緑谷出久の手のひらはモーター式
「あの、轟くん…。大丈夫?」
「な訳あるか…。寝る暇もねェ」
クリスマスが近づいてきた今日この頃。
僕らは浮遊大陸に集まって、訓練の反省会を開いていた。
この二ヶ月近い期間で、轟くんの目元には深いクマが刻み込まれている。
理由は簡単。エンデヴァーが家族への所業を記者会見で堂々と暴露したのだ。
結果。マスコミは大荒れ、ネットは嵐が巻き起こり、日本は世界中から非難轟々な最底辺と化した。
その影響で、轟家には連日連夜、マスコミが張り付いているそう。
「覚悟を決めた時の潔さだけは認めるし尊敬する」と、轟くんは語っていた。
「後先考えずに行動した」と世間は責めているが、遅かれ早かれバレていたことだ。
腐敗を放置した天罰…とでも思って欲しい。
「爆豪。すまねェ。俺があんな偉そうなこと、言えた立場じゃなかったな」
「謝んな気持ち悪ィ。俺もテメェと同じで、ケジメ付けたんだ。
終わったことで頭下げられても困る」
人って成長すると、見違えるんだな。
そんなことを思いながら、僕は先ほどの組手の映像を確認し、粗を探す。
自分の欠点が嫌ってほど見つかることに辟易しながら、僕は映像を止めた。
「で、エンデヴァーはどォしてんだ?」
「家族全員に謝罪した後、母さんの実家とか、事務所のサイドキックたちにも頭を下げに行った。
…帰ってきて、学校帰りの俺に出くわした時には、身体中アザだらけだった。
後は…知っての通りだ。No.2から降りることを宣言して、一から頑張り始めてる」
この二ヶ月で、日本という国は地に落ちた。
異能解放軍の騒ぎに続き、エンデヴァーの家庭事情がぶち込まれたことで、日本の治安が更に問題視された。
オールマイトがバラエティ番組で「彼がああなった責任は私にある」って言ってたっけ。
そういう言葉でも人気がさらに爆発するって、象徴は伊達じゃない。
最早オールマイトが、外交関連で国を支えてるようなものだ。
何はともあれ、日本が地に落ちた元凶が僕たちだと思うと、思うところはあるが…。
僕たちは、あの選択に後悔はしてない。
世界を変えても、助けないといけない人たちが居たから。
僕は誰かを助けるためなら、この世界を作った神にだって喧嘩を売る。
自分がそういう人間だってことを、自分が一番よくわかっている。
「しっかし、そう考えるとまぁ、随分と難儀な国に生まれちまったな。
言語はマイナー、アホみたいな輩はゴロゴロ居るわ、社会福祉が中途半端だわ、学に秀でてる訳でもないわ…」
「いっそのこと、政治家になるか?」
「ヒーロー兼政治家…。斬新やなぁ」
「俺らみたいなヤツに任せたらいよいよ終わるだろ、この国」
「言えてるね、それ」
僕やかっちゃんが政治家とか、想像だけでも「ダメだこれ」ってわかる。
頭が悪いとかじゃなくて、本質的に政治家に向いてない。
社会を変えたい…とかは思うけれど、それは政治家にならなくても出来ることだ。
国を治めるのは、そういった才のあふれる人に任せるべきだろう。
そもそも、法を守ってない僕らが法を作るなんて、馬鹿げた話か。
「そろそろクリスマスだけど、折寺は町内会でのパーティーとかないん?」
「今年は無いよ。先生が『新婚旅行に行くので』って企画を断ったから」
麗日さんの問いに、僕は先日の先生の剣幕を思い浮かべる。
ハロウィンでメロンみたいになってたのに、今度は魔王みたいな顔面してたなぁ。
キレたかっちゃんといい、人って怒りで人をやめられるんだ。
「クリスマスに新婚旅行かぁ。
しかもあのi・エキスポやろ?ロマンチックやなぁ。10年越しって言うんやから余計に」
「そっちもi・エキスポだろ?」
「うん。ついなちゃんと一緒に。
弓鶴の兄ちゃんに譲ろうって思ったんやけど、お仕事あるからって」
今年のクリスマスは、i・アイランドと呼ばれる人工島でi・エキスポが開催される。
