そうだ、先生になろう。   作:鳩胸な鴨

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書いてる途中でしっくりこなかったので方向転換しました。
前回の後書きは達成されてません。

サブタイトル通りです。


先生「出番なくて役目も取られた。キレそう」

「あー…、あー……。うん。ファルセットもちゃんと出る」

 

 

声の調子を整え、ライブに備える。

楽屋に居るのは僕一人。いつだってボクは、自分の楽屋に人を入れない。

他人が信用できない…とかじゃない。

信用できないなら、つづちゃんたちを呼んだりしない。

ただ、歌の前は自分の世界に浸っていたいという、ボクのワガママだ。

このライブで、初めてつづちゃんに恩返しができる。

十年越しの新婚旅行なんだ。

戦友に最高の思い出を作ってあげたいって思うことは、なんら不思議なことじゃ無い。

 

 

「……失恋ソングはリストから外してもらってる…。祝福ソングは…トリに入ってる」

 

 

スタッフから貰ったリストを確認しながら、歌詞を思い出す。

誰かのために歌うって、初めてな気がする。

今までは、ボクをこの世に繋ぎ止めるための道具だって思ってた。

こんなありきたりな用途に気づくのに二十六年とは、随分と時間がかかったものだ。

 

 

「……つづちゃんの旦那さん、きっと、優しい人なんだろうな」

 

 

お幸せに、って言葉はおかしいかも知れないけれど。

十年分、思いっきり幸せになってほしい。

 

 

「…初めてだ。こんなに、『生きたい』って気持ちが溢れてくるの」

 

 

胸に溢れる幸福感に浸っていると、とんとん、とノックの音が響く。

時計を見るも、ライブまでにはまだまだ時間がある。

一体なんだろうと思いながら、ボクは楽屋の扉を開く。

そこには、女性スタッフが困惑を隠しきれない様子で立っていた。

 

 

「はい?」

「あの、Flowerさん。実は、ライブ前に会いたいとある人が…」

「断っておいて」

 

 

ライブ前に人を通すとしたら、つづちゃん夫婦とその弟子さんくらいだ。

ボクはにべもなく言うと、扉を閉めようとする。

しかし、女性スタッフは慌てた様子でボクを止めた。

 

 

「……何?」

「あっ、あのっ!実は、会いたい人っていうのが…、その、すぐそこにいて……」

 

 

と、テンパった女性スタッフの背後の照明がフッ、と消える。

いや。照明が消えたのではなく、何かの影で遮られた。

 

 

「やぁ!Flower!初めまして!いや、国連での集まり以来かな!?」

「…………なんだ、オールマイトか」

「あれっ!?思ってたより反応薄っ!?」

 

 

そりゃ断り難いわけか。

しかし、ボクにとっては関係ない。

ボクが憧れてるのは、つづちゃんとSAVERだけだ。

接点のない仕事仲間と、仕事でもないのに言葉を交わすようなことはしないだろ?

そう言う感覚で、ボクはオールマイトとの面会を断ろうとする。

 

 

「オールマイト。初対面で言う言葉じゃないだろうけど、言わせてもらうね。

ライブ前に来るなんて、一体全体アナタは何を考えてるんだい?

このライブは、ボクにとって生涯最大級の舞台と言っても過言じゃないんだ。

その精神統一の邪魔をされて、ボクでも苛立ちを感じてるのだけど」

「えっ!?あっ、その、ごめんなさい!!」

 

 

頭を下げるオールマイトを一瞥し、「じゃ」とだけ言い残し、扉を閉めようとする。

が。オールマイトは瞬時に扉に足を挟んだ。

 

 

「すまないとは思っている…。しかし、これは私にとって大事な話でもあるんだ…!!

一度でいい、私の質問に答えてくれるだけでいいんだ……!!」

「………自分の立場を利用してるわけじゃ無さそうですけど、もう少し自分の立場のこと考えたらどうです?」

 

 

女性スタッフに軽く目配せし、この場から去ってもらう。

全く。これじゃ脅しじゃないか。

平和の象徴という力を、あまり行使して欲しくないのだけど。

根は善人らしいから、無自覚なんだろうな。

人を見る目はつづちゃんに言われ、敵性国家で嫌ってほど鍛えた。

人の本質くらい、少し言葉を交わせば理解できる。

 

 

「手短にお願いします。暇じゃないんで」

「あ、ああ…。すまないね…」

 

 

大舞台への集中力が削がれたことに苛立ちながら、ボクはキツめに言い放つ。

オールマイトに恐れ多い…なんて言う人は、きっとかなり居るだろう。

しかし、考えてもみてほしい。

大事なプレゼンの前に全く接点のなかった他社の社長がおちょくりにきたらどう思う?

