「こ、コレで…ミッションは、後一つ…!」
「キッツ…。精神的にも…、肉体的にも、キッツいわぁ……」
超超超ハードモードって分かってて挑んだ私が言うのもなんだけど…。
ハッキリ言おう。アホほどキツいんだけど。
ミッション自体は簡単そうなのが多いけれど、蓋を開ければ『超超超ハードモード相手にはクリアが難しい』ように設計されてた。
アップルボビングだっけか。
水に顔を突っ込んで、口で浮かんだリンゴをキャッチするゲーム。
仮装をしていれば、補助機能付きの仮面を渡され、していなければ普通に水に浮いたリンゴをキャッチする。
が。私たち超超超ハードモード相手には、『片栗粉を多めに混ぜた水に沈んだリンゴを掘り当てる』という、性格の悪さが滲み出たミッションが下された。
ついなちゃんが個性を使って、大体の場所を見極めてくれたお陰で、クリアはできた。
…片栗粉で顔カピカピになったけど。
掘り進むのも楽じゃなかった。
パサパサしてるのかドロドロしてるのかよく分からない物体に、短時間顔突っ込むだけでも拷問だったのに。
底にあったリンゴが、隣の桶に入った物よりも2回りくらい小さかったのに気づいた時には、殺意が芽生えた。
その他にもいろいろあったけれど、全て割愛させていただこう。
ただの愚痴大会になりそうだ。
「…にしても、あの先生。結構攻めた事やるなァ。超常黎明期やったら叩かれとるで?」
「たぶん、町内会に全責任押し付ける準備、整えてるんやない?
そういう準備早そうな人やし」
ついなちゃんと言葉を交わし、バケモノたちの恨言を聞き流す。
どうやら集まっている悪霊は、全てが「超常黎明期」の死者という設定らしい。
実際にあっただろうから、同情はする。
でも、私に出来るのはそれだけだ。
「無くしてしまったモノをもう一度」なんて、神様でも無いんだから出来ないに決まってる。
「……ウチのと言い、個性ってほんま、難儀なモンやなぁ」
「一種の『障がい』って見られた時期もあったくらいやし、な」
そんな事を話してると、ふと、デクくんとの会話を思い出す。
あの時はサバイバルの途中だったっけか。
ふとしたことから、話が「個性」の話題になった。
個性が病原菌に近い生態をしてる…なんて私たちにとってタイムリーだった話題。
ーーーーーー個性と人は、共存が出来ないものだって、僕は思ってる。
今も、昔も…多分、これからも。生物って、本来は互いを貪り合う関係だから。
あの時、デクくんの言葉に、私たちは確かに納得していた。
例えば、私の個性。使い過ぎると三半規管に負担が掛かって、自律神経に異常が出る。
爆豪くんの場合は、あまりに連続して爆破すると、最悪汗腺が破裂する。
轟くんは、左を使い過ぎれば体温が上昇して、死に近づく。逆に右を使い過ぎると、体の水分が凍って死に至る可能性がある。
ついなちゃんは、個性を発動すれば代謝が激しくなる。
曰く、一日ぶっ続けで使ったら確実に餓死するくらいには燃費が悪いらしい。
要するに、今も昔も、個性を「扱いきれているようで扱いきれていない」のだ。
個性そのものである生命体は、ノーリスクでその力を振るうことが出来るらしい。
丁度、あかりちゃんのように。
そう考えると個性って、人には過ぎた代物だったんだろう。
昔に「個性特異点」という「いずれ個性を制御しきれずに、人は滅びる」という終末論があると、何かの番組で見た。
それもあながち間違いでは無いのかも。
でなければ、未来で個性が切除されるなんて事にならないだろうし。
「…繰り返さんとええな。こんなこと」
「ほんまにな」
個性差別は、今なお社会に根付いている。
アメリカは大統領の個性が非っっっっ…常に残念過ぎる事もあってか、大分緩和されてるらしいけど。
なんにせよ、「個性があるから起こる悲劇」を回避しようと頑張るのも、ヒーローとしての務めになる。
「……それはそれとして、怖いことには変わりあらへんけどなァア!!!!」
「慣れてきたって思ったけど、怖すぎて感覚麻痺してるだけやからなァ!!!!」
『こっちにおいでぇぇぇ……』
『君たちも異能があるんだろぉお……?僕らのように、社会の被害者なんだろぉおお…?
