「すまんなぁ、気づかんくて。
前々から『オールマイトを独占してる日本が気に食わん』言う国があってな。
これを機に、血眼になって日本を『敵性国家にしたい』って人がぎょおさん居るねん」
「はぁ……」
疲れ切った僕の体に、コーヒーが染み込んでいくのがわかる。
今飲んでるのはインスタントの物だが、正直、高価な物でもコーヒーの味の違いはまだよく分からない。
大人になったら分かるのだろうか。
そんなことを考えながら、茜さんの話に生返事を返す。
「やっぱ、オールマイトが日本中心で活動してることに不満な人も居るんですね」
「そやな。どの国でも、な。
30%以上の犯罪率を爆発的に下げたオールマイトの手腕は、各国喉から手ェ出るほど欲しいやろさかい。
強行策に出たら印象悪ぅするから、誰も表立って動いとらんだけや。
水面下じゃもうバチバチやで」
たしかに。ただ一人の人間が永住してるってだけで、こんなにも犯罪率が減ってるのだ。
他の国が欲しがらない訳がない。
それこそ、条件次第ではあの手この手で奪ってくるはず。
「さっきのヴィラン・アタックの件でもそやな。調べたところ、情報がしっかりしとるアメリカ出身は一人もおらんかったで。
ま、そんな出身でも、アンタのメッセージを深読みしすぎて日本イコール悪っちゅう輩は腐るほどおるけどな。
…話戻すわ。あの現場な、『日本が悪だ』と報道で嘘に嘘を重ねまくって洗脳しとる国の出身が、これまたぎょおさんおったんやわ」
「なるほど…。だから、あんな支離滅裂な言動をした人たちが多かったわけか…」
報道ってのは、人を簡単に洗脳する手段の一つだからなぁ。
何処の国だとは言わなかったけど、茜さんは呆れ気味に呟いた。
どうやら、かなりの人が分別ついてるらしいが、一部そういう思想を持つように教育された国の人も招待されているらしい。
全く。国家って仕組みは面倒な物だ。
「まぁ、君のあのビデオも酷いのなんの。
音声差し替えで『日本は悪だー』って感じのセリフになってたし。
全国一斉放送のヤツも、後々で『こっちがホンマやった』ってその国のネットの操作までやってたんやと」
「成る程…。
そもそも自分たちが間違った情報を掴まされてるなんて思ってなかったのか」
日本がオールマイトファンの中では羨望と嫉妬を向けられているのは知ってたけど…。
まさか、そこまでやってる国もあるとは。
オールマイト欲しさで日本を貶める…という話は聞いたことあるけど、まさかマジであるなんて思ってなかった。
…大体、敵性国家の隣国らしいが。
まぁ、何年も戦争してたら、平和の象徴に縋りたくなるのも頷けるか。
「それでも、今回の奴らは毛色が違ったな。
わざと騒ぎを起こしたようにしか思えん。
手引きしたヤツも、紙だけしか存在のない科学者やったしな」
「そんなの、あり得るんですか?」
「普通はあり得へんからこんなことなっとんのやろ」
「…たしかに」
ソレを差し引いたとしても、今回の件は少し特殊な気がする。
普通、警備のしっかりしてるi・アイランドでトラブルなんて起こすのだろうか。
茜さん曰く、トラブルを起こしたのは一律して同じ国出身で、招待したのは『存在を証明する紙のみ存在してる科学者』。
手を出した例もそれなりにはあるが、全員が捕まる前に逃げ出してる。
しかも予め示し合わせたように、誰も気づかないような警備の穴を縫って、今なお逃げているらしい。
そもそもの話、あれだけの日本語を、日本を嫌う国が覚えさせるだけのメリットがあるのだろうか。
「……なんやろ。きなくさいな」
「ですね」
たしかにそれも気になる。
気になるけれど、ソレ以前に一つだけ言わせて欲しい。
「…すみません、やっぱりちょっと気まずいんで言いますね。
裸で寝てるメリッサさんといい、大人のおもちゃといい、しわくちゃな布団といい…。
ちゃんと後始末はしましょう?」
「しばらくお預けやったから、激しくやり過ぎたなぁ…。満足やしええけど」
「感想言わなくていいですから」
客人が来るんだから、情事の後始末くらいして欲しかった。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「成る程。俺らはたまたま、その国の連中に絡まれたってわけか」
