「あ、お茶子ちゃんについなちゃん。
怖い系のイベントは苦手って聞いてたけど、来たんですね」
阿鼻叫喚と化す商店街の入り口にて。
私は親から預かった少しばかりの小遣いと、ついなちゃんを連れて折寺に来ていた。
交通費浮くって便利。転移装置って便利。
デクくんが発表した途端、とんでもないことになりそうだけど。
「セイカさん、こんにちは。
ダメなのはウチの方で、ついなちゃんの付き添いで来たんや。はい、参加料な」
「あれ?でも、イージーモードの仮装してるの、ついなちゃんだけですよ?」
受付のセイカさんに、渡された小遣いの一部を渡そうとすると、彼女が疑問を口にする。
私は完全な私服…つまりはこのイベントを『ハードモード』で挑戦する訳だ。
ついなちゃんはと言うと、ハロウィンという西洋のイベントで方相氏の格好をしている。
曰く、「忘れたくないから、たまに着る」とのこと。
どうやらこれも仮装には入るらしい。
流石は無宗教国家。国教を決めてる国からしたら、キレられそうだ。
「実はお師匠様に『ビビリなの治せ』って、真顔で叱られて…」
「ウチは普通に楽しみに来ただけやで」
「そうですか。では、コレをどうぞ!」
渡されたのは、カボチャでできた生首っぽい物体だった。
ご丁寧に、中にランタンが仕込んである。
「「ん???」」
「昔は生首を持ち歩いていたそうですよ!
是非、ランタン代わりにどうぞ!」
「「待って。いろいろおかしい」」
こういうのって、もうちょっとこう、デフォルメされたヤツじゃないだろうか。
渡されたそれは、配色を寄せて仕舞えば、まごう事なき生首だ。子供泣くだろコレ。
ほら見ろ。ついなちゃんが涙目にはならずともドン引きしてる。
「…ガチでこれ持って歩くん?」
「はい!決まりなので!
本来だったら数が足りなかったんですけど、先生のご友人宅からダメになったカボチャを大量購入して、緑谷くんの機械でランタンを量産して貰ったんですよ!
終わった後は持ち帰って煮物かポタージュにでもしてください!
因みに、『カボチャの生首』を持ってないと、例え仮装しようが超超超ハードモードになりますよ!!」
「……ウチは元よりハードやし、ええわ」
「お茶子の姉ちゃん、目ぇ死んどるで…」
ついなちゃんは渋々ながらランタンを受け取り、私は受け取りを拒否する。
プロヒーローもちらほら見るが、ランタンに対して違和感を持つどころか「企画者は博識だなぁ」程度にしか思ってなさそうだった。
何なん?ウチらがおかしいんか?
「では、悪霊飛び交う地獄道にご案内いたしまーす!
ミッションをクリアするとご褒美が豪華になるので、是非挑戦してくださいね!」
「ご褒美………?」
ついなちゃんが、その言葉に足を止める。
「……一番豪華なのは?」
「んんっと…、超超超ハードモードの全ミッションクリアで、イギリスNo.1ヒーロー『Flower』のライブチケットですね!
航空券や旅費等、提供元の企業持ちですよ!
二枚しかないので、先着二名限定品です!」
「やるわ」
ランタンを台に返し、ついなちゃんが凛々しい顔つきで告げる。
やや食い気味なあたり、本当に欲しかった物らしい。
イギリスNo.1ヒーロー『Flower』のライブチケット…か。
転売品のチケットが五十万ドルで売れたって話、ニュースで見たなぁ…。
「……ん?なんで五十万ドルの価値がある物が、ここの景品に?」
「つづみさんとFlowerが親友だそうで!
ご本人が『良かったらどうぞ』と寄付してくれたそうです!」
「あー…。なるほどね」
…勝手に景品にしちゃってもいいの、それ?