生きててもいいことなんてないんだろぉおおおお……?』
「黙れや!ウチの最後はウチが決めるわ!」
ほんまにあの教師シバいたろか。
失禁に対応してか、ご丁寧に「着替えコーナー」なんちゅうモン設置しおって。
各サイズの下着やらズボン、シャツやらを用意する手際の良さは何なんだ。
私がそんな事を思っていると、ついなちゃんが立ち止まる。
「…なァ、あれ。ラストミッションって書いてへん?」
「へ?」
私がそちらを見ると、『ラストミッション』と書かれたアーチがあった。
小さく「ラストでは無いよ」的な事を書いてるかも、と思ったが、訴えられる可能性がある詐欺まがいのことはやらない人だ。
やることと言えば、ふざけんなと叫びそうになるような法的にセーフなことくらいで。
「どうせ超性格悪いミッション待ってるんやろうなぁ…」
「ウチ、あの先生とあんまり喋らんかったけど、今ハッキリ思ったわ。
大っっっっっっっ…………嫌いやあの先生」
…まぁ、世辞にも好かれるようなタイプではないよなぁ。
そんな事を思いながら、私たちはアーチを潜り抜けた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「貴様か。ウチの焦凍に余計な事を吹き込んだのは」
助けてください修羅場なんですが。
現在、僕…こと水奈瀬コウの身に何が起きているのかを言うと、この一言に尽きる。
どうやら轟くんを連れ戻しに来たエンデヴァーと轟くんが、予想斜め上過ぎる嫌がらせと並行した逃亡劇を開始。
たまたま居合わせたホークスが轟くんを捕まえ、エンデヴァーが逃げた理由を問い詰めたところ、轟くんを探しに来たウチの双子とばったり遭遇。
双子はエンデヴァーの圧に逆らえず、僕の元に連れてきた訳だ。
胸ぐら掴まれてますよ、ええ。
ウチの嫁は、ホークスたちと話があると何処かへ行ってしまった。
「余計なこと、とは?」
「とぼけるな。今年の夏あたりから、焦凍の反骨精神が露骨に嫌らしくなった」
「…轟くん。自分の口から説明したらどうなんですかね…?」
僕が半目で轟くんに視線を向けると、露骨に顔を逸らす。
口聞くのすら嫌なのか。どんだけ家庭内での評価低いんだエンデヴァー。
「答えろ。何を吹き込んだ?」
「強いて言うなら、自分で選択すること、その選択を貫くことの重要性を説いたくらいです。後はノータッチですよ」
基本的に、僕の教育理念は「手は差し伸べないから自分で立て」だ。
最低限の知識を最高の状態で与えるだけで、それをどう扱うかは本人次第。
轟くんの性格が悪くなっても、僕は全く関与してないと言える。
全部、彼の意思でやったことだ。
…まぁ、目の前の頑固親父にその言い分が通じるかは、微妙だけど。
「ふざけるな。焦凍は子供だ。
オールマイトをも超えるプロヒーローに育てるには、一人では限界がある」
「だから、自分が鍛えると?」
「そうだ」
うーむ。ダメ教師の轍をものの見事に踏み抜いてる。
プロヒーローの育成は得意なんだろうが、子供の教育は向いてないな、この人は。
そもそも、轟くんはオールマイトを越えようと思ってないことを知らないのだろうか。
「言っときますが、本人が本気で望まない限りはやめたほうが良いですよ。
やったことの一割も身に付きません」
「それは貴様の自論だろう」
結構有名な教育学者から、論文出てるんだけどなぁ。
そんな事を言えば、火に油を注ぐことは目に見えてるから、敢えて言わないが。
「あのショートのお父さんなんでしょ?大丈夫なの…?」
「せんせーのことだから、なんとかすると思うよ…。多分、きっと、メイビー…」
「ミコト、自信がないなら無理にフォローしなくてもいいぞ」
わかってます轟くん君の所為でこうなってんですがねェ!!!???
