「出久。出久が稼いだお金なら別にいいと思うけど…、買い過ぎじゃないかしら?」
「限定品商法に見事に引っかかった。
流石はオールマイト。ファンの購入傾向までしっかり把握してる」
「出久の物欲に対する耐性が極端に低いだけでしょうに」
「うん。そうともいう」
合流した直後、お母さんに呆れられた。
まぁ、昔からオールマイトに憧れて、オールマイトのグッズを何度もせびったからなぁ。
今はゴーストライターの仕事が稼げてる…茜さんからの報酬がいいだけ…から、自分で買うようになったけど。
それでも、今まで貯めた金の三分の一が吹き飛んだ。具体的に言うと安めのお家建てるくらいの金額。
エキスポ限定品は超プレミアで、値段高騰間違いなしだったからなぁ。
それより遥かに安い買い物をした、と思うことにしよう。
デビュー当時のは、今や数億円単位で出しても普通に売れるくらいだからなぁ。
「茜は?」
「夜の発表会に向けて準備してます。気が乗った時は用意いいんですよね」
「珍しい。発表会に対してやる気があるような人じゃ無いのに」
「ですよね?」
葵さんが言うように、今回は茜さんの様子が変だ。いや、いつも変なんだけど。
しかし、今回ばかりは余計におかしい。
普段、彼女が依頼してくるのは『学会に出す論文の代筆』だ。
バレたら大問題なのは確定だが、定期的に僕の長期休みの宿題の一部を買ってくれる。結構な価格で。
何の宿題かって?自由研究だけど。
先生が悉く「ボツ」ってグレードダウン要求するから、余計余るんだよなぁ。
話が逸れた。
ともかく、今回の彼女はおかしい。内容も茜さんが決め、尚且つ「スピーチ用」ときた。
何度でも言おう。おかしい。欲に目が眩んで全く気づかなかった僕も間抜けだが。
「イズクくん、難しい顔してますよ?」
「…ああいや。轟くんたち、ちゃんとサイン貰っといてくれたかなって」
そっちの方も心配だ。大阪でも色紙五十枚は渡したのに、全部白紙だったし。
大阪はヒーロー飽和状態だと言うのに、そんなことある?と問い詰めたら、忘れてたと白状された。
今回のエキスポだって、道すがら多くのプロヒーローを見たんだ。
少なくとも百枚のうち五枚…いや、一枚くらいは誰かのサインをもらっていて欲しい。
奥さんと合流したって言ってたし、Flowerのサインなら貰ってるだろう。
「さっき轟くんからチャット来ましたよ?
『Flowerと話してたらすっかり忘れてた。ごめんちゃいてへぺろ』って」
「あ???」
轟くんから放たれたとは思えないチャット内容だが、僕を落ち着かせようと測ったのだろうか。
火に油を注ぐと言う言葉、ご存知か?
顔中に青筋を浮かべながら、僕はドスの効いた声で呟いた。
「後で覚えとけよ…って伝えといて」
「久々に見たわ、本気でキレた出久…」
「いや、頼み事忘れた挙句の『ごめんちゃいてへぺろ』はキレるだろ、誰でも…」
♦︎♦︎♦︎♦︎
漸くガキどもの世話から解放された…。
疲れ切った表情を浮かべながら、僕は並んだ料理を口に運ぶ。
ブルジョワ達が集まるレストランだが、ここは完全個室らしく、Flowerも愛用しているとのことだった。
i・アイランドに足繁く通ってるのだろうか。
そんなことを考えながら、僕は食事を口に運ぶつづみさんに目を向ける。
「…つづみさん、その格好はどうかと思いますよ」
「動きやすくていいでしょう?」
彼女が着ているのは、機能性を重視した黒のワンピース型ドレス。
曰く、綺麗に見えるが、スカート部分が破きやすい素材で作られてるらしい。
つづみさんなら何キロの錘を着けていようが、普通に戦いそうなものだが。
