そうだ、先生になろう。   作:鳩胸な鴨

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サブタイトル通りです。今回はハロウィンの出し物をまわる回ではありません。


ハロウィンと恋バナ

「…えぇっと、折寺でこんなに人が降りるって、なんかあるんですかね…?」

 

 

人混みが織りなす津波に巻き込まれながら、俺…ホークスが呟く。

隣に居るミルコさんは慣れないのか、顰めっ面で口を開いた。

 

 

「なんか、商店街で出しモンやるんだと。

シンリンカムイがSNSで大々的に宣伝してたからこうなったんじゃねーの?」

「…ミルコさん、SNSやるんすね」

 

 

痛っ。シバかれた。

ハッキリ言うと、そういうのに疎いだろうと思っていた。

現在、俺たちは相手に警戒されないよう、私服姿で折寺に訪れていた。

無論、警戒云々は俺のみで、ミルコさんはただ単に「先輩の家に遊びに行く」というのが目的なため、私服だった。

 

 

「にしても、多すぎやしませんか…?」

「なんでもアイドルが売り子やってんだと。

名前は覚えてねーけど、ちんまいヤツ」

 

 

アイドルか。

イギリスのNo.1が、歌手として兼業してるってくらいしか知らないな。

そんなことを思いながら、人混みをかき分けて前に進む。

鈴木つづみが住んでいるアパートは、駅から徒歩10分ほど。

しかし、この調子ならば徒歩30分は覚悟した方がいいだろう。

私服で来るんじゃなかった。

 

 

「ああっ!!ウナちゃんの背後に明王が!!明王が居る!!!」

「中学一年生くらいの背丈なのに、なんだあの迫力!?!?」

「そ、それでも…!ボクちんはウナちゃんのパンツを諦めな」

「あ?」

「ごめんなさい」

「眼光だけで屈した!!!!」

「個性か!?!?」

「いや、掌ボンボン爆発してる!!個性じゃねェ!!!覇王色だ!!!!」

「バッカ覇王色じゃねェ!!!ただただ顔が怖ェだけだ!!!!」

 

 

ここで何が起きてるんだ。

野太い男の声に混じって、女の子の「落ち着いてくださーい!」という声が聴こえる。

なんにせよ、ヒーローとして確認しておく必要がある。

ったく…。こうも人が集まる場所だと、面倒なトラブルに巻き込まれがちだな…。

俺が仲裁に入ろうとした時、ミルコさんが先行して声を張り上げた。

 

 

「誰だァ!!!???

このプロヒーロー…ミルコ様の前でいたいけな女のパンツを被写体にしようっつー度胸の有り余るヤツァよォ!!!???」

「「「み、ミルコ!?」」」

 

 

いつものヒーロースーツではないものの、彼女は非常に目立つ出立ちをしている。

今日は髪を結んでサングラスをかけていたが、彼女は手慣れた様子でそれらを外し、彼らの前に躍り出た。

ハキハキとその場に響く声とその分かりやすい容姿に、カメラを構えた全員が慄き、頭を下げてその場を去る。

残されたのは、魔女を意識した衣装に身を包む少女と、フランケンシュタインの格好をした少年だった。

 

 

「あざっす。助かりました。

…だから着ぐるみにしろっつったろォが!!

あーいう輩は言うこと聞かねェし、無駄にしぶといし、何より欲求が素直にキモい!!!

いくら未来のトップヒーローになる俺でも、庇える範囲に限界あるわ!!!!」

「未来のトップヒーローに限界あるの?」

「無くす!!!!だから毎日毎日死にかけてるんだろォが!!!!」

 

 

…へぇ。

少年の体をまじまじと見て、少しわかった。

「死にかけてる」というのは、恐らく誇張表現でもなんでもない。

どんな体勢からでも攻撃や防御に移せるよう、構えている。

体つきも、がむしゃらに鍛え続けたスポーツマンというより、戦場を潜り抜けてきた戦士のような体つきだ。

ミルコさんもそれが分かったのか、不敵な笑みを浮かべて少年を見つめていた。

 

 

「お前、ヒーロー目指してんのか?」

「違うっす」

 

 

ミルコさんの問いに、彼が答える。

 

 

「俺が目指してんのは、世界を背負うトップヒーローっす」

 

 

…成る程、ね。

あの目は、エンデヴァーさんのように、はるか高みを掴もうと足掻いている人間の目だ。

鈴木つづみに会いにきたのに、こんなに面白い少年に出会えるとは。

ミルコさんが笑みを獰猛なものに変える。

 

 

「へェ。一丁前にナマ言ってるワケじゃなさそーだ。アタシんトコで鍛えてみるか?」

「断るっす。俺の師匠よりも、アンタは強くなさそーだ」

「あ?」

 