と、怒鳴りたい気持ちをなんとか堪えて、僕はエンデヴァーを見据える。
「今後、焦凍は俺が面倒を見る。
赤の他人の貴様に任せては、どうなるか判ったものではない」
「願い下げだバカ親父」
…言っても聞かない、なんて輩は、腐るほど相手にしてきた。
今だって、言っても聞かない子供達を相手にし続けている。
そんな相手を一発で黙らせる方法は、ただ一つだけ。
「人に『こうなんだろうな』、『こうであってほしい』なんて願望押し付けないでくださいよ。付き合ったら面倒なタイプの女みたいですね。洗脳ですよソレ。
それに、轟くん。君のそれは反抗ではなく、癇癪に近い逃避です。
変わり始めた爆豪くんを見て、何も学ばなかったんですか?
彼と緑谷くんのように、このダメ親父との関係に何かしら折り合い付けましたか?」
現実という名の鈍器で「二人まとめて」引っ叩く。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「…最後のミッション会場だけ、なんか雰囲気違ぉない?」
「…ほんまやな。こっちも、そっちも…。苔生えた墓がぎょおさんあるわ」
アーチの奥は、墓地のような間取りだった。
ずらりと墓が並び、所々、鬼火のような火の玉がふよふよと浮いている。
西洋風の墓もあれば、日本の墓石まである。
雰囲気ぶち壊し…なんてことはなく、本当に、多種多様な墓が違和感なく場の空気をおどろおどろしく彩っている。
「…遺品、なんかな。今まで会ってきた霊の持ってたモンが置いたる」
「ここの案内人はおらんのやろか…?」
私たちが先ほどとは毛色が違う不気味な雰囲気に戸惑っていると、ソレを嘲笑うように、笑い声が鼓膜を揺らす。
さっきから何なんだ。
毛色が違うこともそうだが、ハロウィン独特の「華やかな恐怖」の「華やかさ」が削れたように感じられる。
さっきまでは、最低限の華やかさが存在していたのに。
飾り付けも、このミッション会場だけ、ランタンも比較的新しい植物もない。
ただ、苔や朽ちた木の幹やらが散乱してるだけだ。
作り物にしては、やけにクオリティが高い。
…きりちゃんのお姉さんが、手先が器用だとは聞いたが…。ここまで行くのだろうか。
『こんにちは』
と。そんなことを考えていると。
私の背中に、柔らかく冷たい感触が伝ったのは。
氷嚢ではない。確実に、人の肉の感触。
なのに、人特有の温みはなく、氷のように冷たい。
恐る恐る、背後を振り返り、自分たちの置かれた状況に気づいた。
『いらっしゃい。こちらの世界へ』
髪の長い女性が、この世の物とは思えないバケモノを従えて、私達に抱きついていた。
「「ひぎゃァァァァァアアアアアアァァァァァァァァアアアアアア無理無理無理無理無理無理誰か助けてェェェェェェェェェェァアアアアアアァアアアアアアァァァッッッッ!!!!!!」」
『わっ。びっくり』
気がつけば、恐怖で喉が擦り潰れそうなほどに叫んでた。
ついなちゃんと必死に抱きしめ合うも、それを覆う形で女性が私たちを抱き寄せる。
勘弁してください冷たさで心臓が凍って止まりそうです。
『大丈夫。私の質問に応えてくれたら、それでいいから。ここから出してあげるから。
憑り殺す、ないしこの世界に閉じ込めるなんて、野蛮なことしないから』
「はへ…?」
息も絶え絶えに、精一杯疑問を表現すべく、首を傾げる。
女性は袖で口元を覆いながら、笑みを浮かべた。
『どうする?私の質問に、答えてみる?』
「…は、はひっ」
断ったら殺されそう。女の人じゃなくて、後ろのバケモノに。
ついなちゃんに目線を向けると、彼女はガッタガタ震えながら、風圧で音がするほどに頷いていた。
私に至っては、恐怖が一周回ってひどく冷静になっている。
『私の質問は、前準備はちょっと面倒だけど、すごくシンプルな物で、答えもない。
でも、今まで質問に応えて、私を納得させた人は居ないわ』
応えた人、大丈夫なんですか…?