私がそんなことを思っていると、その表情から察したのだろう。
セイカさんが「勿論、個人宛の物は別に貰っているそうですよ」と付け足した。
その直後、私の肩を誰かが突いた。
「お嬢ちゃん。楽しそうなお話中ごめんやけど、早よしてくれんか?」
「あ、ごめんなさい…」
私たちが会話に夢中になっているせいで、待ちぼうけを食らっていたのだろう。
そちらに視線を向けると、白衣を羽織った茜色の髪を纏めた女性が立っていた。
関西弁…イントネーション的には、大阪あたりだろう…を話してるあたり、そこら辺の出身だろうか。
私たちは頭を軽く下げ、商店街の入り口に足を踏み入れた。
「では改めまして!いっらっしゃーい!」
「逝ってきまーす…」
「いってきまーす!」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「問題児の方のMs.コトノハは何処だ!?」
「『友を訪ねて』とどっか行きました!!」
「で!?エキスポの飾り付け担当は何処のどいつだ!?!?」
「Ms.コトノハです!!問題児の方の!!」
「あのバカは何処だ!?!?」
「だからわかりませんって!!!!」
現在、i・アイランドは荒れに荒れていた。
物理的な意味ではないが、そうとしか言えない大騒ぎだ。
トシから貰った日本の漫画…『こち亀』だったっけか。
似たようなセリフが飛び交っている。
今年は数年ぶりの『i・エキスポ』が、クリスマスに開かれる予定である。
同時にイギリスのNo.1ヒーロー『Flower』のライブも行われる、豪華なイベント。
国連が「世界の滅亡だ!」とてんやわんやしてるこの年に開催してもいいのか、と些か疑問に思ったが、「世間一般に悟られないようにするため」と開催を決定したらしい。
無論、急な決定のためか、i・アイランドの方も大慌て。
必要な準備をするのに、そこそこ…いや、かなりの期間を要する。
それを『たった一ヶ月半で用意しろ』と言われたのだ。
その際、最も重要となる飾り付けを担当していたのが、幾つもの作業を並行して行える『問題児の方のMs.コトノハ』。
が。一刻が惜しいと言うこの時に限って、あのド阿呆はバックれやがったのだ。
私の愛娘たるメリッサ共々。
ーーーーーーメリちゃんとハロウィンデート楽しんできまーす!
憎らしいことに、あのアマ、私のパソコンにビデオメッセージまで送ってきた。
人をイラつかせる天才とは、彼女のためにある言葉なんじゃないだろうか。
i・アイランドにハロウィンなんて高尚なイベント無いんだぞ。
「シールド博士!どうしましょう、飾り付けはおろか、展示スペースの取り合いで全然事が進みません!」
「展示スペース関連は私がやるから、君はあのアホの居場所を探してくれ!」
いけない。彼女のことになると、歳の割に老け込んでるとまたバカにされる。
目頭を押さえながら、自身の作業に没頭しようとした、まさにその時。
私の携帯から、着信音が響いた。
携帯の画面に表示されるのは、見慣れた『トシ』の文字。
私は通話ボタンを押し、スピーカーモードに切り替えた。
「どうかしたか、トシ?」
『デイブ。君はイギリスのNo.1の連絡先等を知っているか?』
「『Flower』の?」
トシがプロヒーローの連絡先を聞いてくるとは、珍しい。
何かあったのだろうか、と思いながら、私は彼の期待には応えられない旨を伝える。
「すまないが、面識もない。…何かあったのか?私でよければ、ある程度は聞くが」
『いや、ありがとう。彼女自身に聞きたいことがあっただけなんだよ』
声色からして、個人の悩みだろう。
しかし、見ず知らず…というわけではないが、あまり面識のない相手に相談をする事態になるとは、あまり考えられないが…。
その疑問を口にせずとも、トシには伝わったのだろう。
彼は電話越しでも分かるほどに深呼吸して、語り始めた。
『……鈴木つづみ、という日本の女性は知ってるかね?』
「確か、何年か前に敵性国家の無力化…と言うより、殲滅に貢献したとして、国連に平和賞を授与された子だろう?」
その授与式に、私も来賓として呼ばれたことがある。
というより、トシが同じくして平和賞を授与される時期が、彼女と被ったのである。
遠目から見た鈴木つづみは、磨かれたナイフのような美しさと危うさがあった。
詳しくは知らないが、トシ曰く「同じ母校であった」らしい。
しかし、どうして今になってその名前を出したのだろうか。
『…鈴木つづみが、日本に帰国したんだよ』
「なんだって!?!?」
敵性国家認定ギリギリに立たされている日本に、鈴木つづみが帰国した。
その事実から導き出される答えは、「日本を滅ぼしに来た」という他にない。
私の推測を悟ったのだろう、トシは「心配ない」と付け足した。
『本人曰く、十年前に籍を入れたきりの旦那さんが恋しくて帰国したそうだ』
「………既婚者だったのか?」
『私も驚いたんだが、事実らしくてね。
その…、非常に反応に困る惚気をされた。
ハッキリ言うとベタ惚れだそうだ』
反応に困る惚気ってなんだ。
そもそも、遠目から見ても「近づくな」と言いたげなオーラを纏っていたあの彼女がベタ惚れ?