『うん。…このエキスポで、何かが蠢いてることは確からしいよ。警戒はしたほうがいいと思う。
じゃ、僕はこれからエキスポ限定オールマイトのグッズ販売とサイン会兼握手会に行くから、Flowerにもサイン貰っといて』
「わかった。こっちからも何か分かったら、また連絡する」
緑谷からの電話を切り、ふぅ、と息を吐く。
日本人が白い目で見られるのは覚悟してたが、中には洗脳教育までして、日本を貶めようと画策してる国家もいる…か。
そんな国から来たヤツが、差出人のない招待状を使って、こぞってi・アイランドに集まってる…。
そんでもって、同時に問題を起こす…ってのは、確かにきなくさい。
何が狙いかは知らんが、面倒なことは確定だ。警戒するに越したことはないだろう。
プロヒーローに相談しようにも、情報源はあの茜さんだ。名前を出した時点で、余計ややこしくなることが確定する。
ったく…。毎度思うが、旅行くらいゆっくりさせろよ…。
「イズクさん、なんて?」
「なんでもねーよ。『サイン貰っといて』って頼まれただけだ」
空での活動を終えた緑谷は、茜さんの手引きで何事もなくi・アイランドに着いたらしい。
紲星たちがどうしてるかは知らんが、面倒なことに巻き込まれてないことを祈ろう。
…何にせよ、ヒメとミコトを不安にさせるわけにはいかない。
俺の様子を見に来た二人に軽くそう返し、麗日たちがいる部屋に戻る。
「いやっ、あのっ、こんな高ぇの飲めねェっすよ!!俺っ、用務員の親戚から招待状もらった程度で、金なんてねーっす!!」
「遠慮しないでよ。迷惑料だと思ってくれたらいいから」
中に入ると、約一名が用意されたジュースを前に声を張り上げていた。
それを用意したのは、Flower。
一杯五千円近くするジュースをポンと初対面の人間数人に出すあたり、随分と稼ぎがいいのだろう。
俺は用意されたソファに腰掛け、ジュースをストローから啜る。
…音街ンとこといい、コレといい、先生の無駄金消費のために買う食材といい…。
舌がバカになりそうだ。いや、貰えるものは病気以外なんでも貰うけど。
「切島…だっけか。貰えるモンは貰わねーと失礼だぞ。これの材料取ってる人にもな」
「……うっす」
少年…切島鋭児郎と名乗っていた…に諭すように言うと、観念したのか、ジュースに口をつけた。
彼は「またああ言うことされると危険」というわけで、なし崩し的に俺たちに同行することになった。
同行している友人もいないようなので、俺たちが護衛がてら同行するわけだ。
「つづちゃんが前々から『良い弟子が四人できた』って喜んでたんだ。
会ってみたいって思ってたんだけど…あと一人…モジャモジャのミドリヤって子は?」
「知り合いンとこっす。なんか用事あるらしくって」
爆豪が誤魔化し、茶菓子を摘む。
ハッキリ言うが、琴葉茜の名前は見え透いた地雷みたいな物だ。
彼女の知り合いと言うだけで、どうなるか分かったモンじゃない。
俺も何度か話したが、あの人は「他人を自分の領域に引きずり込むのが天才的に上手い人」なんだろう。
予め緑谷に警告されたお陰で、そのペースに飲み込まれずに済んだが、「善悪の区別を曖昧にするのが上手い人だ」と感じた。
正直、敵じゃなくて良かったと心の底から思う。
「ハナ、少し話を遮るわ。
…ヴィラン・アタック、見せてもらったわ。
麗日さん。試したいからって新しい技を使いたがる傾向を治しなさい。
轟くんは位置把握に時間かかりすぎ。1秒足らずで出来るようにしなさい。
爆豪くんは…スキル面は問題ないけど、弾速を上げなさい。アレじゃ防がれる」
「「「は、はい……」」」
ダメ出しされた。
多分この人なら、1秒足らずで真っ二つに引き裂いたりとか、普通にやるんだろうな。
一等星に入ってから、つくづく自信無くす。
規格外を超える…ってのは、こんなにもキツいのか。
「良いわよ、ハナ」
「羨ましいなぁ。最初、ボクに指導した時はもっと適当だったくせに。
この子たち、そんなに気に入ってるの?」
軍の教官なのか、奥さん…?