「女の殺し屋みたいって、爆豪くんにバカにされてましたよ」
「殺し屋じゃなくて、傭兵」
「とっくに傭兵辞めたでしょうに」
「そうね。主婦って言ったほうがいい?」
「まぁ、そうですね」
普通の主婦なら良かったんだけど。
先日訪れた公安という面倒ごとを思い出す。
なんでも、ウチの嫁を日本の兵隊にしようと画策していたらしい。
血に塗れた日常から帰ってきたんだ。彼女の思う人生を歩ませてやりたい。
国がどうなろうと知ったことか。
クソガキ筆頭が「暇なんで公安のデータベースハッキングして全部魚拓しました」とトンデモ発言かました時のデータが役に立った。
正直、すぐに破棄しても良かったが、公安の弱みを握れたのは大きかった。
「この証拠がでっち上げである」なんて言えないほどに証拠の山だったからなぁ。
隠滅しようにも、手間がかかる…というよりはほぼ不可能だろう。
「……ねぇ。結婚して、良かった?」
「経緯はアレでしたけど、あの二ヶ月は楽しかったですよ。それで充分でしょう」
結婚のことを悔いたことは一切ない。多分、これからも後悔はしない。
鈴木つづみという人間を救えたこと、鈴木つづみという人間と出会えたことなど全て。
あの二ヶ月は、そう思えるだけ、得るものの多い日々だった。
詳しいことは…あまり語ろうとは思わない。
ありきたりなデートをして、ありきたりな日々を送っていただけだから。
なんの面白味もない日々だったが、心の底から楽しかったと言える。
「躊躇いもなく言うのね。そう言うところも好きよ」
「夜の営みの数は減らしてほしいですがね」
「それは無理」
本当、それだけがネックだが。
お陰で男遊びばっかで仕事しない後輩に「枯れてますねー」なんて言われるんだぞ。
まだ三十前半だと言うのに。
「そういえば、貴方から聞いたこと…ほとんどなかったわね」
「何がですか?」
「口説き文句よ」
うぐっ。痛いところを突かれた。
文学作品は論文を出すくらいには嗜んでるため、そういう言葉は割と知ってる。
でも、彼女にそれを言ったことはない。
恥ずかしい…とかではなく、あまり相応しくない言葉たちだと思ったから。
…口腔に広がる料理の味が、分からなくなってきた。
雰囲気に酔ってるのかも知れない。
「……何度死んでも、何度別の人生を送ろうと、君を愛してます」
恥ずかしいけど、この一言に尽きる。
前世は本当に、人生の醍醐味全てをゴミ箱に捨て去ったような人生を送ってきた。
あまり語りたくはないが…。クソみたいな性格が災いしまくって、人生における敵を多く作りすぎた。
前世は人を愛する、なんて、創作の中だけだと思っていたけど。
本当、こんな捻くれた僕でも、誰かと愛し合うって出来るんだな。
いけない。雰囲気に酔って、こんならしくないこと考えるなんて。
クソガキたちに聞かれたら大変だ。
「今度からは積極的に言ってほしいわ」
「……善処します」
悪戯っぽく笑うつづみさんに、苦笑を浮かべる。
新婚旅行ってことで舞い上がってるんだろうか、いつもより声が弾んでる。
夜のライブを楽しむくらいには、まだ余力を残しておこう。
♦︎♦︎♦︎♦︎
この数時間で濃い体験し過ぎだろ、俺。
俺…切島鋭児郎はそんなことを思いながら、用意された料理を口に運ぶ。
作法とかいろいろあるんだろうが、生まれも育ちもごくごく普通の一般家庭なので、微塵も知らん。
ただ分かることは、目の前に用意された料理は、俺のような中学生が食えるような安いモンではないことくらい。
「緑谷、お前いつの間に作法覚えたんだ?」
「小5の時。茜さんが『覚えといて損はないでー』って」
信じられるか?