 

その言葉に、ミルコさんの額に青筋が浮かび上がる。

その時だった。

 

 

「爆豪くん、ウナちゃん。大丈夫?」

 

 

目的の女が、目の前に現れたのは。

彼女…鈴木つづみは俺を一瞥すると、興味を失ったのか、爆豪と呼ばれた少年に近づく。

爆豪くんとやらの側に居るミルコさんは、呆然としていた。

 

 

「嬉しいわね、私のこと師匠って言ってくれるって」

「…一応、師弟みたいなモンだろォが」

 

 

……待って。とんでもない一言が聞こえたんだけど。

師匠?あの十年で十を超える国を滅ぼした、目の前にいるこの女が?

ミルコさんの顔が、真っ青になっていく。

 

 

「はァアアアっっっ!?!?!?

先輩が!?!?師匠ォオオ!?!?!?」

 

 

ミルコさんが叫ぶと、鈴木つづみは彼女に迫った。

こちらからは見えないが、ミルコさんが獅子に追い詰められた兎みたいな顔してる。

足はガッタガタで、立ってるのもやっとらしかった。

 

 

「ルミ。少し見ない間にまた天狗になっていたようね…?

あれだけ私にボコボコにされて、私の弟子に私を超える教えをしようだなんて、でっかい口叩けたわね?」

「は、はひっ……!」

 

 

彼女の口から、あんな情けない声聞いたの初めてだ。

なんにせよ、目的の人間が目の前にいる。

さっさと要件を終わらせるに越したことはないだろう。

俺が話しかけようと近づくと、鈴木つづみの鋭い眼光が俺を捉えた。

 

 

「私がルミと話してんの。ホークス…だったかしら?黙りなさい」

「……っ、おー、怖い怖い…」

 

 

警戒されてる。

機嫌を損ねるな。相手は敵性国家を容赦なく滅ぼした『災害』。

今現在、敵性国家ギリギリの日本に戻ってきた理由が不確定だ。

一応、オールマイトからの『旦那が恋しくなった』という情報があるが、そんな理由であるわけがない。

なるべく穏便に事を運びたい。

 

 

「…ま、いいわ。今や実力者として知られるプロヒーローだからね。自信があるのはいい事ってことで見逃してあげる。

…アレだけヤンチャしてたおてんば娘が、今やプロヒーローで日本のNo.5。

十年の時の流れってすごいわね」

「先輩もっ!ご結婚っ!!おめでとごさいやァァアすっっっ!!!

これっ、めっちゃ遅れたし少ないですけど、ご祝儀でェす!!!」

 

舎弟みたいだ。

九十度に礼をするミルコさんは、何処からかご祝儀袋を取り出し、鈴木つづみに出す。

それを受け取った鈴木つづみは、中身を確認した後、ミルコさんに返した。

 

 

「いらないわよ、そんなの。

祝ってもらいたくて結婚したんじゃなくて、旦那に惚れたから結婚したの」

「……この先輩が惚れるって、どんなバケモンだよ…」

 

 

…相手の旦那は、小学校教師。

折寺小赴任当時、教育委員会から厳重注意を受けた直後あたりから、波風を立てない…どころか、おとなしすぎる男性教師。

教師ということは、その気になれば人質に取れるかも知れない。

旦那が職を失うとなれば、こちらの言うことも多少は聞いてくれるだろうか。

 

 

そんな事を考えていた時だった。

鈴木つづみが、凄まじい眼光で俺を睨みつけたのは。

 

 

「………さ、行きなさい。交代の時間よ」

「…っす。おら、行くぞ」

「うん」

 

 

鈴木つづみが二人をこの場から離れさせる。

と、同時に。周りを凍てつかせる程に強い殺気が、俺の肌を撫でた。

 

 

「…おい、ホークス。先輩に関する情報、二つだけ教えてやる。

一つ。先輩は『未来予知でもしてんのか』ってくれェ勘が鋭い。

二つ。先輩はキレたら容赦ない」

「……今更な情報ありがと」

 

 

まずい。非常にまずい。

さっきの考え事がバレていたのだろうか。

全く…。世の中には末恐ろしい無個性も居たモンだ。

俺がそんな事を思うと同時に、鈴木つづみが間合いを詰め、俺の頸動脈に爪を押し当てる。

 

 

「公安の犬。考えてる事は分かってるわよ。

私を手懐けようってんでしょう?」

「……っ!?!?」

 

 

想定外だ…!!まずいまずいまずい!!

何処から漏れた?俺のことを、こうも的確に捉えてるって、どういうことだ…!?