音街ン家のメイドやら執事やらが漫画みたいな戦闘力を身につけた件といい、俺らのこの爆発的なパワーアップといい…。
殺伐とした日常に身を置いていただけあって、「何を伸ばせばいいか」を判断する能力がズバ抜けてるんだろう。
当の本人は、俺たちを気に入ってると認めるのは恥ずかしいのか、そっぽを向く。
「……………ノーコメントで」
「めちゃくちゃ気に入ってますよ。少なくとも、僕に自慢しまくる程度には」
「ばっ…、コウくん……!!」
が。先生がカミングアウトしたことにより、膨れっ面になる。
訓練時と我慢し過ぎた時がアレなだけで、普段は表情豊かな人なのだろう。
Flowerはその様子を見て微笑み、俺たちをまじまじと見つめた。
「………ボクが死んでも大丈夫なくらい活躍してくれそうだね。
これだったらすぐに死ねる」
そんな発言を添えて。
さっきから何かにつけて「死にたい」としか言ってないぞ、この人。
ヒーローはストレス職だと聞くが、二言目に「死にたい」って言うほどなんだろうか。
…なんだろうな。イギリスの犯罪率、低めとはいえど28%らしいし。
そう考えると、日本のヒーローは如何に気楽になれる職業なんだろうか。
全く。オールマイトの存在がデカ過ぎる。
「その死にたがり、結局治らなかったのね」
「むしろ悪化したよ。最近じゃ事あるごとに死にたくなる」
「あ、昔からだったんですか」
「うん。生まれつき、そういう病気らしくてね。あ、うつ病じゃないんだけど…。
お医者様が言うには、ボクって生まれながら、『死ぬことに依存してる』…らしい。
『死亡懇願依存症』…って言われた」
随分と難儀な病気だ。
音楽に携わる人の中には、そういう重いバックボーンを武器にして戦う人もいる…と、音街から聞いたことがある。
…死にたいと言ってるのに、ソレにしては、自殺を図ったような傷跡は見られないが…。
マジマジと彼女の姿を見ていると、その視線の意味に気づいたのか、彼女は俺に確認するように問うた。
「……ああ。ボクに自傷痕がないのが不思議なのかい?」
「…ま、まぁ」
「なんてことはないよ。ボクは自殺しようって思ったことがないだけ」
自殺しようと思ったことがない?
俺たちが首を傾げると、彼女はあっけらかんと答えた。
「心の底から死にたいって思った時は…昔は、敵の真ん前に出て『殺してくれ』って懇願してたからね。
自分で終わらせるだけの胆力もなければ、自殺がもたらすものを理解できないほど理解力に乏しいわけでもなかったから」
よくそれで生きてたな!?
あまりの暴露内容に目を白黒させていると、奥さんが口を挟む。
「ヒーローになるまでは『イカれた女』ってことで、敵にもまともに相手にされなかったらしいわよ?」
「失礼しちゃうよね。ただ殺して欲しかっただけなのに」
「…妥当な判断じゃないっすかね?なんか怖いし」
話題に着いて来れてなかった切島が、バッサリ言った。
緑谷みたいに、思ったことをハッキリ言うタイプか。
「切島、お前爆豪に次いでツッコミ役として優秀だな…」
「え?何その嬉しくねェ褒め言葉。爆豪ってこの口悪ィのだろ?」
東北が吹き出した。
緑谷居たら大爆笑して爆豪がキレてたパターンだな、コレ。
生憎、緑谷はオールマイトが参加するイベントに参加して、この場にはいないが。
当の本人は不服そうに、怒鳴り声を上げることなく視線を逸らす。
「……ソが。反論できねェ」
「にべもなく怒鳴りつけないあたり、成長しましたよね、君」
「毎日毎日やってりゃ流石に学ぶわ」
爆豪は気に食わないのか、膨れっ面でスコーンを口に入れる。
ボロボロ零したり、乱暴に口に放り込んだりはせず、あくまで上品に。
作法を習ってると聞いたが、本当だったのか。
イメージに合わな過ぎて気持ち悪い。
「じゃあ、ヒーローになった理由も、敵性国家に渡ったのも?」
「まぁ、そだね。紆余曲折あって、できることなら平和な世界で野垂れ死にたいって願望が出来たけど。
…ああ、紆余曲折については、あまり聞かないでおくれよ?」
「紆余曲折」が気になるが、話すつもりはないらしい。
…自分だけの思い出に浸りたいって気持ちは、分からないでもない。
俺も、母さんとの思い出はコイツらに語ったことがない。
…多分、独占欲というか…土足で踏み入られたくない領域…とでも言うのだろうか。
「結局死にたいんや…」
「生まれながらずーっとこう思っちゃう病気だからね。軽々しく言うなって人もいるけど、ボクからすれば息を吐くほど当たり前なことだから」
つくづく思う。難儀な病気だ。
PVを一つ見ただけだが、儚げな印象があったが、実際に会った感想としては、儚いと言うより、酷く脆いように思える。
それこそ、ちょっと突いただけで崩れ落ちてしまいそうだ。
そんなことを考えながら、俺は前々から聞こうと思っていた疑問を放つ。
「…あの、敵性国家って、どんな場所なんですか?
