことは他と比較すれば少ないのだ。

運否天賦で授かった、この個性。幼い頃は正直、要らないとさえ思った。

しかし。あるもの全部を利用する強さがなければ、到底ヒーローにはなれない。

あるもの全部をぶつけても勝てない壁が、いくつもあるのだ。

望まぬ個性も、それを穿つ武器になる。

 

 

「……あ」

 

 

と、ここで気づいた。

親父から連想するのは失礼だが、母さんのことが頭をよぎる。

 

 

「…やべっ。全くお見舞いに行ってねェ」

 

 

そう。俺はこの七年間、一度たりとも母親の見舞いに行ってなかった。

愛情を持って育ててくれた母親だ。

言うのも小っ恥ずかしいが、家族として愛しているし、心配もしてる。

だけどそれ以上に。

俺に対して罪悪感を抱いて、自己嫌悪に陥るような人だって分かっている。

だから、見舞いに行こうと言う発想は早々に頭から抜け落ちていたのだ。

 

 

「ショート、どうかした?」

「ショート?」

「……ここからなら、歩いてすぐだな」

 

 

そうだ。ヒメとミコト…万年開花のことも友達と言っていた。

友達を連れてお見舞いって言うなら、母さんも気が楽かもしれない。

流石に外出は無理だろうが、明日の出し物についても話そう。

そうと決まれば、善は急げだ。

俺はヒメとミコトの肩を掴み、彼女らの顔を見た。

 

 

「俺の母さんに会いに行こうか」

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

「…お茶子。あんな、ヒーロー目指して鍛えてるのはわかるんよ」

 

 

お昼。お仕事がたまたま休みだったお母さんと、昼食を摂っている最中。

この間持ち帰った鹿肉を食べながら、お母さんが切り出す。

 

 

「やからといって、雨ん中もひたすら拳打ち込むのやめへん?風邪ひくで?」

 

 

私の髪から、雫が滴り落ちる。

私は先ほどまで、大雨と報道される最中、拳法の自己鍛錬を行っていた。

一区切りついてシャワーを浴びたが、結果的にお母さんを心配させてしまったようだ。

 

 

「…これ食べたら、もっかいやる」

「ほんなに頑張らなあかんの?プロヒーローって…」

「うん。頑張らな、誰も助けられんから」

 

 

楽しむことだって大事だ。

だけど、その楽しみを守るために、私はプロヒーローにならなきゃいけない。

でないと、ついなちゃんに胸を張れるヒーローになれない。

零した命を背負って生きていけるほどに、強くならないと。

 

 

「……子供って、見んウチに大っきくなるモンなんやな」

「へ?」

 

 

お母さんの言葉に、箸を止める。

 

 

「なるって決めたら、死ぬ気で頑張ればいい。お茶子のようなヒーローは、お茶子にしかなれへんのやから」

「……うん」

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

病室にて。

初めて訪れる母の病室を前に、俺は軽く深呼吸をして、はやる鼓動を鎮める。

母さんに会うのは、七年ぶりになる。

最初こそは会いたいと喚いたものだが、七年も経って、そのわがままを出すことも忘れていた。

 

 

「…ヒメたち見たら、驚くかもな」

 

 

そんなことを口に出しながら、扉を開く。

そこには、少しだけ老けた母さんが、ベッドの中で佇んでいた。

隣には、見舞いに来ていた冬姉も居る。

扉を開けた俺を見て、あんぐりと口を開けていた。

 

 

「…し、しょう…と……?」

「焦凍…!?」

 

 

…まぁ、驚くよな。

面食らった顔を浮かべる二人に、「入ってもいいか?」と問う。

二人は顔を見合わせると、軽く頷いた。

 

 

「友達もいるんだけど」

 

 

俺が言うと、ヒメとミコトが俺を盾にして顔を見せる。

冬姉は少しばかり面食らっていた。

片や、母さんの方は大きく目を見開き、二人の顔をマジマジと見つめていた。

 

 

「……冬美。ちょっと、この子たちにお菓子を買ってきてくれないかしら?」

「え、あ…、うん…」

 