 

 

「前々から工作員が張り込んでたの、知ってるのよ。アンタの気配がそれに似てた。

これから手懐けるペットを吟味するような、不愉快な視線も相まってすぐわかったわ」

 

 

あー…。こりゃ、全部バレてるわ。

公安から、工作員を送り込んでいたのはとっくに聞かされていた。

相手は気づいていない、と言っていたが、見逃してもらってたの間違いだろう。

こりゃ、飼い慣らそうってのが間違いだ。

協力って形を取り付けるしかない。

…異能解放軍の言い方で言えば、『ノーギフト』…だったか。

確かに、『異能を持たざる異能者』だ。

 

 

「ホークスにミルコ!珍しい、貴殿らも来ていたのか!」

 

 

緊迫した空気が張り詰める中、それをブチ壊すかのように一人の男が訪れる。

俺たちが一斉にそちらを見ると、ハロウィン仕様なのか、マスクの上に包帯を巻きつけたシンリンカムイが居た。

 

 

「おや、主催者の奥方。ホークスにそんなに迫ってどうかしたのか?」

「いえ、弟子がファンで。サインを強請っていたの」

 

 

サラッと嘘つきやがった、この女…。

話を合わせなければ、何をするか分かったモンじゃない。

 

 

「そ、そーなんですよ。プライベートで来たんですけどね?」

「え?ホークスはこう…」

「ルミ。旦那が計画したアトラクション、楽しみにしてたわよね?早く行かないと、行列がさらに長くなるわよ?」

「……うす」

 

 

ミルコさんが完全に屈服してる…。

どんな中学時代送ってきて、どんな関係だったんだ、この二人は…。

そんな事を思っていると、シンリンカムイが俺に迫った。

 

 

「ホークス。実は此方にエンデヴァーも訪問しているのだが…」

 

 

と、シンリンカムイが告げた時だった。

 

 

「親父が相変わらずバカで助かった!!!

俺に対して動く隙を与えたのが悪い!!!!

どうだ『エンデヴァーの知られたくないヒミツ百選』の写真集は!!!???

テメェの痴態を世に晒したくなきゃ、ばら撒いた写真一枚残らず回収する必要があるなァザマァみやがれクソ親父!!!!」

 

「焦凍ォォォオオオオオッッッッ!!!!

反抗期にも程があるぞ焦凍ォォォォォォオオオオオオッッッッ!!!!!!」

 

 

憧れの人が、ばら撒かれる写真を焼きながら息子らしき少年を追い回してる姿が見えたのは。

 

 

「…アレ、止めてくれないか?

止めようとしたんだが、速すぎてな…」

「あ、ああ、はい……」

 

 

こんな形で憧れの人と話したくなかった。

そう思いながら、俺は追いかけっこをする二人を追いかけた。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

「…轟くん、エンデヴァーをおちょくる時は活き活きしてるよね」

「まァ、DV親父のことを好きになれ…とは言えませんしね。

轟先輩の場合は、以前まで逃げるしかなかった分、余計に鬱憤溜まってるんでしょ」

 

 

エンデヴァーと壮絶…?な追いかけっこを繰り広げる轟くんを尻目に、僕ときりちゃんは来場者用のお菓子を包装する。

あかりさんはと言うと、さっきからあまりの恐怖で僕の腕を抱きっぱなしだ。

音声加工ってすごい。

聴きなれたかっちゃんとか轟くんの声が、あんなに恐ろしくなるんだもんなぁ。

そんな事を思いながら、黙々と作業を続ける。

途中、ふとあることに気づいた。

 

 

「…ちょっと聴きたいんだけどさ」

「なんですか?」

「このお菓子とか、衣装さ、ずん子さんが全部作ってるんだよね?」

「ええ、まぁ」

「手先が器用ってレベル超えてない?」

 

 

このお菓子の量…、三日で用意できる範疇超えてない?

衣装と並行して出来んの、これ?

予算とか物資関連は、二徹して僕がなんとかしたけども…。

それにしては、物資が充実してる。

僕がその疑問の答えを知るであろうきりちゃんに問うと、彼女は何処ぞの司令のようなポーズを取った。

 

 

「ずん姉様は手先が器用なだけじゃなくて、スケジュールを瞬時に組み立てるほどの計画性があるんです。

…ずんだが絡むとバカな事やりますけど。

緑谷先輩も見習ったらどうですか?