本来であればもう少し先の予定だったらしいが、何故か急に開催が決まったのだとか。
その理由が気になるところではあるが、知ったところで、僕たちになんのメリットにもなりはしないだろう。
そもそも、僕に招待券ないし。
今年に限っては、日本からのお客様は招待券持ちじゃないと来れないらしいし。
「行きたいなぁ、エキスポ…」
「……なんか、マジですまねぇ。緑谷…」
「ほっとけ。行きたいって決めたら無理にでも行くだろ、コイツは」
むっ。失礼な。
i・アイランドのセキュリティをハッキングで掌握できるだろうかとかちょっとだけ考えたけど、やらないぞ。
流石にそこの線引きは徹底してる。
…そう反論しても、説得力が皆無なのは分かってるから言わないが。
「轟はエンデヴァーが以前貰った招待券、譲り受けたんだろ?」
「まァ、な。要らねェって思ったが、ヒメとミコトが行きたいって。
セイカさんに保護者役頼んで回るつもり」
「覚悟しとけよ。テメェが保護者になるぞ」
「そんなに酷いのか…」
大阪の時、セイカさんの面倒見てたかっちゃんはひどく疲れてたからなぁ。
あの人、何故かお汁粉缶を爆発四散させて、部屋がとんでもないことになったって先生が愚痴ってたっけ。
どうやったら爆発するんだろう、あれ。
「かっちゃんも、きりちゃんたちと行っちゃうんでしょ?」
「東北は音街の付き添いで、俺は護衛兼保護者兼音街家の代表だっての。
知らんうちにババアどもまで丸め込まれて、完全に婿として迎えられてた」
かっちゃんの結婚は確定のようだ。
タキシードとか着てるイメージが湧かない。
どっちかと言えば、紋付袴で結婚式挙げそうだ。
「高校卒業と共にスピード婚とかありそう」
「デビュー早々大スキャンダル」
「相手アイドルやし、めっちゃアンチが出てくるとかご愁傷様やなぁ」
「後半二人不吉なこと言うんじゃねェぞブッ殺すぞ!!!???」
そもそも、この活動がバレたらスキャンダルどころじゃないんだけど。
言えば、かっちゃんの胃に大ダメージだろうから、黙っておいたが。
自分の反省点をノートにまとめ終え、僕が筆記用具をしまったときだった。
『アカネちゃんやでー!アカネちゃんやでー!』
間の抜けたトーンの声が、僕の携帯から響いたのは。
皆が一斉に僕の方を見る中で、僕は通話ボタンを押して携帯を耳に当てる。
「はい、もしもし?」
『一体誰や。名を名乗らんか』
「電話してきたのそっちですよね!?!?
あと勝手に着信音変えるなってあれほど!!あれほど言いましたよね!?!?!?」
ボケにしては高度すぎる。
僕のツッコミに満足したのか、電話の向こうからカラカラと笑うと声が響いた。
『いいツッコミやったわ!漫才出るか?』
「出ませんよ…。要件言わないんなら切りますよ、茜さん」
『いやぁ、なんでか電話すると毎度毎度切られかけるなぁ』
「出た直後にボケかますからですよ…」
あと、こう言わないとずっとボケをかましまくるから。
出会った当初、小学二年生の頃は、それを知らなかったから地獄だった。
2時間近くボケをかまされた時には、幼いながらに本気で怒りを覚えたくらいだ。
僕の怒気に気づいたのか、茜さんは笑い声を止めた。
『要件なんやけどさ、バイトやってくれん?報酬でウチの招待客としてi・エキスポに』
「行きます先程は申し訳ございませんでした茜様なんなりとお申し付けくださいませ」
『食い気味!!!???』
見えないというのに出来る限り素早く頭を下げ、口から出来るだけ謙った言葉を出す。
人間、欲望の前には無力だった。
「出たぞ、緑谷の手のひらモーター」
「ホント欲望に忠実だよな、コイツ…」
「爆豪くんも人のこと言えんくない?」
「おーし後で組手6時間な」
「はァア!?!?鬼っ!!悪魔っ!!!鬼畜っ!!!爆豪勝己ぃいーーーっっっ!!!」
「なんとでも…っておい最後ォ!!!