 

母さんの頼みを聞いた冬姉は、ポーチを手に病室を去る。

残された俺たちに、母さんは軽く手招きした。

 

 

「………ひ、久しぶり、母さん」

「…えぇ。久しぶり」

 

 

いざ面と向かって話すとなると、話そうと思っていた内容がすっぽり抜け落ちる。

久しぶり、としか言えない自分が情けない。

俺がそう思っていると、母さんが頭を下げた。

 

 

「ごめんなさい」

 

 

想像はできていた。

母さんが、俺の左目周りの火傷を負い目に感じてることくらい。

頭を下げる母さんに、心配ないと伝えなければ。

俺が口を開こうとすると、母さんが続ける。

 

 

「謝っても、許されることじゃないのは…分かってるの。

でも、ずっと言いたかった。恨んでくれても…、縁を切ってくれても構わないから…。

一言だけでも、謝りたかった」

 

 

火傷のことなんて、ほんの些細なことだと思っていた。

ヒメもミコトも特に気にしてなかったし、緑谷たちも、事情を知っても扱いを変えることはしなかった。

でも、母さんにとっては、忘れてはいけない…許されることのない過去なのだ。

頭を下げ続ける母さんを前に、ヒメとミコトが、俺の手を強く握った。

 

 

「……母さん。母さんは、さ。リスとか、鹿とか…捌いたことあるか?」

「…え?」

 

 

学んだことを言おう。

俺が緑谷たちと出会って、精一杯悩みながら、初めて出した答え。

俺はやったこともないのに、テストを見せるような誇らしげな顔で、言葉を続ける。

 

 

「俺、この間…。自分から頼んで、一週間だけサバイバルをやったんだ。

持ってったのは、着替えとナイフだけ。

…友達と協力して…。生きるために、多くの動物を捌いた。

…山ほどの命を貰って生きてるんだって、初めて知った。ここまで育つのに、山ほどの命を殺してきたんだって、初めて知った」

 

 

この間持ち帰った鹿の肉だって、冷蔵庫にあるソレを見るだけで、涙が止まらなくなる。

俺が殺したんだって、分かっているから。

あの時、トドメを志願したのは俺だ。

命を奪う感触を、この手で知っておきたかった。

個性を使った殺人なら、奪った命の感触すらも知ることができないから。

プロヒーローになれば、敵の殺害も視野に入れなければならない。

それで壊れてしまう前に、命を奪うということを教わって良かったと思っている。

今はその学んだことを、しっかりと伝えるべきだ。母さんがまた、前を向けるように、ちゃんと言おう。

 

 

「命を奪った。それは、もう変わらない事実なんだ。…だから、人はそれを背負って生きていかなくちゃならねェ。

過去は、もう変えられない。

でも、その罰は『笑っちゃいけねェ』、『愛しちゃいけねェ』、『幸せになっちゃいけねェ』ってことじゃ、決してない。

その『過去』と向き合って、『誰かに胸を張れる自分』になるってことなんだ」

 

 

少なくとも俺は、まだ誰かに胸を張れるようなヒーローじゃない。

どれだけ険しくて遠い道のりかなんて、目指す俺自身が理解してる。

だから、その姿を見せることで、母さんにも前を向いてもらわないと。

ひたすらに前だけを見て、猪突猛進に進む友達から教えてもらった、精一杯を見せろ。

 

 

「俺は、見てくれた人たちに胸を張れるような…優しいヒーローになるって、決めた」

 

 

気にしなくていいんだ、母さん。

俺はその過去に負けないくらい、強くなってるんだから。

 

 

「だから、母さん。

…これからも、俺の母さんでいて下さい」

 

 

これが俺の精一杯。

俺が言い終わると、母さんは目尻に涙を溜めて、口を開く。

 

 

「…私、焦凍のお母さんで居てもいいの?」

 

 

俺が頷くと共に、母さんがポロポロと涙をこぼして、俺を抱きしめる。

久々の母さんの手は、母さんの個性とは違って暖かった。




ここでの轟くんはそこらへんのウジムシよりもエンデヴァーが嫌いです。

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