それ、どんなバケモノなんだ?
そんなことを思っていると、トシが「それは一旦置いておこう」と話を区切る。
『…実は、たまたま見かけて、彼女に謝罪に出向いた。
同時に、人を殺すことに対して積極的な彼女を説得しようとした』
「……甘い、と言われたのか?」
『それだけなら良かったんだがね』
聞けば、「イギリスのNo.1にキレられる」と言われたそうだ。
彼女もまた、敵性国家の殲滅に貢献していたが、「私の貢献は微々たる物だから」と賞を辞退したという話を聞いたことがある。
どうやら鈴木つづみと彼女は友人としての関係があるらしく、倫理観も近い物であるらしい。
『…彼女にとって、私の思想はどうなのか。
殺害を忌避することは悪なのか…。
それを聞いてみたかった』
やむを得ないとはいえ、AFOをその手で殺めたトシだ。
殺すことに対して、思うところがあるのだろう。
それに対して、私は何かを答えを出せるかと問われれば、否と答える。
「…そうだ。今年のクリスマス、空いているか?」
であれば、私にできる範囲で、トシが望んでいる場を用意してやろう。
そんな気持ちで、私はトシに提案を持ちかけた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「あァァァァァァァアアアアアアァァァァァァ無理無理無理無理無理無理アカンってマジでアカンからめっちゃ怖いィィィィィィイヤァァァァァァァアアアアアアァァァァァァァアアアアアアッッッッ!?!?!?!?」
「あァァァァァァァアアアアアアァァァァァァ手が手が手が手がジメッとしててヌメっとしててなんかもういろいろと限界やからお願いやからマジでもう堪忍してェェェェェェェェェェェァァァァァァァアアアアアアァァァァァァッッッッ!?!?!?!?!?」
数分前の自分を殴りたい。
襲いくるバケモノたちを振り払いながら、必死になってミッション地点へと向かう。
ホログラムだという前情報があったから安心し切っていただけに、裏切られた気分だ。
何が「ホログラムだから触ることはできない」だ。ガッツリ触られた感触あったぞ。
そんな恨み節を言えども、この状況は変わらない。
『何故ぇぇぇええ……!!何故何故何故異能を持って生きているぅぅぅぅうう……!!』
『嗚呼妬ましい浅ましい許せないどうして我らは受け入れられなかったのだ同じ異能を持つ者のはずなのにぃぃぃぃいいい……!!』
『貴様ァァァァァァ我らの同胞でありながら何故其奴の首を取らぬゥウ!!!!
同胞であれども容赦せん、こちら側に引き摺り込んで再教育だァァァアア!!!!』
ウチらの声って、加工したらこうなるんだ。
遠い思考でそんなことを思いながら、ついなちゃんを抱えて必死に逃げる。
超超超ハードモードの名は、伊達じゃなかった。
悍ましさで殺す気かって程に恐ろしい見た目のバケモノが、こぞって私たちに殺到するんだから。
しばらく走っていると、「ミッション1」と書かれたアーチが見える。
私は転がり込むようにそのアーチを潜り、バッ、と背後を振り返る。
『………ちっ』
バケモノたちがアーチを前に舌打ちして、その場を去っていく。
どうやら、アーチから先は襲ってこない設定になっているらしい。
私たちが胸を撫で下ろしていると、アーチの裏から、ぶら下がるように、葉巻を咥えた老父と、バスケットを持った老婆が姿を表す。
『あらあら、生首を持たぬ者が最初の扉にたどり着いたそうですよ、お爺さん』
『ハロウィンに生首を持たぬとな?全く、常識破りにも程がありますな、おばあさん』
私たちがその会話にツッコミを入れようとするのも束の間、老夫婦がアーチから降りる。
そこで私は、初めて気が付いた。
ついなちゃんも同じように気づいたのか、息を呑む音が響く。
老夫婦の首から下。明らかに「顔と年齢が合っていない」。
『コレではミッションのクリアが出来ないのではないですか、お爺さん』
『いやいや。そう決めるのは早計ですよ、おばあさん』
老夫婦の顔が、この世のモノとは思えないほどに邪悪なモノに変わる。
ついなちゃんが泡吹いて白目を剥くも、私が「景品」と言うと、即座に目を覚ました。
「で、ミッションってのは?」
『簡単ですよ。「生首に火をつけろ」です』
『生首を持たぬ貴殿らにとっては、非常に困難でありますな』
ランタンという名のあの生首確実に必須アイテムやん!!!!