麗日テメェ俺の名前がさも悪口みたいに言うなや死ねっっっ!!!!」
「傲慢不遜って意味の立派な悪口だろ」
「轟ィイッッッッ!!!!」
外野が騒がしい。
その会話が電話越しにも伝わったのか、茜さんが再び声を大きくして笑った。
『なはははははっ!!なんや騒がしいご友人らやなぁ!!連れてきてもええで!!』
「いや、それぞれ招待券持ってるんで…」
『なんやそうかいな…。
じゃあ、あかりちゃんとお母さん呼びいな。デートと親孝行もしたらなあかんやろ』
「あ、本当ですか?ありがとうございます」
茜さんの申し出は、ありがたいものだった。
思えば、今年はお母さんに迷惑かけっぱなしだったなぁ。
あかりさんの食費は僕が稼いでるとはいえ、家事全般を殆ど押し付けてしまったし。
クリスマスばっかりは、向こうで羽を伸ばしてもらおう。
年末には、お父さんも帰ってくるし。
『ほな、スピーチの原稿よろしゅうなー』
「発表内容は?」
『此間、ウチと葵が協力して作ったやん「完全栄養食」。
報酬は招待券やホテル代やら、その他諸々旅行費用は全部負担したる。納期は…そやな。来週いっぱいまでなー。
要件以上や。切ってくれてもええで』
「分かりました」
師事してもらってて良かった。
そんなことを思いながら、僕は「では」と別れの挨拶を告げて電話を切る。
「…一等星のメンバー全員参加でーす♪」
「気持ち悪ィからその顔とポーズやめろ」
うん。自覚はある。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「結局、鈴木つづみの懐柔には失敗。
水奈瀬コウの説得にも失敗、それどころか向こうに『公安が動いてる』ってことも完全にバレた。下手に動けば国が危ない…。
どうしましょ。詰んでるでしょ、コレ」
いやぁ、見誤った。
ただの教師にしては、手元にあるカードを使うのがやけに上手かった。
公安の違法捜査やら汚職隠蔽やらの証拠を、あれだけ把握されてしまっていては、迂闊に手を出せない。
どうやって把握した、と問い詰めても、上手いこと誤魔化された。
…ほんっと、ただの教師だとなめたのが悪かった。いろんな意味で。
「何処のバカだよ…。『夫の方に迫れば楽』っつったの…」
公安からの情報も、アテにならない。
そんなことを思いながら、俺は現状を纏めた書類を持って本庁の一室に入る。
そこには、見慣れた仕事仲間たちが、あいも変わらない無表情で待ち構えていた。
「…首尾はどうだ?」
「最悪の状況です。ぶっちゃけ、どーにもならないっすね。諦めましょ」
睨まれた。正直に伝えただけなのに。
俺が肩をすくめながら、報告書に書かれた内容を口にする。
「お相手さん、こっちのことに完全に気づいてますよ。弱みもそこにある通り、山の如く握られてます。
お国から高跳びする準備も、とっくの昔に出来てるっぽいですし。
これ以上国の地位落としたくないなら、大人しくしたほうがいいですよー」
何にせよ、あの存在は手を出さなければ無害なのだ。
俺に出来ることは、手を引いておけと言うことくらい。
報告書を見た仕事仲間たちの顔が、無表情から引き攣っていくのを感じる。
ああ…。俺もあの教師に何気ない感じで資料渡された時、あんな顔してたんだな。
「……今すぐ、上に報告する。通達を待て」
「はいはい。りょーかいしやしたー」
全く。エンデヴァーさんのことといい、先日のことといい、今年は日本にとって厄年だ。
そんなことを思いながら、俺は部屋を後にした。
尚、今の先生は爆発したコンポタ缶の後処理に追われてます。