つまりは、そういうことだ。

 

 

「……敵は、殺すべきだと思うかい?」

「うん。思うよ」

 

 

ボクはそれだけ言うと、扉を閉めようと力を込める。

が、しかし。オールマイトは足を扉から退けなかった。

 

 

「質問には答えたでしょ」

「私は…。敵であろうと、人を殺すことは避けるべきだと思っている」

 

 

…荒廃期のアメリカのみを経験してるからだろうか。

あの時期は敵性国家の連中も、こぞって国力が随一であるアメリカを支配しようとしていたし、オールマイトの実力がめきめき上がったのも知ってる。

だけど、敵性国家を経験した身から言わせてもらおう。

 

 

「……ボクで良かったね。敵性国家を経験して、アナタにキレないヤツ居ないよ」

「鈴木少女にも同じことを言われたな…」

 

 

つづちゃんにも接触してたのか。

…制御できるかどうかはさて置いて、兵力として最上級の代物だ。

それこそ、中国の盛りに盛った伝記が「これ何の誇張もないんじゃ…?」って思わされるくらいには。

国からの命令で「説得しろ。もしくは捕獲しろ」と言われていておかしくないか。

この調子じゃ、失敗したんだろうが。

 

 

「……敵性国家での命は、それこそ塵芥同然に軽いよ。それだけならまだ、戦争地帯程度だからマシだって言える。

厄介なのは、国全体が『他人を巻き込んで死ぬこと』に夢中なんだ」

 

 

敵性国家は、生物が織りなす組織として、どうしようもなく破綻してる。

彼らが互いを殺さずに徒党を組むのは、「利用できるから」。

誰もが互いを利用し、誰もが互いを殺そうとしてる。

そういう国が、敵性国家だ。

片っ端から殺さないと、世界すらも巻き込んで、凄惨に死んでいく。

つづちゃんとボクがそんな中で生き残れたのは、単純に強かったから…くらいしか理由がない。

 

 

「巻き込まれてからじゃ遅い。その前に殺す必要があるんだよ。

だから、敵性国家が近くにある国のヒーローは、殺しに躊躇いがないんだ。

アナタが捕まえた敵性国家出身の敵…。その末路を知ってるかい?」

「タルタロスに投獄されたと、知り合いの刑事に聞いたが…?」

「……優しいんだね、その刑事さん。

多分、甘さと優しさをごちゃ混ぜにしちゃってるアナタには教えなかったんだろうね」

 

 

全く。ニホンは平和の象徴に寄りかかって、吐きそうなくらい甘い蜜にどっぷり浸かってるんだろうな。

ボクはそんなことを思いながら、真実をあっけらかんと告げた。

 

 

「死刑だよ。タルタロスの次…。大罪人の処刑場…『コーカサス処刑場』。

残虐極まりない処刑で、確実に、ゆっくりと死んだらしいよ」

「……………そう、か。やはりか」

 

 

どんな処刑があるかは言わないけど。

薄々勘づいてたんだろうか、オールマイトは少しばかり疲れた表情を見せた。

敵性国家出身の敵なら、タルタロスに投獄されて半日で処刑執行なんてこともあり得る。

個性発動に必要な箇所を、麻酔を打ってる間に摘出するなんて話も聞くほどだ。

そんな処刑場が成り立つ程に、敵性国家と言うのは世界にとって毒すぎる。

 

 

「アナタは殺しを怖がって、答えを出せてないんだと思うよ。

イギリスNo. 1として言わせてもらう。

命に対する答えがなきゃ、今の時代のヒーローなんてやってる意味はない。

世界が認めるNo. 1ヒーロー。アナタは、命を奪うことに対して答えを出したかい?」

「…………私は」

 

 

…殺したことはあっても、心に決着をつけていないタイプか。

実力と心が伴っていないように感じる。

一つのことしか見ていなかったような、そんなふうにしか思えない。

四十を超えて女々しい人だ。

 

 

「…ボクの昂揚を返しておくれよ。

今日は、つづちゃんの結婚を祝うために歌う予定だったんだから」

「…………本当に、すまなかった」

 

 

オールマイトはぺこり、と頭を下げると、楽屋から離れていく。

…過去最高に死にたい。人生で初めて感じた昂揚を邪魔された。

再び気分を上げようにも、肝心のキッカケのインパクトが薄れてしまってる。

 

 

「厄日だ……」

 

 

そう呟きながら、扉を閉めようとした時。

 

 

あたりに衝撃が走った。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

「切島くん、お疲れみたいですね」

「えっと、京町さん…ですっけ。

まぁ、疲れたって言うとその通りっす」

 

 

缶ビール片手に合いそうな油物を紙皿に乗せた京町さんが、俺の隣に座る。

ディナーは高級店だったからか、量は少なかったから小腹が空いてるんだろう。

気味良い音を立てて、グルストを噛みちぎると、彼女はビールを呷る。

 

 

「…ぷはっ。大人の贅沢は楽しいですね〜。

子供なんですから、そんな受け身にならず、ものごとを受け流すってことも覚えた方がいいですよ」

「……俺の憧れは、真正面からぶつかる漢っすから」

 

 

京町さんの言葉に、俺は否と答える。

受け流すなんて、漢らしくない。まるで逃げてるみたいで、嫌なんだ。

俺が憧れた紅頼雄斗は、逃げなかった。

敵性国家から迫り来る大軍の中、一人で戦って、毒ガスだろうがなんだろうが、全てを真正面から叩きのめしたヒーロー。

その姿に憧れて、真っ直ぐにヒーローを目指してるんだ。

 