おくさ…、鈴木さんに聞いても、なかなか教えてくれなくて」
そう。俺たちは、敵性国家の詳しい事情をこれっぽっちも知らない。
以前、どっかの国が電子ドラッグをばら撒いて、一日にして隣国を壊滅に追い込んだと言う理由から、国連から徹底的に情報が規制されているという部分もある。
だが、それを差し引いても、俺たちは敵性国家のことを知らなすぎる。
今回、とある国がエキスポに乗じて何かを企んでるという。
考えたくはないが、もしそれが敵性国家だとすれば…。
ハッキリ言うと、どんなに無茶苦茶なことが起きてもおかしくはない。
Flowerは半目で奥さんを一瞥する。
「……つづちゃん、意地悪はいけないんじゃない?」
「知らなくて良いことだもの」
奥さんの言葉に肩をすくめ、「頑固なんだから」と茶化すFlower。
彼女は紅茶を啜ることで唇を潤すと、あっけらかんと答えた。
「地獄だね」
その答えは、求めたものとは違った。
あまりにも抽象的で、判断に困る。
たった二文字の文字列から、どうやって詳しい事情を汲み取れというのだ。
俺が思っていることを察したのか、麗日が口を挟む。
「……いや、その、轟くんが聞きたいのは抽象的なことじゃなくて……」
「そうとしか言えないんだよ。
あそこだけが、世界が違う。ボクはそんなふうにしか思えない」
世界が違う。一体どういうことだ?
俺たちが首を傾げると、彼女は淡々とその疑問に応える。
「終わってるんだよ。どうしようもなく。
絶対的に悪が蔓延しきってる。
『悪』っていう病気に、国が…人々が汚染されてるんだ」
…絶対的な、悪。
その言葉から、以前対峙したフィクサーを思い出す。
敵性国家が出てきた理由も、ヤツだった。
ヤツがただ一人と会話を交わしただけで、その国は終わった。
ただ、俺たちが知ってるのはそれだけだ。
「…詳しいことは、小さい子たちがいる手前、あまり話せないけど。
ただ一つ言えることと言えば、『世界ごと心中しようとしてる連中が山のようにいる』ってだけ」
世界ごと、心中…?
その言葉に、思わずヒメとミコトを見やる。
万年開花が起こしたあの事件。
薬を打ち込まれたことによって暴走した二人は、躊躇いなく世界を終わらせようとした。
…考えたくは、ない。しかし、考えずにはいられない。
あの機械の塊が『二人が世界を終わらせることを知っていた』としたら…?
「ショート?どうかした?」
「大丈夫?お腹でも痛いの?」
「………ああ、いや。なんでもない」
悪い推測はやめにしよう。
警戒するに越したことはないが、確定した情報が舞い込んでこない限りは考えないことにしておこう。
考えただけで気が狂いそうだ。
俺が頭を抱えていると、着信音が鳴り響く。
少なくとも、俺のポケットは揺れていないため、俺のものではないことは確かだ。
全員が確認し、携帯を耳に当てた一人に視線を向ける。
視線は一斉に、Flowerに向けられていた。
「ごめんね。…もしもし?
……あれ?…おかしいな、あと数時間は余裕あるんじゃなかったっけ?
………あっ。ああ!そうだよ、そうだった!
…うん。ボクの確認不足だったよ。すっかり忘れてた。ごめんね。すぐ向かうよ」
Flowerが通話を切ると、ソファから立ち上がる。
そして、俺たちに向けて頭を下げた。
「ごめんね。こっちの都合で来てもらって申し訳ないけど、用事ができちゃった。
ボクの話に付き合ってくれたお詫びに、レストランを予約してあるから、そこでディナーを楽しんで欲しい」
Flowerは言うと、俺に向けて紙を渡し、窓を開けた。
「次は、ミドリヤって子も一緒にね」
そのまま窓から飛び降りたかと思うと、数秒もしないうちにビル街の間を飛び回る姿が見えた。
残された俺たちは一斉に顔を合わせ、折られた紙を広げた。
「この招待券、サイン付きだぞ…」
「デクにこれ渡したらどうなると思う?」
「これは受け取っても『色紙は!?!?』ってめっちゃキレると思う」
「なんで?」
「だって俺、緑谷から『もしヒーローに会ったらサイン貰っといて』って百枚くらい色紙預かってるから。ちなみにすっかり忘れてて今全部白紙」
「それお前が悪ィと思うぞ…」
その頃、あかりちゃんたちはフードファイトしてました。
轟くんは着いてから少なくとも二十人以上プロヒーローと会ってます。そして一つもサインを貰いませんでした。