「やっぱり来たわね。敵性国家」
「分かってて連れて来たんですか、君…」
会場に響いた衝撃と轟音に臆することもなければ、驚いた様子もないつづみさんが呟く。
新婚旅行に行きたいと言った時点で何かあるとは思ってたが、まさか臨死体験の類だとは思わなかった。
まったく。僕の嫁、性格悪すぎだろ。
「いえ、分かってたわけじゃないわ。
『今最も狙う理由がある場所』なのよ、今のi・アイランドは」
「確かに…。 各国要人、各国のトップランカーヒーローたちが勢揃いしてる…。
それを差し引いても、人類の叡智の結晶とも呼ぶべき土地柄だ。
それこそ、敵性国家にとって脅威となる兵器をポンポン作れる頭脳が大勢…。
脅威になる人材を始末するには、絶好のタイミングすぎる…!!」
緑谷くんが早口で補足することにより、皆に緊張感が走る。
ヒーローの中でも一部がちょっとピリピリしてたのは、そういう理由があるからか。
慌てて緑谷くんがデバイスを取り出し、何処かへと連絡をかける。
「…もしもし、茜さん?頼みたいことが…って早っ!?予想してたんですか!?
……いやいやいやいや!!知ってたならプロヒーローに予め言って……え?いや、嘘でしょ?……わかりました」
緑谷くんはそれだけ言うと、通話を切り、だらだらと冷や汗を流す。
その汗がぽたり、と床に落ちると共に、彼は真っ青な顔で告げた。
「………非常事態、です。あと30分もしないうちに、i・アイランドは水底に沈みます…。
逃げ道は…ありません。空も、海も、何処を探しても…!!」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「デイブ!!一体何が起きてる!?」
『分からない…!!
ただ、i・アイランドの最終防衛機構が発動してる以上、過去最悪の異常事態であることには間違いない!!』
ライブ会場の通路を走りながら、私はデイブに渡されたインカムで彼に問いかける。
外の状況は一切わからないが、外にいるデイブ曰く「最終防衛機構」なるものが発動しているのだとか。
一度だけ、聞いたことがある。
確か、i・アイランドが直接攻撃された際に、特殊金属がドーム状になってi・アイランドを覆うように展開される…らしい。
それ即ち、現在i・アイランドが攻撃されているということに他ならない。
「衛星カメラがあった筈だ!!デイブ、確認してくれるか!?」
『今やってる!!くそっ、何処のどいつだ、衛星カメラをジャックしたのは!?!?』
インカム越しにタイピングの音が響く。
あいも変わらず素早いタイピングだ。私なら絶対できない。
というより、この歳にもなって私がパソコンに慣れていないだけなのだが。
乱れた心を落ち着けるようにそんなことを考えながら、足を早める。
と、その時。インカムにノイズが走った。
「むっ…?インカムの調子が…?」
『オールマイト!!』
私がそれに疑問を抱くとほぼ同時に、インカムから大声が響く。
その声の主の名前を呼ぶ前に、声は捲し立てるように続けた。
『死んでもi・アイランドの外出んな!!死ぬぞ!!!』
それだけ言うと、ブツっ、と何かが切れたような音共に声が聞こえなくなる。
間髪入れずに困惑したデイブの声が、鼓膜を揺らした。
『今のは、アカネ…?一体どう言う……!?』
「デイブ?どうした?」
デイブが息を飲むのを聞き、私はその理由を問うた。
しかし、放心しているのだろうか。
デイブはそれに応えることなく、「なんてことだ…」と呟く。
『……トシ。どうやら私たちは、既に詰んでるらしい』
「デイブ…?一体どう言う……?」
ーーーーーーi・アイランドを覆い込むように、毒ガスが散布されてる。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「毒ガスの成分表です。ちょっと触るだけで死に至るほど危険極まりないです。
引火性も高く、焼却処分なんぞしようもよなら、此処ごと『ボン!!』ってなりますね」
「風で吹き飛ばそうにも、大砲で無尽蔵に打ち込まれてる…。とっくの昔に船に積める量を超えてるあたり、物質を複製する個性持ちが居ますね」
ホント何処の何奴だこんなこと考えたの!!