 

「紅頼雄斗ですか?」

「……古いっすけど、知ってるんです?」

「ええ。スーパーのパートの先輩…って言っても、腰曲がったお婆ちゃんなんですけど、ちょうど世代らしくて。

休憩中にしつこいくらい、英雄譚を聞かされるんですよ〜」

 

 

世代の人は、好きな人が多いだろうな。

敵を倒し切るまで、致命傷に近い傷を負おうがなんだろうが、その命尽きるまでヒーローに殉じた漢。

オールマイトが現れるまでの繋ぎとして、日本の犯罪率を40%から30%まで抑えた。

 

 

「…俺は、彼みたいになりてェ…んすよ。

だから、受け流すなんてしたくねェ。

逃げてるみてェで、やられたまんまでいるみてェで、嫌だ」

 

 

俺が言うと、京町さんは缶ビールに軽く口をつける。

中身を少しだけ飲み込むと、彼女は笑みを消して俺に向き合った。

 

「切島くんは、なりたいものが決まってるんですね?それは否定しません。

でも、それになる…いや。その夢をより立派なものにするために、大人からのアドバイスをしましょう」

 

 

ーーーーーー人間って、自分で思ってるより強くないんですよ。

 

 

その目が、似ていた。

性別も性格も全然違うはずなのに、彼女は俺の憧れと似た目をしていた。

 

 

「たとえば、失敗。

小さいものでも大きいものでも、失敗しちゃったら落ち込みますよね?」

「…そっすね」

 

 

失敗…か。真っ先に思い出すのは、初めて個性が出た時。

硬くなった手で目をかいたせいで、瞼の端に消えない傷がついてしまった。

その他にもいろいろあるが、あまり人に語ろうとは思わない。

 

 

「落ち込みが何度も重なると、『自分って居る意味あるのかな?』…って思っちゃうこと、ありません?」

「………あるっす」

 

 

それは、ある。

テストで悪い点数が続いたりするとお袋たちが怒るし、なにより雄英を目指すための基盤がなってないという証明になってしまう。

それで落ち込んで、寝れなかったりすることもある。

京町さんは、何処か寂しそうな顔をして、通路の天井を見上げた。

 

 

「私って、ドジっ子なんです。

生まれた時からずっと、致命的なドジばっかの、とんでもない疫病神なんです」

「……まぁ、思い知ったっす」

「ですよね」

 

 

さっきのディナーでもそうだった。

彼女の取り分けた分だけ、何故か奇跡的な調和でとんでもなく不味くなってたし。

聞くには過去に、言葉に出来ないほどとんでもないやらかしをして、当時の職をクビになったらしい。

今ではだいぶマシになってるらしいが。

 

 

「そんな私でも生きてる。その理由って、分かります?」

 

 

……分からない。

はっきり言って、俺の頭はそこまで出来が良くない。

精々、平均点を取るのが精一杯くらいで、死ぬ気で勉強しなきゃ雄英は無理だとまで言われてるほどだ。

俺が首を傾げると、彼女はあっけらかんとその答えを言った。

 

 

「強くないからです」

「え?」

 

 

その答えに俺は目を丸くする。

京町さんは俺の瞳を見つめながら、続けた。

 

 

「皆が強くないから、皆で補おうとするんです。私だって、いろんな人に支えられて、逆にいろんな人を支えようとして頑張ってるんです。

強くないって認めないと、誰も気づいてくれなくて、壊れちゃうから。

強くないって、きっと、恥ずかしいことじゃないんです」

 

 

そんなこと、初めて言われた。

俺が呆然としていると、彼女は再び笑みを浮かべ、ビールを呷った。

 

 

「…ぷはっ。だから、こーやって、たまには逃げてもいいんですよ。

大人から言わせてもらうと、必要のない意地を張るって疲れるんですよ〜」

 

 

必要のない意地。

そう言われ、俺は少しばかり顔を顰めた。

漢でありたい。それを「必要のない意地」なんて言わせてたまるか。

反論しようとすると、彼女はそれを遮るように続けた。

 

 

「強がらないといけない時に強がれる人。きっと、そう言う人を、ヒーローって言うんです。

だから、肩の力を抜いて。漢にならなきゃいけないときにだけ、漢になれるようになったらいいじゃないですか」

「……………」

 

 

違う。この人は、俺の憧れを否定してない。

ただ、「上手な生き方」を教えてくれてるだけなんだ。

胸に感じたことのない、新鮮な気持ちが溢れ出す。

 

 

「俺って、力入れすぎてたんですかね?」

「そうだと思いますよ。

オンオフしっかり切り替える。緑谷くんたちは無意識にやってますよ」

「……あざっす。なんか、ちょっとだけ、スッキリしたっす」

 

 

……紅頼雄斗も、そう言う生き方してたんだろうか。

そんなことを考えた、まさにその時だった。

 

 

i・アイランドに、悪夢が襲いかかったのは。

 




お久しぶりに戦闘です。

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