その一言が言えなくて、私の喉奥から飛び出そうとした言葉は、違和感になって喉にこびりついた。
その理由は明白。『納得させなければ殺す』と言いたげに、バケモノが幾つもある目を私たちに向けていたから。
作り物とは思えないほどの、濃密な殺気。
私たちがソレに怯えていることもつゆ知らず、女性は笑みを崩さずに続ける。
『前準備…って言っても、大したことじゃないわ。ただ、私が生きていた頃のことを話すだけ』
言うと、彼女はぽつぽつと続ける。
その横顔は、ひどく冷徹なものに感じられた。
『…私は、普通の家庭に産まれて、普通に育って、普通に学校を卒業して…。
そんな、すごく普通の人間だった』
普通。何度、その言葉に悩まされてきたことだろうか。
そんなことを考える暇もなく、女性は話を続ける。
『…十八、だったかしら。私、異能…あなた達の時代で言う、「個性」が出たの』
個性の発動は、基本的には四歳まで。
しかし、それは個性が浸透してきた現代のことであって、超常黎明期初期はまちまちだったと言う。
中にはお爺さんになってから発動した例もあるくらいだ。
個性発動は、今の時代なら喜ばしいことだということで赤飯を炊かれるようなイベントだけど、昔は真逆。
個性が発動した途端、世界が敵に回る。
それこそ、誠実に生きている人間を、非行に走らせるくらいには。
『当時は「反異能団体」…なんて公的集団がいたの。仕事は異能者の排除。
私は…その一環で殺されたわ』
ーーーーーー停滞することでの一時の安定を覚えた人は、最も変化を嫌う。
やから超常黎明期に個性持ちの大量殺戮が行われたわけや…って麗日以外寝とるんかいな!!!つまんないのはわかるけどもお前ら寝るなァ!!!
ふと、担任の先生の言葉が頭をよぎる。
混沌を極めたとされる超常黎明期。
その沈静化を図るために、各国で個性持ちの殺戮が行われたことは、知っている。
当時はそれほど強力な個性が無かったことも災いし、死者は推定でも一千万は行っている…らしい。
女性は話に区切りをつけると、こちらを向いた。
『じゃあ、ここで質問ね』
ーーーーーー私はどうして死んだのかしら?
彼女の放ったそれは、個性持ちにとって最悪の質問だった。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「……なんだと?」
「先生…?」
二人が僕の言葉に面食らっている。
やはり、ある程度成長しているからと轟くんを放置したのが悪かった。
悪態を吐くのは別に構わない。
だけど、彼がエンデヴァーにやっていることは、何のケジメも付けられない、ただの嫌がらせだ。
家庭環境の改善を、完全に轟くんにぶん投げていた僕が悪い。
責任を取るためにも、このまま取り返しのつかない事態に陥る前に、徹底的に叩かねば。
「聞こえませんでしたか?それとも、理解できませんでしたか?
なら、分かりやすく言いましょう。二人とも『大人になれ』って言ったんです」
「貴様……っ!」
エンデヴァーの眉間の皺が深くなり、怒りを体現するように、炎が揺らめく。
無個性で32年も生きてきて、今更そんなのにビビると思ってるのだろうか。
間違ってるものは間違ってる。
そう言って貰える機会というのは、立場が上になればなるほどに少なくなっていく。
僕が偉そうに言えた立場でもないが、言わないと何も変わらない。
「エンデヴァー。貴方は実績は確かに素晴らしい。正直、僕みたいな一介の…それこそ無個性の教師が何かいうのも差し出がましいとは思います。
でも、言わせてもらいましょう。
貴方は『親としての覚悟』はありますか?」
これは現世の母からの受け売りだ。
結婚する際、子供をもうけるなら…と言うことで、説教された。
学生婚だったから、余計に。
「轟くんや彼のご兄弟が、我が子を愛してあげられるように、『父親としての愛』を教えましたか?