衛星カメラを浮遊大陸から飛ばし、撮影した映像を前に皆が息を飲む。
映ったのは、幾つもの軍艦。
艦種などはあまり詳しくないからわからないが、主砲から撃ち込まれる弾丸が、i・アイランドの最終防衛機構であるバリアに阻まれるたびに、白い霧が立ち込める。
あの霧の正体は、毒ガス。
それも致死量が少なく、皮膚への浸透性が高い…極め付けには引火性も高いという、危険極まりないもの。
「i・アイランドを支えているアンカーが根こそぎ壊されてます。さっきの衝撃はコレが原因かと。
i・アイランドは浮島ですが、その浮力は装置によるもの…。
海中部分にあるその装置を破壊しようと、魚雷やら個性やらで集中攻撃されてます」
全く。殺意が高いとはこのことか。
そんなことを考えながら、僕はシリウスのコンディションを確認する。
今日は寝不足でもなければ、体力切れを起こしても居ない。
もし途中でフィクサーが来ようとも、相討ちにまでもっていく…くらいは出来るだろう。
もっとも、これは希望的観測だが。
「俺らはどうすりゃいい?」
「…茜さん曰く、『中にも怪しいのが居る』らしい。轟くんたちは、そっちの対処を頼んでいい?」
さっきの騒ぎを意図的に起こした連中、この毒ガス騒ぎと繋がりがないとは思えない。
各国の主要人物をまとめて殺すというのなら、より確実性ある計画を練ってるはず。
…最悪の場合、人工個性が用いられている可能性が高い。
ならば、外の連中の掃討に全力を集中させるのは得策とはいえないだろう。
「…中は私も手伝うわ。作戦は緑谷くんに一任する。ハナ…Flowerにも協力を仰ぐわ」
「助かります。だったら…麗日さん。僕についてきて」
かっちゃんは爆破で、轟くんはメドローア擬きでi・アイランドごと吹っ飛ばす可能性がある。
引火するガスがある分、余計に危険だ。
そう言う点では、麗日さんは適任かもしれない。
ただ一つ問題があるとすれば…。
「ウチ?ウチのスーツ、まだ完成しとらんのやなかったっけ?」
「その……、えっと…、だいぶ前に、とっくに完成してたり……」
「あ???」
麗日さんの顔に青筋が走る。
そりゃそうか。一ヶ月も黙ってたし。
無論、黙ってたのは、忘れてたとかじゃなくて、しっかりと理由がある。
それを語るのは少し後にしておこう。どうせ麗日さんにシバかれるのは確定だ。
今は非常事態だから、彼女も『アレ』を着ざるを得ないだろう。
「……まァ、ええわ。ウチらが外の連中を止めたらええんやな?」
「うん。毒ガスは…葵さん。
浮遊大陸にある研究室に連れていくから、中和ガスの作成を頼んでもいいかな?」
「ああ。成分表さえあれば、十分程度で済む。任せてくれ」
僕は成分表と装置を渡す。
装置は転送に必要なビーコン…まぁ、GPSみたいなものだ。
研究室や装置の使い方は簡単な説明書を添付してるし、葵さんなら数分もしないうちに理解できるだろう。
「あかりさんと…、気が進まないけど、きりちゃんに、ヒメちゃんとミコトちゃん。海中の装置の防衛、頼んだよ」
「大丈夫ですよ。私と双子は直接戦うわけじゃ無いんで」
「ミコト、ぼーえーって何?」
「習ったでしょ…。守るってこと。海の底にバリアを張ったらいいの」
「それじゃ限界ありそうですから、私が海中で守ります。毒ガス程度じゃ死なないので大丈夫ですよ」
防衛陣はコレでいいだろう。
中はつづみさんと轟くん、更にはかっちゃんが居る時点で過剰戦力に近い。
後は、i・アイランドが陥落する前に行動するのみ。
「先生、残りのメンバーは頼みますね」
「了解です。セイカさんたちもこっちで探して保護するので、ご安心を。
数万年後に発掘されたく無いので、しっかり守ってください」
「もっと言い方あるやろ…」
「前からだし、治らないんじゃない?」
相変わらず、やる気の削がれる言い方だ。
僕は転送装置を起動し、転送が必要なメンバーが光に包まれるのを確認する。
僕もまた光に包まれる中で、お母さんが微笑んだ。
「出久」
「お母さん、どうかした?」
「ヒーローになるって決めたなら、しっかりとやり抜きなさい」
お母さんの言葉に、僕は笑みを返した。
「うん。頑張ってくるね」
次の瞬間。僕らの姿はi・アイランドから消えた。
次回、大パニック。