やから「仮装しなくても超超超ハードモード」って言ってたんか!!!!
ハードモードやなくてクリア出来へんこと前提のクソゲーやん!!!!!
そんな事を思っていると、老夫婦はそれを悟ったのだろう。
愉快そうにケラケラと笑っていた。
『ミッションをクリアしなければならない、という決まりは無いのですから、逃げ出せば良いのでは?』
『逃げた先には、恐ろしいバケモノたちが蔓延っているでしょうなぁ…』
つまりは、ミッションはスルー出来るということか。
ご褒美は無くなるが、それよりもここから抜け出したいと思う人は多そうだ。
「抜け出すかアホ!!やったろうやないかい、ミッション!!!」
ついなちゃんは、「恐れより欲」って感じだなぁ。人間は欲が絡むと強い。
…少しだけ考えよう。
このハロウィンを企画したのは、あのクソみたいな性格した先生。
一見『無理ゲーだろ!』って思わせて、景品を取らせないようにしてるのだろう。
…付き合いの浅い私でも思う。つくづく性格が悪い。
「クリア条件は、『生首に火をつける』でいいの?」
『……?その通りだよ』
言質は取った。
生首に火…もしくは灯りを灯す。
普通に考えれば、あのランタンさえ持っていれば普通にクリア出来る。
戻って取りに行く、という選択肢もあるけれど、それなら「超超超ハードモード」からランクが落とされて、景品お預けになる可能性が高い。
セイカさんの口振りからして、ランタンの所持が、仮装よりも重大な「難易度変化のカギ」を担っているはず。
なら、この場にあるモノでクリアできるようになっている。
あの先生は、正解できない問題を出すような人間じゃない。
捻くれた問題を出して、必死に解こうとする様子を見て笑うような人だ。
「…ついなちゃん。個性使ぉたら、目ェも良ぉなるんやっけ?」
「目ェ良ぉなる…っていうか、正確には『真贋を見抜く』らしいわ。
お茶子の姉ちゃんが言う『ほろぐらむ』かマジモンか、即わかるで」
「頼んでええか?」
「わかったわ」
瞬間。ついなちゃんの周りの空気が変わる。
口腔に並ぶ歯は鋭くなり、目玉が猛禽類のようにギラギラした物へと変貌する。
これが、彼女の個性『鬼神』。
何が出来るのかは詳しく知らないけれど、ついなちゃん曰く「使い所さえ守れば便利な個性」らしい。
ついなちゃんが黄金に煌めく瞳を老夫婦に向け、「うげ」と声を漏らした。
「…首部分が作りモン、体はほろぐらむ、葉巻はマジモン。
どーゆー原理かは分からんけど、ホンマに吸うてるみたいになっとる」
「……エッグいこと考えるわぁ」
成る程。たしかに、『すごく簡単なミッション』ではある。
世間一般で培われるはずの倫理観が欠落してたら、の話だが。
『どうやら気づいたみたいですよ、おじいさん』
『そうか。でも心配はいらない。実践できるかは別の話だからね、おばあさん』
全く。クリアさせる気が無いにも程がある。
私としては、作り物とはいえ、対話できてる生首に火をつける…なんて行為は避けたい。
私がどうしようかと考えていると、ついなちゃんが裾を引っ張った。
「悩んでるところアレなんやけど…」
ついなちゃんが指差す方向に沿うように、目線をそちらに向ける。
目を凝らすと、暗闇に擬態するような形で黒塗りにされた火の灯っていない生首ランタンが、これまた見つかりにくいように物陰に置かれているのが見えた。
「アレ、カブやで。カボチャやない。
『カボチャの生首を持ったら難易度低下』なんやから、大丈夫やろ」
「性格悪いわァアっっっ!!!!」
私は叫びながらそのカブを掴み、老父から葉巻を奪って中のキャンドルに火をつける。
夜目が効くように訓練しててよかった。
ついなちゃんが居なかったら、確実に生首チャッカマンになってたぞ。
『おやまぁ。隠してたのがばれちゃいましたよ、おじいさん』
『ばれてしまったね、おばあさん。
何はともあれ、ミッションクリアだ。証をあげよう』
老夫婦は言うと姿を消し、その場に二つのバッジを残す。
私たちはそれを拾い上げて、互いに顔を見合わせた。
「…こんな性格悪いミッションがまだ待っとるん…?」
「やろぉなぁ…」
あの先生、つくづく性格が悪い。
そんな事を思いながら、私たちはミッション通過口のアーチを潜った。
次回、花ちゃん登場です。