ヒーローとしてじゃなく、『父親として恥ずかしくない背中』を見せましたか?
絶対の自信を持って、この二つの問いに頷けますか?」
まだ親でもない僕が言うのもなんだが。
それでも、職業柄、小学生の面倒を常日頃見ているのだ。
子供のことについて、人一倍、理解はしているつもりだ。
「…愛の鞭という言葉があるだろう」
「貴方のソレは違います。ただの独りよがりな押し付けです。
その証拠として、轟くんが『どんなヒーローになりたいか』、知ってます?」
「無論、No.1ヒーロー…」
と、エンデヴァーが言い切る前に。
様子を見ていたウチの双子が、声を張り上げた。
「「ちがうもん!!!」」
エンデヴァーが鋭い目で彼女らを見やる。
が。彼女らはソレに屈することなく、エンデヴァーに近づき、睨みつけた。
「ショートは、『優しいヒーローになる』って言ってたもん!!
『No.1になりたい』なんて、一度も言ったことないもん!!!」
「…他人の貴様らに何が…」
「7年も一緒にいるから知ってるよ!!
『優しいヒーロー』が夢なんだって、ずっと言ってたもん!!!」
二人が声を荒げて、エンデヴァーを怒鳴りつける。
僕は二人を抱き寄せて、未だにエンデヴァーと目を合わせようとしない轟くんの頬を両手で挟んだ。
「轟くん。君、ここまでこの子たちに言わせておいて、父親ときちんと話し合うこともしないんですか?
ヒーローになる前に、まずは子供として…人間としての責任を果たすべきでは?」
僕が言うと、轟くんは暫し沈黙する。
数秒だろうか。それとも、数分だろうか。
轟くんが小さく口を開き、沈黙を破る。
「…先生。退いてくれ」
僕が轟くんから離れると、彼はエンデヴァーに歩み寄る。
「…………見下げ果てたクソ親父。
この際だから、ハッキリ言う。
俺は、アンタの目指した『No.1だけが取り柄のヒーロー』ってのには、なりたくねェ」
「………………っっっ」
恐らく、轟くんが初めて自分の意見をしっかりと話したのだろう。
エンデヴァーは面食らったようで、目を白黒とさせていた。
「俺がずっと目指してんのは、『優しいヒーロー』なんだ」
「…焦凍……」
初めて反抗ではなく、自分の意思を伝えたことで、ショックを受けている。
そんなエンデヴァーに対し、轟くんは膝と掌を地面につけ、深々と首を垂れた。
「だから…、頼みます。その時にきちんと誇れるような…いや。冬姉や夏兄…俺たち、アンタの子供が誇れるような、立派な父親になってください。
母さんが死ぬ時に、一緒になったことを後悔しないような、立派な夫になってください。
これ以上、俺が『大嫌い』と思うような父親に、成り下がらないでください。
もし、この頼みが聞き入られることが無いのであれば、俺…轟焦凍は、縁を切ります」
人生で恐らく初めての、父への土下座。
エンデヴァーはその様子に何を思っているのだろうか。僕には分からない。
分からないけれど、コレだけは言える。
「反抗しまくってた実の息子にここまで言わせておいて、まだ意地張りますか?」
「……………」
エンデヴァーは黙っていた。
答える気配があるかと思ったが、煽りに反応がないあたり、放心しているのだろう。
僕は詰め寄って、少しばかり声を低くした。
「ケジメはつけろ。大人だろ、お前」
僕の言葉で漸く戻ってきたのか、エンデヴァーの目が、真っ直ぐに僕を捉える。
「……俺は、ヒーローとして、それこそサイドキックと同等…いや、それ以上に厳しく焦凍に接してきた。
全ては、焦凍を俺の代わりに頂点に立たせるためだった」
「とっくに知っています」
轟くんから散々聞かされた。
どんな心境でその答えに至ったのかは、薄々察するが…。
それでも、理解はできない。