頭いいのに計画性皆無とか、笑えませんよ」

「うぐっ…」

 

 

痛いところを突かれた。

確かに、僕は計画性皆無だ。自覚はある。

計画性があるのなら、徹夜なんてやらない。

仕方ないじゃないか。アイデアが降りてくる時はわからないんだから。

 

 

「…それにしても。プロヒーローがちらほら居ますね。緑谷先輩、この状況で珍しく暴走してませんね?」

「誰彼構わず迫ったら失礼でしょ。

プライベートで来てる人も沢山いるんだから、節度はきちんと守らないと…」

「…ウナちゃんのファンにも、そういう良心的な人が居たらいいんですけどね」

 

 

あの子のファンは…まぁ、無個性だから抵抗できないと思われて、過激派が多いだけなんじゃないかな。

彼女は歌唱力とキャラ付によって、多くのファンを得た。

しかし、無個性というレッテルの効果は良くも悪くも絶大だった。

犯罪を取り締まるプロヒーローとは違って、変な絡み方しても抵抗されない…もとい出来ないということが認知されてしまっている。

 

 

「ウナちゃんと言えば。かっちゃんとウナちゃんがくっつくのって確定なの?」

「確定ですね。本人曰く、婿養子として許婚になってる…らしいです。

だから若旦那ってのも、あながち間違いじゃないそうで」

 

 

知らないうちに、かっちゃんが一気にお嫁さん付きで富豪になってた。

ウナちゃんの許婚ってことは、世間に漏れたら、とんでもないことになりそうだなぁ。

そんなことを思っていると、商店街の方から一際大きな悲鳴が響く。

 

 

「緑谷先輩」

「大丈夫。敵じゃなくて、単に叫び声なだけだよ」

 

 

監視カメラによって、敵ではないことは確認済み。

だと言うのに、ここまで街が阿鼻叫喚と化すって、本当にどうしてこうなった。

今日、ハロウィンじゃなかったっけか。

 

 

「…ってか、そういう緑谷先輩とあかりさんはくっつく予定なんですか?」

「……ノーコメントで」

「私はこの時代での結婚について、詳しく知らないので、イズクくんの返事待ちです」

 

 

先ほどから僕にしがみついてばかりだったあかりさんが、漸く声を出した。

が。やっぱりまだ怖いのか、僕の腕を握ったままだった。

 

 

「未来での結婚って、どんなんですか?」

「セイカさんに聞いた方が…ああ、いや。

あの戦闘力でも貰い手が居ないくらいポンコツなので、詳しくはないですね…。

私も『父様』に聞いただけですけど、それでいいなら話します」

 

 

父様…?

初めて聞く単語に首を傾げるも、彼女はそれに気づかず、続ける。

 

 

「あっちでの結婚は…生産作業みたいなものですね。新しい世代を産むための。

皆、戦争に夢中だから、勝つためにいろんな事をするんですよ」

 

 

彼女は、それ以上語ることはなかった。

あまり言いたくないのだろう。その顔には少しばかり、影があった。

 

 

「だから、こっちの結婚に憧れがあったんです。父様も、この時代でなら身を固めた…って言ってました」

「…そんなに酷いんですね、未来」

「ぶっちゃけると世紀末です。

そこらに星やら宇宙そのものを容易く消しとばす兵器沢山あるしで、人類滅亡ギリッギリってわけです」

 

 

北斗の拳より酷い。

その世紀末に僕、発明で間接的に加担してる訳なのか…。

…そうだ。没後に全ての発明を封印するプログラムを仕込んでおこう。

人類滅亡の片棒なんぞ担がされてたまるか。

 

 

「……この時代での結婚も、そこまでいいモンじゃないような気がしますけどね」

「人によるって言った方が正確でしょ」

「経緯とか目的とか考えると、褒められたものじゃないケースもありますしね」

 

 

なんにせよ、僕たちにはまだ少し先の話題になるだろう。

轟くん家の家庭事情とか考えると、先生とつづみさんって、夫婦としてはいい関係なのかもしれない。

…毎度毎度、土日休みの度に先生が死にそうになってるけど。

 

 

「あーっ!未来って真っ暗だなァ!!」

「ホンットそれ」

 

 

駄目だ。未来のこと考えると、ひどく憂鬱になってくる。

お先真っ暗って言葉を考えた人って、天才なんじゃないだろうか。

 

 

「真っ暗じゃないですよ」

 

 

と、あかりさんが食い気味に言う。

 

 

「だって、イズクくんたちは『一等星』じゃないですか」

 

 

彼女は吐息がかかるほどに顔を近づけて、言葉を続ける。

 

 

「どれだけ暗くても、どれだけ塗り潰されようとしても、命尽きるまで輝き続ける…。

そんなお星様に、私は救われたんです。

イズクくんがヒーローである限り、その光は消えませんよ」

 

あかりさんが笑みを浮かべる。

なぜかはわからないけど、僕の頬が熱くなってるのを感じた。




モンスターなハンターに夢中で、更新遅れました。申し訳ありません。多分次回も遅れます。

ミルコさんとつづみさんの関係は、舎弟と番長みたいな感じです。

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