さっきまでショックで腰砕けそうなレベルの口喧嘩してたんだぞ、コイツら。
日常茶飯事なのか、謝りもせずに仲良さげに話し始めるし。
さっきから困惑が止まらない。
天才子役アイドル兼世界トップクラスの富豪の娘として、世界に名を轟かせる音街ウナ。
生物工学者として、人生数回分を費やしてようやく得ることができるほどの、数多の功績を残す琴葉葵。
この二人が居るだけで、充分異常なのに。
ここでの食事を手配したのは、世界的スターとイギリストップの二足の草鞋を吐いた、あのFlowerだ。
混乱が止まることを知らない。
「二年前か…。茜が私に習って、作法を覚え始めたくらいの頃だな。
基本的に、覚えたこととか思いついたことは他人に教えたくなる性格だから、君に教えたかったんだろう」
「テメェもそォだろォが行き遅れ」
「殺してホルマリン漬けにするぞクソガキ」
コイツらの口の悪さは何なんだ。
俺の学校は、ガラの悪いのが多くいて、世辞にも治安がいいとは言えない。
そいつらでも躊躇いそうな悪口を、コイツらは躊躇いなく放つ。
普通なら自信過剰で、他人を見下してるような、仲良くなれなさそうなヤツらだと思う。
しかし、自信が過剰なんてことはなかった。
ヴィラン・アタックの結果。プロでさえも5秒を切るのは厳しいというのに。
爆豪と轟は、ほんの4秒でクリアした。
それを遅いと称したあの人は、いったい何者なんだろうか。
「切島の兄ちゃん、大丈夫?高い店で萎縮しとんの?」
「…いや。そーゆーわけじゃねェけど…」
嘘だ。それもある。
周りの視線が気にならないように、と大部屋を貸し切ってくれたのには、感謝している。
だけど、それ以前にメンバーが豪華すぎるし接点が全くわからん。
「バクゴーさん、あーん」
「音街、頼むから自分の立場を自覚しろ。
休業してるつっても、仮にも人気アイドルだろテメェ」
「それ以前にバクゴーさんの許婚だよ?」
「………そーだったわ」
…………待って?本当に待って?ツッコミが追いつかないんだけど。
マスコミが狂喜乱舞しながらスキャンダルですっぱ抜きそうな光景を前にしながら、味もわからない肉を口に含む。
あの口が悪くて性格悪そうなのと、天才子役アイドルが、許婚?
脅されてるのかと思いそうだが、どうやら音街ウナは爆豪にベタ惚れらしい。
どこに惚れる要素があンだ、このクソを下水で煮詰めたような性格のコイツに。
混沌とした空間に放り出されると、人って思考を放棄するんだな。
「…わかる。わかるで。カオス過ぎてついてけんのやろ?」
その俺の心情を理解してくれたのか、同情の視線を向ける麗日。
俺は軽く頷くと、彼女は俺の肩に手を置き、にっこりと笑った。
「大丈夫やで。三日も付き合えば、今までの常識ブッ壊れるから」
「全然大丈夫じゃねェ!!!!」
大丈夫かな、俺。常識バグったりしない?
そんなことを思いながら、俺は食事を口に運んだ。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「お疲れ様」
「ん。メリちゃんも、お疲れさん」
発表を終えて、メリちゃんから日本から取り寄せたワンカップを受け取る。
やっぱり、ビールよりもこっちの方が私の舌に合ってる。
体に染み込むアルコールに気分を良くしながら、荷物を持って会場を去る。
歩きながら飲むワンカップは、あいも変わらず美味い。
「……随分と警戒してるのね。そんなに危険な相手なの?」
「確定しとらんけどな。よからんこと考えてんのは確かや」
葵も巻き込んでしまうが、許してほしい。
現時点で、『相手』を止める術は殆ど…否。絶対に無い。
どれだけプロヒーローが数を揃えようが、確実に犠牲者が多く出る。
だから理由をつけて、救助に優れたロボを多く有する緑谷くんたちを招きたかった。
「緑谷くんらも薄々勘づいとる。
気づいとらんのは、『今回ばっかり』は役に立ちそうにないプロヒーロー連中…。
いつ来るはわからんけど、エキスポ中なのは間違いあらへん」
全く。興味本位でハッキングして、初めて戦慄した。
このエキスポで各国要人やトップヒーローを一網打尽にする作戦なんて立ててるとは。
「覚悟しぃや、アホども。星に手ェ出したら消し炭になるってこと、教えたるわ」
全く。これだから正義の味方はやめられない。
次回、オールマイトと一等星が接触します。