「………俺は父として、この子に接したことは…ない。ヒーローとしての俺が、俺の全てだと思っているからだ」
「でしょうね。貴方は仕事人間って呼ばれるタイプです」
実際に接してわかった。
No.1になる。その夢が捨てきれない。
夢に対して、折り合いをつけることを覚えずに育った大人。
それがエンデヴァーなのだろう。
「…見届けていろ。今から為すことを」
言うと、エンデヴァーは僕の傍を通り、頭を下げる轟くんを見下ろす。
「……頭を上げてくれ、焦凍」
エンデヴァーの言葉と共に、轟くんが地面につけた頭を上げる。
ソレを確認するや否や、エンデヴァーも同じように座し、首を垂れた。
あまりの勢いに、額の肉が裂けたのか、軽く血飛沫が飛び散る。
「俺は、父としての接し方がわからん。
純粋に父として、一人の子を育て切ったことがないからだ。
俺は、女の愛し方を知らん。
男として、冷を愛したことがないからだ」
エンデヴァーはそこまで言うと、「だが」と付け足した。
「…冷を精神病院に送り、冬美、夏雄を放置し、燈矢を棄てておいて言えた口ではないのは、わかっている。
償いとして記者会見を開き、全てを世間に告白し、一からやり直す。
今度こそ、お前たちに誇れるような父に…一家の家長になってみせる。
だから、焦凍。しっかりと俺を見ていて欲しい。相応しくないと感じれば、すぐに縁を切ってくれても構わない。
だから、頼む。俺にもう一度、父を名乗らせてくれ」
その言葉に、轟くんは面食らった顔を見せた後、ふっと笑みを浮かべた。
「見てるぞ。親父」
その様子を見届けた直後、僕はあることに気づいた。
エンデヴァーが今までやってきたこと晒す?ソレってつまり、ただでさえ最低評価の日本が更に低評価を下されるのでは?
慣れてきたはずの胃痛が、今日はヤケに鋭く、激痛に感じた。
「……せんせー。大丈夫?」
「多分胃に穴開きました、コレ…。入院してきます…」
「…イズクさんのナノマシンで、入院要らずなんじゃなかったっけ?」
「そうでしたねあははは……。はぁ……」
♦︎♦︎♦︎♦︎
超常黎明期に死んでしまった理由。
『時代のせい』と答えれば、すぐに解決するだろう。
しかし、彼女が納得するかどうかで言えば、殆どの確率で否だ。
…そもそも、答えのない質問に対しての答えなんて、決まっている。
「……多分、理由なんてあらへん」
自分の最大限をぶつける、だ。
『……へぇ?続けて?』
「人は、死ぬときはどうしても死んでまう。
そこに理由や違いなんてあらへん。ただ、死んだって事実が残るだけ」
あのサバイバルで学んだこと。
あらゆる命に対する向き合い方。私はソレを答えるだけ。
「でも、生きてる限りは、その命を背負う責任が伴う。
例え赤ん坊でも、その命はそれよりも前を生きてきた、幾つもの屍の上にある」
関係ない、じゃ済ませられない。
死ぬことは避けられない。でも、それから逃げ出してはいけない。
きちんと向き合うことの大切さを、私は学んだから。
「ウチは、その命たちを忘れない。
頭悪いから、今まで死んだ命が多すぎて、細かい数とかは分からんけど…。
でも、『ウチらの前に死んでしまった命があったから、この命がある』ってことは、忘れちゃいけないんや。
ウチらが笑い合って生活できるのは、前に生きてきた人々が、屍に塗れて、血みどろだった歴史を歩んできたからだってことを、絶対に、忘れない」
女性は真っ直ぐに私の瞳を見つめる。
ただの死に意味などない。その死を活かして初めて、死に意味ができる。
そのことを、私の言葉で伝えなきゃ。
例え作り物だとしても、ヒーローとして…いや。人として、答えを出さなきゃいけないから。
「だから、貴女が死んでしまったことも、きちんと背負って生きていく。
『貴女の死があったから、平穏な今がある』って誇れるように、少しでも平和な世界を作ってみせる」
これが、私の生き方。私の命への敬意。
その答えを聞いた女性は、先ほどのような仮面のような笑みではなく、人間味あふれる優しい笑みを浮かべた。
『……ありがとう。「私の死に意味がない」って言われたのと同じなのに…。こんなに晴れやかな気分なのは、初めて』
「……そか。やったら、よかったわ」
私も同じように笑みを返す。
瞬間。バケモノの体、女性の姿、あたりの墓地が霧のように消え始めた。
『お名前、教えてくれる?』
「麗日お茶子。未来のヒーローや」
『………うん。覚えたわ。
次にこっちに来るときは、しわくちゃなお婆ちゃんになってからにしてね?』
その言葉を最後に、世界が崩れ去る。
残された私たちは、いつの間にか商店街の出口に居た。
「…うん。頑張って、長生きするわ」
私は渡された髪飾りを手に、出口で待っているデクくんたちに駆け寄った。
♦︎♦︎♦︎♦︎
『イタコちゃん、ありがとう』
「ちゅわぁ…。やっぱり、上級霊の降霊は疲れますわ…」
お茶子たちが去った後。
商店街の出口付近で、着物を着た女性…東北イタコがへなへなとへたり込む。
なんてことはない。
先程、彼女らがクリアしたミッションは、『本物の幽霊の質問に答えて納得させる』だったのだ。
その際に白羽の矢が立ったのが、高度な降霊術を習得している東北イタコ。
今回出される賞金に目が眩み、この重労働を行なっているのだ。
「…にしても、きりちゃんの先輩方は逞しい子が多いですわね」
出口をくぐり抜ける後ろ姿を見て、イタコがそう呟く。
女性はそれに反応することなく、ただ手を振っていた。
『……あんなこと言ってくれる人が、増えたらいいのにね』
「あっ、次来ましたわよ!ほら、早く私の中に戻って!」
『…それ、字面だけ見ると凄いわよね……』
因みに。その後に訪れた茜色の髪の女性と、金髪にメガネをかけた少女の二人組は、殺害状況を推理してしまって失格になったと言う。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「あいも変わらず、死にたくなる世界だ」
ボクはそんなことを嘯きながら、惰性で流していた動画を閉じる。
ニホンの…ジェントル何某。
彼もまた、何かしら社会に不満があって活動しているのだろう。
人が織りなす社会というのは、どうしてこうも不完全で、醜いのだろうか。
「ボクが死ぬ思いで五年を費やしても、つづちゃんが十年で十を超える数を消しても…。
死にたさが変わらない…。死にたい…」
社会を変えたくてヒーローになって、イギリスのトップに立ったのに。
オールマイトのように、平和の象徴であろうとも、世界を変えることは出来ない。
そんなことを思いながら、もう一つ、サジェスト欄に上がってる動画を再生する。
『我々こそが、ヒーローだ!!』
「…SAVER」
再生される動画は、今から少し前に各世界で同時に映された映像。
SAVERと呼ばれるヴィジランテの、大胆不敵なスピーチ。
世界を熱狂させる程の正体不明のヴィジランテであり、何者にも縛られない自由な男。
ああ。ニホンはどうしてこんなにも眩しい彼を、暗雲で閉じ込めようとするのだろうか。
そんなことをしても、星が輝いていることには変わりないというのに。
「…ボクのそばにも、星が居てくれたらいいのに。生きるには暗すぎて、毎日毎日死にたくなる」
憂鬱だ。死にたい。
そんなことを思いながら、ボクは愛用の剣と、携帯用のマイクを手に取った。
「i・エキスポでライブなんて、死にたさの極地だ」
二ヶ月後に迫ったイベントへの愚痴をこぼし、ボクはベランダから飛び降りた。
今日もボクは、死ぬために生きている。
次回、i・エキスポ編(原作2年前)です。